第7話 異星人との交配・1
エルがナノマシンを拒絶した事で、二人の間に気まずい空気が――流れる事はなかった。
お互い、そんな話など無かったかのように翌日にはいつもどおり普通に会話する。
そしてイデアルが目的の物を組み立てていく中で何度も赤目族や緑目族と遭遇した。
彼らを消す前に情報も収集してみたが、イデアルの望む情報は得られなかった。
だが、悪い事ばかりでもない。イデアルの存在に気づいているはずの王達が全く彼女に近づいてくる気配がない。
(奴らの王達も争いを望んでいる訳ではないようだな……)
しかし争いを望まぬ王達も、縄張りに侵入されれれば動かざるを得ない。
ここに残って拠点を作る選択は正解だった、とイデアルは確信した。
侵略してくるはぐれ者を消しながら、夜な夜な宇宙船から様々な部品を持ち込みながら――2節かけてついに目的の物を完成させた。
「この親機の中に魔晶石を入れておけば勝手に魔力が吸い上げられて子機に届き、子機は障壁を作り出す。 魔弾や火の玉、風の刃は障壁に遮られ、物理的な攻撃を厚い外壁が弾く。それでも襲ってくる奴らは入口から入ってくるから、矢で射れば良い。この世界の文明レベルなら、これで10年は守れるだろう」
イデアルは満足気にエルに語るが、エルは放心したように口を開けたまま淡く光る魔晶石を嵌め込んだ子機に見惚れていた。
「……フェガリの民は皆こんな物が作れるのですか?」
「いや、これは魔法科学……その中でも魔法工学を嗜む者でなければ作れん。魔法も科学も工学も分からんお前達にはどう説明しても理解できんだろうな」
イデアルの傲慢な言葉にエルは不快を示す事もなく、ただただ興味深げに壁に取り付けられた子機を眺める。
そんな彼に向けてイデアルは軽く咳払いをした後、言葉を重ねる。
「さて……私が動けない間の守りについてはこれで十分だろう。そろそろ私の願いを叶えてもらう時が来たようだ」
「……はい」
イデアルの言葉に振り返って頷くエルの表情は、覚悟が感じられる穏やかなものだった。
「とはいえ、装置はまだ微調整が必要だ……明日の夜、契ろう」
イデアルの言葉は少し離れた場所で二人のやり取りを聞いていた女子達によってその日のうちに村中に広められた。
そして、翌日の夕方――木々を切り払った村を、赤く澄み渡る空が橙色に染め上げる。
「それでは私は夜に備えて準備しますので」
そう言ってテントに入っていくエルを見送るイデアルは緊張していた。
感情を制御していてなお感じる緊張感と焦燥感にじっとしておられず、ウロウロとテントの前を歩き回る。
亜空間収納リストを確認した際、体外授精の類のツールがあれば――と思ったが、その手のツールは魔法工学研究所には無かった。
イデアルは人に身を委ねるのが初めてであった。
五感を調整するのと同じように、子種を受け止めて受胎できるように体を調整する事は出来るが、交わる方法については本当に単純な事しか分からない。
(何をどうすればいいのか……エルは、分かっているのだろうか?)
一応、今のうちにその辺りを確認しておいた方が良いか――とイデアルがテントに入ろうとした時、4人の男子に阻まれる。
「おい、お前! まだ夜じゃないだろ!」
「今夜契るにあたってエルに確認したい事がある」
「おっ……男には色々準備があるんだよ! だからこっち来い!」
「……そうなのか?」
「そ……そうだよ! 男は大変なんだ! だからこっちで待ってろよ! 林檎いっぱい取ってきたから、あんたにも分けてやる!」
契る前、男にはどんな準備が必要なのかイデアルはさっぱり分からない。
(こんな事になるなら生体学も学んでおけば良かったな……まあ、こいつらに聞けばいいか……)
イデアルは男子達の言葉を疑いもせず、押されるがままにテントから離れた。
テントが見えなくなる程離れた場所で林檎を貰ったイデアルは早速男子達にこの世界の夜伽について尋ねると、男子達は顔を真赤にしながらヒソヒソと話し合う。
「分からないのならいい」
まるで自分が男子に向かって性的嫌がらせをしているような気持ちになったイデアルは早々に話を切り上げ、エルがいるテントの近くに戻ろうとすると男子達に遮られる。
「ちょっ、ちょっと待てよ! 今こいつが他の奴らに聞いてくるから、ここで待ってろ!」
しどろもどろになっている男子が一人、顔を真赤にさせながら他のテントの方に走っていく。
イデアルが先に進めないように人の壁を作られる中、イデアルの中に疑問が生まれる。
(おかしい……何故、この男子達は今日に限って私に話しかけた? 例え男に本当に事情があるにしても……何故私をテントから引き離した?)
