第115話 ファニーの告白 ~儀式、始まる

「なんか服、濡れ透けでボロボロだけど。


 一応、無事のようだね」



 儀式はブレシーナ王宮の一角、大広間で執り行う事になっている。

 そこまで戻ると、エウねーさんに迎えられた。


 大広間にはねーさんと、リリアーナ、ロレーナ。それにニーナさんが待機している。



「ふう、はあ。国境近くの戦場から、走って城に戻るのは、骨だな」


 敏捷を上げた身体強化をして、エリクサー雨を浴び続けながらの疾走。

 馬に乗れるようにしておけば……とちょっと後悔している。


「いやはや……シルヴァンよ。

 

 伝説の魔王と戦ってその程度で済むなんて、大概オマエもぶっ飛んでるねえ」


 この体を万全に保つのは、俺の責任だしな。

 たまにダメージを負うこともあったけど、なんとか傷一つ残さず、綺麗なままに出来た。


「儀式の準備は?」


「整ってるよ」


 ねーさんが親指を立てる。



 先日、ねーさんはついに時空のオーブマスターになったのだった。

 そして同じタイミングで、リリアーナも生命のオーブマスターに。


 つまりここには、三つのオーブのマスターがそろい踏みしていることになる。

 そのことも十分ぶっ飛んでる状況な気がするぞ。



「あとはオマエがそこの台に寝転ぶだけさ」


 ねーさんが指さす先を見ると、低い作業台のようなものが二つ並んでいる。

 一つには俺の体。……相変わらず全裸だ。


 そして、ロレーナがその周囲をぐるぐる回りながら「ふむ」「ほほう」とか呟いている。

 ニーナさんも一緒だ。


「……人の裸、あまりじろじろ見ないでいただけます?」


 声をかけると、ロレーナは「ほああっ!」とか言って飛び上がった。

 こっちに気づいてなかったらしい。


 ニーナさんは「あらあら」と言ったきりだ。

 この人にはもう、何を言っても無駄なのは身に染みているが。


「いや、これはだな!? 人間観察というやつじゃ! 儀式に必要なのじゃ!


 け、決して、たくましいなーとか……ここってそういう形なのか……


 とか、変な考えで見とったわけではないのじゃ!」


 ロレーナは顔を赤らめ、両手の人差し指どうしをちょいちょいとくっつけたり離したり。

 まったく、どいつもこいつも……



 ぱんぱん、とねーさんが手を叩いた。


「はいはい、さっさと始めるよ。オマエもさっさと脱ぐんだよ」


 ええ!?

 こっちも裸にならなきゃダメなのか!?


 ええー、皆服を着てる状況で自分一人(正確には二人)脱ぐって……


「いまさら恥ずかしがるでないよ。ああ面倒だ。……はい、脱がした!」


「わあっ!?」


(きゃーっ!)


 一瞬にして俺は裸になっていた。慌てて胸などを抑える。

 

 また、時間停止か……!

 今のところ、服を脱がすことにしか使ってないじゃないか!


「さっさとここへ寝転べ。


 次に起き上がるときは元の体さ。……たぶんな」


 たぶんて。


「なにせ、初めての試みだ……保証は一切できない。


 何が起こるか全くの未知数だからね。魂がどこかへ行って戻らないかもしれない。

 

 この世のルールをひっくり返したために、神サマに怒られるかも。


 いればだけど……」


「でも、信じてる。エウねーさん」


「……そう言い切られちゃ、応えるしかないねえ!」


 ねーさんがニヤリと笑った。

 俺はゆっくりと作業台に寝転ぶ。


 心臓が、早鐘のように打ち始めた。


(し、シルヴァンさん。何が起こるか分からないなら……


 い、いまのうちに言っておきたいことが……) 


 なんだ?


(前も言いかけましたが……その、この国の再興について、です)


 そう言えば、途中だった。

 俺の鼓動も早いが、彼女の鼓動も早くなったように感じられるのは気のせいか。


(その……ですね。し、し、シルヴァン、さん!)


 はいっ?


(もし、元の体に戻れたなら。二人して、無事に戻れたなら……!


 あ、あなたさえ良ければ、ですが……! その! わ、わたしの……!


