カルミル村編 第4話 バイト

「『食べ物屋』」


 「食べ物屋」と書かれている。今までそんなに長くはないがそんなに変な翻訳はなかったはずだ。円だって多分ちゃんとこっちの貨幣で表現されたはず。だから伝わってるし。

 ってことはほんとに食べ物を売っている店なのか。


 カロードさんが先に入って挨拶やら紹介やらしてくれる。


「さ、入って」


「お邪魔しまーす」


 中に入るとそこには大きな空間があり区分けこそされているも日本のスーパーよりかは区分けされていない。

 その空間はカフェのようになっており、椅子や机がいくつか並んである。

 バイキングとスーパーとカフェを合わせたような雰囲気。

 商品棚での区分けがされてないから独特な雰囲気を感じるのか。

 

 ざーっと見てみると食べ物屋というだけあって生肉や野菜、さらにはここが作ってるのかパンや惣菜、肉を焼いたもの、揚げたものなど様々だ。

 ただ魚はなく、元のスーパーにあるようなお菓子や雑誌がない分、建物の真ん中に商品棚を置かなくてもいいと言うことだろう。

 魚がないのは……ここら辺に海や川がないだけなのか食べる文化がないのか……。肉はあるからヴィーガンというわけでもないよな。


「この辺って海とかないんすか?」


「あぁ、海かい。海はね、なくなっちゃったんだよ」


 俺の問いに恰幅の良い中年太りの食べ物屋の店主?が答えてくれる。


「どういうことっすか?」

 

 海って無くなるのか?


「遠い昔はあったらしいんだけどねぇ。龍神様がお怒りになられて世界を滅ぼそうとした時、どっかの偉い人たちが色々考えた結果、世界から海を消すという案で納得したそうな」


「海で納得するってなにやらかしんだ……」


「なんだったか……」


「鱗を剥がした、ですね」


「そうそう!よく覚えてるね!さすがカルミルの子だ」


「鱗……それだけ……」


「それを言ったらウィーンさんもですけどね」


「わしゃぁ物忘れが激しくてな」


 俺の反応を気にもせずにそんなやりとりをしながら二人は笑っている。

 ちょっと待てよ。海がないってことは。ずっと前に理科の授業でやった気がする。水って確か自然の中で循環してるんだよな?海の水が蒸発して雨が降るってやつ。じゃあ雨が降らないのか?農作物も育たないんじゃないか?飲み水は?

 ん、あれってそんな深く関係してたかな。


「海ないのってどれくらい影響してるんすか?とりあえず分かるのは魚がいなくなっちゃったぐらいっすけど」


「あぁ、そうだなぁ。当時は飲み水がなくなるとか食物連鎖がなくなって陸の動物も絶滅するとか言われてたけどよ、実際はそんなに影響はねぇんだ。飲み水は結局ここではそれぞれが魔法で出してるし、もっと大きい街に行けば無料でたくさんもらえる。食物連鎖は俺たち人間が何かしたというわけはねぇんだが、あっちが変わったな。魚を食べていた鳥を食べていた動物は突然変異して巨大化した魔力で成長する虫を食べるようになったしその鳥も草食になった。植物も動物の死骸から水分も栄養も摂るようになっちまってさ」


 そう説明してくれたウィーンさんと呼ばれた店主は今までと表情を変えてボソッと、


「なんだか、寂しいよなぁ」


「寂しい?ですか?」


「あぁ。今までは世界の大きな歯車の中でも大きな割合を保ってた海やら海の生物が、さっぱりいなくなったら全員で協力して、変化して、順応して。また世界が元通りの生活をするようになったんだ。まるで、それが元から必要なかったみてぇじゃねぇか」


 そっか。そうだ。そいつらが生きて死んで生きて死んでを繰り返した理由がなくなってしまう。世界を維持するために生まれてきてると思っていたのに必要がなかったなんて。世界から存在意義を否定されて。俺だったら……考えられないほど悲しい。


「海って取り返せるんですか」


 俺は変なことを聞いてしまっていた。


「あ、いや、なんでも……」

「取り返せねぇ。取り返しちゃいけねぇ。取り返せるような代物じゃねぇ。そもそも世界を壊す代わりに差し出した海だ。取り返そうなんてしようもんなら世界を壊される。それに元々海があった場所にゃ今や町がある。そこにたくさんの人が住んでやがる」


「あ……そっか。あ!いや、じゃあ海の場所に住んでる人たちに住まいを変えてもらって皆さんが魔法で水を出したら……!」


「なに馬鹿なこと言ってんだ。この世界の海と陸の面積は九対一だったらしい。全人類頑張っても無理だ」


 九対一。海の面積も違うんだ。完全に忘れていた。そんなの海を差し出したんじゃなくて陸を残してもらっただけだろ。


「そうっすね……。変なこと言ってすいませんした」


「いいってもんよ」


「さて、コウシさん。ここで働きますか?」


「あー、どれくらい働けばいいんだ?」


「一泊分は二時間半。食事代とか含めると四時間働けば十分ですよ。それは場所が違っても同じだね」


 そんくらいでいいのか。


「あ、じゃあここで」


 つまんなかったら明日また違うところに行こう。


「にぃちゃんよろしくな!」


 そう言って人生はじめてのバイト(?)が始まった。めんどくさいしそこまで金を必要としないから働いてこなかったが……まさか異世界に飛ばされることで自立を強制させられるとは。

 業務内容は購入された時の会計と品出し。スーパーで店員さんがやってるのを見たことがある。それにウィーンの説明も受けたしなんとかなる。

 当のウィーンは散歩してくる、とだけ言ってどっかに行ってしまった。

 無責任ジジイがよ。


「四時間ねぇ」


 そうは言ったがこの店に時計はない。ただ四時間という時間設定はあるからちゃんとどれくらいが一時間で一日がどれくらいとかは知ってるというか常識としてあるのか。

 この店が置いてないだけかとは一瞬考えたけど宿のロビー的なところにもなかったし気をつけて見てないだけであるのかもしれないけど多分部屋にもなかったはず。

 時計の技術はないだけで時間の概念はあるのか?

 そんなことある?どう確認すんだ?


 まぁ、今考えてもどうにもならないか。とりあえずたくさん働いてウィーンなりカロードなりがくるのを待とう。

 時間になったら教えてくれるだろ。


 

 ……客がこない。

 今の分の商品の品出しはウィーンがやってあるせいで本当に仕事がない。

 時間帯のせいか。そう考えるとラッキーな気もする。

 

 スマホを見てみるか。

 ここにきてからそんな時間がなかったからな。


 画面をタップしても電源がつかない。あれ。電源を落としたっけ。

 そう思って電源ボタンを長押ししてみるけどつかない。異世界だから?

 いや、そんなこと……なぁ。

 

 ん。あ。やったわ。

 思い出した。完全に。異世界のせいとかじゃない。

 アプリ開いたままポケットに入れたせいだ。充電が無い。


 うわー、最悪だ。もう使い物になんねぇわ。



 完全にテンションが下がった。

 

 そういや、あの女に剣とかもらってたら言語はどうするんだ?コミュニケーションできなくて終わりだろ。力で示すとか?

 身振りでコミュニケーションも取れないことはなさそうだが……国によってハンドサインの意味が違うとかあるし意図せず失礼なこと言って殺される、とかご飯食えなくて、とか。


 我ながら最善の選択をしたなぁ。あそこでチヤホヤされるために武力とか才能とか選んじゃ、ダメなんだよなー。それだから三流ってわけ。


 

「ウィーンさーん。あれ、君は……さっき来たっていう旅人さん?」

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