第7話 青い目の悪魔
※闇回です。ちょっとグロも多めな回なので苦手な人はご注意ください(8話冒頭で何があったか簡潔にまとめてます)
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人は魔族を餌にせず、魔族は人を餌にする――そういった違いはあるが魔族は人とよく似ている。
姿形はもちろん、知能も個人差はあるがどんな魔族でもその辺の魔物に比べてずっと高い知能を持っている。
また美的感覚も似ており異種間交配も成立する為、身近に手頃な異性の魔族がいなければ人間を標的とし、美しい者と見るや攫って自身の巣に持ち帰り、自身の子を産ませる者も少なくない。
魔族と人の間に産まれる子はほぼほぼ魔族である。また、そこに愛が存在する事は滅多になく、役目を終えた人には悲惨な死が待っている。
『お前はすごく可愛いから魔族に攫われないよう、早めに別の島に嫁がせないとなぁ』
島が津波に襲われる前、セナの父親は幼いセナに何度もそう言い聞かせていた。
セナがいた島は魔族が住み着いた島に近く、年に数人程魔族に攫われる者がいた。その中にセナの母親もいたからだ。
そして攫われた者を助けにいこうとする者は殆どいなかった。いても2度と島に返って来ない。
助けに行った勇者が愚者扱いされるほど、魔族は災害に等しい存在だったのである。
セナは災害によって故郷を離れる事になった。辛い反面、魔族の脅威から逃れられた事には素直に安堵を覚えていた。
ラリマー島は魔族が住み着いた島から大分離れている、だから大丈夫だと、魔族の恐怖からは開放されたのだと思っていたのに――
「嫌、嫌、やめて……!!」
赤みがかった空の下、青い海の上――バサ、バサと羽音を響かせる魔族にきっちり拘束された状態でセナは必死に藻掻いていた。
しかし、抱き抱えられている状態では魔族に蹴りの一つも入れられない。入れられたとしても少女の非力な蹴りは何のダメージも与えられなかっただろう。
そして赤く染まった空が暗くなりはじめた所で魔族は一つの島に身を降ろした。
セナをガッチリと拘束したまま森の方に入っていく。
(どうしよう、このままだと巣に連れ込まれちゃう……!!)
ここまで来て殺されなかったという事はつまり、
恐怖で歯が震えるセナをゲッゲと気味の悪い声を上げて運ぶ魔族の元に他の魔族が2匹、近づいてきた。
自分を抱えている魔族より1周り大きな魔族の醜悪な姿と、自分を見定めるような気持ち悪い眼差しにセナの血の気が引いていく。
セナを連れてきた魔族は近づいてきた魔族に獲物を奪うなと言わんばかりに威嚇の声を上げたが、逆に威圧され返され、その場にセナを投げ出して逃げ出した。
この島の異性の魔族に相手にされず近隣の島には手頃な女がおらず――ではるばる遠いラリマー島まで行き、獲物を捕まえて戻ってきた魔族にはもう自分より大きな魔族と張り合う余力が残っていなかった。
自分を島に連れてきた魔族が逃げ出したのはセナにとって幸だったのか、不幸だったのか――自分が作った巣で子作りを、と思っていた魔族と違い、この魔族達はセナをこの場で嬲るつもりのようだ。
投げ捨てられて自由になってもセナの足は恐怖に竦み、身を起こして駆け出す為の力を込められなかった。
異質な者に体を暴かれ、異質な者の子を産んだ後に死ぬのと、今死ぬのと、果たして一体どちらがマシなのか――そんな考えがよぎった瞬間セナは大きな泣き声を上げた。
「やだ、やだっ……やだぁぁぁ!! 誰かぁ!! 誰か、助けてよぉ……!!」
グリムもククルクも助けてくれない。お父さんも、お母さんもいない――それでも誰かに助けて欲しいと願いながら叫ぶ13歳の少女の掠れた悲鳴が森に虚しく響き渡る。
そんなセナの様子を面白そうに見下す魔族の醜悪な顔が近づいた、その時――
「セナ!!」
