テキトー短編1

羽暮/はぐれ

非実在バーテンダー

 男がグラスを傾ける。

 透きとおった液体で喉を潤すと、右手は優雅にカウンターへと舞い戻る。


 五つの席に、男女一人ずつ。隣り合わせ。


「君、こんなとこで何やってる?」


 口を開けたのは女。毅然としている。男は、しずしずと席を立ち、また戻り、虚ろな目でグラスと接吻した。


「やったことが分かっているのか?」


「半地下のバー、は、良い。薄暗い、が、じめじめしておらず、ほどよい静謐、ぼんやりとした灯り、が、海の、ようだ」


「これは殺人事件だぞ」


 店の空気が引きしまる。

 男だけが、変わらずグラスを傾けていた。


「夜更けのバー、は、良い……」


「いい加減にしろっ!」


「あ、あの」


 カウンターを挟み、おずおずと店主。白い帽子に白いエプロン、かなり痩せている。


「何だ」


「味噌、硬濃多です」


 7月のラーメン屋、女が机を殴る。


「貴様ッ!! 容疑者の癖にアブラ多めで頼んでいるのかっ!!」


「冬のバー、――」

「真夏のラーメン屋だッ! カスッ!!」


 飲み慣れた風に傾けられるグラスを奪い、男に叩きつける。


「きゃああああああああああああああああ!! 溺れる」

「14時25分、確保っっ!!」


 警察24時。

 まかない丼を手に立ちつくす店主が映り、放送は終わる――

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テキトー短編1 羽暮/はぐれ @tonnura123

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