第108話 灰の国 ~ロレーナの驚愕

 ――その後、旅は順調きわまりなく。


 何事も起こらず、ブレシーナ王国の国境までやって来ることが出来た。

 

 もう誰も居ない、滅びの王国。

 たどり着いてみると、そこには想像以上の光景が広がっていた。



「見渡す限り。灰色の大地……」



 俺たちの目の前に広がる、王国の光景をマティが一言で言い表した。


 どこまでも続く平地は、灰色の砂のようなもので覆われている。

 草木もなく、川や湖があったと思われるくぼみには水の一滴もなく……


 乾いた風が灰色の砂埃を立てる、不毛の大地だった。


「ここが、ブレシーナ王国か……ファニーとエリーザの故郷……


 エウねーさんの話だと、この国の中心部が儀式に最適な場所らしいけど」


「……な、なんか嫌な感じがするね! なんだろ?」


 レリアの言う通り、何かは分からないが本能を刺激するような、不快感がただよっている。

 灰色の砂のせいだろうか。


(以前は緑豊かで、肥沃な土壌が広がる……美しい国だったのですが……)


 ファニーが出て来て、ため息をもらした。

 エリーザも、かつての祖国の地を前に、言葉が出ない様子だ。

 

 ゴブリン国との戦争で、国中の土地が汚染されたという話だったが……

 

「……汚染と言うレベルかこれ?


 そもそも、国境線にキッチリ沿って広がる汚染ってどういうものなんだ」



 ブレシーナ王国の周囲には、自由国境地帯がある。

 自由国境地帯というのは、国同士の間にある緩衝地帯だ。


 それぞれの国の管轄下にないため、税金逃れや自由を求める者が住んでいたりする。

 しかし当然、国の保護下ではないので治安は最悪、真っ当な人間が居て良い場所ではない。



「こっちが、自由国境地帯。こっちが、ブレシーナ王国。


 普通の地面と、灰色の地面が、きっかり分かれてるねー」


 と、レリアが足を動かし、交互に地面をちょいちょいと踏んでいた。


(汚染とは言いましたが、実際には呪いですね。


 ゴブリンたちは我が国を滅ぼしはしましたが、戦争でゴブリン王の息子が戦死。


 それを悲しんだ王が、我が国全土を呪い、不毛の大地に変えた……と聞きました)


 と、ファニー。

 相当数のゴブリンシャーマンが集い、呪いの儀式をしたという。

 場所を指定した呪いなので、国境までキッチリ「王国全土」が呪われたということか。

 

 その後エウねーさんのやらかしによって発生した、キマイラ軍団にゴブリン国は滅ぼされたってわけだ。

 ブレシーナ王国とゴブリック国は隣同士。

 

「この不毛の大地の続く先に、また滅んだ国があるってのも、むなしい話だな……」


 ふう、とため息をひとつ吐く。  


「呪いの土地なら、シルヴィアちゃんの『解呪薬』でどうにかなるんじゃない?」


 と、レリアが寄って来て言った。


 まずは儀式を行う場所に行って、汚染を除去するという計画だったけど。


「もう呪いは残ってないよ。呪いによって変質した土地があるだけだ。


 解呪薬は効き目がない。水と同じで、砂に吸い込まれるだけだろう。


 むしろ【構造変化】で、土の組成を健康なものに変えられないかな? 


 って思った」


 と、俺はロレーナを振り返る。

 しかし、


「うーん、可能かもじゃが。


 それをするには、この砂に触る必要があるのじゃが……それはな……」


 とロレーナは眉を八の字にした。

 確かに、この灰色の砂……本能的な嫌悪感を引き起こす何かがあるんだよなあ。



 はっきり言って、この上を歩きたくないくらいだ。

 馬車で乗り入れたら、木の車輪が腐る確信がなぜかある。


 だから皆、ブレシーナ王国まで来たものの、誰も踏み込もうとしない。

 空気さえ汚染されている気がするし、上空の太陽も雲一つないのにかげって見えるくらいだ。



(呪いにより『魔界』の土地に変化した……という者もいます)


