第105話 疑惑 ~初めてのスライム

「そして冒険の旅は始まる、のじゃ!


 にしては……」


 

 ブレシーナ王国へと旅立つ当日の朝。


 準備を整え、魔女の小屋の玄関口まで集まったところ……


「皆、わりと普通の格好じゃのう。冒険者らしい出で立ちに見えぬ」


 とロレーナ。

 確かに、俺たちはほぼ普段着に、強化した軽装鎧を付ける程度だ。

 

 いかにも戦士! 魔法使い! っていう格好じゃないからな……



「そういやシルヴィアよ、土産としてメイド風を持参したので、着てみんか?」


 やっぱりそれを推してくるのか。

 見てみると、色んなところが短く切り詰められたタイプのメイド服だった。


 露出も高いし「冒険者らしいですかこれ?」と聞いたら、「それもそうじゃの」と納得はしてくれた。

 しかし「後でぜひ着ているところを見せるのじゃ!」と言われたので結局着なきゃならんようだ……



「お主は戦士じゃろ? ビキニアーマーは着けんのか?」


 ロレーナが今度はエリーザに妙な質問を投げかけた。


「そういう鎧があるのは知ってますが……よっぽどの加護がなければ着けませんよ」


 見た目的に、防御力皆無なビキニアーマー。

 しかし、中には強力な防護効果のある『加護』が付いたものもあるという。


 めったに見られるものじゃないが……そもそも、あんな格好で外を歩く冒険者はまずいない。

 ロレーナはどこからそういう知識を仕入れたんだか。  


「ビキニアーマー? あるよ」


 と、エウねーさんが棚から青いビキニアーマーを取り出して持ってきた。

 なんで持ってるだよ……さすが、変態水着を着けるだけある。


「あ? なんか失礼な事考えてるね?」


 めっそうもない。


「何の加護もついてないが、シルヴィアのスキルで疑似オリハルコン製にはなるだろ」 


「ほほう! おぬし、そんなスキルを持っておるのか! すごいもんじゃの!」


 ロレーナがキラキラした目を向けてきた。

 なんか妙に楽しそうだな……


 はじめてのぼうけん、ということでテンションも上がっているのだろう。


「なら! そのアーマー、わしが着る!」


 とんでもない事を言いだした。


「おいおい、ちんちくりんに合うサイズじゃないぞ……」


「失礼な魔女じゃな! わしに着れんものなぞない! 


 これをこうして、こうじゃ!」


 ビキニアーマーを手に取ったロレーナが、もう片方の手をアーマーに向けてかざすと、


「ち、縮んでく?」


「【構造変化】のスキルを持っておる事を忘れるでない。


 これでわしの適性サイズに変化させた。着るから、手伝えシルヴィア!」


 えっ! 俺!?

 さすがにそれは辞退させていただきたく。レリアたちの冷たい目も気になるし。



 結局はアデリーナに手伝ってもらい、ロレーナはビキニアーマーを装着した竜人戦士となった。


 疑似オリハルコンコーティングもかけ、防御力も最強クラスに。

 このコーティングにより耐寒性も高まるので、露出のわりに普通の服以上に暖かくなる。


「やっほーい! さあ、いくのじゃー!」


 ロレーナのテンションはマックスだ。

 本当にそんな恰好で出歩くのか……


 幼女に危ない格好をさせてるとか、通報されなきゃ良いけど。

 まあ、これから行くところは、誰もいない王国だから良いか……?





「馬車かー。草原を歩いたりしてみたかったが、まあこれも良いじゃろ」


 ブレシーナ王国までは、一週間ほどの馬車の旅になる。 

 例によって御者はエリーザ。天蓋つき客車には俺とレリアとマティ、それにロレーナが座っていた。


 そして俺の手の中には、魔女の小屋のミニチュア版のような小箱。

 この小箱の中には、エウねーさんやニーナさんたちが入っている。


 アデリーナも、魔女の小屋の中が散らかりすぎなのが気になるらしく、この小屋の中で掃除に精を出しているようだ。


「魔女の錬金術ってのも、すごいねー!」


 レリアが心底感心したように、手元の小箱を見つめる。


「そうだな……この手元の中に、あのだだっぴろい空間が入ってるんだもんな」


「魔女の錬金術?」


 ここでロレーナが怪訝な顔をした。


「時空のオーブの秘術じゃろ、これ」


「いや、ねーさんはオーブを集める前からこういう事が出来てたし。


 魔女の錬金術だって」


 俺の答えに、さらにロレーナは首を傾げた。

 

