第2話 青白い星


 イデアルが乗ってきた宇宙船は山にぶつかった後、衝撃で岩石が崩れおちて船に被さっていたらしい。

 リベラシオンが作り出した岩の穴を抜けた先は木々や草が鬱蒼と生い茂っていた。


 夜空を見上げると、木々のシルエットの向こうにぼんやりと青白く光る星が見える。


 イデアルがコードの先端をその星に伸ばす。

 彼女のスクリーンゴーグルには、まるで隕石でも衝突したかのようないくつものクレーターが映し出された。


 何一つ建物も、人工的な光も見えない、ただただイリョスの光を反射する無機質な星が故郷ではない事をイデアルは願っていた、が――


『位置・大きさ・地質推測結果……観測点がフェガリである可能性、99.99%』


 頭の中に残酷な結果が響く。しかし未だ感情制御が続いているイデアルは涙一つ零す事無く、森の中を歩き出した。



 そして、再び過去を思い返す。

 今度は天使に滅ぼされた当日の事ではなく、何故天使達がフェガリに降り立ったのかを考える為に――




 災害、気候変動、疫病、戦争、事故――知的生命体が築いた文明が滅ぶのには様々な理由がある。


 フェガリの民は災害や気候変動が起きても耐えうるシェルターや転移装置を各地に設置し、疫病にはワクチンや極々小さい機械ナノマシンによるウイルス除去するなど、自分達の開発した機械によってそれらの危機を乗り越えていた。


 しばしばイデアルの感情を制御している、脳に取り付ける事で作り出す感情を左右する分泌物を感知し、除去なり相反するホルモンを分泌するように刺激する感情制御システムカルディ・ア・ルモニアも、そんな機械の一つである。


 これが開発され、生まれた時点で装着を義務付けられたお陰でフェガリの民は感情に飲まれて理性を失う事が無くなり、フェガリは殺傷沙汰や戦争から解放された。

 フェガリは、あらゆる危機を乗り越えた知的生命体の楽園だったのである。


 そんな場所が何故神の怒りを買ったのか――天使は『神を怒らせた』と告げるだけで、何が神を怒らせたのかを言わなかった。


 しかし――神の怒りの原因がにあるか、までは分からずとも、にあるか、は少し考えれば分かる事であった。


(やはり、神の怒りを買ったのは魔法科学の探求としか……)


 それは、イデアル達が研究していた<魔法科学>。

 栄華を極めた文明の民が発展の限界を感じ始めた頃<魔力>という未知のエネルギーを発見した事から崩壊が始まったのである。


 高い知性によって悪意や敵意を抑える高潔な精神と善性を植え付けたとしても、その文明を築き上げた好奇心や探究心といった正負両面を持つ本能をフェガリの民の一部が――天才と呼ばれる者達が抑えきれなかった。


 そう、数人の天才と彼らを利用とする人間が群がって数十年の間に瞬く間に発展させていった魔法科学が神の怒りに触れたのである。


 魔法科学の研究が始まってから天使達に攻撃されるまで、半世紀も過ぎていない――これ以外に神の怒りを買いそうな理由をイデアルは思いつかなかった。



(……私の研究が、怒りを買ってしまったのだろうか)


 足元をレンズの光で照らし、重い足取りで草を踏みつけながらイデアルは自省する。

 イデアル自身、魔法科学の最先端を行く研究所の1つに在籍し、リベラシオンを設計・開発した天才と呼ばれた者の一人である。


(……しかし、リベラシオンはけして神の怒りを買うようなものでは……)


「――――!!」

 

 思い悩むイデアルを現実に引き戻したのは、叫び声だった。聞こえる声に歩みを早めると、赤い光に照らされた空間に辿り着く。


 一組の男女が3人の男達に囲まれていた。


「――――――――!!」

「――――――」


(……会話、しているようだが……)

