第114話 賢者対魔王・後編 ~魔王討伐完了?
ゴオオオオオ……
雷をともなった魔界の黒い炎が、天高く伸び、そして消えた。
賢者シルヴィアが居た場所には、もうもうと煙が立ち上っている。
その煙の中に、動く者はいない……
「さあ、どうした」
ディアベルが両手を広げた。
「貴様ほどの実力なら、ギリギリ耐えられるはずだ。
それとも、見込み違いだったか……?」
すると、どこからともなく小さな雲が上空に現れ、雨を降らせた。
「……?」
煙が収まり、その中からびしょぬれのシルヴィアが姿を現す。
「安心した。話を聞く前に、死んでしまっては困るからな」
▽
「【固く、可愛く、メタリック】でブーストした『シールド』と疑似オリハルコンの軽装鎧。
それらの防御を突破して、この体に軽いやけどを負わすとは。
私服のほうも焼け焦げだらけ。お気に入りだったのに。
魔界級、とんでもない威力だな……」
俺はエリクサー雲からエリクサー雨を浴びて回復しながら、ひとりごちる。
念のため、戦場からある程度離れた場所に、エリクサー湖を作っておいた。
そこから三叉神槍(トライデント)を使い、遠隔で雲を生成。
自分の所にエリクサー雨を降らせたというわけだ。
「それはエリクサーか?
さほどのダメージでもないのに、大げさな回復方法を使うものだ」
魔王が雨をちらりと見て、成分を見抜いた。
「大事な身体だからな。魔王との決戦でも、傷一つ残らないようにしないと」
(あ、ありがとうございます……!
頑張ってください! シルヴァンさん!)
ファニーの照れが伝わってくる。
そしてその、耳元でささやいてくれるかのような応援、力になる……!
「とはいうものの」
神話級魔法を今後、何発食らわしたところで魔王は永遠に回復し続ける。
魔力切れも期待できない。
「奴の魔法障壁を消滅させたうえで、神話級魔法を食らわすことが出来れば……」
しかし、魔法を手足のごとく使いこなす魔王だ、障壁が消された瞬間再構築してしまうだろう。
詠唱一切なしなんだもんな、厄介極まる。
それに、マウロ王の体ごと消滅させるわけにもいかない。
いくら悪王とはいえ、命まではな。それゆえの、魔力切れ作戦でもあったが。
(魔法的な存在ゆえに、魔法を手足と同じに使えるんでしょうね)
魔法的な存在……魔法的……
そうか。
それなら、やりようはありそうだ!
「助かった、ファニー。やっぱり、君は私の救い主だ……!」
(え……? え……!?)
戸惑うファニーをよそに、俺は立ち上がって魔王に再び相対した。
「お互い、やっかいな回復手段があるようだな」
と魔王がにやりと笑いながら言った。
「魔法の勝負では、無駄に時間が長くなりそうだ。
消費魔力実質ゼロ、対、消費魔力最小。いつかは我が勝つ組み合わせ……
しかしそこまで、気は長くないんでね」
魔王がまた黒い光に包まれる。
しかし今度は回復ではなく、どうやら身体能力の強化系の魔法のようだ。
おそらく、肉弾戦でこちらを無力化するつもりだろう。
「とっとと終わらせるって話なら、同意見だな……
【強く、可愛く、神々しく】! ディスペル!」
「む……? これは……」
魔王ディアベルの体を中心に光が集まりだす。
そのまま、魔王の体を巨大な光球が包みこんだ。
するとその体にまとっていた魔法障壁が、七色の光芒を放ちながら消失していく。
「解呪魔法……? こんなもの。すぐさま再構築してやるわ」
だが魔王の言葉とは裏腹に、障壁は再構築されなかった。
そして、
「うぐっ……!? な、なんだ!? 痛み!? 我が痛みだと!?
ダメージを負っているのはこの体ではない、我の本体が侵食されていく!?
