第80話 エルフの宴 ~責任?

 そして、エルフによる、ティエルナをたたえる宴が始まった。



 リュドミール王とレオーン将軍とグリゴリー。

 人々を権力を使って思うままにした、首魁の三人はそれぞれ命を失うか捕らえられた。


 王たちに賛同した側のエルフたちも、反旗をひるがえしたアルカディーたちに屈服し……

 当分は牢獄暮らしだ。




「ありがとう、ティエルナの方々」


 エルフたちは改めて、左胸に右手をあて、深く頭を下げるエルフ式の感謝の仕草をした。

 彼ら伝統の、心を込めた感謝の仕草だった。


「あなた方が来なければ、里の民は、命を無駄に散らすところでした。


 若者はこき使われた挙句に、星の舟の発進にともなう衝撃で、里ごと崩壊するとか……


 恐ろしい王を、選んでしまったものです」


 長老と思われる、白ヒゲの老エルフが身を震わせた。


「なんであんな王が選ばれたの?」


 俺が聞くと、


「元々彼は、あんな事をするような者ではありませんでした。


 ある時、遺跡から出土した、古代文明の武器が彼を変えたのです。


 今の我々からは想像もつかぬ進んだ技術に、心を囚われ……」


 長老は一度ため息をつき、


「古い文献を調べさせた結果、『星の舟』なるものを見出し。


 そして、エルフは古代文明人の末裔だと信じるようになり……


 古代文明人の後を追って宇宙へ行くべきと…… 


 途方もない夢、妄執に取りつかれてしまった」


 なるほど。

 始まりはあの白熱剣だったか。確かに、あらゆるものを溶かし切断する、強力な武器だった。


 この地上には、並ぶ武器は存在しないだろう。宇宙的安物の剣などを除いては。


「あの輝きと力に魅せられ、心を狂わされてしまったと」


 俺の言葉に長老がうなずく。


「その通りです。あやうく、彼のためにエルフが滅びるところでした。


 あなたは、あなた方はその運命から皆を救ってくださった。全エルフの恩人です」


 いやいや……俺たちはそもそも、行方不明になった冒険者を探しに来ただけだし。


 あの王たちを倒したのも、単に、そうすべきだろうと思ったから。

 ある意味なりゆきだよ。


 俺が首をふってそう言うと、


「なんという謙虚なお方だ。


 我々は、正直……人間という種族を下に見ておりました。


 とんでもない間違いです。こんな崇高な方がおられるとは、想像もつかず」


「エルフにもリュドミールみたいなのが居るように……


 人間にだって迷惑千万なやつもいる。お互い様だよ」


 俺がそう言うと、


「ふふ、そうかもしれませんね」


 長老も顔をほころばせ、にこやかな表情を見せた。


「我々はあなたに学びを得ました。


 これからは、他種族にもひらけた里にするよう、努力していきます。


 今日は、大いに食べ、飲んで、楽しんでください。


 本当にありがとう、ティエルナの方々!」



 ▽



 宴は、宮殿の王の間で行われた。

 そこが最も人数が入り、料理を運ぶのにも適していたからだ。


 悪王から、里を取り戻した……という主張もあったのかもしれない。


「酒をまわせ、この里で最も上質の、特級品を持ってくるんだ!」 


「いやいや、私ら未成年なんで」


「皆さん、百年に一度だけ生る、木の実ですぞ。ぜひご賞味くだされ」


「美味しい! とろける甘さ! 初めて食べる味だなー!」


 次から次へと、エルフの里独自の食べ物が運ばれてくる。

 風変わりな木の実、葉っぱ、果物など……

 

