第20話 国政


商店街を離れ再びギルドに顔を出した全はマムに盗賊の件を伝える。

スピード出世の特別待遇を受け他の冒険者の視線を感じ居心地が悪く早く済ませて帰りたい様子だ。


「良かったです! さきほどお聞きしようと思っていましたが、つい冒険者証の書き換え技術のお話に気を取られてしまい......申し訳ありません。しかし、やはり盗賊を捕縛されたのは全さんと武仁さんでしたか、転移(ワープ)で送ってもらったと伺ったのですが、実は転移(ワープ)が使えるのは今カルカーンに全さんを含めると3名いらっしゃるんです。......あ! ちょうどいらっしゃいますね!」


そう聞くや背後に気配を感じる全、バッと振り返るとそこには魔法であるワープを使うとは到底思えない、猟銃のような武器を携え長いコートにフードを被った40代くらいの強面な男が佇みその横には小さな少女がそのコートに隠れるようにしがみついている。


「こちら、カルカーンを拠点とするSランク冒険者のカッセルさんです。隣にいるのは娘さんのラエルちゃんです。カッセルさん、クエストお疲れ様です! ラエルちゃん、こんにちは!」


小さな少女はペコリと頭を下げるとまたコートに隠れるようにしがみついた。


「カッセルさんは毎年溶岩蜂の巣の探索を買って出てくださるんです。強面ですがお優しい方ですよ。カッセルさん、こちらはAランク冒険者でカッセルさんと同じく転移(ワープ)を使える全さんです。今年は不在のカッセルさんに代わって溶岩蜂の巣の探索をしてくれたんですよ!」


そうマムが言うとカッセルは「そうか、それは有り難い。あれはCランクだがなかなか厄介だからな」と言いながらフードを取った。

日本で言うならイケおじとでも言うんだろう、フードが陰になりわからなかったがその瞳は優しそうだった。


Sランク冒険者とは実力はあるが割の合わない依頼は受けないしそんな暇もないのだろうな、とライトノベル知識で勝手に思っていた全は、SランクでありながらCランククエストを甘く見ない姿勢にカッセルの人柄を垣間見たと同時に、そう思った自分を恥ずかしく感じた。


「そしてもう1人は王都に拠点を置くSランク冒険者で構成されたパーティメンバーの1人で、今はその内の2人がクエストで一時的にカルカーンに来ています。男性2人と伺っていたので、カッセルさんはいつも娘さんと2人ですし違うかなぁとは思いましたが、あとの2組でどちらかがわからず......名乗り出て頂いて助かりました」


その後、マムから盗賊団を捕縛した恩賞は国から出る事を聞き、カッセルにお辞儀をしてからギルドを出て宿屋に戻った。


宿屋に戻ると一足先に帰っていた武仁の姿を見て「どなたですか?」と真顔で言う全に「いや、そうはならんだろ」と肩を落としながらツッコむ武仁に吹き出す全。


「あははは! 良いとこのお坊ちゃんみたいになってるじゃん! いいよ、似合う似合う! ふははは!」


と笑う全に「笑いたきゃ笑えよ」と力無く言う武仁だったが、あまりに笑い続けるので武仁は全の腕を掴むと宿屋を出てズイズイと商店街へ連れて行った。


「待て! 悪かった! もう笑わないから!」


そう言う全に構う事なく仕立て屋まで引きずるかのように引っ張って来ると全を押し込み再び宿屋へ戻る武仁。

しばらくして宿屋に戻ってきた全の顔は憔悴しており「お前の気持ちが......わかったよ......」と言うと、まるで同じ死線を潜った仲間のように以心伝心で何も交わす事なく立ち上がると食堂へ向かった。