ぐ、ぐわあああああ――っ! き、貴様! 何をしたっ!?」
「何って、解呪魔法以外の何物でもないが?」
しかし俺はそのディスペルを、限界突破の領域に引きあげたのだ。
通常、解呪魔法には初級も上級もなく、使い手の魔力の大きさが威力を左右する。
それを無理やり、神話級に格上げしたのだ。
その名は、『聖讃美歌(ゴッドヒム)』。
「魔法的な存在、というのがヒントになった」
そしてファニーの言葉も。
「解呪魔法というのは、何も呪いだけを解くものじゃない。
そもそもが魔法自体を消滅させるものだ。いわば反魔法。
魔力で構築された、魔法的な体を持っているのなら、その効果は……
体験している通りだろう」
「ああ、あああああ! うあああああああああっ!」
ディアベルはそのマウロ王の体をよじり、体に爪を立て、もがいている。
「本来、魔王は勇者の力によって倒される存在だという。
神話級ディスペルは、勇者の光魔法に近い系統になるみたいだな。
去れ、魔王よ。この世界から、チリ一つ残さず、消えてしまえ……!」
「こ、この、ニンゲンふぜいがあっ……!」
魔王がこちらに手を伸ばすが、ばったりと前のめりに倒れ、動かなくなる。
その体から、白い煙のようなものが出て来たかと思うと、光の粒子になって消え去ってしまった。
「ふう……やったかな?」
額の汗をぬぐう。
体を乗っ取るという存在なら、今度はこちらに精神体みたいなのが向かって来るかも、と身構えるが……
特に変わった事が起きるわけでもなかった。倒れたマウロ王もぴくりとも動かない。
「おにいちゃん。やったの?」
マティが駆けつけてきた。
どうやら、バレルビア兵との戦いも一応の鎮静化を成し遂げ、俺の所へやってきたようだ。
「そう……みたいだな。マティ、俺の様子、何かおかしくないか?」
と妹を見て聞く。
実は俺は既に乗っ取られ、おかしくなっているのに気づいてない……
なんてことがあったりしないか。そう考えたのだが、
「ううん。いつものおにいちゃん。鑑定結果も問題なし。
勇者の光魔法。かけるまでもない」
勇者専用魔法に、退魔の光という魔法があるが、それも魔を払う効果がある。
おそらくは魔王戦にも役立つ魔法だったはずだが……
どうやら、それなしで、魔王討伐をやりとげたようだ。
「さすがですね! シルヴァンどの……! 魔王を単独で討伐してしまうとは!」
エリーザもやってきて賞賛のまなざしを向けてきた。
にこりと笑いかけると、少し顔を赤らめる。
アデリーナもやってきて、「おつでーす!」と片手を上げる。
ほんとに軽いノリになっちゃったな……
「あれ、レリアはいない?」
「い、いるよー!」
どうやら、また姿を消す薬を使っているようだ。
「後続のバレルビア兵の中の、魔法使いたちを全員無力化させてしまいました!
レリアさん、素晴らしい活躍でした!」
「『だんまり』効果の香水、振りまいてきたの!」
なるほど。
マティとエリーザ、アデリーナが主に戦士系を、レリアが魔法使い系を。
そういう割り振りで、兵たちを無力化させていったようだ。
「た、たくさんの男の人たちの中を、裸でうろついて……超はずかしいー……!
でも、なんか、それもだんだん、た……楽しくなってきたかも……?」
いかん。
レリアが少し、おかしくなってきているかもしれん。
あまりこのまま、全裸で行動させるのは良くない。
「さっさと、儀式を済ませてしまおう。もうすぐ、日食が始まる」
空を見上げると、太陽に月が重なり始めていた。
周囲もだんだんと薄暗く、オレンジ色に染められていく。
日食……魔力がこの世に満ちる時。
「周囲の警戒はおこたらずに。
レリアが透明時間切れしたら、服を着せて休ませてくれ。
あとは、頼むぞ……みんな」
ティエルナの面々がいっせいにうなずく。
あとは俺とファニーが揃って無事に、元の体に戻るだけだ……!
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