不遇生活

第2話 異世界!?

「驚かせてしまってすまない」


 俺たちが戸惑っていると、その人混みの中から1人が前に出てくる。……そこにいたのは、先程のおじいさんだった。さっきまでは普通の服を着ていたというのに、今はなんか変な服を着ている。……何て言うんだっけ、こういうの。大司教的な……? 俺は生憎異世界ファンタジーには精通していない。


「ここはミヴァリア王国。君たちがいた世界とは、違う世界だ」

「ミヴァリア王国……」

「君たちを呼んだのにはとある訳があり……」


 おじいさんは、極力俺たちを安心させてくれようとしているのだろう。にこやかに話してくれていた。……いや、俺はもう「違う世界」とか言われた時点で脳が理解を拒んでいるのだが……。


 だがそのおじいさんの話も、長くは続かない。……後ろから突如として現れた人物が、おじいさんを突き飛ばすように押しのけたからだった。


「おじいさん!!」


 すると実幸はすぐにおじいさんに駆け寄ろうとする。……しかし、何かが実幸の行く先に立ち塞がる。……それは鋭い剣だった。少しでも触れたらきっとひとたまりもないだろう。


 流石に実幸も青ざめ、その動きを止める。そして俺たちは目の前に立つ……おじいさんを突き飛ばしたが、全く心配する気も反省する気もない……更に、実幸に剣先を向けた男を見つめる。


「……何だ、テメェ」

「俺はミヴァリア王国直属騎士団の勇敢な剣士……ゲルニカ・スティーア様だ!!」


 俺が問いかけると、その男……ゲルニカは、何とも態度の大きな自己紹介をする。確かに全身に鎧をまとっており、剣士だというだけあって、立派な西洋剣を持っている。その役職は見た目が証明しているのだが……。


「随分ご立派なお役職みたいだな」


 年上だろうし、俺よりもよっぽど強いのだろう。しかし俺は睨みつけながら彼にそう告げる。……俺は怒っていた。俺にならまだいい。だが、実幸をなんの躊躇いもなく危険に晒した。そして反省する気ゼロな、そんなこいつが。


 すると俺がビビっていないということは、ゲルニカにも分かったのだろう。その額に青筋が入る。


「何だよその目は……お前の大事な恋人の顔に、傷がついてもいいのかよ、ああ!?」

「っ!!」


 そこでゲルニカが微かに手を動かす。それと同時、実幸がか細く悲鳴をあげた。その瞳に大粒の涙が溜まると同時、実幸の白い頬から赤い涙が零れだす。──それを見た時、俺の頭に再び血が上り。


「俺とこいつは恋人でも何でもねぇッ!!!!」

「そうですよ!!!! 私と夢が恋人とか死んでもごめんです!!!!」

「そこかよ!?」


 俺たちの盛大なツッコミに、ゲルニカがずっこけた。いや、大事なことだろ。勘違いされたままなんて、ごめんだからな。


 ……とまあ、それはともかく。

 ゲルニカの気が緩んだその隙に、俺は実幸の首根っこを掴み、思いっきりこちらに引き寄せた。そして……異能力を、発動する。



 ──春眠の夢。



「なっ、どこに消えた!?」


 ゲルニカが戸惑ったような声を上げる。……その隙に俺は、実幸の首根っこを引きつつゆっくりその場から離れた。


 ……幻惑を見せる。それが俺の異能力──「春眠の夢」の効力だ。


「ゆ、夢っ、おじいさんはっ……」

「おじいさんも不憫だと思うが、俺はお前を守るだけで精一杯だ……!!」


 確かに不憫だとは思う。今見ているだけでも、おじいさんは周りの騎士たちに半ばタコ殴りされているし。……でも、俺の異能はそこまで強いものじゃないし、何より俺のポテンシャルもそこまで高くない。庇えるのは精々1人……だったら俺は、実幸を守るしかない。


 この異能力は目くらましに過ぎない。だが、時間を稼ぐには十分だ。なんとかここから逃げ出して……。


「……そこかっ!!」

「っ!!」


 目の前に剣が飛んできた。俺は慌てて飛びのき、それを躱す。見ると、剣を投げてきたのはゲルニカだった。


 見えてる? いや、違う。こちらに焦点が合ってない。見えてるんじゃなくて、気配を感じて……!!

 ……あんな腐った野郎でも、騎士は騎士、ってことか!!


「くっ」


 騎士は1人じゃない。いくつも剣や弓矢が飛んでくる。この量……避けきるにはキツイっ……!


「夢」


 そこで後ろから裾を引かれた。振り返ると、首を横に振る実幸がいて。


「いいよ、もういい。たぶん言うことを聞く方が、いい」

「……」


 ……俺じゃ、この場を乗り切れない。

 ……もっと強い異能力者だったら……。そう願わずには、いられないが。


 俺は悔しさに奥歯を噛み締めつつ……異能力を、解除した。

 飛んでくる攻撃が、止まる。俺が両手を挙げて降参のポーズをしていたからだろう。


「……俺じゃ敵わない。逃げるのはやめる」

「……はっ、よく分かんねぇ力使いやがって……魔法使いでもないくせに」


 ゲルニカの減らず口は相変わらずだ。俺は舌打ちしたいのをこらえつつ、冷静になるよう努め口を開く。


「ただし俺たちは、剣を向けられるのは本望じゃない。そこの騎士を下げてくれ。……更に、そもそも俺たちは、そこのおじいさんに連れられてここに来た。……まずはその目的を教えてほしい。その2つを守ってもらえないなら、俺たちはまた対抗する」

「なっ……テメェ、今の立場が分かってんのかよ!?」


 またゲルニカが嚙みついて来る。俺に反抗しないと死ぬのか。俺はため息を吐きたい衝動を抑えつつ、やはり冷静に告げる。


「分かってる。だからこうして交渉してるんだろ」

「てめっ……」

「ゲルニカ。いい加減にしろ」


 そこで新たな声が入った。また新たな登場人物が……なんて辟易していると、その声の主が姿を現す。……それは渋い顔をした、貫禄のありそうな男だった。


「ゲッ……団長!!」

「団長……」


 更にヤバそうなやつが出てきた。またこちらが不利に……なんて思っていると。


「その2つの要望を飲む。ゲルニカ。下がりなさい」

「えっ。……分かりましたー」


 ゲルニカは不満そうにしつつも、大人しく言われた通りに下がった。……まさか要望が通ると思わず、俺は目の前に立った、騎士団長と呼ばれた男を睨みつける。


 ……こいつは、俺たちの味方になるんだろうか。

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