いつものボアステーキを頼み待っているとケインとカッセルが同席しているのを見つけた。

どうやらケインとカッセルは仲が良いようだ。

服でからかわれるのが目に見える2人は声を掛けずにいたがケインがこちらに気付き近寄ってくる。


「2人とも見違えたね! こっちで過ごすにはそっちの方が断然良いと思うよ! 良かったら同席しないかい?」


思い掛けず褒められた2人は咄嗟に「もちろん」と返したが、それはそうである。

2人にとっては馴染みのない洋服ではあるが、この世界の人々からすれば日本の服装の方が遥かに目を惹き言わば奇抜で変わり者のように見えただろう。


カッセルとラエル、ケインと同席した2人は「国政について話していたところなんだよ」とケインに言われた。


「この国では戦争さえないが、それは各領地に騎士団やそれに匹敵する武力が存在しているからなんだ。国王は平和主義でこの均衡を保つ為に力が偏って領地の奪い合いなんかにならないように冒険者ギルドに所属する冒険者のパワーバランスはもちろん、領主の人格、その領地に住む人々の性質まで考慮していると聞く。しかし、生まれ持つスキルや潜在能力で生活の水準に差が生じてしまう事はままあって、その果てに盗賊となってしまう人が少なからずいるのは事実。ただ、貴族がいてそこに敬意は払っても種族や生まれで例えば平民だからと虐げられる事はこの国ではないんだ。だからカッセルさんに盗賊の捕縛を全と武仁がしたと聞いて、どうすれば良いのかと話していたところだ」


全と武仁は黙って聞き続ける。


「スキルや潜在能力、職業と言うのはランダムで授かる。例えば戦士が商人の子を生んだり、上級魔法スキル会得者の潜在能力が赤子並みだったりする場合もある。それらが適合する様に生まれて来る者は良い、更に言えば貴族に生まれれば噛み合いが悪くても生まれの良さがカバーしてくれる部分は大きいが、平民でなら進路に苦慮するだろう。もちろんそう言う者への働き口の支援や斡旋も国は領主から冒険者ギルドへと伝い窓口を用意はしているが、それでもこぼれ落ちてしまう者達が腐らず真っ当に生きる道をと考えると......なかなか難しいな」


全はケインとカッセルの会話を聞き、神々が争いのない世界をと創生しただけはあるな、と思いながらも、それでもこの世界にもたしかに不条理な事がありそれによって争いが生まれるのは神々が仲違いしたからなのだろうか?と1人考えを巡らせた。


「で、誰こいつ?」


ずっと黙っていた武仁がここにきて口を開いたかと思えば、どうやらずっと誰なんだと思っていたようで聞くタイミングを逃したのだろう。


「あ、あぁ......すまない。私は冒険者のカッセル、こっちはラエル、私の娘だ。君は武仁君だったね、ケインから聞いたよ」


「あぁ、俺が武仁だ。しかしカッセルは冒険者なのにまさかラエルを連れてクエストに行くのか?」


武仁が聞くとカッセルが答える。


「早くに妻を亡くしてね、肉親もいないんだ。娘は私から離れたがらないから......」


それを聞くや武仁は「ダメだろ! それでも小せぇヤツを危ねぇとこに連れて行ったらダメだ!」と怒鳴った。


武仁はラエルに妹を重ねたのだろう。


「よく分からねぇが、職業が合わない、潜在能力が低い、スキルがクソだ、そんなもん言い訳じゃねぇか。盗賊ができるんだろ? 手足があって会話できるくらいには頭があんじゃねぇか! じゃあそいつらにラエルみたいな子どもを留守の間預けたりする仕事をさせりゃ良い。ギルドにでもスペース作ればカッセルも心配もねぇだろ、安全第一だ!」


まさかの17歳の武仁の言葉にカッセルもケインも全も一瞬押し黙った。

武仁はラエルのような小さな子どもが危ない場所に行かざるを得ないと知り、それを回避するにはと考えて放った言葉なんだろうが、盗賊となってしまう人へ同情したり歩み寄って考えるばかりでも解決策に繋がるとも限らない。むしろ一方的な優しさだけでは回らない事はあり、それはもしかすると余計なお世話でさえあるのかもしれない、と何かハッとした3人。

そんな3人をよそに武仁はラエルに「デザート食うか? お前お利口だな、偉いぞ」とデレデレしていた。

ラエルははじめこそ不安そうだったが、帰り際には「おにいちゃん、ありがとう」と照れながら手を振った。


そして宿屋に帰り湯浴みを済ませると2人は眠りについた。

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