第113話 賢者対魔王・前編 ~魔王の反撃

「【早く、可愛く、変わりなく】。『俊敏』」


 速度上昇の身体強化を自身にかける。

 そしてマティたちが十分、射程距離から離れたところを見計らって神話級魔法を――


「んっ!?」


 魔王が右手をすっと天に掲げた瞬間、空中に巨大な炎の剣が現れた。

 それを掴み、いきなり振り下ろしてくる。


「【強く、可愛く、神々しく】! 『ファイアーボール』!」


 速度上昇をあらかじめかけておいたおかげで、ギリギリ詠唱が間に合った。  

 炎乃神剣(レーヴァテイン)を俺の右手に宿し、振り下ろされた魔王の剣を受け止める。


 小さい火の粉ですら、地面に落ちれば一瞬で大穴を開ける、神話級の火炎魔法。


「魔王が全く同じ……炎乃神剣(レーヴァテイン)を!?」


 俺の剣のように、ちょっと可愛い炎のエフェクトが発生しないだけで、威力も形も全く同じ。

 しかも魔王は一切の詠唱無しで、炎乃神剣を発動させている。

 

「ほおお。ニンゲン風情が……


 凍結世界(アイスエイジ)に続き、炎乃神剣(レーヴァテイン)までも。


 我々魔族より脆弱で、魔力貯蔵量もはるかに低いくせに……」

 

「脆弱で悪かったなあ?」


 俺は炎乃神剣(レーヴァテイン)を振り回し、ディアベルに連続で攻撃を加える。

 しかしディアベルは楽々とその攻撃についていき、全ての攻撃を受け止め切った。

 

 剣のひと振りひと振りで、大気が猛烈な熱を帯びる。

 俺たちの周囲の地面は弾けた火の粉で、溶岩のようになっていた。


 魔王が飛翔し、まだ無事な平地へと降り立つ。


 ち、こっちは飛ぶ魔法は使えないんだよ。

 ブーストした肉体強化をかけ、ジャンプで灼熱の地面を越えていく。



「飛べないのか? 


 炎乃神剣(レーヴァテイン)を使えるわりに……」


「こっちでは、飛翔魔法は勇者の専売特許らしくてね」


 しかし神話級魔法を、こうもあっさりと使われるとは。

 さすがに魔王といったところか。 


 次は……凍結世界(アイスエイジ)だと、範囲が今度は無駄に広すぎる。

 