女が見てはいけない物なら、テントの中に入るなと言えばいいだけの話なのに。
これまで、自分に話しかけた事のない彼らが、今に限って率先して関わるのは何故なのか――
『亜空間コード72、接続……承認。ステルス製超小型ドローン、転送します』
疑問が疑惑を呼ぶ中、イデアルの手の平に目に見えない物質が出現する。
そしてイデアルがドローンとを同期させると、スクリーンゴーグルにテントの中が映し出され、耳を覆う端末からは音声が聞こえてきた。
映像も音声も
テントの内部では、エルとミスティが向かい合っていた。
既に何かしらの言葉を交わしたのか、既に重い空気が漂っている。
「エル……貴方があんな化け物と子を作る必要なんてない。今ならまだ間に合うわ。私と逃げましょう!?」
「ミスティ、馬鹿な事を言うな……! イデアル様は安全な拠点を作り出してくれたんだぞ……もう俺達が逃げなくて済む場所を作り出してくれたのに、裏切るなんて……!!」
ミスティの言葉にイデアルは少なからず怒りを覚えたが、即座に断るエルの言葉に溜飲が下がる。
(最後の最後にこんな手段に出るとは、あの女は本当に哀れだな……)
エルが断ってるのだから何の問題もない。ミスティの奪われた側という立場を考えれば、この無礼を追求するのはやめよう――
そんな風にイデアルが考えている間にも、2人の会話は続く。
「それに……俺が逃げても、誰かがあの方と契らなきゃいけない」
「貴方じゃなければならない理由はないわ……皆、逃げていいって言ってくれてる」
「俺と逃げた所で、赤目族や魔物に襲われて不幸になるだけだぞ」
「それでもいい……!! 貴方と一緒に死ねるなら、私」
「俺は嫌だ!!」
イデアルがエルの意志の硬さに関心しているのと同時に、食い下がるミスティに苛立ちを感じ始めた、その時――
「そ……それなら、いっそあの化け物を殺してしまえばいいんじゃないかしら!? 前みたいに、全力であの剣を使わせて気を失わせてしまえば、きっと簡単に殺せ」
「やめろ!!」
強い気迫に圧倒されたミスティは身をすくませる。その怯えた表情にエルは困ったように頭と眉を下げて、嘆いた。
「分かってるよ、お前が俺の事を心配してくれてる事は……! だけど俺との事はもう忘れてくれ……!! 俺は、こんな体でもお前達の役に立てる事が出来て嬉しいんだ、後悔はしていない……!」
「あ……貴方はすぐそうやって自分を犠牲にしようとして……! それで私がどれだけ傷ついているのかも考えずに……!」
「ミスティ、頼む。これ以上、嫌な事を言わないでくれ……!!」
エルの悲痛な叫びにイデアルの心が痛む。それでもミスティは辛辣な言葉を続ける。
「ねえ、エル……化け物の力を借りて、そこまでして皆を守りたい? 私達を襲う有力者と同じになったら、私達を追い詰めた奴らと同類になるのよ?」
「それが何だって言うんだ……俺は、これ以上大切な仲間が死ぬくらいなら、喜んであの方の力を借りる。今、俺の中にあるこの力も、お前達を守る力に」
「貴方からもあの化け物と同じ魔力を感じる度に、私も皆もどんな気持ちになるか分かってる……!? 怖いのよ……貴方があの化け物に惹かれて、同じようになっていくんじゃないかって……!! 」
『強い怒りを感知。エンドルフィン放出します』
拠点の守りを固められ安全な生活を過ごせるようにした自分に対してミスティの感謝の欠片もない軽蔑の言葉と、エルの気持ちを踏み躙る心無い言葉はイデアルの逆鱗に触れた。
『リベラシオン、転送します』
突然出現した黄色の大剣に、壁を作っていた男子達が恐れのあまり尻餅をつく。
その大剣がこれまで何度も赤目族や魔物を消してきたのを見ているからだ。
イデアルがその大剣を手にする間にも、二人の会話が続く。
「恋人が化け物と契って、人じゃなくなっていくのを黙って見ていられると思うの……!? エルは、そんな場所で私が本当に幸せになれると思ってるの……!?」
「ミスティ……もう何も言わないでくれ……!!」
「貴方は、貴方はあの化け物を、愛して」
そう叫んだエルは、イデアルにとって予想外の行動を取った。
取り乱して叫ぶミスティを強く抱き締めたのだ。
『多大なストレスを感知。エンドルフィン限界値まで放出します』
「愛しているのはお前だけだ……! お前が人と契って、幸せになってくれるなら、俺は……どうなったっていい……!!」
「……エル……!!」
二人の熱い抱擁は数秒続き――エルの方から離した。
そしてミスティは目元を抑えながらテントを出ていった。
『ストレス値、測定不能――制御エラー発生しました』
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