第102話 白い世界 ~新たな仲間

「それで、お話とはなんでしょうか!」


「お、お姉さま。ぼ、ぼくだけ部屋に呼んでくれたんじゃないんだね……」


 俺はエリーザとリリアーナ、二人を部屋に招き、このファニーの体について話すつもりだった。

 しかし。


「えーと……」


 どう、話せば良いのか……何から、話せば良いのか。

 まだ考えはまとまってなかったのだった。


「その、だな……」


 考えあぐねていると、


「コンコン。入るよ」


 と、エウねーさんが扉を開いていきなり入ってきた。

 ノックは口で言うもんじゃないぞ……


「どうせなかなか話せないと思ってね。助け船を出しにきたってわけさ」


 うぐ。

 確かに二人を呼んで十分くらい経ったが、進行度はゼロだ。


「『知性のオーブ』から、【精神伝達】をさらに進めた、【精神世界接続】。


 それを使って、ファニーも含めた全員の精神を繋げるよ」


 唐突にそんな事を言うねーさん。

 なんだって? 精神世界接続!?


「それは、どういう……?」


「そこに行けばわかるさ。じゃ、始めるよ」


 ちょっとは説明しろ、と言おうと思ったが……

 その間もなく、いきなり俺の意識はフェイドアウトした。




「……!?」



 気が付くと、白い世界が目の前に広がっていた。

 ここは……ファニーとの、夜会話の世界!?


「こ、こんにちわ。シルヴァンさん」


 ふっと、俺の前にファニーが現れ、戸惑ったようにあいさつした。

 いつもは、こんばんわ、の時間だもんな……


「こ、ここはどこだ……? 


 ああ! シルヴィアさま、と、あの……逞しい、お方……!?」


 エリーザが俺を見て、顔を赤らめた。


 ……うーん、直接会うのは初めてになるな。

 全裸を見られ、体を触られているこっちが赤くなりたい気分なんだけども。

 

「ああ、お、男の人がいる!」

 

 とリリアーナ。こっちも初めましてだが。



(そこが、精神世界だよ。


 そこなら、誤解なく、嘘も無く、話し合えるはずさ)



 エウねーさんの声がどこからともなく聞こえてきた。


 周囲を見回す。

 どこまでも、白い世界。


 だが、ファニーとの会話の時の世界とは、似て非なるもののような気もした。



「まあ、とりあえずエウねーさんの言葉を信じるか……


 ええと。俺はシルヴァン。エリーザとリリアーナの二人には初めまして」



 そうして、俺はこれまでの事をかいつまんで話し出した。



 ファニーはもともと呪いをかけられ、奈落(アビス)に落ちてしまっていたこと。

 その中に俺(シルヴァン)という魂が入り、こうしてファニーとして動いていること。

 三つのダンジョンを巡っていたのは、俺の魂を元の体に戻すための秘術を探すためだったこと……



 そして、騙すつもりではなかったが、そのことを秘密にしていたこと。


 それについて、俺は二人に頭を下げた。

 しかし、


「……に、にわかには信じられません。姫さまの体に、男の魂が!?


 そしてその男とは、カプセルの中の、逞しいお方……!?


 その男が、いま、ここに居る、なんて……」


「い、意味不明! い、生きてる人の体に他の人の魂が入って、動いてるって……


 そんな奇妙な話、き、聞いた事ないよ!


 しかも、お、お姉さまの体に入っていたのは、お、お、男!?」


 二人はさすがに混乱して、話に頭が追い付いて行かないようだった。

 エリーザの衝撃も、ネクロマンサーがどうとか言う話もすっ飛ぶくらいのようだ。

 だが嘘をつかれてるわけではない、と理解はしているらしい。



「エリーザに黙っていたことは、わたしからもお詫びします。ごめんなさい。


 シルヴァンさんと話し合って、そう決めたのです」


 とファニーもエリーザに頭を下げた。


「ひ、姫さま! 頭をお上げに! しかし。そんな突拍子もない話……


 今まで、私が姫さまと思って接していたのが、あの方とは……」


 俺をちらちらと、盗み見るエリーザ。

 少し顔が赤い。

 

 本人の目がないと思って体を触りまくったから、バツが悪いのかもしれない?


