第112話 対キマイラ戦 ~進撃開始
「しかし、本当にオーブを盗んだ犯人がティエルナなのですか!?
この目で実際に見ても、信じられません、あの英雄が物盗りなんて……!
兵たちも、自分と同様の気持ちでしょう。ゆえに士気は著しく低く」
と、バレルビア宮廷魔道士。しかし、
「バカめ。我々を迎え撃つ気であそこにいるのだろうが。
ということは、自白しているも同然」
とディアベルは切って捨てた。
それはそうでありましょうが……となおも不満げな宮廷魔道士。
だが、王の言葉は絶対であり、従う他なかった。
「やつらは、盗賊にでも職業変更(ジョブチェンジ)でもしたのだろうよ。
まずは小手調べだ……出ろ、キマイラ」
ディアベルが腕を前に振った。
その合図で、百体ほどのキマイラが次々と王国内へと踏み入っていく。
「こ、小手調べ!? キマイラ全部で!?」
「いくらティエルナでも、この数のキマイラは……」
「圧倒的すぎる!
国家を二つ三つ余裕で潰せる戦力を、冒険者パーティひとつに投入なんて」
兵たちの動揺をよそに、あっさりディアベルはキマイラに総攻撃の合図を送った。
「「「ゴオオオオオン!」」」
キマイラが咆哮を上げ、地響きを上げながら彼方のティエルナに向かって突進を開始した。
「ああ……始まってしまった……」
「ティエルナの嬢ちゃんたちが、肉片になるのを見なければならんのか……」
「いやだ……そんなの、見たくもねえ! せめて降伏してくれれば!」
兵たちの悲鳴のような声は、キマイラたちが起こす地響きでことごとく消されていった……
▽
ドドドドド……!
地響きの音をたて、こちらに向かってくるキマイラたち。
その数、およそ百体ほどか。
「兵より先に、キマイラを投入してくれて助かった。
あの人たちから、どう引き離そうかと思ってたけど、都合良いな」
「当然、バレルビア兵を殺したりするわけにはいきませんよね」
エリーザの言葉に、俺はうなずいた。
彼らは、魔王に従わざるを得ない状況だろう。
戦うにしても、無力化するだけで命を取ったりは当然したくない。
「あれ、全部ドラゴンみたいな力があるんだよねー? 大丈夫?」
レリアが心配そうなまなざしを向けてくるが、
「大丈夫。まずはキマイラを全滅させるから、バレルビア兵たちはよろしく。
傷つけず、戦意を失わせる方向で」
「了解。相手は罪のない人間。無事に逃走させる」
「分かっております! 敵は魔王のみ、他の兵士たちは巻き込まれただけです!」
マティは静かに、エリーザはボキボキと指を鳴らしながらうなずいた。
エリーザはお手柔らかにな。
「はいです! 武器だけ、狙ってつぶしていきますです!」
アデリーナが明るく答える。
エリーザに「液体ミスリルの手刀なら、こういう角度で打ち込めば剣は折れる」などとレクチャーされている。
「そして私が魔王と一騎打ち……昼までには決着をつけて、王城に帰らないとな。
儀式に間に合わなくなる」
日食は昼から始まる。
なんとしてでも、その時間には魔王をぶっ倒さないと。
そのためには、まずはあのキマイラ軍団を速攻でつぶそう。
地響きが、こちらの足元からもう直接感じ取れるくらいだ。
かなり広がってやってきてるな……キマイラで壁が出来ているみたいだ。
炎乃神剣(レーヴァテイン)だと範囲が狭く、三叉神槍(トライデント)では水を生成する暇がない。
であれば。
「【強く、可愛く、神々しく】、『アイスミサイル』!」
俺は限界突破の、氷結魔法を発動した。
瞬間――百体のキマイラを、猛烈な吹雪が襲った。
白い渦を巻いて、雪と風が吹き荒れる。
それはキマイラがいる範囲のみに発生している。
外から見ると、吹雪で出来た巨大なドームの中にキマイラたちが入っている感じだ。
見る間にキマイラたちは凍り付いて行き、百体のキマイラは見事な氷の彫像と化した。
ついでに、雪だるまが周囲に勝手に生成されていた。今回の可愛い要素はこれか……
「凍結世界(アイスエイジ)。
キマイラには冬眠してもらった。そのまま永眠になるやつだけども」
▼
「うわああっ!?」
突然、発生した猛烈な吹雪にキマイラ軍団が包まれたかと思うと……
あっという間に、その全てが凍り付いてしまったのだ。
バレルビア兵たちに、驚きと動揺が走る。
「ぜ、全滅!? あれだけのキマイラが、一瞬で!?」
「キマイラには、ドラゴン並みの対魔法特性があるんだろ!?