自分の名前を呼ぶ声と共に淡い紺碧の光が視界に広がる。光の発生源は魔族の後ろ――と思った瞬間、目の前にいた魔族の上半身が紺碧の大蛇に食われた。
断末魔と、ブチブチと何かが千切れる音が生々しく響く。その紺碧の大蛇の頭からひょっこりと見慣れた
「セナ、大丈夫!? 助けに来たよ!! ……って、もう一匹いる!!」
マールの視線の先をセナが見やると、紺碧の大蛇の魔力に圧倒されてか、その場で尻餅をついている魔族がいた。その魔族に向けてマールが薄紺碧の紐を伸ばす。
紐はクルクルと魔族の首に巻き付き、それを必死に解こうともがく魔族の抵抗も虚しく薄紺碧の皮はそのまま頭と胴体を引き離した。
頭部のない魔族の体はその場に、地面を血で濡らしていく。
立て続けに起きた光景に唖然とするセナの脳は、自分が助かったのだという喜びよりもマールと紺碧の大蛇への恐怖の方を知覚した。
「……ひっ!! こ、来ないで!!」
「安心して! もう大丈夫だから……私はセナをやっつけたりしないから!」
マールは紺碧の紐を持ったままアズーブラウから降り立ち、笑顔でセナに手を伸ばす。
「やめてよ!! 来ないで……来ないでよ!!」
マールの手を振り払おうとした瞬間、セナの中に強烈な眠気が襲いかかる。強引に意識を引き離されて倒れ込んだセナの胴体にクルクルとアズーブラウの尻尾が巻きつけられる。
「あれ、セナ……どうしちゃったの?」
『うるさいから眠らせたの。早く帰ろう』
「待って、アズーブラウ! この島の魔族皆やっつけちゃわないと!」
『何で? マール、怖いでしょ?』
この島に着くまでマールの手は震えていた事を知っているアズーブラウは不思議そうに首を傾げる。
(怖かった、けど――意外と簡単にやっつけられた)
セナが襲われているのを見て、震えを止めて助けなきゃって思って動いたら、あっさりやっつけられた。
自分が、特別な武器を使ったとは言え魔族をやっつける事が出来た――その事実はマールにこれまでにない勇気を与えた。
「……ここの魔族達を皆やっつけないと、犠牲者が出続けちゃうでしょ? 私達で魔族をやっつけたら島の皆も他の島の人達も皆安心するよ!」
皆が恐れていた魔族も、この紺碧の紐とアズーブラウがいればその辺の魚と同じ。なら。自分が魔族をやっつけてしまえば皆が幸せになる――
(そうなれば、私に醜い感情をぶつける人はいなくなるの)
それを言葉にする前にアズーブラウがまた頭を傾げる。
『そうなの?』
「そうだよ! そうしたら私もアズーブラウも皆に認めてもらえるよ!」
別にアズーブラウは島人達に認めてもらわなくて全然いいのだが、マールの魂が不安に包まれて穢れるいくのは嫌だった。
分かった、と小さく頷くとセナを尻尾に包んだまま魔族狩りを始める。
紺碧の皮はマールが念じた通りに動く。面白いように絡まった魔族を絞れる。
漁師が生きた魚を仕留める事に対していちいち躊躇しなくなるように、吐き出す醜い断末魔の声も、醜い顔で絶命する姿も――マールは徐々に慣れていった。
だが、慣れない者はどこまでも慣れない。
青白く光る羽を持つ紺碧の大蛇が魔族を喰らい、青い縄を振るう飾り立てられた少女が嬉々とした表情で宙に飛ぶ魔族を屠っていく神秘的なようでいて酷く悍ましくもある光景を、意識を取り戻したセナが見ていたのは不幸としか言いようがない。
(私……お父さんを殺した津波を作り出した魔物に、守られてる……お母さんを殺した魔族を笑顔で殺す海巫女に守られている……好きな人の、好きな人に……)
様々な負の感情が混ざりあいセナの中に膨れ上がる。
抵抗、恐怖、嫉妬――蠢く感情の中でどれが一番強いのかは声一つ出す事が出来ないセナの歯の震えが告げている。
魔物をかみ殺す紺碧の大蛇に乗って薄紺碧の皮を振り回して魔族の首を狩るマールは、まさに青い目の悪魔にしか見えなかった。
アズーブラウはセナの魂が恐怖に穢れていくのが分かったが、まるで気にしなかった。
