第3話 魔力を持つ者、持たぬ者


 イデアルが目を覚ますと、視界には空ではなく天井が広がった。


 円を中心に放射線状に細い木材が張り巡らされ、ツギハギされた大きな布が覆いかぶさっている。

 少し視線を落とせば、細い木材は格子状の木材に繋がっている。


 手元にリベラシオンの感覚を確認した後イデアルは身を起こし、改めて周囲を確認する。


 木材と布で覆われた室内には土器がいくつも置かれ、自分が寝ていた下には獣の皮を剥いで丁寧になめした物が敷かれている――それらの情報はここが知的生命体の住処である事を如実に示していた。

 

「ああ、目を覚まされましたか」


 イデアルが部屋の観察を終えたのとほぼ同時に、男が入ってきた。

 粗雑な木の杖を突きながら近づいてくる男の右足には薄汚れた包帯が巻かれている。

 彼女が気を失う前に赤目の男達に襲われていた男と同一人物らしい。


 薄茶色の髪に、濃い赤茶色の目――赤目の男達とは違って魔力は宿していない。


「……何故私を助けた」

「命の恩人をその場に放置しておけませんので……疲れが取れるまでどうぞ、この部屋でお過ごしください。イデアル様」

「……感謝する」


 イデアルはエルが自分の名前を覚えている事、自分を敬う態度に好感を覚えた。その場に改めて腰を下ろすと、男も恐る恐る右足を意識しながらイデアルの前に座った。


「お前にいくつか聞きたい事があるのだが……まずお前の名前を聞きたい」

「エルと申します」

「エル、私は気を失う前に『私と同じような姿をした者を見た事はないか?』と聞いたが……伝承にも残っていないか?」


 自分が目覚めたのは落ちてから千年後――そう考えれば伝承として残っているのでがないか、という淡い希望は儚く掻き消された。


「いいえ……昨夜も言いましたが、貴方のような長い耳と自由自在に動く髪、黄色の魔力を持つ者は見た事も聞いた事もありません」

「……では次の質問だ。あの赤目の男達は何者だ? 魔力を持っているようだが」

「彼らは……赤目族は北からやってきます。他にも南からは緑目族が、西からは青目族がきます。奴らは俺達のような魔力を持たない人間を無力者ヌルと呼び、女子どもを奪っていくのです」


 赤だけではない、という状況に驚きつつイデアルは一筋の希望を見出す。


「そいつらは国を構築しているのか?」

「私自身が見た訳ではないのですが、先祖からの伝承によれば彼らの中でも特別な力を持つ者がそれぞれ国を興しているそうです。ただ、私達を襲うのはそこから出てきたはぐれ者の群れのようで……」

「……特別な力?」

「ええ……彼らにはそれぞれ真紅の巨竜『カーディナルロート』、紺碧の大蛇『アズーブラウ』、翠緑の美蝶『グリューン』という色の名を冠した神の加護を受けている者がいるそうです。かつてその者達が衝突した際、天地を揺るがす程の争いが起きたそうですが……今では互いに衝突を避けて自分のテリトリーから出てこようとしないとか」

「……国の名前は?」

「赤がリアルガー、青がラリマー、緑がアイドクレースです」

(神の名前も国の名前も聞いた事がないな……)


 エルの返答にイデアルは肩を落とす。

 自分と似た姿の者を知らない、黄色以外の魔力を見た事がないと言われている時点で、あまり期待はしていなかったが、一瞬抱いた一筋の希望が潰えたからだ。


 フェガリで発見されたのは黄色の魔力――だからフェガリの民が持つ魔力は黄色か、黒に近い黄色、その中間の色に分類される。

 

(本当に……生き残ったのは、私だけなのか?)


 フェガリから脱出しようとした千を超える宇宙船が全てこの星を目指していた訳ではない。

 だが、その中の四分の一はフェガリに比較的近いこの星を目指していた。その中で生き残ったのは自分だけ――とは思い難い、が。


(フェガリの民の中でも魔力持ちはまだ10人に1人位の割合だった……その中で私だけが生き残った、と考えればさしておかしな事でもない、か……)


