第77話 レリア対リュドミール ~新薬の弱点

「う、うるさい! 舟は止めん! 貴様もわしのものだ!」


 白熱剣を振り回し、レリアを威嚇するリュドミール王。


「だから、ダメだってー。あたしがもらわれるなら、シルヴァンさん!」


 レリアがえい、とカバンから取り出した薬瓶を王に向けて投げる。

 しかし、王は白熱剣で斬り払い、一瞬で薬瓶を蒸発させてしまった。


 続けてまた薬瓶をいくつか投げるも、全て白熱剣の前に溶かされてしまう。


「ありゃー?

 

 どろどろ薬も、ばくはつ薬も、一瞬で溶かされたら効果、出ないんだなあ」


 レリアが首を傾げた。

 

 王が白熱剣を、レリアにふたたび突きつける。

 どうやらレリアは特殊効果のある薬を使う、薬師らしいと見抜いたようだ。


 その程度の戦力なら、自分でも対処可能だ……と、王はにわかに余裕を得て笑い出した。


「ははは、分かったか! 貴様ていどの抵抗など、たかが知れている!


 大人しく降参しろ! 


 そのあかしとして、道具を捨て、着ているものを全て脱げ!」


 下種な要求をする、リュドミール王。


「んー……やっぱり、それしかないかなあ……すごく、恥ずかしいけど……」


 レリアが少し顔を赤らめ、ためらう様子を見せた。


「ははは、悪いようにはせんぞ、たっぷりと可愛がってや……」


「ちょっと、待っててね!」 


 レリアがそう言って、取り出した一本の薬瓶を傾ける。

 そこから流れ出た水滴が一滴、床に落ちた瞬間、ものすごい煙幕がわきあがった。

 

 煙は艦橋内をすべて満たし、視界は完全に真っ白になってしまった。


「う、うわっ!? 貴様、何を!?」


 焦った王が、白熱剣をぶんぶんと振り回す。

 刃が艦橋内の何かに当たり、バチっと音がして火花が飛んだ。


<マスター、操舵輪が損傷しました。手動による操艦が不能に>


 天井から、システムの声が聞こえてきた。

 それを聞いて、王が慌てて白熱剣の刃を消し、


「し、しまった! 修復は可能か? 出港準備に支障は?」


 と天井に向かって叫ぶ。


<修復は可能。出港準備に、支障なし>

 

「な、ならいい」


 王がシステムの返答に、安堵のため息をつく。

 そして手探りで座っていた座席を探り当て、その後ろに隠れた。


「くそ、何も見えん! やつはどこだ……?


 しばらく、様子を見るか……」


 二分、三分……煙幕は消える様子がない。

 どこからか、しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえるが、それ以外は何も起こる様子がない。


「何をやっている……? 


