第25話 新しい家族

「お帰り、フェリシアお姉ちゃん!」


 煉瓦亭の入り口で、笑顔のアルが手を広げている。

 もふもふピンク髪は今日も健在。

 ああ、早くなでたい。


「フェリシアちゃんの部屋も作っといたわよ。

 この子の、ト・ナ・リ♡

 寂しくて思わずシちゃうときは、声を抑えるんだゾぉ?」


「……やめなさい、マルー」


「くすっ」


 軽妙な二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれてしまう。

 今日からフェリシアの保護者となる、ヒューバートとマルー。


「まったくマリ姉は……。

 騒がしい家だけど……俺たちの”家庭”へようこそ」


 そして、優しい笑みを浮かべるジュンヤ。

 さらさらとなびく黒髪にドキリとする。


「はいっ!!」


 オージ王国第三王女改め、煉瓦亭の新人看板娘となったフェリシア。

 暖かくも騒がしい毎日へ。

 胸を膨らませたフェリシアは、笑顔で駆けだすのだった。



 ***  ***


「ぐっ……むむむむむっ」


 その僅か30分後、フェリシアはグランオーガ―をも上回る強大な敵と対峙していた。

 煉瓦亭に隣接する自宅に案内され、可愛いカーテン付きの自室の最高にふわふわなベッドに感動した後、夜営業の仕込みをするというので意気揚々と手伝いを申し出たフェリシア。


 元王族として、ナイフとフォークの使い方は完璧であり典礼用とはいえレイピアの扱い方も身に着けている。

 ひと通り教えてもらえばわたくしにも出来る!


 そう意気込んだフェリシアの決意は、初っ端からくじけそうになっていた。


(こ、これは……)


 まな板の上にドーンと乗っているのは1メートル近いオオクチマス。

 ジュンヤの話では、王都でも良く食べられている魚のムニエルの材料と言う事だったが……。


 幼少期から魔法の英才教育を受け、屋内で勉強する事が多かったフェリシアである。

 釣りなどしたことがなく、生の巨大魚を見るのも初めてだった。


「さ、捌くとのことですが……」


 この包丁とか言うロングナイフをどこに刺せばいいのか。


「ああ、やっぱり野菜を切る?

 三枚おろしは初めてだとさすがに……」


 包丁を持って震えるフェリシアを心配したのだろう。

 エプロン姿のジュンヤが近づいてくるが。


「……大丈夫ですっ!!」


 覚悟を決めたらしいフェリシアは、包丁を両手で持って大きく振り上げる。


「ちょ、ちょっとまったあああぁ!!」


 相手はモンスターではない。

 慌てて止めようとするジュンヤだが……。


「せいっ!!」


 どんっ


 一足遅く、フェリシアの一撃がオオクチマスを粉々にするのだった。


 ちなみに、オオクチマスはネギトロにして美味しく頂きました(ジュンヤ談)



 ***  ***


「あうう、お料理がこんなに難しいとわ……」


「ふふ、まあ少しずつだよフェリシアお姉ちゃん。

 ……女子力はアルが10ポイントリード!」


 芋の皮をむきながら、ご満悦のアル。


「……せめて焼きが出来るようになってからドヤれよ?」


「ぷぅ」


 アルは微調整が苦手な子なので、厨房に立たせるとこげごげの料理が出来上がるのだ。

 かくして煉瓦亭の調理は俺とヒューバートさんの男性陣とマリ姉が担うことになっていた。


「エルフの誇りに賭けて、鍛錬あるのみ!」


「ピーラーの使い方はアルが教えるね」


「ありがとうアルちゃん!!」


 ざくっ!


