第39話 正義


武仁を睨みつけるレディオーガだったが、武仁は眉一つ動かすことなくレディオーガの目を真っ直ぐ見据えた。


「......お前、人を襲ったことねぇだろ? お前からは悪意を感じなかった。ただ強ぇヤツなら誰でも良いっつー訳じゃねぇんだ、だがこの先魔物と人間の間をとりもてるくらいには強ぇヤツじゃねぇとな」


武仁がレディオーガに話すと全は「武仁、どう言うつもり?」と問いかける。


「あぁ、俺らは厄災をどうにかするだろ?だけどよ、結局千年に一回の厄災をおさめてもこの世界に魔物がいる事は変わらねぇ。なら、魔物の中でも話が通じて力も強ぇヤツに魔物をまとめさせられねぇかなって。そうしたら人間も魔物ももっと平和に暮らせるんじゃねぇの?」


武仁を終始睨んでいたレディオーガだが、話を聞きながら一瞬目を丸くした。


オークやゴブリンの上位種が戦術を立て戦うほどの知性があったとしても、その知性は勝つための手段でしかない。

群れをなすのも実力主義の縦社会が故でありそこにそれ以外の要素はないのだ。

しかしオーガの上位種であるレディオーガ、彼女は魔物名鑑に記載の通りこの世界で3強と言われる魔物の1種であった。

その所以は魔物の中で随一を誇るパワー、そして非常に高い知力である。

その能力でオーガを束ね集落を築くとその長を務め横社会説き種を繁栄させると言うが、そこまでを武仁も知る由がない。


「貴様......妾が仲間を死に追いやりよくもまぁ抜け抜けと......」


レディオーガは怒りを露わに震えている。


「......それは......」


強気だった武仁もレディオーガのたった一言の言葉を聞き喉が詰まった。

これまで魔物とは害をなす者であり、まさか自分達と同じように仲間を重んじ胸を痛め怒り震えることができる魔物がいるとまでは思わなかったのだ。

その様子を見ていたズチは武仁に変わり口を開いた。


「レディオーガ殿、我は武仁殿に召喚されし古の時代の聖人の器、ズチと申す。我らは近い未来に訪れる厄災を再び鎮めるため腕を磨いていた。貴殿の仲間を奪ってしまったのはこれまで魔物を害なす存在であるとしか思っていなかった人間の傲慢が招いた事である、詫びても許される事ではない......だが、厄災の度に貴殿らは何をしていたのだ? 厄災は魔物には害はない、貴殿のような強く聡明な魔物達は人間が倒れゆく最中、厄災に交わるでもなく影を潜めておった。同じ世界に生き、手を取り合う事さえ出来たはず。確かに我らはこれまでさまざまな種の魔物を倒してきたが、我らが傲慢であったならばこれは貴殿らの怠惰が要因でもあると言おう。お互いに知り、そして動かねば幾度も繰り返す。我は遠い昔に厄災を退け、それにより平和を守った気であったが......この過ちを恥に思う。貴殿は何を胸に抱くか?」


ズチの話を変わらず鋭い目つきで聞き届けるとレディオーガはフッと鼻で笑うとその問いに答えた。


「そうだ、貴様らは魔物の事などつゆ程も思慮した事はなかろうな。いつも勝手気ままにやって来ては妾達の平穏を奪ってゆくではないか、そんな貴様らとなぜ手を取らねばならぬのか? 確かに貴様の言う通りどの種であれ知力が低いほど理由なく人を襲うがこれはさきにそいつの言った通り弱肉強食の本能ではないか。貴様らに言われる覚えはないよ、賊めが」


レディオーガが言い終えると、今度は全が口を開いた。


「そうだな、なら君はやはり武仁に使役(テイム)される運命だ。だってこの世界は弱肉強食なんだろう? それで君は僕らとともに魔物と人間の架け橋になってもらう。もちろん僕らは人間側に、君は魔物側に教えて行かねばならない。その為には相手を知り、そして行動しなければ。共にこの世界に生きる者としてね。強引かもしれないが、君も同意した部分だし問題ないよね?」


全が話し終えるとレディオーガは再び鼻で笑うと言い放つ。


「まさに人族らしい傲慢さだな......弱者に拒否権などあるまい。だが、思う通りになると思うな」


そう言うと観念したのか力任せに拘束(バインドブランチ)を解こうとしていたレディオーガの力が緩んだ。


武仁は複雑な心境なのだろう、しかし表情を曇らせながらも使役(テイム)を実行した。


己の正義は必ずしも正しいとは限らず、それを行使する事により違う正義が時として折られていると言う事実。

ここに来て知る現実に打ちのめされながらも一行は全が浮遊(フロート)を唱えるとついに竜の渓谷に足を踏み入れたのであった。

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