第14話 動き出す魔の手


「此度の仕業、大儀であった」


 老人のような、それでいて活力に溢れた若者のような。

 どこかうすら寒さすらも感じさせる声が、黒水晶で出来た大広間に響く。


 カッ!


 窓の外ではひっきりなしに稲妻が轟き、落雷の轟音が窓を震わせる。


「これより、大魔王ログラースの御名に於いて。

 人間界侵攻計画を開始することを宣言する……」


「「「「「御意!!」」」」」


 大広間に参集した5つの影。

 人型に竜型……大きさも様々ではあるが、いずれも魔界の猛者たちであり、魔王ログラースの元に集い、四天王を構成する。


 ズズズズズズ……


 僅かな振動と共に、巨大な影が大広間に進み出る。

 上半身は竜、下半身はスキュラという異形の姿を持つ大魔王ログラースだ。

 圧倒的な威圧感を感じる。

 四天王たちは首を垂れ、彼らの主君に敬意を表する。


 ズズン


 魔王が巨大な玉座に着いたとたん、大広間の魔法照明が明るくなる。


「……まったく。

 しきたりとはいえ、面倒な事だな。

 こんなに暗くしては、書類が読めないではないか……余な、暗いの嫌いなのだわ」


「「「「「その通りにございます!」」」」」


「この玉座も黒水晶造りでかてーし。

 あ~、クッション持ってきてくれる?」


 広間の中央に置かれた円卓が、煌々と明るく照らされている。

 世話役のハーピィにクッションを持ってこさせ、触手を組んで玉座に座りなおすと魔王ログラースはやけに軽い口調で宣言する。


「余な……積極的に打って出るアクティブ魔王になろうと思うんだ」


「「「「「なっ、何ですとっ!?」」」」」


 大魔王は、人間共の手が届かない魔界に近いここノルド山脈に居城を構え、悠然と勇者共を待ち構えるのがセオリーだ。


 四天王たちは人間どもの国々を脅かし、勇者の存在をあぶりだす。

 殆どの勇者は四天王に討ち取られるが、生き残った真の強者の実が魔王の御前に辿り着き、後世まで語り継がれる激闘を繰り広げる。


 連綿と受け継がれてきた魔王道を真っ向から否定するようなログラースの発言に、騒然となる四天王たち。


「ていうか、何でお前ら四天王のクセに五人いんの?」


「「「「「!?!?!?」」」」」


 絶大な力と、柔軟な思考を持つ新進気鋭の大魔王ログラース。

 オープニングイベントこそ型通りに行ったが……彼もまた、魔王エアプともいうべき魔族だった。



 ***  ***


「な、なんと柔らかな寝具なのでしょう……!」


 昼食を採った後、ヒューバートとジュンヤに連れられて村の設備を見て回ったフェリシア。

 巨大なため池の水源は地下100メートルを流れる地下水脈であることにまず驚き、高低差を利用して給水と排水が自動で行われる畑の構造に驚愕した。


 マリナが作るという見たこともないほど高精度な農機具や調理器具……王都よりはるかに文明的な生活を村の住人たちが送っていることは明らかだった。


 日帰りの予定が視察はどんどんと盛り上がっていき……。

 夕食を頂いた後、フェリシア一行は煉瓦亭に隣接するヒューバート家に一泊する事になったのだった。


「お姫様であるフェリシアちゃんに3人部屋とか、窮屈かもしれないけどごめんなさいね?」


「いえ、とんでもありませんっ!」


 ニコニコとお茶とお菓子を運んできてくれたマリナに慌てて畏まるフェリシア。

 まだ若いのに包容力とユーモアにあふれたマリナをフェリシアは尊敬するようになっていた。

 エルフの村で過ごした幼少期に戻ったみたいで、”フェリシアちゃん”と言う呼び方も彼女からお願いしたものだ。


「もう何部屋か客間を用意しておくべきだったわね」


「ジュンヤに作ってもらう?」


「そうね……」


 客間はお付きの兵士3名に使ってもらうことにしたのだが、ヒューバートとマリナの寝室もジュンヤの部屋にも姫を泊まらせるわけにはいかない。

