第109話 浮上 ~魔の胎動

 エリクサー雲から降るエリクサー雨によって、浄化されたブレシーナ王国を馬車で進む。

 この王国は平地が多く、馬車の旅は快適だ。


 呪いで草木は死滅しているので、さすがにそれらまで復活する事はなく、どこまでも土の地面が広がっている。

 

「呪いは解けたけど、風景はちょっと寂しいねー……」


「緑が欲しい。草原。森。お花……」


「それは『生命のオーブ』が役に立つんじゃないかな。


 秘術を使えば、草木も生やし放題になるだろ。


 私が元に戻れたら、そうやって本格的に国の復興だ。


 ……レリアもマティも、手伝ってくれるか?」

 

 元々は俺とファニーの、個人的な約束の話だったけれども。

 それでも、もちろん! というように、二人は大きくうなずいてくれた。


 ありがたいことだ。


(みなさん、ありがとうございます……! 


 ただただ、感謝の言葉しか言えない、自分が無力でもどかしいです……!)


 ファニーの泣きそうな雰囲気が伝わってきた。


 いやいや。

 ファニーにはこの体を貸してくれたという、大きな借りがあるから……


 ……


 ……なんとなく、今回は『貸し借り』の問題じゃない気がしてきた。

 そんな言葉だとちょっと無味乾燥というか、ドライすぎるような言い方の気がして。


 そして、借りを返したらそれでおしまい、みたいで……

 ファニーとの関係もおしまい、みたいで。


 それはなんかやだな、と思ったのだ。

 



 平地の馬車旅は、思った以上にスムーズに進み……


 ブレシーナ王国の中心部まで、あと一日ほどというところまで来れた。良い調子だ。

 そして馬車を止め、キャンプする。



「ふう……明日には、儀式に最適な場所まで到達できるか」


 俺は一人、魔女の大浴場に浸かっていた。

 さすがにもう、女性陣に混じって入浴は出来なくなっている。


 気にしない人も結構いるけど、さすがにエリーザに知られたからには、キッチリしないと。

 姫さまの体を利用して、とか怒られそうだし。


「いや、元々自分としてはキッチリしたかったはずなんだけどな?


 皆が普通に一緒に入ってくるもんだから……」


「何を独り言を言っておるのじゃ?」


 ……気にしないタイプの人がまた一人いたか。

 ロレーナが、浴場の外にかけておいた[シルヴァン入浴中]の看板を気にせず入ってきた。


「こういうことが起きないように、看板作ったのに……」


 ロレーナがさっそく、どっぱーん! と湯船に飛び込んでくる。


「まず入る前に、かけ湯してくださいよ。バスタオル……は最初から巻いてないか」


「ん、なんぞルールがあるのか? 次からは気を付ける! なっはっは!」


 とばちゃばちゃ泳ぎだした。

 挙動は完全に子供だ……竜人もエルフと同じく長命種だから、けっこうな年上のはずなんだが。


 そのうえ、


「お主、めちゃくちゃデカいのう! 羨ましいぞ! 


 いつか、わしもこうなれるのか!?」


 と俺の両胸を、下から持ち上げてきた。

 白濁湯に沈めて見えないようにしてたものが、ざばーっと水面に強制浮上させられる。


 おお……すごい迫力……


(きゃあああ! や、やだっ! 見ちゃだめです!)


 ファニーが悲鳴をあげる。 

 こ、これは俺のせいじゃないから!


 でも……この体でいるのも、もう最後かもしれないだろ、だからぜんぶ見ておきたいん……


(は、恥ずかしい! ばか! へんたい! きらい!)


 ごめんなさい調子こきました!

 と目をそらす。ロレーナはまだたぷたぷして遊んでいるが。



 でも、名残惜しい気持ちがあるのは確かだ。

 それは決していやらしい意味ではなく。


 それだけ、この体で今まで旅をしてきて、馴染んでしまったということだ。

 女性用の服で着飾るのも、可愛いと言われるのも……すっかり、受け入れられるようになっている。


 まだ、女の子で居たい……という気持ちが正直言って、ある。


 まあそれも、ファニー自身が可愛くて、スタイルが抜群だからかもだけど。



(で、でもですね……あの。そ、その)


 ん?

 なにか、ファニーが妙に言いよどんでいる。


(シルヴァンさんが、そういう……その……


 わ、わたしを、一人の女性として見てくれているのなら……


 一つ、お願いが……)


 なんだろう?


(あ、あの、国を再建するとなると、その……わたしが女王に、なるのですが。


 しかし、わたし一人では荷が勝ちすぎて……


 ともに、王座についてくれる人が、必要で。


 だ、だから、お、お、夫となる、王となる方が必要で!

 

 そして世継ぎを……作って……)


 そこまで言って、ファニーの羞恥心が限界に達したように、


(や、やっぱり恥ずかしいです! また次にします! 


 ……あと、きらいじゃないですから! それじゃ!)


 と、言い残して静かになってしまった。

 なんだったんだ……世継ぎ? 王位を継承する、子供のこと……?




 ▼




 ――バレルビア国、王の宮殿。


 マウロ王の姿をした『彼』は、宮殿の一角に作られた新・王立研究所へと向かっていた。

 


 周囲には彼が魔力を吸いあげ、ボロ雑巾のようになった人間たちがあちこちに倒れている。



 『魔界』……全ての魔なるもの、邪悪、瘴気、悪の根が集うとされる場所。


 そんな形のない、どろどろとしたエネルギーのようなものの集う魔界に住まう彼は……

 この人間の世界では、煙のような存在でしかない。


 しかし器となる体を得、魔力を他の人間から吸い尽くし。

 その結果、一個の生命体として活動できるようになっていた。



「ニンゲンの世界とやらも、なかなかの純度の魔力持ちが存在しているではないか」


 彼――ディアベルは一人つぶやき、研究所へと入って行く。


 研究所の中も同様、人間たちは皆倒れて動かない。

 彼が顕現した際、必要とする魔力を『補給』したからだ。



 ……いや、数十人もの同じ顔をした女たちが、まだ動いていた。

 いくつものオーブの周囲を囲み、手をかざしたり、何やらつぶやいたりを繰り返している。


「この王の記憶によれば、リリアーナとかいう女の、クローンらしいな……


 生命の秘術を使ってクローンを生成し、コピーオーブの解析に当たらせたと」


 クローンの特徴か、魔力がほとんどないので手を出さずにおいたのだった。

 リリアーナのクローンたちは、周囲の状況にもかかわらず、命令通りに解析作業にいそしんでいる。


「命令を遂行する事しか知らぬ、哀れな生命か。ニンゲンも良い趣味をしている」


 ディアベルは机の上に転がっているオーブの一つを手に取り、その『中身』に集中した。


「……コピーの問題か、欠損だらけの情報だな。


 その半端な情報で秘術を使ったせいで、ここと魔界が繋がったわけか。


 マヌケな奴らだ」


 ふふんと笑う。


 そしてリリアーナクローンの一人の手を掴み、抱き寄せた。

 服を引き裂き、その肢体に長い舌を這わせる。

 

「だが、マウロ王とやら。安心せよ。貴様の野望は我が叶えてやろう。


 コピーオーブの固有魔力から、オリジナルの追跡も可能だ。


 既に方向は分かっている」


 はるか遠くにいる冒険者一行が見えているように、ある方向を迷いなく見やった。


「三つのオリジナルを手に入れ、我がその全てのマスターとなり。


 ここと魔界、天界すら統合し……三界の王として君臨してやろう。


 その前に、この体が完全になじむまで……


 この出来損ないの生命たちで、退屈をしのぐとしよう」

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