『データバンクにある言語該当せず。相互翻訳術、起動します』


 イデアルの頭に無機質な音が響いた途端、得体の知れない者達の鳴き声が言葉に変わる。


「ミスティ……俺の事はいいから早く逃げろ!!」

「そんな訳にいかないわ!! 貴方も一緒に逃げるのよ!!」


 膝をつく男を庇うようにして前に立つ女――どうやら男の方は怪我をしているらしく、立ち上がれない様子と苦悶の表情からけして軽症ではない事が伺える。


 反して男達の方は無傷で手に赤く輝く魔力の球を浮かばせ、獲物を狩るような目で男女を見てニヤついていた。


「雑魚が……逃げ場もないのにこんな所で見せつけんじゃねぇよ」

「さっさと男を殺しちまおうぜ。そしたら大人しくなるだろ」

「いや、他の奴らを何処に避難させたか聞く必要がある。そこの女一人じゃ物足りんだろう? 男を縛り上げて目玉の一つも抉れば女の方が音を上げる」


 襲う男達と、襲われる男女――イデアルが状況を察すると当時に、男達の一人がイデアルの存在に気づく。


「おい、何だあれ……」

「耳が長い……魔族か……?」


 イデアルの奇抜な姿に怪訝な視線を向ける男達に一切気を悪くした様子もなく、イデアルは彼らと距離を詰めていく。


「化け物、近づくんじゃねぇ!」


 得体のしれない者に近づかれる事に耐えかねた男達の一人が魔力の球をイデアルに放つ。


『攻撃的魔力補足。防御盾シールド発動』


 六角形の黄色の盾が赤い魔弾を弾くと、男達は驚愕し一層恐怖に表情を歪める。


 男達が放つ赤い光はイデアルのレンズが放つ黄色の光と混ざり合い、男達のギラつくような赤い目をハッキリと浮かび上がらせる。


「私の名はイデアル……こちらの言葉が伝わるか?」

「く、来るな……化け物!!」


 続けざまに放たれた魔弾も再びイデアルの前に出現した防御盾で弾かれる。


 この防御盾はイデアルが自分の意志で出しているというより彼女の片耳を覆う端末――人体接続型魔力変換装置アンスロポス・メカネ・マギアに搭載された人工知能が危機を予測、イデアルの中の魔力を自動的に術に変換している。


 自動防衛機能の他、亜空間収納、自動翻訳なども成し遂げるそれは彼女が在籍していた研究所の所長が作り出した傑作の一つである。

 これがあるからこそ特に武芸に秀でている訳でもないイデアルは男達に接近できたのだ。


(男達の方は危険だな……仕方がない)


『恐怖・罪悪感・悲哀抑制。標的補足。レーザー、発動します』


 コードの先端についたレンズから放たれる一筋の光が一人の男の脳天を射抜くと、男は悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちた。


 受け身すら取らない不自然な倒れ方はその場にいた者達に仲間の死を知らしめる。


「ひっ……!!」

「に、逃げろ……本当に化け物だ!!」


 2人の男が逃げた所で残されたのは、男の死体と、襲われた側の男女。


「……大丈夫か?」


 イデアルは男女の方に振り返る。

 女は怯えきった様子で膝をつく男にしがみついているが、男の方は赤茶色の目でイデアルを真っ直ぐ見上げていた。


「あ……貴方は、一体?」

(……こちらは会話する意思があるようだな)


 紡がれる声は驚きと困惑に満ちていて、警戒はしているものの敵対する意識は感じない。


「……私が何者であるか、話せば長くなる。それよりお前達、私と同じ風貌の人間を見た事はないか?」

「み……見た事、ありません」


 男の言葉にイデアルは少々気落ちした。

 しかし、千年も経っている中でそうそう同胞に会える訳が無い。


 目覚めてそう時間がかからないうちに知的生命体に会えただけでも幸運か――と思い直すと共にまた別の来訪者の気配を察知する。


 それは至極原始的な四足歩行の獣――野犬の群れ。

 それらに狙われた理由は男の右足――焼け爛れたような足から漂う、血肉の匂い。


「おかしな人間どもの次は、血に飢えた獣どもか……ここは大分野蛮な世界なようだ」


 男女から背を向け、唸り声を上げて今にも襲いかかってきそうな凶暴な獣達を前に、イデアルは冷静に思考を巡らせる。

 レーザーを放てるレンズは2つ。放っている間に別の獣に襲われる。防御盾も2つ同時には出現させられない。


(天使達に目をつけられるかも知れないが……仕方がない)


 イデアルは再びリベラシオンを出現させた。まばゆい光が獣達の目を眩ませる。


「リベラシオン……我に力を」


 イデアルが願いを込めて金色に輝く大剣を一振りすると、剣に集っていた光の粒子が一斉に獣達に向かって走り、体を突き抜けていく。

 光が収まった時、そこには焦げて絶命している獣達が転がっていた。


 改めて男女を振り返ると、どちらも腰を抜かしたのか地面に座り込み、呆然とした表情でイデアルを見上げていた。

 ひとまず彼らから情報を収集しようと思った、その時。


『エネルギー枯渇。至急休息が必要です』


 脳内に響く警告と共に、イデアルの視界が目眩に揺れる。


 これまで実験でリベラシオンを発動させる事はあったが、何をすれば魔力をどれだけ消費するかの検証はまだしていなかった。

 その上イデアル自身、これまで何かを攻撃するという経験がなかった。


 勝手も程度も分からず、とにかく自分達の危機を取り払えれば何でもいい――その結果最大出力での攻撃による、魔力切れを起こしてしまったのである。


(しまった……!)


 イデアルは後悔も虚しく、その場に倒れ込んだ。


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