 わたしの、夫になって欲しいのです!


 そしてこの国の王として……共に復興させていって欲しいのです!)


 お、夫ぉ!?

 国王ー!?


(この国の未来のために、よ、よ、世継ぎを作り!

 

 つつつまり、ここ子作りをですね……!) 


 こっちもぶっ飛びすぎて、もう何がなんだか!

 緊張とは違う方向で、心臓が超飛び跳ねたぞ!


 ファニーは、俺と結婚したい、と言っているのかー!?


(そうです! わたし、あなたをお慕いしております!


 この儀式が終わったら、けっけっ結婚してください!)


 それは良くない方向のジンクスを発生させるような言葉選びな気が……

 し、しかしファニーが俺のことを……!


(わ、わたしと、結婚すれば……

 

 あなたの好きな胸を、ももも揉み放題ですから! 合法的に!)


 お、おいおい。

 ファニー、そうとうテンパってる。


(ええと。そうだな……)


 俺は考え、


「全てが、ちゃんと上手くいったら……きちんと返事をするよ。


 だから、絶対戻ろう。この話は、希望だ。元の世界に戻るための、アンカーだ。


 この話の続きをするために……


 元の世界に帰って、元の体に戻る。そのためにする、約束だ」


(ええ、ええ……!)


「でも、揉み放題とか。王女さまが言う台詞じゃないよ。


 それが動機で結婚なんて、しないからね」


(あ、あう……! す、すいません! だって……


 わたしがレリアさんに勝ってそうな部分なんて、そこくらいしか……)


 ……レリアか。またちょっとドキッとした。

 その件についても、しっかり話さないと。

 

 だから、絶対生きて戻ろう!

 


「今まさに月と太陽が重なり、日食が始まったよ。


 日食の時間はせいぜい五分程度。さっさと始めないと」


 ご、五分!?

 

「そんな時間で、儀式を終わらせられるのか?」


「そのための時間停止だろ」


 な、なるほど。

 初めて時間停止が真っ当な目的に使われるのか!



 そして儀式は始まった。



 エウねーさんが俺たちの足元に立ち、何事かをつぶやく。

 ロレーナの知性の秘術で、俺の意識は強制的にブラックアウトし……



 ……




 ▽




「あれ、エウフェーミアさんの使い魔ですね」


 エリーザが指さす先に、翼を羽ばたかせたカラスが一羽。

 こちらに向かってやってきている。


 そしてエリーザの指先に降り立ち、


「監視員05から報告」


 とくちばしを動かして喋った。


「この喋り方、エウフェーミアさんのクローンだねー!」


「本人は今頃。儀式を開始してる」 


 レリア(服着用)とマティが集まり、報告の続きを待つ。

 アデリーナは離れた位置で、周囲を警戒中だ。


「ブレシーナの国境近く、新たなバレルビア軍が近づいている。


 撤退したバレルビア軍とも合流。加えて海軍も到着。海兵隊の上陸も間近」


 カラスの報告に、


「ま、またあ!?」


 とレリア。


「そういえば海軍がまだ来てませんでしたね……


 バレルビア援軍……王都でその動きはつかめなかったんですか?」


 エリーザがカラスに聞くと、


「魔王率いるバレルビア軍が進軍時……

 

 王都近辺の使い魔は、魔王に全滅させられた。


 ゆえにその方面からの報告が途切れ、増援を発見するのが遅れた模様」


「なるほど」


「でも。もう魔王はいないんだし?


 操られて狂戦士化もしてないなら、今度は楽かなー?」


 魔王によって狂戦士と化したバレルビア兵は、身体能力の限界を超えて暴れた。

 そのため、一人ひとり無力化していくのに、余計な労力が必要だった。


 今は、魔王がシルヴィアの手によって消滅。狂戦士化も解除。

 ゆえに、われに返ったバレルビア軍は、少しずつ撤退を開始している。

 マティの手で、マウロ王も気絶した状態でバレルビア軍の元に送られた。

 

「報告。増援は既に狂戦士化している模様」


「!?」


 ざわっと、緊張感がレリアたちに走る。


「ま、魔王はもういないんだよね!? ど、どうしてー?」

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