第10話 哀れみあう者達


 フェガリの民が魔力の存在を知ったのは、一体の妖精を捕えた所から始まる。

 衰弱し、瀕死の状態の黄色に輝くそれはフェガリの民に助けを求めた。


 しかし、人道的な手が妖精に差し伸べられる事はなかった。

 未知の生命体への好奇心や探究心をフェガリの民は抑える事が出来なかったのだ。


 妖精は研究対象として捉えられ、様々な実験が成された末に黄金に輝く小さな宝石に成り果てた。


 やや黒ずんだ部分がある黄金の石から無限に湧く魔力を見た研究者達が、これを飲み込めば妖精と同じ力を得られるという結論に達するのはすぐだった。


 好奇心と探究心を抑えきれなかった研究者達はそれを砕き、自身の体に取り入れた。

 今より遥か先の未来で語られるような器に核を入れるような手法ではなく、飲み込んで取り込むという実に原始的な方法で。


 イデアルの両親も宝石の欠片を飲み込んだ研究者達の一人である。そして彼らの子であるイデアルは生まれながらにして当然のように魔力を宿していた。


 これが、フェガリの民が魔力を宿したきっかけである。


 そこから半世紀――フェガリの民が何処から間違えていたのか。


 未知の存在の、得体の知れない力に興味を持った時から?

 それを自分達の身に宿そうとした時から?

 魔力を宿したい権力者達が他に妖精がいないかと探し始めた時から?

 黄金の妖精が使った術を解析し、自分達に都合の良い魔法を作りだした時から――?


(……テクタイト魔法科学研究所では不老不死の術を研究していたという噂がある。モルガバイト魔法生体学研究所が人工妖精や合成魔獣キマイラを作ろうとしているという噂も聞いた事がある……)


 いかにも不穏な研究だが、リビアングラス魔法工学研究所の魔力を高次元エネルギーに変える研究や、星の動きを抑えて災害を防ぐ術も、他人から見れば不穏なものだったかも知れない。


 しかし全ては、千年前に終わった事である。過去を思い返しても今更何が変わる訳でもない。

 それでもイデアルは宇宙船の中で一人、過去を思い返しながら最後の役目を果たそうと手を動かす。


 産まれてまだ一年も経たない大切な子を未開惑星ル・ティベルの民に託しても、不思議と不安を感じなかった。


 リベラルの傍には、エルがいる――人として愛を知れた事、子を持てた事を思う度に、イデアルは温かいものに包まれた。



 それから、5年の月日が流れた。



 自動防御壁発生装置オートマタ・プロタクシアな装置に守られた村は5年のうちにどんどん開拓されていった。

 開拓に合わせて厚い外壁が新たに作られ、子機はそちらに付け替えられるのを繰り返し、より強固で大きなものになっていた。


 そんな中、有力者に抗う無力者ヌルの村の噂を聞きつけた逃げ惑う無力者達も集い、切り倒した木々で建物も作られ――当初二十人程度の規模だったエル達の村は三百人を超える大所帯となっていた。


 村を覆う厚い外壁と防御壁、豊富な魔晶石、大量の矢、そして長が持つ不思議な剣エフハリストのお影で村の中はとても穏やかで、平和で、幸せな時間が流れた。



 避難してきた無力者の中に、(足が不自由な長が扱うエフハリストさえあれば自分達がこの村の長になれる)――とよからぬ事を企む者達が現れるまでは。



 それは、運命の悪戯としか言いようが無かった。



 隙をつかれて新参者の無力者達に剣を奪われたエルが、その場に倒れ込んだ事も。

 イデアルがエフハリストがエルの遺伝子にしか反応しないように細工していた事も。

 エフハリストが使えず、引っ込みもつかなくなった男が激高し、倒れ込んだエルの頭を全力で蹴り飛ばした事も――


 村人達が男を追いかける中、大空を照らす太陽イリョスに負けない輝きを持つ黄金の天馬が空から飛んできて、雲一つない空から男に向けて雷を落とした事も――


 黄金の天馬がそのまま地上に降り立つと、意識が朦朧としているエルを浮かび上がらせて己の背に乗せて、再び空を飛んだ。


 まるで、役目を終えた英雄を天使が天へと導くように――村人達はその光景を呆然と見上げていた。




 太陽イリョスが地平線に傾きかけた空は赤から青の綺麗なグラデーションを作り上げていた。

 その中で、黄金に輝く天馬に寄り掛かるエルは漠然とした意識の中で言葉を紡ぐ。


「……イデアル、さま……」

「……何故、私だと分かった?」


 中性的な機械音声がエルの耳に響く。それはかつてのイデアルの声とは全く違った。それでもエルは穏やかな声を紡ぐ。


「分かります……貴方に感じていた物を感じますから……ああ、リベラルは今……」

「心配するな。リベラルの無事は分かっている」


 エルに会う前に、外で子ども達と遊ぶリベラルの姿を確認した。エルが襲われているのを見たのはその直後。

 男一人の単独犯――その犯人を始末した今、何も心配しなくていいと告げた後、イデアルはエルを自らに乗せた理由を告げる。


「……どうだ、エル? 宇宙船を解体して作り上げた骨組みにオリハルコンでコーティングした天馬の皮を貼り継いで作った、人工天馬だ。お前は生体の馬は暴れるからもう乗れないと言っていたが、これなら陸はおろか、こうして空も飛べる」