「魔界ね……天国があるなら、魔界もあってもおかしくはないけど」



 悪魔的ななにかが棲む世界とか言われるが、実在を確認した者はいない。


 その魔界から現れる『魔王』を倒すのが、『勇者』という職の本来の務めらしいけど。

 勇者と魔王の戦いも実際あったとされるが、それも伝説になるくらいの大昔の話だ。



「それなら……」


 と俺は少し考える。

 そして、ふところからエリクサーをひと瓶取り出し、中身を目の前の大地にぶっかけてみた。


 すると、案の定。

 みるみるうちに、灰色の土地が健康な色の土地に戻っていく。


「おおっ!? なにをしたのじゃ!?」


「もしかしてと思って、エリクサーをひと瓶、振りまいてみたんだが。


 効果抜群だったな」


「エリクサーじゃとおー!? 


 伝説の霊薬とされる、超が九個くらいつく貴重品ではないか!


 それをあっさり撒いたのか? 確かに効果的じゃったが、とんでもない事を!」


 ロレーナが目を剥いて驚く。

 しかしエリクサーひと瓶でも、土地を元に戻せたのは半径三メートル程度の範囲だった。


「なら、エリクサー増やすか」


「はあ!?!?!?」


「ロレーナ、【構造変化】で健康な土地の方に、大きい穴を作ってくれないか」


 まだ驚いた表情のロレーナにひとつ頼みごとをする。

 良く分からんが、と言いつつロレーナはスキルを使い、地面に大穴を開けてくれた。


 その中に、手持ちのエリクサーをまとめてどばどばと流しいれる。 


「うおおおおおおいいい!?! 


 お主、何本エリクサーを持って、いや、なんで捨ててるのじゃー!?」


「【強く、可愛く、とめどなく】、『増量』」


 『増量』は、食べ物や飲み物をほんのちょっとだけ、増やすことのできる魔法だ。

 それをスキルで強化し、穴に流し込んだエリクサーにかけると……


「なんじゃあ!? 穴いっぱいに、エリクサーが満ちてきおった! 


 なんか、妙にキラキラと光っておるが……!?」


「それに、【強く、可愛く、神々しく】、『ウォーターショット』」


 三叉神槍(トライデント)を発動。

 俺の腕に水流がまとわりついていく。


 海の中だと分からなかったが、水流にイルカがぴょんぴょん跳ねてるのが見えるな……

 これが【可愛く】の効果だったか。


「わあ、シルヴィアちゃん、エリクサーがあふれ出て来てるよ?」


 俺はそのあふれ出たエリクサーを、空中に浮かばせた。

 エリクサー水球はどんどんと膨れ上がっていく。

 

 それをいったん弾けさせ、エリクサー水蒸気と変化させた。

 そしてさらに空へと飛ばすと…… 


「おい……雲が出来てきたのじゃ。まさか、あれ……」


 そう。エリクサー雲です。

 そしてそこからは当然、エリクサー雨が降る。


 俺は三叉神槍(トライデント)で雲の位置を調整し、ブレシーナの灰色の大地へ集中して降らせた。


「おおっ……!?」


 エリーザが目を見張った。


 エリクサー雨の降った場所が、じょじょに健康な土地へと変わっていく……

 見渡す限りの灰色だった大地が、十分ほど雨が降っただけで浄化されてしまった。


「……こんなとこかな。


 中心部まではあと三日、馬車を飛ばせばそのくらいで着くだろう」


「さすが。おにいちゃん」


 俺はマティと拳を打ち合わせた。


「うおおお!」


 突然、雄たけびを上げてエリーザが俺へ突進してきた。

 そして、ぎゅっと抱きしめてくる。


「シルヴァンどの! 我が国の、汚染された大地を! 


 まさか浄化してしまうとは……! あなたは、なんという存在なのだ!? 


 感謝の言葉もない、とはこのことか……!」


 と涙を流した。


(ああ……! ああ! ありがとうございます! シルヴァンさん!


 あなたは、わたしの……ブレシーナの、救世主です……!)


 ファニーも、涙を流して喜んでいる感覚が伝わってきた。

 


「……規格外のことをしでかす奴じゃ、とは思っとったが。


 エリクサーを大量生産したうえ、エリクサー雲にエリクサー雨?


 驚きすぎて、脳がついていかんぞ!」


 ロレーナが、呆れたように両拳を天に向かって突き出した。

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