 そ、そうだ。システム、この煙幕を消すことは出来るか?」


<可能。空調を調整し、煙を排除しますか?>


「やれ」


 ごおっと音がして、壁の一部に煙が急速に吸い込まれて行く。

 視界がどんどんクリアになっていった。すると、


「あわわ……! ちょっと待って!」


 と、慌てたようなレリアの声が聞こえた。


 その声を聞き、王が落ち着きをとりもどす。 

 ふたたび白熱剣を起動し、何か投げられてもすぐ対処できるように構えた。


 煙がすっかり消えたので、王が座席の後ろから顔を出し、周囲を確認する。

 すると、もう一つある座席の後ろに、人が隠れるところが見えた。


 ふわりと金髪がなびいていた。


「なんだ、脱ぐところを見られたくなかったのか? ははは、可愛い奴だ。


 だが、いつまでも隠れてないで、出て来なさい……」


 舌なめずりをした王が、座席の後ろに回り込む。

 だが、そこにはレリアは居なかった。


「!? ど、どこだ? いや、確実にこの後ろに居たはず……」


 きょろきょろと艦橋内を見回し、走り回ってあちこちを確かめるが、誰も居ない。


「ど、どういうことだ……システム、あのハーフエルフはどこへ行った?」


<艦橋内に居ます>


「なに!? ど、どこだ! 詳しく!」


<マスターの隣に>


 その瞬間、王の右手首に鈍器で殴られたような痛みが走った。


「いでえっ!」


 持っていた白熱剣を取り落とす。

 床には、薬瓶が割れたような破片が散っていた。


「く、薬瓶が飛んできたのか?」


 周囲を確認するが、やはり誰も居ない。


 王が、床に落ちた白熱剣を拾おうとする……

 が、白熱剣はひとりでに動き、空中へと浮かんだ。


「な、なに? わ、わしは動かしてないぞ、何が起こった!?」


 空中に浮かんでいる白熱剣は、刃を王に向け、脅かすようにじりっと近づいてきた。



 ▽



「レリア! 無事か!?」


 俺はふたたび探知妖精さんを発動させ、その案内で艦橋までやって来た。


「!?」


 そして艦橋内の、奇妙な光景に足を止める。


 リュドミール王が、壁に追い詰められたように張り付いていた。

 そして、追い詰めているのは……空中に浮かんだ、白熱剣。

 

「あ? 自分の白熱剣に反逆でもされてるのか?」


 王に問う。

 ついにエルフの民どころか、道具にすら反旗をひるがえされたか。


「し、知らん! わしの剣が勝手に動いておるのだ! 


 わしの手に戻れ、と命じても抵抗される!」


 王が首を振ってそう答えた。


「シルヴィアちゃん! レオーン将軍を倒してきたんだね!」


 と、レリアの声が聞こえた。

 それも、宙に浮かぶ白熱剣のほうから……


「……いつの間に、レリアは白熱剣になったんだ?」


「あ、これ、違うの! あたし、今透明になってるの!」


 ……ああ、なるほど。


 要するにレリアは、透明になる薬を使って王から白熱剣を奪い、追い詰めた。

 というわけなんだな。


「さすがレリアだな、そういう薬も作り出したのか」


「えへへ!」


 白熱剣がゆらゆらして、レリアの声で笑った。(ように見える)


「しかし、私も来たことだし。もう、姿を見せてもいいだろ」


「えっ!?……そ、それはだめー! だ、だって……は、恥ずかしい!」


 恥ずかしい? なんで?

 あの民族衣装には、もう慣れただろうに……


「あ、あたし、いま……! は、裸だもん!」


 ……なるほど。姿を消す薬は、人体にしか効果がないと。

 だから、完全に相手から見えなくなるには……


「とうめい薬の効果中は、服を全部脱がないといけないのが、問題なのー!


 今も、めちゃくちゃ恥ずかしいんだから!」


 つまり今レリアは、全裸で剣をかまえて立っているわけだ、すぐそこに……


「シルヴィアちゃん!? いま、変な想像したでしょ! もー! えっち! 


 こっち見ちゃだめー!」


 空中の白熱剣が、身もだえするように動き、俺を責める声をあげた。

 

「見るな、つっても何も見えないしなあ……」

 

 でも、向こうからすれば、裸の自分に視線を送られてるようなものなんだろうな。


 それなら、空中の白熱剣の方向には、目を向けないようにするか。

 薬の効果中、と言ってたから多分、時間制限があるタイプなんだろうし……

 

 とりあえず俺は目を王の方に向ける。

 安堵したようなため息が、レリアが居ると思われる方向から聞こえた。


 続いて、


「ふう……うん。どんなにえっちでも、すき、シルヴァンさん……


 って、こんなの面と向かって言えないよー……! 透明でも、無理ー……!」


 もごもご言っているのが聞こえたけど、蚊の鳴くような声だったので内容を聞きとる事は出来なかった。



「レオーンがやられただと!? ……ばかな、そんな……」 


「……まずは、王を拘束だ。星の舟を止める方法を、聞き出そう」


 ぶつぶつ独り言をつぶやいている王に対し、俺はロープを取り出した。

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