第5話 魔晶石


「子を成す前に、この場所の守りを固める必要がある」


 子を宿すにあたって、イデアルには一つ懸念があった。


「妊娠中は魔力が使えなくなる。私の魔力を糧に動くレーザーもリベラシオンも使えない。よって私が妊娠する前に有力者に耐えうるだけの守りを固めておく必要があるのだ」


 その日から、エル達の一団は3つのテントを中心に村を作り出した。


 イデアルはまず周囲の木々を切り倒して加工し、厚い外壁を作る事にした。

 木製の外壁は火に弱い印象を受けるが、一定の厚みがあるものであれば例え火に炙られても表面しか炭化せず、内部の強度が低下しにくい。


 イデアルは淡々とレーザーで木を切り倒し、適度な長さに分けていく。

 そんなイデアルを怪訝に思いながら外壁を作るのに協力するのはエルと、彼に懐いている若い男子達だった。


 男子達はけしてイデアルに話しかけない。イデアルも男子達に話しかけない。

 そんな彼女達を上手く仲介するのがエルだった。


「イデアル様、外壁から矢を射れるような小窓があれば、何かあった時に私達も手助けできます。此の位の長さの木材を作って頂ければ……」


「遠くを見渡せるやぐらも作りましょう。子どもの頃に設置を手伝った事があるので俺に任せてください」


 エルはイデアルが思っていた以上に聡明な男だった。

 出会った時に負っていた右足の怪我で重い物を持ったり走ったりは出来ないものの、杖を使って器用に歩き、穏やかな態度であちらこちらに指示を出す。


 イデアルは集団で何かを成し遂げる事が苦手だった。

 感情制御システムのお陰で誰かと険悪になるような状況にはならなかったが、だからといって円満な人間関係を築けるかといったら必ずしもそうではない。


 だから村人の意見を聞き、相談に乗り、まとめあげるエルの姿に純粋に尊敬の念を抱きはじめていた。


 彼はイデアルと男子達を無理に仲良くさせようとはしなかった。お互いが負担にならないような適度な距離を保たせながら、彼自身は暇があればイデアルの傍で手伝いをする。



 そんな日々が一ヶ月ほど過ぎた頃――4つのテントを囲うように覆われた外壁を見ながらイデアルは隣に立つエルに問いかけた。


「エル……お前は本当はミスティと契りたかったのではないか?」

「……何故そう思うのです?」

「お前達は出会った時から距離が近かったからな。それに……あの者のような女をお前達は美しいと思うのだろう?」


 例え村人と会話せずとも、一ヶ月も過ごせばあちこちから色んな話が耳に入ってくる。


「エル兄はミスティ姉のだったのに――」

「ミスティ姉が可哀想――」

「ミスティ姉の方がずっと美人なのに、何でエル兄はあんな化け物と――」


 当のミスティはイデアルに何か言ってくる事はない。

 だが、イデアルは彼女が自分を避けている事も、目があった時に感じる、敵意も全て伝わっていた。


 この世界に目覚めた頃に比べてずっと軽くなった頭痛が、ふとした時に微かに頭を締め付ける。

 エルの気持ちを確認すれば、この僅かな頭痛は消えるだろうか――そんな思いで問いかけたイデアルに対してエルは苦笑いを向けた。


「イデアル様も美しいですよ」

「嘘を付け。本当にそうならば、私は他の男からも言い寄られるはずだ」

「……申し訳ありません」


 バツが悪そうに謝罪するエルに対し感情制御こそかからなかったものの、イデアルは少し不快に感じながら言葉を重ねる。


「エル……見え透いた世辞で私の機嫌を取る必要はない。お前達が本能的に私を嫌う気持ちは分かる。私はお前が、私のような化け物と契る決意をしてくれただけでありがたいと思っている。本音を話せばいい」

「……自身の事を化け物などと言わずとも……」

「もちろん私は自分が化け物だとは思っていない。だがな、お前達にとっては化け物でしかない事も分かっている」

「それはイデアル様も同じではないですか……? 俺と……違う星の者と契る事に抵抗はないんですか?」

「私は頭に埋め込まれている感情制御システムで嫌悪感も恐怖心も制御できる。お前と契る事に特段抵抗はない」

「……ああ、だから……」


 エルの納得したように小さく頷く姿にイデアルは怪訝な視線を向ける。


「……何だ?」

「いえ……そんな物を頭に埋め込んで、恐くないんですか?」


 首を小さく横に振ったエルの言葉に、イデアルはフェガリの歴史を思い出した。

 

 感情制御システムは画期的な発明であったが、倫理に反すると多くの声が上がった。

 栄華を極めたフェガリの民もずっと一枚岩だった訳では無い。

 特に科学および魔法科学の発展に懸念を示していた者も少なくなく、特に魔法科学の前に発明された感情制御システムに対しては『人が人でなくなる。人が機械に操られる』と反発が凄まじかった。


 反対派の言う通り、恐怖心が無くなった人間を戦闘要員に使う、重荷になった恋人や親や子どもを捨てて罪悪感を消す、強い電磁波による体への影響、脳に多大な負担をかける事による副作用など、問題が無限に湧き上がる中、開発者が暗殺される事件が起きた。


 反対派の犯行だと分かると「こういう事も感情制御システムがあれば防げる」と世論が傾いた。

 そして一気に反対派の言葉は押し込められ、開発は他の研究者達によって進められ――取り付けが義務付けられるようになったのである。


 そしてこの事件は研究者達に<開発段階で発表したら殺されて他の研究者に成果と収益を横取りされる>という教訓を残した。

 以降フェガリの研究者達は水面下で動き、全てを完成させた時点で公表するのが当たり前になった。


(……私も、その時に生まれていたらエルと同じ事を思ったのかもしれないな)


 脳に直接何かを付ける――それはきっとエルが言うように本来なら恐ろしい事なのだろう。それでも――


「……物心ついた時から取り付けられているからな。恐ろしいと思った事はない。それに私は今、これに大いに助けられている」

「……そうですか」


 エルの相槌の後、2人の間に沈黙が流れる。


(……もう少し、何か言った方が良かったのだろうか?)