上級魔法でも傷一つつかないくらいの……!」
「さ……さすがティエルナのシルヴィア、やってくれるぜ! 規格外すぎる強さ!」
目の前の光景に、驚愕、畏怖、感動などが入り混じったような兵たち。
同時に、あんな相手と戦えるわけがない、と全員が改めて思いを一つにした。
あの英雄が敵であるはずがない、とも。
「ほお……? ニンゲンの分際で、凍結世界(アイスエイジ)を使いこなすとは。
あのレベルの魔法は魔力消費的に、ニンゲンに使えるはずのない魔法だが」
不敵に笑い、馬の鞍に立ち上がったディアベル。
「あれがその賢者、シルヴィアか……む?」
くいくい。
スカート姿の、普段着っぽい出で立ちに軽装鎧を着けただけの少女が、手招きしていた。
明らかに、ディアベルに向けた意思表示だった。
「面白い。一騎打ちを希望しているのか。いいだろう、乗ってやろう。
貴様らも進軍開始だ。ティエルナをここで全員、殲滅する」
ディアベルが兵士長に命令を下した。
「し、しかし! キマイラを全滅させるような相手に、とても我々では」
「あのシルヴィアは我が抑える。
残りの連中なら、貴様ら程度でも数で押せばなんとかなろう」
「お、王がご自身で出撃なさると!?
無謀です、いくら王とてあの英雄シルヴィア相手では!
や、やはり彼女らが盗賊というのは何かの誤解! ここは、話し合いを」
なおも抗弁する兵士長に、ディアベルはため息をついた。
「やれやれ……貴様ら、ティエルナ好きすぎだろ。士気も上がらんようだ。
やはり、こういう手を使わざるを得んな」
と、ディアベルが手をパチリと鳴らした。
すると、兵たちはとたんに意識を失ったように、棒立ちになる。
もう一度指を鳴らすと、兵たちは顔を上げた。
その目は、赤く光っていた。
「知性の秘術。なかなか便利だ……
さあ、貴様ら。命令を遂行せよ」
うおおおーーっ!
バレルビアの兵たちは雄たけびを上げる。
そしてまるで狂戦士のように勢いづき、王国へと進撃を開始した。
▽
「バレルビア兵が来たか。どうやら、操られてしまったようだ、んっ?」
魔王が空中に浮いたかと思うと、兵たちを飛び越え、一瞬で俺の目の前に降り立った。
高レベルの勇者しか使えないとされる、飛翔魔法。魔王は普通に使えるらしい。
「マウロ王の姿で、そんな力を発揮されると違和感がすぎるな……」
そもそも魔王というのが、今一つ実感が持てない姿だ。
以前の印象と変わりない、穏やかな雰囲気。細い柔和な目つきは優しげだ。
この戦いの場には、豪華な装飾がほどこされたいかにも高そうな鎧姿、そして深紅のマントをなびかせている。
「貴様がシルヴィアだな……この世界の英雄に出会えて光栄のいたり……」
魔王がバカ丁寧に頭を下げるお辞儀をしてきた。
その声はマウロ王のものではなかった……地の底から響く、禍々しさがある。
そして魔王は顔だけ斜めにして、こちらを下から見上げながら凶悪な笑みを浮かべた。
その見開いた目は、全てが紫に光っていた。
「我はディアベル。さあ、貴様も駒を進めるがいい……
我の駒と、戦わせるのだ。我々はここで一騎打ちといこうではないか」
「私のは駒じゃない。共に戦う、仲間だ!」
俺の言葉と同時に、マティたちが迫りくるバレルビア兵たちに突進する。
そして、俺はディアベルを名乗る魔王に対し、戦闘態勢をとった……!
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