 エルフは肉を一切口にしないため、肉料理が無くて少し残念にも思ったが、


「木の実。葉っぱ。意外と食べ応えがある」


 マティも頬に手を当てて、ご満悦の様子だ。


 熟成ドングリの濃厚シチュー、黄金色のクコの葉ナッツスープ、栗のシフォンケーキ。

 ふわとろキノコリゾット、コク旨豆スープ……


 原材料がそれ? というものから、不思議なほどに濃密な料理が作られていた。


「どれも美味しいな……肉や魚が無くても、メインディッシュレベルだ。


 流れてる音楽も、雰囲気的に最高」


 当然、全てが木製の楽器だ。 


 彼ら音楽団の、背後の壁の一部に、巨大な垂れ幕が飾られている。

 なんでも、大穴が空いているらしい。


 そして、それを開けたのはマティだったりした。


「すみません。王の間に穴を空けて」


 そう言って、マティが長老に頭を下げる。


「いえいえ! 


 そうやって、炎上している部分をくり抜いていただいたおかげで、延焼を免れたのです。


 なに、この宮殿に使われている木材は、特別です。


 水と回復魔法さえかければ、自然に元に戻りますよ」


 さすがエルフの里の樹。

 そういう壁の修復方法があるんだな。


「すやあ……」


 例によって、一人だけ成人してるからって酒を一口のんだエリーザが、机に突っ伏して寝ている。


「せっかくの料理、あまり食べてないんじゃ?」


 とエリーザに覚醒魔法でもかけ、起こそうかと思ったが、


「ははは、いつでも、何でも、申しつけがあれば持ってこさせますよ」


 給仕のエルフが、にこやかに言ってくれた。

 俺たちには、里一番の高級宿泊施設の、一等室を割り当ててもらっている。


 これからは、里にはいつでも来てもらっていいし、その一等室にいつでも無料で泊まってもらっていい。

 そして、いつでも里一番の料理でおもてなしします、と長老が確約してくれていた。


「その宿泊施設には、超豪華なお風呂があるんだってー!」


 レリアが目をきらきらさせながら言ってきた。


「それは良いな。エウねーさんとこと、どっちがすごいか、確かめに行こう!」





 というわけで、料理をたっぷり堪能した後、俺はその風呂場へとやってきた。

 エリーザはいったん客室送り、マティとレリアは少し遅れてくるようだ。


 なので、一番風呂は俺一人、ということになった。


「おお……エウねーさんとこよりも広い!」


 天井も高く、各所に凝った意匠がほどこされた浴場だ。

 樹の良い香りが周囲に漂っている。

 

「ん? でかい姿見が、ある、な……」


 浴場の壁一面に、磨き上げられた姿見が設置されていた。

 そこに、俺の体が映っている。頭から、足先まで、全て……


(きゃあーーーっ! 見ないでください!) 


 ファニーの声が頭に鳴り響いた。


 当然、今の俺の体には何も着けていない。

 湯船につかろうと、バスタオルは外して手に持ったところだった。


「うわわ! ごめんなさい!」


 慌てて視線を逸らす。

 真正面から、自分の体を見たのは初めてだった。


 ドキドキしながら、湯船につかる。

 お湯は白濁していて、入ってしまえば何も見えない。


 しかし、びっくりした。いや、綺麗でしたよ……ほんと。


(ばかー!)


 すいません……褒めればいいってもんじゃないですよね……


「うわー! ひっろーい!」


「これは。すごい」


 レリアとマティがやってきた。

 湯船に入り、俺の両隣りにぴったりくっついてくる。


「い、いつもより密着してない?」

 

「今回。おにいちゃんと別行動の時間があった。おにいちゃん分を補給」 


 なるほど?

 そしてレリアは、さらに俺の耳元に口を近づけて、


「全部、見たんですからね、せ、責任、取ってくださいねー!」


 とささやき、ぱっと離れて行ってしまう。

 耳にかかる吐息とか、ちょっとドキッとさせられてしまった。


 しかし、責任とは……?


(エルフの風習でしょうか? たぶん、責任とは、あれですよ、け、けっけ結こ……


 な、なら! わたしも全部見られたんですからね! ついさっき! 


 責任、取ってください!)


 とファニーも言って来る。妙な対抗心を感じる……

 責任って、結局なんなんだー?

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