第6話 人でありたい


 魔晶石の存在を知ったイデアルはその夜皆が寝静まった後、一人で宇宙船が埋まる洞窟に戻った。


 一ヶ月ぶりの宇宙船――原住民には何をどうする事もできない高文明の船内で、イデアルは自分が眠っていた部屋に足を踏み入れる。

 そして必要な部品が組み込まれた部分や外壁をレーザーとリベラシオンを使って解体しながら、イデアルは改めて過去を思い返す。


 すぐ傍にあるカプセルの中で眠る、直前の出来事を――




 リビアングラス魔法工学研究所――そこはフェガリに新たに産まれた魔法科学において数々の功績を上げ、巨万の富を得た研究所の1つだった。


 天使達の破壊行動の勢いが尋常ではない事を悟ったイデアル達研究員は非常時用の小型宇宙船に乗り込み、避難星として不可侵条約が結ばれていた未開惑星の一つ、ル・ティベルに航路を定めた。


「イデアル、お前は先にここの時空停止カプセルステイシスで眠れ。私達は宇宙船を発射させた後、大部屋の冷凍睡眠カプセルハイバネーションを使う」

「いいえ、このカプセルは所長が使うべきです……!」


 他の宇宙船との射出のタイミングを図る中、操作盤から背を向けた所長の言葉をイデアルは拒絶する。

 所長は魔法科学と工学を組み合わせ様々な発明を世に送り出した魔法工学の権威であり、イデアルの父でもあった。


 今この船に乗っている中で誰より生きなければならないのは実績も、人を取りまとめる力もある所長だ、と訴えるイデアルに当の所長は苦笑いを浮かべた。


「イデアル……儂は確かに人体接続型魔力変換装置アンスロポス・メカネ・マギアを始め、多くの発明を世に送り出した。名誉と功績だけは一番だ。しかしな、これから行く星は未開の星……研究設備も何もない場所では年老いた儂は役に立てん」


 自らが築き上げた功績など、これから行く先では何の役にも立ちはしない――そう言い切った男は苦笑いから真剣な表情に変わる。


「だが、イデアル……の地震や雷を制御する術を核に刻んだお前は星に存在するだけで皆の助けになる。この術はこの研究所の設備がなければ施せん……未開の星で我らが生き延びるには、まずお前が生き延びねばならん」


 イデアルを説得する傍ら、所長はチラ、と隣で自分達を見守っている女性に目を向ける。


「それに……もしこの宇宙船が襲われた時、儂らは間違いなく死ぬ。こんな時くらい妻の傍にいてやらんと、完全に見限られてしまう」

「こんな時になって今更寄り添われても……」


 所長の隣でため息を付くのは副所長であり、イデアルの母だ。

 くすんだ金髪に、イデアルと同じ金色の目を持つ年老いた二人が寄り添う所をイデアルはその時初めて見た。


「イデアル、いざという時はリベラシオンを使いなさい。ル・ティベルに着けば不可侵条約はもう無いも同然……相手がル・ティベルの民でもフェガリの民でも、自分の身を守る為には力は絶対に必要だから」


