第12話 覚悟
部屋に戻った3人。
オダーに頼んだ女とご馳走と酒を楽しみに待つ聖人は、部屋に戻るやテーブルに着き「異世界なんか夢みたいな話どうせなら思いっきりやろうぜ」と豪語する。
そんな聖人の横に腰掛け潤んだ目で見つめながら、相槌を打つ虎次郎。
しかし龍己は終始無言で1人ベッドに腰をかけた。
「......なんだ龍! 辛気臭ぇ顔して! 今からお楽しみが待ってんだぜ?」
そんな龍己に声をかけた聖人だが、龍己は「......俺はいい」と言って1人部屋を出た。
「童貞拗らせるとあぁなんのかね」と言う聖人に「龍っちゃんは慎重だから」と虎次郎が返した。
1人部屋を出た龍は、オダーに話がしたい旨を部屋の前に待機しているシスターに伝える。
シスターは「かしこまりました」と言うと、昨日の魔法陣のある部屋へ龍己を案内した。
「これはこれは龍己様、どのような後用向きでしょうか? さきほどの件でしたらただいまご準備しておりますので......」
オダーが言い終わる前に龍が食い気味に聞いた。
「そうじゃない......。さっきの話......厄災の芽......場所はわかっているのか......? わかっているのなら......まずは俺だけで行きたいんだ......。なるべく2人を......聖人と虎を......危ない目には遭わせたくないから......。大事な幼馴染なんだ......」
そう言うとオダーは、感涙しそうな表情を浮かべながら龍己に答えた。
「龍己様はご友人想いのお優しい方なのですね。なんともご立派! 流石は聖人の器に選ばれしお方......このオダー、感動致しました。......厄災の芽は現在判明しているものであれば、竜の渓谷近くに出現しております。案内役と戦術指南役をお付け致します。地理もスキルの使い方などわからない事が御座いましたら、この者達をお使い下さい。いつ出発なさいますか?」
「......今すぐに。......2人には内緒にしてくれないか......」
そう龍己が言うと、仰せのままに、とオダーは返し待機しているシスターに言伝た。
すると、間も無くやって来た、案内役と戦術指南役を2人ずつ紹介され、教会が準備した武器の中から大剣を選び取ると背中に携え、教会の外に用意された馬に跨ると、オダーに見送られ早々に出立した。
龍己は表情が硬く口下手であるがゆえに、コミュニケーションが得意ではなかった。
周りは彼に近寄り難い人と言う印象を抱く事が多く、180cmを有に超える体格の良さがその印象をさらに深めた。
そんな彼の唯一の友人は、幼馴染の聖人と虎次郎であり、彼にとっては大切な友人。
彼が1人で終わらせられるならと危険を買って出たのも、それを思えばおかしな話ではない。
道中、はじめて魔物に出くわす。
魔物は猪の様な見た目で、龍は驚きながらも表情は変わらない。
この辺りは魔物が多いようで、戦術指南役が先頭を切り交戦しながら、龍にスキルの使い方や武器の扱い、魔物の弱点などを教えた。
「......ありがとう。......次は......俺が戦う」
戦闘が終わると戦術指南役にお礼を告げたが「とんでもございません」と恐縮させてしまった事に罪悪感を感じながら、コミュニケーションの難しさを再認識しつつ、竜の渓谷を目指して再び馬を走らせた。
竜の渓谷までは馬でも半日がかりになるそうだ。
スキルの使い方を覚えた龍は、騎乗したまま次々に向かってくる猪のような魔物に魔法を放ち道を開く。
「
龍己は小さな声で魔物を見つけるやいなや、次々に雷属性初級魔法を唱えた。
天から雷が一直線に落ちる。
やはり聖人の器なのか、その力の差は歴然で、順調に竜の渓谷への道を進んだ。
しかし、厄災の芽の位置に近づくに連れて、出現する魔物は強くなっている様に感じた。
猪の魔物は跡形もなく消し飛んだが、次に出た熊のような魔物は丸焦げ程度。
そして竜の渓谷を目前に、今対面している大蛇の魔物に雷撃は大したダメージを与えられずにいた。
「
龍己は雷属性中級魔法を使った。
伝線を伝う電流のように、バチバチと音を立てながら大蛇の体を激しい雷光が伝う。
大蛇はそれでも息絶える事はなかったが、ダメージは通ったようだ。
これなら倒せるのかと考えた瞬間、大蛇は龍に向かって大きく口を開けて襲いかかった。
龍己は冷静に背に携えた大剣を抜いたが、間一髪間に合わず、襲いくる大蛇を前にギュっと目を瞑ってしまった。
ゴキ......バリ......バリ......
耳に鈍い音が響く。
恐る恐る目を開けると、そこにはここまでを共にした戦術指南役の1人が、龍己の前で大蛇に噛み砕かれ飲み込まれようとしているところだった。
龍己は足がすくみ体が固まった。
......恐怖。
戦うとはこう言う事かと、龍己は後悔した。
そして不甲斐ない自分に怒りが沸いた。
目の前で飲み込まれた人間がもし自分だったなら......まして聖人や虎次郎だったのなら......。
そう頭をよぎった瞬間、地面を踏み込み空中高くジャンプした龍は、大剣を両手で力強く握り頭上へ大きく振りかぶると、大蛇の額に思い切り振り下ろした。
大蛇は額が縦に割れ、大きな図体はバランスを失い地に崩れ落ちた。
「......すまない......すまない......」
そう言いながら、飲まれた戦術指南役を大蛇の喉元から引きずり出すと、他の教会員と共に弔った。
龍己は自分のせいだと強く責任を感じながら、死者を出した事への罪悪感と、一歩間違えれば死ぬと言う恐怖心、そして逃れる術のない絶望感、さらに聖人と虎次郎を守りたいと言う想い......様々な感情が交錯する。
しばらく俯き、降り出した通り雨さえまるで気にするそぶりもなく、どのくらい時間が経っただろうか。
雨が上がり、雲の切れ間から、一筋の陽の光が地面の水溜まりをキラキラと照らす。
龍己の顔はまだ晴れないが、スッと顔を上げ真っ直ぐと前を見据え立ち上がると、腹を括り厄災の芽まで一直線に進んだ。
厄災の芽は竜の渓谷の手前の崖の上にあった。
枝を伸ばし攻めて来る厄災の芽に動じるそぶりもなく、瞬時に大剣で両断すると、すぐに種を破壊し「戻ろう」と案内役の2人と戦術指南役の1人に言うと、来た道を颯爽と戻った。
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