「い、いやしかし。


 姫さまのお体が、どこの馬の骨とも知らぬ男に、使われていたと思うと……


 な、なんという不敬で、不届きな! 姫さまの体を悪用し……!」


 エリーザはやはり、俺のことは信じられない、といった様子だった。

 しかし、ファニーが静かにエリーザに語り掛ける。


「馬の骨ではありませんよ。悪用だなんて、とんでもない。


 それはあなたも、良く分かっているのではないですか?」


 エリーザは黙って、ファニーの言葉を聞いている。 


「今まで、シルヴァンさん――シルヴィアとして成してきた偉業。


 ダンジョンを制覇し、バレルビアの戦争を止め、エルフ国、人魚国の英雄となり……


 それらは、わたしが行ったことではありません。彼が、彼の意思で行ったこと。


 その行いは常に正しく、崇高であったと、わたしは思います」


「……そ、それは。確かに……」


「そして、わたしが今もっとも信頼を寄せている、男の方です。


 あなたは、それでも信じられませんか? 仲間とは、思えないと?」


 エリーザは、腕を組んだ。天を仰ぎ、うなっている。

 俺と共に成してきた事について、それらがどういう事だったかを考えているのだろう。



 そして、しばらくのち……エリーザが俺を真正面から見て言った。


「……シルヴァンどの、だったか。


 確かに、あなたの成してきたことは……


 姫さまが成してもおかしくのない、偉業だった。


 私が姫さまと信じて疑わないほどに。なら、信じよう。シルヴァンどの。


 ……姫さまが信じる方を、私が信じないわけにもいくまい」


 と、右手を差し出してきた。

 俺はその手を握り返す。 


「ありがとう。俺も仲間と、認めてくれるんだな」


「ああ……。あうっ!」


 エリーザはうなずき、そしてまた赤くなってぱっと手を離した。

 こんなに恥じらうエリーザもちょっと新鮮かも……


「ご、ごほん。姫さまの体、今後も悪用などせぬように……!」


「当然、そのつもりだ」


 ……エリーザを含む女性陣と風呂に入ったのは、悪用ではなく必然、だしな? 

 その点については、黙っておこう。




「うう。だったら、ぼ、ぼくは。誰のことを好きになったんだろ……?」


 リリアーナが悩んでいる。

 さすがにこれは、どう言ってあげれば良いのか分からない…… 


「シルヴィア、つまりファニーさんなのかもしれないし……


 シルヴァンて人なのかもしれない。


 ぼ、ぼくは、体を好きになったのか、魂を好きになったのか?


 こ、これは……」 


 ややこしい問題になってしまった。

 

「な、なかなか挑みがいのある、問題だね!」


 え?


「ひ、人が人を好きになる事、なんて、よく物語の中で聞く話だけど……


 じ、自分自身にそれが起きるなんて事も初めてだし……


 そ、その対象は、体なのか魂なのか? の問題まで出てくるなんて。


 これは、お、面白いことになってきたよ!」


 と、リリアーナはなんだかわくわくしているようにも見える。


 むう……これは、研究者気質、ってやつなのか?

 まさか、自分自身の心の在り方まで、研究対象になるのか。


「『知性のオーブ』の研究を進めれば、そ、それもまた分かってしまうんだろうか?


 と、とにかく、ぼくはまだまだティエルナには関わっていくよ。


 好き放題に研究は出来るわ、人魚国なんて未知の国に行けるわ……


 た、楽しい事が次から次へと。だ、だから。シルヴァンて人も、よろしく」


 おずおずと、手を差し伸べてきた。

 俺はその手を握る。


 リリアーナに関しては、良く分からない着地地点になったが……


 ともかく、二人とも俺(シルヴァン)のことを認めてくれたようだ。


 そして今後も、仲間として、協力してくれる。


「二人とも、ありがとう。本当に……!


 そして、今後とも、よろしく!」


 また、俺は二人に深々と頭を下げたのだった。

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