 リベラシオンは魔力を高次元エネルギーに変換させて万物はおろか幽体や術すらも切る事が出来る、軍事兵器、重機、いかなる用途にも力を発揮する魔法工学の傑作である。


 イデアルが設計・開発したそれを世間に発表してから、まだ数日と経っていない中で天使達はフェガリに降り立った。


「……私がリベラシオンなど作らなければ、彼らは」


 感情を既に制御されている中でなお落ち込むイデアルに、所長は穏やかな声をかけた。


「イデアル、それは違うぞ……どんな便利な機械も、使う者の人間性が問題なのだ。我らの研究の最大の敵はいつだって、『人』だ」

「そうよ。それに他の研究所に比べればリベラシオンなんて大したものじゃないわ。リビアングラスは今のテクタイトやモルガバイトに比べたら人道的な研究所よ」

「そうだ。それに奴らが本当に神の使いなのか、我らには分からん。別の研究所が作り出した遺伝子変異体ミュータントの暴走の可能性もある」

「仮に本当に神の使いであったとしても、私達の生を諦める理由にはならないわ」


 感情制御システムのお陰もあるのだろうが、どうしようもない危機的状況にありながら二人は穏やかな微笑みをイデアルに向ける。


「さあ……もう休みなさい、イデアル」

「何、またすぐ会える」


 まるで不安がる子どもを寝かしつけるように促され、イデアルはカプセルに横になった。

 そして二人の笑顔がカプセルに遮られ、視界が黒に染まり――千年後に目覚める事になる。




 感情制御システムと月日の経過で悲しみも苦しみも薄れてきた中で改めて過去を思い返す。


(私がこの地でリベラシオンを発動させてから大分経つが……奴らが未だに私を殺しに来ないという事は、神の怒りの原因はリベラシオンではなかった、という事だろうか……)


 続いてイデアルが感じたのは、自分を生かした二人の意外な関係性。


(……所長達は恋愛結婚だったのか)


 フェガリが高度な文明と豊富な娯楽ゆえに子どもを持たない、少子化の危機が訪れた際、体外受精や人工子宮と養育機関を置く事によって乗り越えた。


 望む相手と体外授精で子を成し、人工子宮で成長させ乳幼児の育てづらい時期を養育機関で過ごす。

 途中で親に養育の意志が無い、あるいは健全な養育が出来ない状況であれば子は成人期まで養育機関で過ごす。育児放棄をした親に罰則はない。


 『何かあったら国が引き取って育てるので気軽に作ってください』の国――はまだ人道的な方で、イデアルがいた国は『自国民の並以下の男女の子を育てるより、優秀な子どもに幼いうちから愛国心と英才教育を施した方が国の益になる』と自国民の優秀な男女の結婚させたり精子卵子を買い取って子を産み出す方針を取っていた。


 だからイデアルは自分もそんな政策で作られた子どもだと思っていた。

 二人は婚姻関係にあっても自分の研究に没頭し、二人が研究の事以外の会話を交わす所を見た事がない。笑い合っている姿も、喧嘩している姿も。


 イデアルが二人から冷遇された訳ではない。ただ、楽しく過ごした記憶もない。


 養育機関を出てからすぐにリビアングラス研究所の一員として働き始めたイデアルは二人に時に優しく助言され、時に厳しく指摘され――だからイデアルはとっては二人は父と母というより、所長と副所長だった。


 それでも――もうすぐ死ぬかもしれないという状況で寄り添う二人から感じる空気は、眠りにつく自分を見届ける眼差しは、とても温かいものに感じた。


(……私もエルとそんな関係になれればいいのだが)


 エルに惹かれている自覚はあるが、四六時中ベタベタと寄り添いたい訳では無い。ただ、ふとした時に温かいものを感じあえる仲になれたら――そう思うとイデアルの胸の内が少し温かくなる。


 しかし今日――口づけをした際のエルの動揺の表情を思い返す度に、胸がキュッと締まる。

 感情制御の声が響かないのは既に感情制御しているからだ。それでも感じる疼くような悲しさを振り切るようにイデアルは首を横に振る。


(……そうだ、共有亜空間にも何か使える物がないか確認しておこう)


 気を紛らわせるように操作盤にコードを接続し、自身の魔力で情報を収集する。


 一切メンテナンスせず千年放置された船の端末はほとんど破損していたが、研究所の職員が使っていた共有亜空間の使用リストは所々読み取る事が出来た。


 その中の一つにイデアルの目が釘付けになる。


(……コード164、身体損傷修復用ナノマシン……!)





