第44話 意地


翌朝も変わらず竜の渓谷をひたすら進む4人。

武仁は前日までが嘘の様に張り切った様子でズカズカと先頭を進んだ。

そんな武仁の後ろ姿を昨晩レディオーガと同じテントで過ごした全は彼女との会話を思い出しながら見つめる。


「君はなぜ武仁にばかり辛く当たるんだい?僕やズチよりも武仁に当たりがきついように感じるんだけど、気のせいかな?」


全が寝る前にレディオーガへ尋ねた。


「フン......さほど変わらぬ。人と言うのは瑣末な事を気にするのだな。しかしズチは魔物だからな、言うならばその程度だ」


レディオーガが答えると全は更に尋ねる。


「それなら尚更、僕よりも武仁へきついのは何故だい?」


そんなつもりのないレディオーガはそう問われると再びフンと鼻で笑いその問いに答える事はなくそっぽを向いて次第に眠りに落ちた様だった。


ああは言っていたが彼女は武仁にだけ僅かながらに全やズチとは別のものを感じている、全はそんな気がしていたのだ。


「武仁殿、張り切ってますなあ! どれ! 我も追いかけましょうぞ!」


ズチは武仁の背中を追い全とレディオーガを抜いて行く。


「お主も行けば良い。あやつらの足であれば今日のうちに古竜にも会えるやもしれぬぞ」


レディオーガが全にふと話しかける。


「いや、僕は体力には自信がないからね。君とゆっくり進むよ。それより古竜と言うのが竜の上位種なのかい?」


「フン、男だと言うに情けのない奴だな......まぁ良い......察しの通り古竜は上位種じゃ。総称のようなものであるからな、名前は別に持っておるがな」


意外にも会話が続く事に全は少し驚きながらも、決して表情には出さずに続ける。


「......じゃあ君にも名前があるの?」


レディオーガはそれを聞かれると顔を赤らめながら声を荒げた。


「お主! 上位種に名を聞くなど! 無礼ぞ!」


地雷を踏んでしまったのか、全はすぐに謝罪したがレディオーガはフンとそっぽを向くと口を閉ざした。


昼を過ぎていよいよ渓谷の道は人が横並びに3人入るかと言うほどまで細くなり、魔素の霧も道が狭まるにつれて紫色が濃ゆくなっているように感じる。

この辺りで武仁の第六感は強い力の反応を感知した。


「レディオーガみてぇなデカい反応があるな。あと3kmでいよいよご対面だ!」


武仁は後ろにいる3人にそう言うと更に足早に進む。


「お主らは人だと言うのによくこの魔素の中で平然としておれるな」


レディオーガがぽつりと言葉を漏らすと、それを聞き漏らす事なく全は拾い上げ答える。


「ズチは魔物とされているから、平気なのかな? 僕と武仁については......よく驚かれたりするから、人と魔物のハーフとでも思ってくれた方が良いかもしれないね」


全はこれまでもその桁外れな能力で様々な人を驚かしてきた事もあり、我ながら良い例えなのではないかと微笑みながら答える。

レディオーガはこの言葉に目を丸くしながらもフンと言うと全を追い抜かした。


武仁の感知した通り3kmほど進むと狭まる一方だった渓谷の道が一気に開けた。

円を描くように丸いその広場の真ん中には道中で遭遇した竜とは違い真っ黒な体をした古竜が静かに横たわっている。


「人よ、何用か」


古竜は横たわったまま片目をチラリと開くと見下ろしながら言葉少なに声を出した。

その中にレディオーガの姿を確認すると「ほぅ、珍妙だ」と加えた。


「人と協力関係を築いて欲しいんだ、3強の魔物なら他の魔物達に与える影響はデカいだろ。仲間になってくれねぇか?」


武仁は古竜を見上げると物怖じする事なく言う。


「人よ、其方は我より強き者。何故尋ねる? 見るにあのプライドの高いレディオーガさえ其方の手中。我に権限はないのではないのか?」


古竜はやはりレディオーガと似通った思考で武仁は眉を顰めたが力強く答えた。


「確かに俺はお前らより強ぇ。実際こいつは力づくで使役した......けどよぉ、ちょっとで良いんだ。考えて見てほしいんだよ。人と魔物が手を取り合えればもっと住みやすいんじゃねぇかってよ......俺は上手く言えねぇ、だが俺はお前らを裏切らねぇ! 俺に言えんのはそんだけだ! 無理ってんなら悪ぃけど力づくだ!」


武仁がそう言い放つと古竜は目を瞑り、しばらく考えていたのかパッと両目を開くと身を起こした。


「人よ、我は其方のような者に出会った事はない......よかろう、丁度この景色にも飽きていたところ。此度の厄災、そしてその後まで、其方が何を成すのか見届ける事とする。我が名はラドン。其方の名を聞こう」


古竜ラドンはただの気まぐれだったのかもしれない、だが使役せずに迎えた魔物に武仁は感無量の様子だ。


「お......おぅ! 俺は武仁だ! こっちが全、そっちはズチで、あっちのがレディオーガだ! ラドン、よろしく頼むぜ!」


武仁の返事の中でレディオーガをレディオーガと紹介されたラドンは彼女に視線を流すと「其方、名を名乗らんのか?」と一言かける。


「まさか古竜ともあろうお主が名を明かすなどとは......妾はお主のように戯れで明かす名など持っておらぬ!」


レディオーガの言葉に大きな体を揺らしながら笑うと渓谷の空気すら震えた。


「強情でプライドの高いレディオーガよ。お主は武仁らに生かされておる。共に生きる事こそ1番それらを維持も出来ように......意地を通すとは、不便よのう」


ラドンがそう言うと「お主に何がわかる!?」と声を荒げるとレディオーガはフンとそっぽを向くのだった。

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