第3話

上司たちに強く言われ、私は少しの間勉強を休んだ。

まずは体調を戻すことにしたのである。

試験まで結構時間があるからこそ、この決断ができた、と私は未だに思う。


一ヶ月経ち、二ヶ月経ち……。

正直、いつも講習の確認テストは赤点ばかり。

さすがに私も先が長いとはいえ、あまりいい走り出してもないし、自信が無くなっていった。


上司も先輩も、意気消沈気味の私に気付いていた。

元々、自分は少々神経質の傾向はある。

テストの結果を知って、かなり落ち込んでいた。


他にも二人が一緒に受験することになっていたが、二人は成績は良いほうなのだろう。

それとも、切り替えがよほど上手なのか、試験まで時間があるからこそ、精神的に余裕があるのか……。

ほとんど試験に関する会話はしなかったので、どうだったかは定かではない。


かの詩人である、北村透谷とうこくがある言葉を残した。

『歓楽は長く留まり難く、悲音は尽くる時を知らず……』

良いことは長く続かず、良くないことは立て続けに起きる物だ。

そう言った意味だと私は解釈している。


まさにその通りの事が起きた。

4月の事である。

登販の授業前日で、私は仕事が休みであった。

たまたま、父も仕事が休みだった為、同じく家にいた。

私はテキストを何となくめくっていた。

少しでも勉強しておかねば、このまま赤点続きではいけないと思ったからだ。

そんな時、急に父のスマートフォンが着信を知らせる。

伯父からの電話だった。

祖母の事だろう、と私は何となく予想が付いた。

当時、祖母は入院をしていたので、退院したという話ならいいな、と密かに思っていた。

そうすれば、また笑顔で色々話すことができるから。


しかし、現実は厳しかった。

祖母はそのまま逝去した。

96歳、慢性心不全によるものであった。

訃報は、父から知らされた。

そして、職場の上司にそのことを報告に向かった。

もちろん、父と共に。

この辺りに関しては、『受け継ぐ着物』に詳しく記載しているので割愛しよう。


結局、私は翌日の講義にも出席はした。

しかし、どうしても考えてしまう。

祖母は、どんな顔をしていたのかな?

十年以上前に先に旅立った祖父と再会できるのかな?

授業はほとんど頭に入ってこなかった。


確認テストは、恐らく史上最低点をたたき出したと自分でも思う。

数日後には、上司に呼び出しを食らった。

「さすがに、この点は……。フォロー難しいよ」

私はただひたすら平謝りだった。

「まあ、おばあさんが亡くなった直後っていうのは分かるんだけどね……。お父さんからも説明されてるから、本当なのも分かるし」

上司もあまりきつくは言ってこられないようだ。


この頃からだろう。

恐らく、今年の登録販売者試験の合格を諦め始めたのは。

正直、自分には荷が重すぎた。

そう考えて逃げそうになることは頻繁にあった。

上司に退職の相談まで持ち掛けたことがあった。

「退職ねえ……。そこまで重くは考えなくていいんだけどさ。でも、登録販売者は国家試験、簡単じゃないよ。当然だけど。ここまで倒れちゃうまでテキスト読んだり、分からないところを聞いてきたり。勉強してるのは分かるから、やるだけやってみよう」

上司の後押しがあったから、私も進めるようになったのは確かである。



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