「そんなわけなかろ。


 オーブの話を聞く限り、どう考えてもこれは時空の秘術じゃろ。


 空間を自在に操ってるんじゃからな。


 そもそも錬金術は、もっと物質的なものに作用する……


 そう、『化学』に近いものだったはずじゃが」


「……」


 確かに、そう言われればそうだ。


 だいぶ昔、エウねーさんと初めて会った頃……

 俺とマティが子供の頃から、同じことをしてたので「そういうものか」と思い込んでたけど。


「ねーさんは、俺たちと会った頃から、時空の秘術を使っていた……?」


 そんなバカな。

 つじつまが合わない。

 

「オーブは史上初めて、俺たちティエルナがダンジョンから持ち帰った。


 それまではずっと、アルニタクのダンジョンに封印されていた。


 オーブ無しで時空の秘術を使える人間が、いるわけがない……」


 その、はずなんだ。

 過去にもそういった人間やらエルフやらが現れた記録だってない。


「そもそも、あの魔女とやら、人間のわりに相当長生きしてるじゃろ。


 時空の秘術か、生命の秘術かを使わん限り、無理だと思うんじゃが。


 それとも人間界には、長生きの薬でもあるのか?」


 ロレーナの言葉に、殴られたような衝撃をうける。


「ねーさんは昔から、『時空』と『生命』の秘術を……?」


 いやいや……!


 オーブを手に入れてから、初めて研究を開始して、俺を元に戻す算段をつけたんじゃないか。

 最初から二つのオーブの力を使えるようなら、研究する必要なんてない……



 ねーさんは俺たちに、何か隠している……?



「よく、わからないけど」


 レリアが俺の顔を覗き込んだ。


「エウフェーミアさんは、嘘をつくような人じゃないよ。


 ときどき、からかったりしてくる事はあるけど……


 でも、あの人がシルヴィアちゃんを助けようって思ってる気持ち、全然嘘じゃない」


 レリア……

 

「わたしも同意見。あの人は悪だくみもするけど。邪悪な魔女なはずない」


 となりのマティが、俺の手の上に手を重ねながら、言ってきた。


「……そうだよな。いまさら、疑うようなことはないよな……」


 レリアとマティがうなずく。


「なんかわからんが……


 お主らの間に、波風を立てたかったわけではないのじゃ。すまん」


 ロレーナが手を合わせた。


「いや……大丈夫」


 どうしても気になるなら、直接話せばいいことだし。

 ねーさんがこっちを騙す理由なんて、ウケ狙い以外考えられないし!



 ほっとした様子のロレーナが、うーんと伸びをした。

 ビキニアーマーで腕をそんな持ち上げると、肩部分に引っ張られて胸部分が危ない事になるんですが。


「そろそろ外に出て、モンスターとやらとバトってみたいとこじゃが……」


 まあ、馬車の中で揺られるだけってのが退屈なのは分かる。


「馬車を止める場所に適したところで、いったん降りて周囲を探索でもしてみる?」


「そう来なくちゃなのじゃ!」 



 てことで、進路にあった広い湖近くでいったん馬車を止め、一晩過ごすことにした。

夜が来る前に、ひと探索。

 近くにはうっそうとした森もあり、何か出てきそうな気配はありありだ。


「まずはスライムじゃろ。基本中の基本」


 適当な棒を拾い、森の茂みをバサバサするロレーナ。

 不用心すぎる……とか思った瞬間、


「のじゃあー!?」


 ぼたりと水色のスライムが木の上から落ちて来て、ロレーナに覆いかぶさった。

 うわあ、ビキニアーマーの竜人幼女がスライム責めにあってる……

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