第106話 目覚め ~侵入
「何ドン引きした目で眺めておるのじゃ! は、はよう助けんか!」
にゅるにゅるのスライムにまとわりつかれ、ロレーナがジタバタしている。
スライムと戦いたいって言ったのはロレーナだろうに……
「知性のオーブの力でも使ったら?」
「……こ、こいつには知性がない! 本能しかない奴には使えぬ! ひゃわー!」
ありゃ、意外な弱点があった。
「なら、知性を植え付けたうえで、操っては?」
無機物にも知性を植え付けられるのだから、知性のない生き物にも可能なんじゃないか。
「な、なるほど! その手が……じゃ、じゃが……はうっ!
なんか、力が……! はひぃ……はうん……」
おっと、しまった。
スライムは生き物を襲う時には、肉体的に敏感な部分を刺激し、無力化してから食べるのだ。
既にスライムはビキニアーマーの隙間に入り込んでいる。
「【ゆるく、可愛く、食らいつく】。ファイアーボール」
適度に威力を抑えた火炎魔法を発射する。
ロレーナごと撃ったように見えるが、対象はスライムのみに絞ってある。
それに、疑似オリハルコンコーディングがされたビキニアーマーだ。
スライムが蒸発しても、ロレーナの体には傷一つなかった。
「……ふひー! さ、最弱と聞いていたが! ふいをつかれたら死ぬではないか!」
よろよろと、ロレーナが棒を杖にしながら起き上がった。
「まがりなりにも、モンスターだしね……」
モンスターに属するものなら、どんなものでも基本的に命の危険は付きまとう。
それゆえに魔物(モンスター)と呼ばれるわけだし。
「危うく、死ぬところじゃった! そして危うく、何かに目覚めるところじゃった!
こんどスライムに会ったら、知性を受け付けてペットにしてやるのじゃ。
そして……」
「そして?」
「な、なんでもないのじゃ……!」
ロレーナはぷいと顔をそらした。なんか耳が赤い。
これ以上、踏み込まない方が良さそうかも。既に目覚めてしまった可能性……
ビキニアーマーなんて、着けさせるんじゃなかったかなあ?
「さ、さあ探索を続けるのじゃ! 次はオークか、ゴブリンか?」
「いや、もう日が暮れたし……小屋に入って、夕ご飯だよ」
ということで、ミニチュア魔女の小屋を適度な広さの地面に置いて、
(ねーさん? 場所は確保したよ)
と頭の中で強く呼びかける。すると、
(了解)
と返答があり、魔女の小屋が元の大きさにポンっと一瞬で戻った。
軽い精神リンクをねーさんと繋いでおり、こちらからの呼びかけで応答できるようにしてある。
「あ、もう夕ご飯の時間? やったー!」
「周囲問題なし。バレルビア関係者の気配なし。モンスターレベルも低い」
この辺りを警戒に出ていたレリアとマティも戻り、外に出ていた四人で小屋へ入った。
食卓には既にねーさんの手料理が並んでおり、思わずごくりと唾をのんだ。
ちらりとねーさんを見るが、……まあ、話を聞くのは今じゃないな。
例の件は折を見て、二人の時に聞いてみよう……
「……もしかして、毎食ついてくるのか?」
ロレーナが料理を前に、意表をつかれたような表情になっていた。
「だねー! ここ、おっきいお風呂もあるよー! あとで一緒に入ろうね!
ロレーナさんも、個室があるからベッドでゆっくり眠れるよ!」
と、レリアが笑顔で色々とロレーナに教えている。
女王はやめたから友達みたいに会話してくれ、とのことなので俺も皆も口調がざっくばらんだ。
しかしロレーナは腕を組み、
「冒険者とは……毎晩野宿で、焚火を囲み、手持ちの武器を点検しながら談笑して。
睡眠時は交代で見張りを立て、常にモンスターの襲撃に警戒し……
時にはモンスターすら食べて飢えをしのぐ、みたいなもんじゃと思っとったが?」
まあ、普通はそうだよな。
「三食、風呂付き、寝床付き。……贅沢な冒険の旅じゃのー!」
俺らもこんな、コテージ付きの旅は初めてだから……
▼
――バレルビア国、首都レジアス。
上空には黒い雲が立ち込め、ごろごろと遠くから雷の鳴る音が聞こえている。
そろそろひと雨きそうだなと、城下町の人々がささやきあっていた。
そんな折……
レジアスの宮殿――王の間に、慌てて駆け込む男が一人。
「緊急事態発生! 緊急事態発生……!」
その男は繰り返し、よたよたと王の間に転げ込んだ。
近衛兵たちが槍を掲げて、男と王のあいだに立ちはだかる。
「何事か!? 騒がしい!」
王が叱責した。
が、その男が最近設立した新・王立研究所の一員と分かると、
「む? 何か、進展があったのか?
例の、古代魔法のコピーオーブの研究で、新たな発見でもあったか……?」
と、期待のまなざしで研究員の男を見やった。
「お、王! マウロ王!
か、かねてから存在があるとされた、魂のみなもと、『天界』の件ですが……!」
「おお! その場所を特定したのか!? 魂のエネルギーが集う、天界!
天国と言う者もいる、その場を制すれば……世界を制したも同然!
不老不死の軍隊を作り上げることが可能となるはずだからな!
わしも、永遠の命を得た王となるのだ!」
マウロ王がにわかに活気立ち、ギラギラした目つきになった。
「い、いえ……! それが……!
『時空』のコピーオーブで特定し、そこへ至る道を開いたつもりでしたが……!
その場所は、天界ではなく……『魔界』、だったのです!」
「なんだと!?」
マウロ王がガタっと玉座から立ち上がる。
「その、ま、魔界から……!
何者かがこちらへと侵入し、我々の仲間を……次々に!
あが、あががガガガガガガ!」
奇妙な叫び声をあげ、研究員の男は苦しみだし、ばったりと仰向けに倒れた。
その口から、白い煙のようなものが立ち昇り、空中でぼんやりとした人型になっていく。
「な、何事……?!」
王も近衛兵も、何が起こっているのか全く分からない。
すると、地の底から湧き上がるような、重くて低い声が響いてきた。
「……この肉体も、もろいな。俺をこの世界にとどめておくには魔力も足りぬ。
ん……? そこの、王と言われていた者。
貴様、まあまあの肉体と魔力量だな。さすがに一国の王と言われるだけはあるか」
「な、なんだ? 煙が、喋っている?」
近衛兵が動揺と恐怖で、体を震わせた。
空中にとどまっている煙から、声が聞こえてくるのだ。
「その肉体、頂くぞ。この世界、我々が棲むには環境が違いすぎる……
マウロ王とやら。我も、魔界の王たる者。名を、ディアベル。
我の魂の入れ物になる事、光栄に思え……!」
すると突然、煙がぐわっと王に向かって突進してきた。
近衛兵たちが慌てて槍を突き出すが、何の手ごたえも無い。
「うわ、あああああっ――!」
そして、マウロ王の絶叫が王の間に鳴り響いた……
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