第74話 シルヴィア対レオーン前編 ~相殺合戦

 レオーン将軍に連れていかれた先は、四角くだだっ広い空間だった。

 天井も壁も、やはり光沢のある灰色をしている。


 左右の壁には、巨大な鉄のゴーレムのようなものが並んでいた。


「……動くのか、これ?」


「人が乗って動かすものらしい……が、そんなものに興味はない。


 重要なのは、ここが相当頑丈な区画だということだ。


 多少のことでは舟に影響も出ない。思う存分、全開でお互いの魔法を撃ちあえる」


 振り向いたレオーンがニヤリと笑った。


「星の舟に穴を空けた魔法なら、ちょっと分からんがな」


「あれは重力魔法だよ。空間ごとねじ切るから、物質の固さとか関係ない」


 さきほど、いくつか明かしてもらった情報料がわりに、俺は手の内を明かした。


「……なるほど。お前の使える最高の魔法が、それだけとは言わないよな?」


 ぐっと筋肉を盛り上がらせ、レオーンが戦闘態勢に入った。

 その様子はどう見ても魔法使いじゃない。だがエルフ最強の魔法使いだという……


 なら、いきなり飛ばしても構わないかな?


「ああ、他にもいろいろある……


 【強く、可愛く、頼もしく】、『ファイアーボール』!」


 レベル1の火炎魔法が、最上級火炎魔法フェニックスになる。

 火の鳥の形をした爆炎が、すさまじい熱気を伴ってレオーンを襲った。


 しかし、レオーンもフェニックスを発動。

 お互いの魔法が、空中でぶつかり完全相殺された。


「互角か。火の鳥の見た目が妙だったが、さすがにやるな。


 しかしこれがファイアーボールとは、油断でも誘っているのか? 


 詠唱も聞いた事のないものだ」


 レオーンが笑みをうかべながら、両手を広げた。

  

「私の宣言は気にしないでくれ。しかし、あんたも最強と言われるだけあるな……」


 火炎魔法の究極の到達点を、あっさりと使いこなしやがった。

 この魔法を使える人間は居ないとされたが、エルフには一人、居たらしい。


「【強く、可愛く、食らいつく】、『ライトニング』!」


 次は追尾機能のある、上級雷撃魔法サンダーボルトだ。

 空を割く猛烈な雷撃を、手にまとわせたマジックシールドで弾くレオーン。


 だが、いったんそれた雷撃は空中で軌道を変更、後ろからレオーンを襲う。

 何も知らないレオーンは見事に食らった。全身が黒焦げになり、膝をつく……


 ……が、レオーンの体を緑の光が包んだ。

 みるみるうちに、焦げや火傷が治っていく。


「自動で相手を追尾するだと……


 これは初めて見た、そんな魔法も聞いた事がない!」


 嬉しそうに叫ぶレオーン。

 追尾する魔法自体、存在しないからな……


 しかしこいつ、回復魔法まで使えるのか。そしてアレで気絶しないなんて、タフすぎる。

 いや、魔力で身体を強化しているのか。


「あと、『ごろごろー』とかいう女の声が聞こえたが、お前が叫んだのか?」


 スキルの都合上、『可愛い』効果がついてきただけだ……それも気にしないで欲しい。


 全ての傷を癒し終えたレオーンが、バシンと厚い胸板を叩く。


「さあ、どんどん来い、お前の力を見せてくれ!」


 絶対あんた、格闘家向きの性格だよ……


「じゃ、【強く、可愛く、頼もしく】……『アイスミサイル』!」


「最上級の氷結魔法か、『アイシクルランス』!」


 またも同レベルの最上級魔法がぶつかり、お互いの巨大な氷の槍が相殺された。

 砕け散った氷のつぶてが、ガラガラと音を立てて周囲に飛び散る。


「こちらからも行くか……『ガイアナックル!』」


「土系の最上級か、【デカく、可愛く、ぶっ叩く】! 『ストーンパンチ』!」 


 

 ――しばらく、お互いの最上級魔法のぶつけ合いが続いた。

 今のところ全くの互角だ。

 


「炎系、雷系、氷系、岩系、風系、重力系……


 お前も各種魔法の最上級を極めていたのか。良いぞ……


 俺以外にそんな魔法使いが居たとは、地上も捨てたものではなかった!」


 レオーンはひたすら嬉しそうだ。

 笑みさえ浮かべている。

 が、体に見合ったごつい顔つきではあるので、やや怖い。


「俺に傷を負わせ、回復魔法を使わせたのも、お前が始めてだ!


 やはりこれは運命……俺はこのために、ここに居た!」


 そりゃ、良かったな……しかし、お前がリュドミール王に付いたせいで、多くの血が流れたとも聞くぞ。





 ――宮殿へ攻め入る前、エルフの女性たちに補給などをしていた時。

 アルカディーに、少しレオーンについての話を聞いた。


「以前にも一度、労働者たちの間で計画を立てて、反乱を起こした事があったのですが。


 グリゴリーが起きてくる前に、他の監視員を不意打ちで無力化して。


 遺跡入り口まで、皆で登ったのです」


 その時に立ちはだかったのが、レオーン将軍だったという。


「グリゴリーは笑いながら暴力を振るいますが……


 あの男は淡々と、無言で人を殺していきました。


 我々の同士を、次々に魔法で焼き、凍り付かせ、粉々にし……


 そしてただ一言、『弱い』と」

 

 当時のことを思い出し、アルカディーがぶるっと身震いする。


「その異様な光景に、我々の足は止まり……


 駆けつけた警備兵たちに、我々は取り押さえられ……


 反乱は鎮圧され、再び地下に連行されていきました。


 その時の、我々を見るレオーンの……あの冷たい目をよく覚えています。


 レオーンは、力弱き者はいっさいの価値無し、くらいにしか考えてないのでしょう」





「……ああ、そんなこともあったな。


 力は磨き上げられるべきもの。今のエルフは腑抜けている。


 だから死ぬほど追い詰められれば……


 その中から英雄となる者、優れた者が出るかとも思ったが。


 そういう意味であの反乱には期待したが、結局は無駄だった」


 レオーンは顔色変えず、そう言い放った。

 この間にも、お互いの魔法が空中でぶつかり合い、相殺され、消し飛んでいる。


「力ある者は俺と戦え。そして、更なる高みへの土台となれ。


 そうやって各地を巡り、何人もの名の知れた魔法使いを倒し、屠って来た。


 そしてついに挑む相手が居なくなった。だから、王の話に乗った」


 二人の雷魔法がからみあい、凄まじい音を立てた。


「だが、今俺は高揚している。お前に出会えたからな。


 『現在』はすべて、『過去』の積み重ねで作られる。


 俺が今まで一人修行してきたのも、多くの命を奪ってきたのも。


 今、ここでこうしている事に繋がっている!」


「お前の望みが叶うのなら、どんなことでもして良いって言うのか?


 誰かの命を踏みにじっても、良いと言うのか!?」


「礎(いしずえ)とはそういうものだろう。


 城を建てる時、基礎部分が可哀想だとか思う奴がどこにいる!?


 死ぬのが嫌なら、強くなることだ!」


 バチィッ、と俺とレオーンの間で火炎魔法が相殺して、火の粉が盛大に散った。


 こいつ、武人のようだと思ったが……結局は自分勝手な、エゴイストなだけだったか。

 こんな迷惑千万な野郎は、ここで止めねば!

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