「【強く、可愛く、神々しく】『ライトニング』! 雷神槌(トールハンマー)!」


 空中に強烈かつ巨大な雷光が発生し、魔王に向かって極太の稲妻が走った。

 神話級の雷撃魔法だ。ごろごろーっ! と幼女ボイスがついてくる。


「そのレベルの魔法を三つもか。つくづく信じがたいニンゲンだな……」


 しかし、やはり魔王は全く同じ魔法を即時発動させる。

 天に掲げた手のひらからの稲妻で、あっさり相殺してしまった。


「喋りながら、神話級魔法を撃てるのか……!」


「普通そうだろう。ニンゲンが劣っているのはこの点もだ。


 魔法を手足のごとく使えないとは……


 肉体なんていう枷があるぶん、仕方のないことかもしれんがな」


 ディアベルが肩をすくめた。


「……魔族には、肉体はないのか?」


「貴様らのような、物質的なものはない。


 貴様らから見るなら、魔力的、魔法的な……


 そういった体、と言えるのだろう。ニンゲン、なんと不便な存在よ」


 哀れだな、と言わんばかりの目つきでこちらを見てくる。


「じゃあ、こういうのはどうだ?」


 俺は右手に炎乃神剣(レーヴァテイン)、左手に雷神槌(トールハンマー)を発動。

 神剣での剣戟に加えて、空中から稲妻の波状攻撃が魔王に襲い掛かる。


「おお? なかなか器用なことをする……!」


「魔法を同時展開できる器用さも、賢者の売りの一つなんでね……!」


 回復魔法だけ、使えないけどな。

 魔王は同じような同時展開はしてこなかった。

 右利きと、両利きみたいな違いがあるのかもしれない。


 神剣による近距離攻撃、稲妻による遠距離攻撃を織り交ぜ、魔王に迫った。

 剣を受け止めれば、下以外のあらゆる方位から魔王の体を稲妻が撃つ。


「ぐっ!?」


 その稲妻一発で、並みの人間なら千人は消し炭になっている威力。

 しかし魔王は自らの周囲に魔法障壁を張り巡らし、ダメージを緩和していた。


 だがこれでいい。


 神話級の魔法を何度も食らえば、それだけ魔法障壁にかかる負担も大きくなる。

 つまりは消費魔力もどんどん増える。


 レオーン戦でも使った、魔力切れ戦法だ。


 いかに魔法が得意な魔族と言えど、神話級魔法を発動しながら、神話級魔法を防御し続ければ……

 かならず息切れを起こす。



「はず、なんだが……?」


 もう数十発、雷神槌(トールハンマー)による稲妻を打ち込まれているはずなのに。

 そのたびに膨大な魔力を消費しているはずなのに、魔王はいまだ、健在だった。


「はあ、はあ。こっちが、剣を振る動きだけで体力が切れてきた……」


 ファニーの体、元々こういう戦闘には向いてないからなあ。


「どうした? 疲れたか? だから肉体があるというのは、不便なものよ。


 我も、この体のせいで多少、疲れというものを感じつつあるが……」


 と、ディアベルの体の表面を黒い輝きが一瞬包んだ。

 

「このように、回復すればなんてことはない」


 回復魔法も使う余裕もあるのか。


「いったい、どれだけの魔力貯蔵量を持っているんだ……」 


「もしかして、魔力切れを狙っていたのか? それは無駄な試みだ。


 我は、時空のオーブの秘術を使い、常に魔界と接続している。


 そこから、空気を取り込むように魔力を補充しているのだ」


 ど、どうりで……

 魔力貯蔵量がどうとかじゃなく、文字通り無尽蔵ってわけか……!


「しかし、常に魔界と接続だと……?


 天国と接続するのに、多大な労力と時間が必要だったというのに」


 という俺の独り言を聞きとがめ、魔王が答えた。


「どうも、ニンゲンの世界と魔界は近しい場所にあるようだな。


 例のオーブはコピー品で、情報が欠損していたが……


 それでも魔界と繋がり、我が出てこれるほどに。しかし天国? 天界のことか? 


 そこに接続できるようになっているとは、都合がいい。


 後で貴様からじっくり、そのことについて聞き出すとしよう」


 ニヤリと、ディアベルが舌なめずりしつつ笑った。

 こいつも天国……天界? を求めている!?


「というか、魔王自身もオーブの解析を行ったか、知識を取り入れていたのか。


 さらにやっかいな事になってきているな……」


 時間停止空間を移動できるようになってないだけ、マシなのか。


「むしろ不思議なのは貴様だ。ニンゲンの分際で……


 なぜ自らの魔力貯蔵量をはるかに超える魔法を、そんなにも撃てる?


 貴様もどこかから、供給を受けているのか?」


「魔王が手の内を明かしたからには、言わないわけにもいかないか。


 私は、消費魔力を最低値で、神話級魔法を撃てるスキルを持ってるのさ」


「……スキル? なにかの魔法的技術か? 


 最弱魔法を撃つように、最強魔法を撃てるというわけか。


 面白い技術を持ってるものだな、ニンゲンは……」


 くくっと笑い、


「でもまあ、そろそろ終わりにしよう。なかなか、楽しめたぞ。


 次の攻撃で終わりにする。しかし、死なずに耐えきってくれ。


 貴様には聞きたいことがあるからな……」


 魔王が天に手のひらを向けた。


 その上に、黒い炎のようなものが、渦を巻いて膨れ上がっていった。

 周囲にはやはり黒い稲妻が飛び交い、禍々しい光が周囲を照らす……


「魔界の炎魔法だ。貴様の言う神話級、それをも超える……


 魔界級? と言うのは安直か。


 悪いが、そんな格付けなんてしない風習なのでな……


 ここら一帯が吹っ飛んでもらっても困るから、対象は貴様のみとさせてもらう」


 そう言って、掲げた手をこちらに向けた。


「黒炎(カオスインフェルノ)」


 瞬間、俺を中心にして、黒い炎の柱が天を割いてそそり立ち――

 すさまじい雷鳴と爆音が辺り一面に鳴り響いた。

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