「ああっ、刃がわたくしの指にっ!?」


「……アルより不器用な人初めて見た。

 ヒール」



「ふふっ、にぎやかねぇ。

 料理下手なお姫様……ベタだけど推せるわ!」


「ファンタジー世界のクセに、お姫様が看板娘で焼き鳥が名物の定食屋はベタじゃないけどね」


 マリ姉の軽口にツッコミを入れておく。

 フェリシアはかなりの不器用らしく、野菜の皮むきを手伝おうとしてピーラーで手を切っている。

 アルとじゃれ合う微笑ましい様子は、17歳の少女そのもので嬉しくなる。


 どうやらこの世界ではエルフ族と獣人族の成長速度に大差はないそうなので、アルのいいお姉ちゃんになってくれそうだ。


「ああ、いいなぁ」


 夢にまで見た家族のぬくもり。

 もし魔王が倒されたとしても、この世界に残れるようユーノに頼んでみよう。

 そう思えるほど、俺はこの生活が好きになっていた。



 ***  ***


 日も傾き、夕食の営業を始めた煉瓦亭。

 村の人口も増えたので、結構忙しい。


「こちらご注文のヤキトリです」


 料理の腕が壊滅的だったフェリシアは、アルと一緒にフロアを担当している。

 煌めく金髪をポニーテルにし、マリ姉の趣味で白のシャツ、蒼のスカートに青白チェックのエプロンとローヒールのストラップシューズと言うどこぞのパン屋さんの制服を着させられたフェリシアは、可憐な容姿も相まってすぐに人気になった。


 もともとハジ・マリーノ村は王都から遠いので、第三王女だったフェリシアの顔を知らない人も多い。


「アルとフェリシアお姉ちゃんが揃えば、可愛さ最強?」


「「最強!!」」


 酔っ払いオヤジ共がうるさい。

 まあこれだけ可愛い看板娘がいるお店なら、日参するのも無理はないけどな。


 カララン


 自分の事のようにドヤ顔していると、入り口のカウベルが新たなお客さんの来訪を告げる。


「いらっしゃいませ」


「おお、姫様ご無事で!

 お城を追われたと瓦版で見て……心配しておりました」


「えっ……サンバーン村の皆さん?」


 応対したフェリシアが驚いている。

 サンバーン村は王都にも近く、良くフェリシアも視察に行っていたらしい。

 顔見知りがいても不思議ではない。


「それでは、こちらのテーブル席にどうぞ」


「そんな、姫様にご案内してもらうなど、畏れ多くて」


「ふふっ、もうわたくしは姫ではないですよ、お気になさらず。

 ここでの生活は楽しいですから」


 姫と呼ばれたことが気恥ずかしいのか、花が綻ぶような笑顔を浮かべるフェリシア。


「フェリシア様……」


 本当に心配していたのだろう。

 涙を浮かべながら席につくサンバーン村の人たち。


「……ジュンヤさん。

 村の方たち、どうされたんですか?」


 注文を厨房に通した後、洗い物をしている俺の元フェリシアがやって来た。


「……実はフェリシアが城に戻った日の夜、サンバーン村がモンスターに襲われたんだ」


「!!」


「幸い、人的被害は少なかったんだが村は全焼……。

 ヒューバートさんの申し出で、焼け出された人たちをウチの村で受け入れることになった」


「そうだったのですか……なにも出来なかったことが悔やまれます」


 自分が地下牢に捕まっている間にそんなことが。

 口惜しさに下を向いてしまうフェリシア。


「それに、モンスターが村を襲うなんて……魔王ログラースのハジ・マリーノ村襲撃事件といい、一体何が起こっているのでしょう」


「うーむ」


 フェリシアの言うことももっともだ。

 魔王のハジ・マリーノ村襲撃はオープニングイベントだからとしても、そうぽんぽん村が焼かれては、モンクエは進行不可能になるだろう。


 やはりゲームの世界と現実は違うのか、魔王が変わったヤツなのか。


 フェリシアを救出したときに倒したグランオーガ―や、テンガさんの事も気になる。


「フェリシアお姉ちゃん! 新しいお客さん!」


「はわわ、今行きます!」


 村の人口も増え、賑わう煉瓦亭。

 この平和を守らなければ。

 俺は改めて心に誓うのだった。

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