 一計を案じたマリナは、アルの部屋でパジャマパーティをすることにしたのだ。


 ちなみに男どもは1階のリビングで酒盛り中。

 あのままでは夜通し飲み続けるかもしれない。


「せっかくだから、ベッドを引っ付けて話しましょう?」


「はいっ!」


 王宮の自室に設置されたベッドより遥かにふかふかなマットレスに早くも睡魔が頭をもたげてくるが、せっかくの機会である。

 フェリシアはこれまたふかふかなまくらを抱くと、ベッドの上に座る。


「それで……アルちゃんはジュンヤさんが好きなの?」


「うん、だいすき。

 ジュンヤは優しいしカッコいい……なにより、アルを怖がらない」


「ふふっ」


 獣人族の中には特別な力を持つ者がいる。

 エルフの村で魔法指南として働いていたミアおばさまを思い出し、笑顔になるフェリシア。


「でも、アルがこんなにも愛くるしいせいで……妹としか思われてないのっ!」


 ツインテールを解いたので余計ふわふわになったピンク髪を振り乱し、ぷく~っと頬を膨らませるアル。


(ああ、なんてかわいいのかしら!)


 うさぎさん(?)という謎の生物をかたどったパジャマを着たアルは、鼻血が出そうになるほどかわいい。


 思わず抱きしめたくなってしまう……むしろ抱きしめた。


「はうっ」


「ぷにぷに……」


 幸せそうに自身を抱くフェリシアを少し恥ずかしそうに見上げるアル。

 だが、ジュンヤが笑顔を向けた時、このお姉さんの中に芽生えた感情は……。


 ライバルのポテンシャルを確かめることは重要である。

 アルはもう少し身体を寄せると……。


 すらっ


「……ふっ」


「??」


 絶壁ともいうべき感触に、余裕の笑みを浮かべるアルフィノーラさんなのだった。


「ふふ、すっかり仲良しさんね。

 それでフェリシアちゃん、あんなにたくさんの救援物資……本当に頂いてもいいの?」


 仲睦まじい二人の様子に、「尊いわ~」という謎の言葉を発しながらマリナが枕を寄せてくる。


「い、いえっ。

 村の方たちがこんなに文化的な生活を送っておられるとは思わなかったので……」


 思わず恐縮するフェリシア。

 彼女が仕立てた馬車には、大麦のオートミールや干し肉と言った当面の食料と、作物の種籾、数頭の家畜が積まれていたのだが、光輝く生活を送る村にとってはみすぼらしい贈り物としか思えなかった。


(ハジ・マリーノ村の皆様は貧しい生活を送っている……そんな先入観がありました)

(人々を守る王族として、恥ずべき考えでしたね)


 シュンと下を向いてしまったフェリシア。


「フェリシアお姉ちゃん……」


 高潔なフェリシアの考えを読み取ったのだろう。

 アルがマリナにそのことを伝えると、マリナの笑みがより深くなる。


「そんなことないわよ?

 いくらあたしやジュンヤでも、無から有を生み出すことはできないし……食べ物を作ることはできない。

 ……あたしたちね、魔王の侵攻で住むところを失った人たちをこの村で受け入れようと思うの」


「隣の丘に百軒を超える住宅を建設する計画よ」


「!!!!」


 マリナの口から告げられた計画に、思わず目を見開くフェリシア。

 魔王への対抗策を考えるばかりで、家を失う民草の事まで考えの及ばないオージ王。


 ただ自分の虚栄心の為、周囲の迷惑を顧みずモンスターを駆り集め、救世主と呼ばれているテンガ。

 それに従うだけの自分はいったい何をしているのだろう。

 本当の救世主とは、この方たちの事ではないか。


 明日にはあの薄暗い王宮に戻らなくてはいけない……こっそりとため息をついたフェリシアは、せめてこのひと時を楽しもうと思うのだった。

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