第111話 準備 ~バレルビア進軍

「しかし海軍までとは……


 魔王は、バレルビアの全軍を掌握して、手駒として使っているということか」


 この国……ブレシーナ王国は、南東側が海に面している。

 北は山岳地帯、西は元ゴブリック国。


 南の草原の先にエルフの里、北東にバレルビア。


 つまり東から、陸と海のバレルビア魔王軍が攻めてくる……!


「バレルビアには、十万を超える兵力があると言われてたな。


 やつらがここに来るのはいつ?」


「それがなあ。ちょうど、日食の日だよ……」


 ねーさんが天を仰いだ。

 ほんとに、最悪のニュースだな。


「儀式には当然、その対象となるオマエが居なきゃならない。


 執り行うアタシもだ。リリアーナとロレーナのサポートが居るとなお心強い。


 なんせ、誰もやったことのない未知の儀式だからね」


 このままでは魔王軍との戦闘には、マティとレリア、エリーザ。アデリーナ。

 その四人しか、動員出来ないという事になる。


「クローンで増やせない?」


「マティたちをかい? そんなほいほい増やせるようなもんじゃないよ。


 二週間は欲しい。早すぎると腐ってしまうよ」


 腐ったマティたちは絶対見たくないな……

 そもそも腐ってなくても、あまり見たい光景じゃないかな。彼女らが大勢居る光景なんて。


「同じようにキマイラも、安定した個体を求めるなら二週間。


 というか、あいつらキマイラ軍団は元々作ってたようだね。


 相当な数を揃えてるようだ。そして、アタシがやったみたいに改良型」


 つまり戦力はドラゴン並み……

 そしてキマイラ同士を食い合わせる作戦も無理か。


「時間停止して、今のうちに破壊工作してもらうとか」


「アタシがかい? 一人で全軍相手はきっついね。


 それに、時間停止した空間を移動するのも結構な苦労だよ。


 なんか空気が重くなるんだ。


 こないだ、アタシがどれだけ苦労してオマエのパンツを脱がしたか……」


 そんな苦労してまでやる事か!?


「……それじゃもう、儀式を行う前に、こっちから打って出よう。


 やつらがこの王国へ入ったら、私が仕掛けて、速攻で魔王をぶっ倒す。


 そうして儀式の場にさっさと戻る。残りならマティたちでどうにかなるはず。


 指揮官を失えば、撤退するかもしれないし」


 いちおう、保険をかける必要もあるかな?

 マティたちが一騎当千とはいえ、数が数だし。


「……まあ、それしかなさそうだね。


 早めに儀式の準備を整えておいて、オマエが戻り次第、即開始ってとこか。


 一日中かけてやる儀式ではないから、当日の昼頃からでも十分間に合うだろう」


 日食まで、あと七日。


 それまでにやれることをやっておこう。

 まずは、ロレーナを呼んで……




 ▼




 ざっざっざっ……


 馬の足音を周囲に響かせ、大軍勢が進んでいる。


「進め進め! 敵は、ブレシーナにあり!