 とはいえ、イデアルは雑談が得意な方ではない。

 聞かれれば答える、頼まれればこなす受け身の人生だった彼女はこういう時間をどう過ごせばいいのか分からず困惑していた。


 外壁を作った後もやる事は色々ある。会話が終わったなら作業に入ればいいだけなのだが――

 まだ会話を続けたいイデアルは思考を巡らせるうちに本来の質問を思い出す。


「それで、ミスティの」

「ああ、そうだ。イデアル様はこういう物はお好きですか?」


 エルが会話を遮って差し出した手の平に乗っているのは、半透明な色とりどりの小石。

 陽射しをキラキラと反射するそれは、見る者――特に女性を惹き付けるものであった。


「宝石……にしては色がバラバラのようだが」

「これは魔物や魔族の化石の近くで取れるのです。磨けばこんな風に光沢も出るのでもしイデアル様がお好きなら指輪や首飾りをお作りしようかと」


 イデアルの心が動揺と関心に揺れる。が、勝ったのは関心の方であった。


「魔物……?」

「ええ。幸いイデアル様がここに来られてからは魔物達も魔族も近寄ってこないのですが……」


 エルから教えられたのは、魔力を持つ凶暴な動物や、耳の長くひょろ長い人型の魔物の存在であった。

 イデアルは赤目族が自分を魔族かと疑っていた事を思い出す。


「どちらも人を襲い、攫います……特に無力者ヌルを襲います」

「お前達……人にも人外にも襲われながら、よくここまで生き長らえたな」

「数え切れないほど多くの犠牲が出ました。親も兄弟も、皆、俺達を逃がして死んでいったんです……彼らの苦痛を思えば、村の皆を守れるなら、貴方と契る事など大したじゃない」


『強い悲哀を感知。制御します』


 本音を言え、と言ったのは自分だ。傷つく事ではない。

 それなのに何故今、自分は感情を制御しなければならないほど強い悲哀を感じたのだろうか――イデアルの心に陰りが差す。


「イデアル様はどの色が好きですか? やはり黄色でしょうか……」


 自分がエルの言葉に傷ついた事を言えばエルは謝るだろう。しかし、それでは本音を言ってくれなくなる。

 何とも言えない寂しさを感じるイデアルの気持ちなど全く察していないエルは一人言葉を続ける。

 

「ですが、黄色は無いので……この橙色の石などはいかがでしょう?」


 イデアルは差し出された半透明の橙色の石に違和感を覚え、レンズを近づける。


「……この鉱石には、魔力が含まれている」

「え?」


 イデアルの言葉に驚いたようにエルも石を覗き込む。


「恐らく地中に埋まった魔物の魔力が長い時をかけて有機物と混ざりあって結晶化したのだろう……さしずめ魔晶石、といったところか」


 鑑定を終えたイデアルの手は橙色の石を掴んで、念じると橙色の魔力が彼女の手を包んだ。


「こ、これは一体……!?」

「落ち着け。石から魔力を抽出しただけだ。なるほど、魔力を取り出しても物資るは残るのなら……込める事もできそうだな。他の石も見せてくれるか?」


 言われた通り、エルは石を全て差し出した。一つ一つ鑑定したイデアルの目が大きく見開き、輝く。

 そして口角を大きくあげてエルに笑いかけた。


「エル、これをもっと集めてくれ! これがあればここをより強固に守る事が出来る!」

「本当ですか!? それは良かっ……」


 エルの言葉はイデアルの口づけで塞がれる。

 流れ込む魔力の微かに痺れるような感覚に動揺しているうちに、イデアルの口が離れた。


「な、何を……」

「契り合う仲なら別におかしな事ではないだろう? それに互いに魔力を満たしていない状態で出来た子は魔力を貯める器が小さくなるという研究結果が出ている!」


 木材で作られた外壁や、後は宇宙船を分解して作る盾や武器――その程度の武器しかないと思っていたイデアルにとって魔晶石は希望の光だった。


 感情制御システムカルディ・ア・ルモニアは喜楽の感情を制御しない。それらの感情まで制御されてはそれこそ「人が人でなくなる」という理由で。


 この世界に来てから感じる事が出来なかった強い喜びに加え、エルが契る相手である事、口づけが必要な行為である事、愛し合う者達なら普通にする行為である事――それら全てがイデアルに衝動的な行動を取らせた。


「だから、契る前にお前を私の魔力で満たす必要が……」


 喜び冷めやらず早口で捲し立てるイデアルだったが、エルの困惑と動揺の表情に言葉の勢が一気に弱まった。


『強い悲哀を検知。エンドルフィン放出します』 


「……口づけ程度で臆するな。私達は契らねばならんのだぞ」

「……申し訳ありません、体に何か異質なものが入り来る感覚に驚いてしまいました……」


 そんなバツが悪そうに目をそらし合う二人の光景を、遠くからミスティが泣きそうな眼で眺めていた。


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