第13話 姫様の来村
「…………」
「………………」
「……………………は?」
救世主様……テンガはモンスター狩りに出てしばらく戻らないと聞いたため、義父であるオージ王に掛け合いハジ・マリーノ村へ視察に出かけたフェリシア。
街道で出会った旅人の話では、村人たちは魔王の攻撃直前に脱出して無事らしい。
だが、村の周囲に広がるニ・シーノ丘陵は緑の砂漠と呼ばれる不毛地帯。
さぞ皆様苦労しておられるだろうと、自費で救援物資を積んだ馬車を仕立ててきたのだけれど。
新しいハジ・マリーノ村が見える場所までたどり着いたフェリシアは思わず大口を開けて立ち尽くしていた。
「フェリシア様……あ、あれは幻なのでしょうか?」
左右に控えるお付きの兵士も全く同じ表情をしている。
「旅人殿の話では、あれは間違いなくハジ・マリーノ村とのことでしたが……」
目の当たりにしても、それが現実だと信じられない。
村の入り口には黒光りする巨大な砦がそびえ、両翼には投石器とバリスタ……だろうか?
オージ王国よりも遥かに強力なモンスターが出没するというグジン帝国で開発された最新兵器。
迫る魔王の侵攻に備え輸入を検討したものの、高すぎて断念した機械仕掛けの巨弓が当たり前のように備え付けられている。
「ハリボテ……ということは無いですよね?」
ばしゅん!
ぽつりと呟いたとたん、砦に近づいたレッサーオークをバリスタから発射された矢が貫いた。
「…………よし」
近衛師団でも苦労するレベルのモンスターだったはずだが、見なかったことにしよう。
気を取り直したフェリシアは、砦の奥に視線を移す。
さすがに復興間もない田畑に作物は少ないが、目を引くのはその周りをぐるっと囲んだ深い堀だ。
石で護岸されていない素掘りの堀だとはいえ、オージ城を囲むお堀に匹敵する深さに見える。
「フェリシア様! モンスターが!」
兵士が指さした方角を見ると、森の中からドードー鳥の群れが現れ畑の作物を狙っている。
「いけない!」
ドードー鳥は鳥型モンスターのクセに飛べないのだが、たぐいまれなジャンプ力を有しており、あの高さの堀でも飛び越えてしまう恐れが……。
ザザザザザザッ!
なんとか退治を……そう思う間もなくどこからか大量の水が堀に流れてきて、あっさりとドードー鳥を流し去ってしまう。
「……えっと」
お堀の水は村のふもとにある巨大なため池で回収される仕組みのようで
気絶したドードー鳥を村人たちが池から引き上げている。
「ああ、モンスターを倒さずに気絶させるとジュエルにならず、食料として利用できますからね」
フェリシアの声はどこか平坦だ。
「「…………」」
一般兵士数人がかりでも苦労するモンスターなのですが。
なんて逞しい村人たちなんだ。
空を見上げて現実逃避する兵士たち。
「……いかがいたしましょう、フェリシア様?」
「そうで…………いえっ」
村はなんかすごく……復興しているみたいですし、もう帰りませんか?
表情がそう語っている兵士たちを見て、思わず同意しかけるフェリシアだが、自分の役割を思い出し気を取り直す。
「本日はオージ王の名代として訪れたのです。
このまま帰るわけにはいかないでしょう?」
「そ、そうですな」
何しろフェリシア一行はオージ王国の国旗を掲げているのだ。
ギギギギギ……
村の方でもフェリシアたちを認めたのか、砦の扉が開いていく。
(ごくっ……)
息を飲み、扉をくぐるフェリシア一行。
だが、彼女達は村の中で更なる驚きに見舞われることになる。
*** ***
「な、なんと美しい料理なのでしょうか……!」
「”焼き鳥丼”といいます。 姫様のお口に合うかは分からないのですが……」
「いえ、とんでもありません!」
ハジ・マリーノ村の村長であるヒューバートに出迎えられたフェリシア一行。
(す、全ての家の窓にガラスが付けられています!)
王都にある貴族街でもなかなか見れないレベルの家々に目移りしながら案内された煉瓦亭と言う食堂。
ヒューバートが出してくれた料理は、フェリシアがいままで見た事が無いものだった。
東方で食べられているという”コメ”という穀物を茹でた”ごはん”の上に、こんがりと焼かれた一口大の肉が山のように乗せられている。
(これは……ドードー鳥でしょうか?)
先ほど村人たちが捕まえていた鳥型モンスター。
モンスターの肉はくすんだ赤色をしているものだが、たっぷりのソースを絡めて焼かれたそれは白く輝き、何とも言えない香ばしい匂いを漂わせている。
肉の周りでは目にも鮮やかな葉野菜と港町から仕入れたという岩海苔という珍しい食材が彩りを添える。
テーブルに並べられたとろりとした茶色のスープも見たことがない。
この豪華な料理の値段が僅か銅貨10枚というのも驚きではあるが……。
「お姫様、出来たら大きい方のスプーンで、肉とごはんを混ぜてひとくちでパクリとしちゃってください♪」
「は、はいっ」
最初は上品にフォークで肉を取り、少しずつ食べようと思っていたフェリシアだが、この料理の発案者だというマリナ……ヒューバートの妻だという黒髪にエキゾチックな美人さん……にこうまで言われたら是非もない。
「はむっ……!?!?!?」
思い切って頬張った口全体に、暴力的なうま味が襲う。
王宮の料理人が出す料理を遥かに凌駕する深い味わい。
(ああ、涙が出てきました……)
「フェリシア様、マリ姉……マリナ姉さんの作る料理は絶品ですから。
お付きの皆様もどうぞ!」
「おかわりもあるよ?」
「かたじけない」
「おっ……おお!」
「美味すぎるっ!?」
護衛役の兵士たちにも分け隔てなく料理を振舞う黒髪の青年とピンク髪の獣人少女。
黒髪の青年の方は、マリナ女史の親族だろうか?
ヒューバート氏の話によると、このジュンヤという青年が魔王ログラースの魔の手から村人たちを救い、神がかり的なスキルで村を復興したそうだ。
「いかがでしたか? フェリシア様。
良ければこちらもどうぞ」
柔和な物腰で追加の料理を出してくれるジュンヤは、とても魔王の攻撃を退けるような猛者には見えない。
だが、驚異的な村の復興にこの青年が関わっているのなら。
「ありがとうございます。
今まで食したどんな高級料理にも勝る美味です!」
「まったく、城の者達にも食べさせたいくらいですぞ!」
「マリナ様は素晴らしい料理を考えつかれましたな!」
「へへ……光栄です」
ぱああっ
自分に対する賞賛ではないのに、心からの笑顔を浮かべるジュンヤ。
(!!)
その穢れなき笑顔に、思わず胸が高鳴るフェリシア。
「……ひめさま、これで味変してみて。
おすすめ」
(あじへん?)
なぜか頬を膨らませた獣人少女、アルフィノーラが持ってきた赤い粉末を、言われるがままに料理に振りかけたフェリシアは……。
「うっ……こほっ!」
鋭いうま味と強すぎる刺激に少々むせるのだった。
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