第4話
次の日。僕は絵画教室に来ていた。伶桜に誘われてから8年間、ほぼ毎日欠かさず通っている。だいたいが午前中のみのレッスンだが、多いときは朝から晩までここで教わっている。僕の頭の辞書に記載されている『学校』はここを指す。
「こんにちは...」
「こんにちは、彩木くん」
ぼそっと小さなつぶやきのような僕の挨拶に返って来たのは、凛とした高い女性の声だった。教室で僕を待っていたのは絵夢先生。ふわりとカールした明るめの色のショートボブ、白くハリのある艶やかな肌、ぱっちりと開いた焦げ茶色の瞳。年齢は四捨五入して四十だそうが、そんな風には見えず、いつも活き活きとしている。絵夢先生は基本的には優しいが、安全や体に関わること、何といっても絵に対することについては厳しい。いつしかお母さんが、絵夢先生のことをいい先生だと感服していたことを思い出す。僕は、学校の先生とか絵夢先生以外の先生とあまり関りがないから判んないけど。
今日は平日だから、もちろん僕以外の生徒は一人もいない。みんな学校に行っている。たまに、学校というものに強く憧れを抱くことがある。友達と話したり、勉強や部活で競ったり、クラスで団結して体育祭や文化祭をしたり...。勉強は面倒臭そうだけど、みんなで協力し合って学ぶのは楽しそうだ。僕は絵画教室ではいつも独りだし、小学校からろくに友達も作ったこともない。中学生になってからは全然学校行ってないし。
僕の十四年間の人生の大半は絵で埋め尽くされている。だから少しだけ、絵に出会わなかった「if」の僕になってみたいと思う。でも、多分上手くいかないだろうな。僕なんかが青春を謳歌しているなど想像もつかない。きっと、そっちでも独りぼっちなんだろうな。やっぱり、僕には絵しかないのである。素晴らしい絵を描くことこそが、僕の存在意義だ。
なら、なおさらもっと上手くならなければ。こんな所で立ち止まっている場合ではない。
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