「まさか、体を捨てて、戻って来られるつもりだったとは……」

「体の寿命もあるが、私があの姿のままではずっと村に馴染めぬ。子を産んだ後、永久に生きられる頑丈な体に移り変わるつもりだったのだ」


 フェガリの民が定期的に負担がかかった部分を修復する処置を施し、寿命を伸ばす――生体学に関しては素人に毛が生えた程度の知識しかないイデアルにはその技術は復元できない。


 しかし工学に特化したイデアルは別の物質に意識を移し替える技術や自立稼働する機械の組み立て方、|膨大な情報を記憶できる端末や機械を組み上げられる資材宇宙船の廃材を持っていた。


 だから、もう5年と持たない自身の体が持つうちに子を宿し、その後人型のロボットを作って意識を移し替えた後、村に戻ってエルと共にリベラルを守るつもりだったのである。


 ただ――宇宙船に戻る前に見かけた天馬が、一つの想い出を過ぎらせた。


――俺はこの足ですから……もう普通の馬にすら乗れませんよ――


 紛い物の人の姿ではまた村人を怯えさせてしまうが、一見完全な天馬なら恐怖心は大分薄れるだろう。

 どうせなら、天馬になってエルを背に乗せてやりたいと思った。そして、エルと二人で大地や空を駆けられたら――どれだけ幸せだろうかと。


 そんなイデアルの気持ちを知らぬまま、エルは少しだけ顔をあげる。


「天馬には、角もあったのですね……」

「いや、これは人体接続型魔力変換装置アンスロポス・メカネ・マギア感情制御システムカルディ・ア・ルモニアを組み合わせて作った特性の誘雷針だ。王達が持つ魔力に対抗できるように大きめの器を作ったのはいいものの、私の持つ核の回復量と釣り合わなくてな……非常時に雷を呼び寄せ、そのエネルギーを取り込めればと思ったのだ」

「……貴方の言葉を、何度も理解しようとしましたが、本当に……理解できませんね……」


 額から天に向かって真っ直ぐ伸びる、黄金の角を見ながら呟くエルにイデアルが説明すると、エルは虚ろな瞳で困ったように微笑んだ。


「……ああ、空も、空から見下ろす大地も、こんなにも美しいものなのですね……」


 力の入らない声を聞く中、イデアルは背中に収納したコードを伸ばし、エルの頭を撫で回す。


『……エル。今、お前の頭には大量の血が溜まっている。このままだと脳が圧迫されて死ぬ。私には外科手術の知識がない。助かるにはナノマシンを入れなければ……』

「いえ、いいえ……イデアル様、やめてください。自分が理解できない物を体に取り込むくらいなら、潔く人として死んでいきたい……」

『……お前は本当に我儘だな』


 自分が理解できない物を、体に取り込むくらいなら――エルの言葉はイデアルの心に少なからず影を落とした。


 理解する前から取り込まれた物に対して、イデアルはそこまで嫌悪感がない。そしてイデアルは、自分の使命を果たす為に人として死なないことを選んだ。

 たとえ志半ばに倒れようと、人として死ぬ事を選ぶエルとは違うのだと思い知らされるから。

 

「……イデアル、私の神様……最後に我儘な男の懺悔を、聞いて頂けますか……」


 顔を上げ続ける事もできない程辛いのか、エルは再び天馬の背にもたれかかる。そしてイデアルの返事を聞かぬまま言葉を続けた。


「……俺は、感情を抑えられている時の貴方がとても苦しんでいたように見えたのです。怒りや悲しみ、苦しみを抑えて最善の行動を取ろうとする貴方はまるで見えない何かに操られているように見えた……」

「……まさか、お前に哀れまれていたとはな」


 感情を制御できない自分がエルやミスティを哀れんでいたように、エルもまた、感情を制御されるイデアルを哀れんでいた。


「……ですが、俺は、貴方を助けられなかった。一夜だけ解放してあげられただけで……貴方は人でなくなってもずっと、そのシステムに縛られたままだ……」


『悲哀の感情を感知……制御します』

「……エル、私はあの一夜の解放だけで、感情というものがどれだけ強く、また、活力を与える物か思い知った。その感情をお前が全て受け止めてくれた事で、私がどれだけ救われたか……」


 青ざめた顔で目を閉じたエルの姿に、イデアルはそれ以上言葉を紡げなかった。もう耳からの言葉は届いていないのだろう。


「イデアル様……どうか、リベラルと、村の皆を……」


 視界が閉ざされ、聴覚が閉ざされた中で、小さく震える口から紡ぎ出されるのは、また自分勝手な願望――呆れたように息を付いた天馬は穏やかにエルの脳内に囁きかける。。


『……私が守るのは私の子孫リベラルだけだ。村の皆まで守る理由はない……ただ、お前が私の願いを叶えてくれるなら、守ってやっても良い』

「……こんな俺でも、叶えられる願いなら」


 エルは柔らかい笑みを浮かべたまま――二度と目を開く事はなかった。


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