 奪われた国の宝を、取り戻すは今ぞ!」


 数万にものぼるバレルビア軍の陣頭に立つのは、マウロ王だ。

 王専用の、特別あしらいの馬に乗って声を上げ、兵たちを叱咤激励していた。


 急きょ編成され、寝耳に水の『オーブ奪回作戦』に駆り出された兵たち。

 その中にこっそりと、王には聞こえないようにささやきかわす者たちがいる。


「盗まれたオーブを取り戻すために、こんな人数が必要なのか……?」


「それも、目的地はブレシーナ王国ときた。もう何年も前に滅んだ国じゃないか…」


「土地は全て汚染され、人はおろか魔物すらも立ち入らない、呪いの地と聞くぞ」


 ひそひそと、納得がいかない、といった様子で言葉をかわす。


「なにも、海軍まで動かさなくても……」


「犯人はあのティエルナというのは本当なのか!?」


「あの英雄が、オーブ強奪の犯人なんて……俺はまだ信じてないぞ」


「だが、王が断言しているからな……俺もおかしい話だとは思うが」


「それ以上に、おかしいのは……」


 と、自分たちの隊列の先にいる、異形の生物に目をやった。

 そこにいるのは、百を超える、キマイラの群れだ。


「王立研究所が、例の古代魔法のオーブから作り上げた、生物兵器……」


「その力はドラゴンにすら迫るという」


「どう見ても魔物だが、俺たちの味方……なんだよな?」


 突然のキマイラを軍に編入するとの指令に、軍のほぼ全員が困惑したものだ。

 しかし王の直々の命令、反対の声も上げるわけにもいかない。


 そして今回は、キマイラが主戦力だという。

 一般兵は、その随伴として扱われると決まっていた。


「戦いはキマイラがやってくれるというが……」


「なら、こんなに大勢の兵士も必要ないだろうに」


「まあ、キマイラが本当にドラゴン並みであれば、相手がティエルナだろうと……


 俺たちの出番は絶対にないな。大規模な演習、だと思えばいいさ。


 ほんとにティエルナだったら、悲しいにもほどがあるが」


 とある兵のその言葉に、周りもそうだな……とうなずきあった。




「バレルビアのために! 兵よ奮起せよ!


 オーブを全て取り戻せば、国に永遠の平和と繁栄が約束されるのだ!」


 マウロ王は叫び続けている。


 

(やれやれ。王の記憶だと、こうすれば兵の士気があがるとかなんとか。


 それをいちいち演じるのも、めんどうなものだ)


 ディアベルは密かに嘆息しつつ、そんな事を考えた。


(ま、それもオーブを手に入れるための必要経費か。それよりも……)


 とディアベルはまだ見ぬ、オーブの持ち主が居るブレシーナの方向を見やる。 



(オーブの持ち主は、この国始まって以来の英雄らしい。


 昔……我の先祖がこの世界に出ていったきり戻らない、ということがあった。


 この世界のやつらが反映している様子を見れば、先祖はどうやら敗れたようだが)


 ディアベルは周囲のバレルビア兵たちを見回した。


(こいつらの力を見る限り、ニンゲンにそんな芸当が出来るとは全く思えん。


 なら、ニンゲンの中に最終兵器のような存在がいるのだろう。


 この世界の伝説によれば、『勇者』とやらが先祖を倒したということになっている。


 そして今は、その勇者は『賢者』に従っているらしい……)


 ぐっと拳を固めるディアベル。


(なら今は、賢者とやらがニンゲンどもの頂点に居るのだろう。


 先祖の無念もまとめて、我の力でそいつを潰す……!) 




 そして迎えた、日食の日……

 その早朝、バレルビア軍はついにブレシーナ王国の国境にまでたどり着いた。



「……ここがブレシーナ王国?」


「呪いの地と聞いていたが……見渡す限り、普通の大地に見えるな」


「緑が全くない以外、噂ほどの恐ろしい土地に見えん」


 ざわざわ……とバレルビア兵たちがざわめく。


「いや、我には分かるぞ……ここは最近まで、魔界に近い土地になっていた」


 ずいっとマウロ……ディアベルが馬を駆って前に出た。


「王?」


「魔界……?」


 眉をひそめる兵たちを尻目に、ディアベルがニヤリと笑う。


「お出迎えのようだ。あれが英雄、ティエルナというやつらか」


 はるか遠く、五人の人影が見える。

 遠見の魔法を使って、バレルビア王宮魔道士が確認して報告した。


「ええ、勇者マティに、薬師レリア、戦士エリーザ。と、誰だ? あのメイドは。


 知らない顔が一人いますが、それらの先頭に居るのが……賢者、シルヴィア。


 間違いありません。武装し、こちらを待ち構えている様子です」


「フフ、たった五人でこのバレルビア軍を止めるつもりらしいな……」


 ディアベルがあごをなで、不敵に笑う。


 いよいよ、決戦の火ぶたが切られようとしていた。

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