セナは贄ではない、という事もあるがアズーブラウが今この世界で気にかけるのは自分と繋がっているマールだけである。
マールが死んだら困るし魂が穢れても困る、という義務感もあったが、何よりもマールはこの3年間、アズーブラウのたった一人の話し相手だった。
ずっと冥王や蛇達と賑やかな生活をしていたアズーブラウの寂しさを和らげてくれるマールの事が大好きだった。
だからこの後ラリマー島にセナがどんな行動を起こすのか、考えようともしなかったのである。
『マール、この島にいる魔族っぽい魔力全部消えた。帰ろう?』
アズーブラウが役目を終えて改めて帰るように促すとマールも安心したように息をつく。
「うん、私もなんだか疲れちゃった。あ、でも……私が魔族をやっつけたって証拠、持って帰らないと信じてもらえないかも……」
『じゃあ亜空間に入れてく』
「あくうかん?」
『説明難しい。ちょっと待ってて』
マールの質問にうまく答えられないアズーブラウは噛み潰した魔族を丸呑みにしていく。
魔族の体液は苦味が強く毒気がある。冥王の毛先であるアズーブラウは毒に対して強い耐性を持っているので大した事はないのだが、苦味の方は口に含んで美味しい物ではなかった。
それでもアズーブラウは大好きなマールの為に何体か飲み込んだ後、マールを乗せて空へを浮き上がった。
「セナはまだ眠ってるみたいだね……島についたら、アズーブラウの事皆に紹介するね!」
尻尾にくるまれたセナの方を見ながらマールが呟く。
セナは寝ているわけではない。ただ指一本動かす気力もなくぐったりとマールの独り言を聞いているだけだ。悪魔が大きな魔物と話している事がただただ恐怖だった。
話をしたくないどころか、青い目と視線すら合わせたくないくらいに。
そんなセナの心などマールは知らずに、アズーブラウは気にかけずに。1人と1尾は陽気に会話する。
『僕、怖がられないかな』
「大丈夫! アズーブラウは私もセナも助けてくれたもん! 絶対受け入れてもらえるよ!」
『そうかなぁ』
「そうだよ! 自信持って帰ろう! 私達、凄い事できたんだから!」
アズーブラウは島民の事などどうでも良かったが嬉しそうなマールの声を聞いていると何だか自分も嬉しくなった。
ずっと陰りのあったマールの表情は晴れ晴れとしており、魂の穢れも大分消えている。マールが良ければ、アズーブラウもそれで良かった。
ラリマー島の集落、マールの小屋の前には島中の民が集まっていた。別集落の人間も集まっている状況にマールは驚きつつ小屋の前に降り立つ。
「姉さん!!」
アズーブラウの尻尾から開放され、ククルクの声にようやく緊張が解けたセナは脇目もふらずにククルクの方へと駆け出し、抱きつく。
「ククルク……!! マールは悪魔……!! 悪魔なのよ……!!」
ボロボロと涙を流してククルクにしがみ付くセナを力強く抱きしめ返しながら、ククルクは困惑の表情でマールを見据えた。
「セナ……もう怯えなくて大丈夫だよ。私、悪魔じゃないよ?」
魔族の中でも特に凶悪な存在、あるいはまるで魔族のように残酷な人間を示す、侮蔑の言葉にマールの心がチクリと痛む。
「マール……お前は一体、何を……」
恐る恐る問いかける島長の表情は明らかに恐怖に包まれていた。他の島人達もマール達に近づこうとしない。ただ、皆から黒々しい
その靄はセナの罵倒よりマールの心に響いた。足が微かに震えるのを感じながらマールは隣にいるアズーブラウにより掛かる。
「だ、大丈夫だよ……私、魔族を、悪魔をやっつけたんだよ!? ほ、ほらアズーブラウ! さっき飲み込んだ魔族、『あくうかん』から出して!」
アズーブラウはマールに言われた通り、その場に魔族を吐き出していく。
魔族の無惨な亡骸を前に島人達は大きな悲鳴をあげ、マール達から一層遠ざかった。
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