『コルチゾール過剰検出。制御します』


 こみ上げてくる不安と絶望が制御されたイデアルの脳内に、2つの選択肢が浮かぶ。

 ここに居を構えるか、あるいは別の場所で情報を集めるか――考え込むイデアルにエルは恐る恐る問いかけた。


「イデアル様……こちらからも質問して宜しいですか?」

「ああ。答えられる範囲でなら答えてやる」

「貴方は……一体何者ですか?」


 出会った時も聞かれた質問にイデアルは立ち上がり、外に出る。


 イデアルは長い間眠っていたらしく、外は既に日が暮れかかっていた。木々のシルエットの向こうの赤みがかった空に青白い星が浮かんでいる。


「あの青白い星からやってきた」


 指を差しながら振り返ると、よたよたと近づいてきたエルは驚愕した表情で青白い星――フェガリを見据える。


「あの星、から……? どうやって、ここに……?」

「宇宙船に乗ってきた。そうだ……この世界には落ちた船や船の残骸が散らばっているはずだが……大きな金属の塊や破片を見た事はないか?」

「いいえ、全く……」

「……そうか」


 ため息を付いて辺りを見回したイデアルは自分がいたテントと同じようなテントが3つほどある事を確認する。


 そして自分を見据える十数の視線――エルより少し年下と思わしき青年から、ようやく歩き出したような子どもまで――興味深げな視線を向けてきている。


 イデアルは彼らの視線に不快感と居心地の悪さを感じた。

 彼らは見た事もない生物を見て恐れ驚いているのだろうが、それはイデアルも同じである。

 いや、1対多の状況に置かれているイデアルの方がプレッシャーが強い。

 しかし感情制御によってその緊張は最下限にまで抑えられている。


(知的生命体とは言え、教養の欠片もない原始人……まして子どもだ。奇異の視線くらい仕方あるまい)


 イデアルが不快な思いをしている事に気づいたのか、エルがテントに入るように促し、イデアルは大人しくそれに従った。

 奇異の視線が遮断された中で、再び言葉を切り出したのはエルだった。


「彼らは皆、親を失った子達です。私はこの一団の長を務めています」


 エルの意外な言葉にイデアルは改めて彼を見据える。

 イデアルよりやや背の低い――というよりイデアルが長身なのだか――体格の良い体も、シワのないスッキリとした顔立ちも、ハッキリと通る声も全く老いを感じない。


「……長と言う割には、若いな」

「はい。私より年長の者は皆、私達を逃がす為に犠牲になりましたから」

「そうか……魔力を持たぬ者が魔力を持つ者に勝てる道理はないからな」

「……我々に、明るい未来はないのでしょうか?」


 エルの呟きにイデアルは目を細める。

 魔力を持たない者同士が争うならともかく、魔力を持たない者達が魔力を持つ者達と争って勝機があるのかと問われれば、微塵も無い。


 魔弾や火の玉程度ならまだ策略や兵器で捻じ伏せる事ができるかもしれない。

 しかし、触れる物を焼き尽くす光の雨や火の雨、氷の雨を降らす可能性を魔力は秘めている。


 「無いな」とイデアルが慈悲の欠片もない言葉を発そうとした時――室内に新たな人間が入ってきた。

  

「エル、ご飯ができたわ」

「あ、ああ……ありがとう、ミスティ」


 ミスティと呼ばれた女が昨夜、エルにしがみついていた女だとすぐに気づく。

 だがそんな事よりイデアルが気になったのは彼女が持っている皿に乗ったものだった。


「その悪臭を放つ物は何だ……? 一見肉のようだが」

「……貴方が殺した獣の肉よ」

「私が殺した獣の肉をお前らが食べるのか?」


 感情制御しているイデアルにとって、それは単純にエル達にどの程度道徳心モラルが存在するかどうかの確認だった。


 しかし、エルから見ればミスティから露骨に感じる警戒心や嫌悪感に不快になったイデアルが嫌味を言ったとしか思えず、慌てて割って入る。


「もちろん、イデアル様の為に作ったものです。ただ貴方が食べきれない分は私達も食べさせて欲しい」

「そうか……私の分もあるなら構わん。ここの皆にも食べさせれば良い」


 イデアルの素っ気ない返答にエルはホッとしたように息をつき、ミスティから皿を受け取った。


 高度な文明の洗練された料理に慣れている彼女にはただ肉を焼いただけの料理とも言えない獣臭い骨付き肉はとても食べられた物ではなかった。

 一切の躊躇なく肉にかぶりつくエルに冷めた視線を向けながら、イデアルは嗅覚と味覚を調整する。


『嗅覚・味覚、一時的に遮断します』


 ほぼどちらも停止してようやく口に入れた肉は筋張っていて、柔らかいものに慣れているイデアルの歯では中々噛み切る事が出来なかった。

 それでも貴重な栄養源――時間をかけて何とか飲み込むと、エルがホッとした様子でそれを見守っていた。


「気に入ってもらえたようで良かった」


 見当違いにも程がある発言にイデアルは苦笑いを返すしか無い。


(料理、調味料の作り方……)

『端末検索……情報、該当無し』


(柔らかいベッド……マットレスの作り方……)

『端末検索……情報、該当無し』


 イデアルの片耳を覆う金色の端末には莫大な情報量が搭載されているが、その中に石鹸やシャンプー、醤油やマヨネーズ、マットレスといった生活用品の作り方などは一切搭載されていなかった。


 端末にはいっていない情報をネットワークに接続して収集する機能こそあるが、フェガリが滅び肝心のネットワークが消滅してしまっていた場合、何の意味も持たない。


『ストレス・不安物質多量検出。制御します』


(まあ、いい……術が使えるのだから大した問題ではない)


 石鹸やシャンプーがなくとも滅菌術が、醤油やマヨネーズやベッドがなくとも今のように五感調整術が搭載されている。


 不味い物でも極上の美味しさに感じられる、というような便利なものではないが、それでも文明レベルが著しく低い場所でも最低限の生活ができる――イデアルは魔法科学の恩恵に最大限感謝しながら、もう一度硬い肉に齧り付いた。


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