 翌日――イデアルはテントの外でエルが村人達から集めた魔晶石と自分が持ってきた部品を組み合わせていると、


「イデアル様、それは何ですか?」


 村人達への指示を出し終えたエルがイデアルの傍の台に腰掛けた。エルは村の外壁を作る木材の端材で使って器用に台や箱を作り上げた。

 聡明なだけではなく、手先も器用なのだな――とイデアルは更にエルに好感を抱いた。


「今説明しても理解できないだろうから、完成してから教え……」


 言いかけている最中、何かが空を過ぎる。空を見上げれば青空に何か大きな物が横切っていった。

 その正体を確認する為にコードを伸ばしながら空を見上げるイデアルに、エルが正体を告げる。


「イデアル様、あれは天馬です」

「天馬……この世界の馬は空を飛ぶのか」

「いえ、飛ばない馬の方が多いです。俺も草原に居を構えていた頃はよく馬に乗って狩りに出ました」

「そうか……今はもう乗らないのか?」

「俺はこの足ですから……もう普通の馬にすら乗れませんよ」


 体重をかけると震える足に表情を曇らせるエルにイデアルは今が好機と言わんばかりに言葉を紡ぐ。


「ああ、その事だが……昨夜、身体を修復させるナノマシンを見つけたんだ。これでお前の右足の怪我も治せるぞ!」

「ナノマシン……?」

「とても小さな、自由自在に操れる砂粒のようなものだ! お前の足に刺激を与えて再生を促す。あるいは自己増殖してお前の足を支えるパーツに……」

「……いいえ、結構です」


 エルの予想外の反応にイデアルは戸惑う。治せるものを治さない理由が全く分からず、しつこく食い下がる。


「……何故だ? 再び足を自由に動かせるようになれば馬にだって乗れるし、弓をつがえて戦えるようになるのだぞ?」

「イデアル様、私は……貴方と契る事こそ了承しましたが……人でなくなるのは嫌です」


『強い怒りを感知。制御します』


 エルの言葉を認識した途端、感情制御システムが反応する。それで制御しても尚イデアルの中に不快感がジワジワと込み上げた。


「ははは! 体の中に極小の機械を入れるだけで人間じゃなくなる、だと……!? ならば私は何だというのだ!?」


『激しいストレスを感知。エンドルフィン放出します』


「……申し訳ありません」

「…………いや。きっと、お前の感覚が、人として正しいのだろう」


 イデアルはエルの言葉に不快感を覚えたものの、怒りの感情を抑制された頭で冷静に考えれば――病気を治す為に、訳の分からない物質を体に入れなければならない、と考えれば――嫌がる人間がいるのも頷ける。


 行き過ぎたフェガリの民と、まだ歩きだしてもいないル・ティベルの民――どちらに未来があるのかは明白だ。

 自分達が、何処で過ちを犯したのか、何が神の怒りに触れたのか――エル達と過ごすうちに分かるかも知れない。


(……落ち着こう)


 目を閉じて大きく息を吸い込み、心を落ち着けようとしたイデアルの口が――柔らかいもので塞がれる。


 昨日感じた感触と同じである事に気づいたイデアルが目を見開くと、一気に心臓が大きく脈打つ。


『心拍数急上昇。興奮状態につき制御します』


「……不意打ちはやめろ。私にだって心の準備がいる。タイミングもおかしい」

「お互い様ですね」


 動揺を隠せないイデアルから離れたエルは眉を下げて笑いかける。

 確かに、昨日不意打ちで口づけをしたのは自分だ――とイデアルは素直に反省する。

 が、エルに返す言葉が思いつかない。じっと顔を俯かせているとバツが悪そうにエルが自分の頭を掻いた。


「……すみません。貴方が辛そうな顔をしていたので、つい」

「嘘をつくな」

「嘘ではなく、本心です。イデアル様も、俺の事を悪く思ってないから口づけなさったのでしょう?」

「私には感情制御システムがある。お前達に対して嫌悪感を感じていない。だがお前は私を嫌悪している。化け物だと思っている」

「貴方は化け物ではありません……私達と同じ、人の心を持っている」

「だがお前はさっき、私を人ではないみたいに言った!」


 イデアルの反論にエルは困ったように視線を伏せて、何かを言いあぐねるように口を動かす。


「……そうですね。貴方は俺達にとって、人じゃない……でも、化け物でもない……そう、貴方は神のような存在です」

「化け物から神、か……都合が良い事を……」


 いや、人とはそういう都合の良い生き物だったな――とイデアルは変に納得してしまった。


「イデアル様……俺はここが貴方の第二の故郷になればいいと思ってます。だから俺の命がある限り、貴方と、貴方の子に尽くす事を約束します。ただ、俺の足の事は気にしないでください」


 エルに穏やかながらもハッキリとナノマシンを拒絶されたイデアルはもうそれ以上勧める事はできなかった。



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