第71話 王と将軍 ~出港準備

「……地下の『星の舟』発掘所で、反乱が起きたようです」



 ――エルフ宮殿、王の間。


 玉座に座ったリュドミール王のすぐわきに控えている、レオーン将軍がぼそりと告げた。


 彼らの目の前の空中に、発掘所の映像が浮かび上がっている。

 まるで、発掘所の天井近くで飛ぶ鳥から見た景色、といった具合だ。



「地下で不審な動きがあると知らせを受け、監視ドローンを起動させてみれば……


 この有様で」


 地下発掘所は、もぬけの殻だった。

 そこらじゅうに、ツルハシの鉄部分が散らばっているのが謎だ。


 映像に目を向けた王は、ばかにしたような薄笑いを浮かべた。


「ふん。やつらが今更なにをしようと、かまわぬ。


 星の舟内部への『転送装置』も、動作確認ずみだ。


 あのような臭い地下に、降りていく必要などもうない。


 明日、予定通り出港する。反乱者どもは、全員爆破せよ」


「グリゴリーも捕まったようですが?」


 ふん、と王が鼻を鳴らした。


「使えぬやつ。


 地下労働者どもの引き締めには役に立ったが、そこまでの男だったか。


 捨ておけ。どうせ、宇宙への旅には連れていくつもりもなかった」


「は……」


 レオーンが頭を下げた。


「反乱なら、宮殿まで彼らが押し寄せてくるでしょう」


「警備兵に任せておけばよい。なんとなれば、特殊部隊も全員出せ。


 労働力として、地下のエルフどもも何人か連れて行こうとも思ったが……


 もはや不要だ。これからの長い旅には、わしと貴様。


 それにわしの血脈を残すための女どもがおればよい」


 王は、王の間のなかほどに集っている女たちに目をやり、下卑た笑いを浮かべた。 


(リュドミール王、直属の親衛隊……ヴァルキリー部隊か。


 美しいエルフ女のみで構成された、戦闘部隊。


 そして王の遺伝子を残すための母体役。


 全エルフから選び抜かれた、エリート中のエリート……

 

 だが結局は、王の好みも強く反映されている)


 レオーンは何も言わず、心の中でひそかにつぶやく。


(古代文明に追いつくために宇宙へ出る、などと大きな事を言うが。


 結局はその程度の男。ま、いいがな。


 俺は宇宙とやらで、俺の血を騒がせる強敵と出会えれば……それでいい。


 反乱者どもの中に、俺とやり合えるやつが一人でも居ればとも思うが、ありえまい)


 将軍は目をつむって、まだ見ぬ敵に想いをはせる。 


(世界各地を旅してきたが……


 俺に傷一つ負わせるような相手には、ついぞ巡り合えなかった。

 

 王の言う、宇宙とやらはこの世界より、はるかに広いらしい。そこになら……!


 ここを飛び立てば、千人規模でエルフたちが命を落とすだろうが)


 レオーンは表情一つ変えず、心の中でつぶやいた。


(弱き者には生きる資格など、元々ないのだ)



 ▽



 ――エルフの里、宮殿前広場。


「と、止まれ! 反乱者ども!」


「そちらこそ、王に従うのをやめて、武器を捨てて投降しろ!

 

 出来ないのなら、押し通る!」


 王一派の警備兵エルフたちと、反逆の労働者エルフたちがぶつかり合う。


 警備兵でも首輪組のものは、リナのスイッチで首輪を外され、全員が反逆者たちに合流した。


 首輪無しの若いエルフたちは、数が少ないながらも奮闘したが……

 『伝説級』こん棒の前に次々と剣を折られ、降伏していった。


「特殊部隊が出て来たよー!」


 宮殿内部から、黒ローブの男たちがこちらへ向かって来ているのが見えた。


「俺たちを襲ってきた時より、数が増えたな」


 黒ローブの男たちは素早く動き回り、吹き矢を放ってくる。 

 だが、それを食らっても反逆のエルフたちはけろりとしていた。


「!?」


 黒ローブの男たちが狼狽する。


 その隙に、反逆のエルフたちが殺到。

 みぞおちにこん棒を突き入れたり、膝裏に叩きこんだりして、男たちを地面に組み伏せてしまった。


「もう、あの吹き矢は効かないよー! 


 あたしが、解毒剤作って配っちゃったもん!」


 レリアが誇らしげに胸をはった。

 自分が食らった毒の解毒剤を即作っておくという、薬師ならではの技だった。


「はい解除!」


 リナが首輪を解除し、特殊部隊の老エルフたちをも解放していく。


 王宮を警備している若エルフたちの中には、また数人の白熱剣使いが居た。

 しかし、彼らも俺たちの前には無力。問題なく全員を取り押さえていく。


「王の間はこちらです!」


 リナを背負ったアルカディーが、宮殿内部を案内してくれる。

 立ちはだかる若エルフたちは、ことごとく無力化した。


 そうして、巨大な扉を開けた先に……


「リュドミール王!」


 アルカディーが叫ぶ。

 赤いじゅうたんが敷かれた先、玉座に王が座っている。


 となりには、レオーン将軍も居た。


「役立たずどもめ。これでは、予定を早めるしかないではないか!」


 リュドミール王が顔を歪め、吐き捨てるように叫んだ。


 そして玉座を立ち、後ろの壁にある扉を開けた。

 扉の先は光っていて見えない。外に通じているのか?


「ここはお任せを。お先に」


 ずい、とレオーン将軍が前に出てきた。

 やはり、エルフにしてはごつい男で、かなりの長身だ。


 これで格闘家ではなく、エルフ最強の魔法使いらしいから、人は見た目によらないな。


「い、いや貴様は、常にわしのそばに居るのだ。


 貴様が居なかったら誰がわしを守る!? ここはヴァルキリー部隊に任せよ。


 人間ふぜい、わしのヴァルキリー部隊の敵ではない。

 

 星の舟に行くぞ、出港準備だ!」


 そう言って、リュドミール王は取り出した鈴を鳴らす。


「は……」


 静かに答え、レオーンはリュドミールの後についていき、共に扉に消えた。


「待て!」


 アルカディーが走り出しかけるが、


「危ない!」


 とエリーザが腕を掴んで引き戻した。

 アルカディーがさっきまで居た場所に、ざざざっと降り立つ人影が四つ。


「ヴァルキリー部隊とやらの、おでましか」


 女性のエルフだけで構成された、特殊部隊らしい。

 その身を包むのは濃い緑のピッタリとしたタイツ、小ぶりの黒帽子、全てお揃いだ。 

 

 全員、手には白熱剣をもち、既に起動している。


「ここは私たちにお任せを。シルヴィアさまは、早く王を!」


「任せた!」


 俺とレリア、リナつきアルカディーは右から玉座裏に回り込もうとする。

 それを阻止すべく動くヴァルキリー部隊の前に、すばやくマティとエリーザが立ちはだかった。


「無駄。通さない」


「あなた方の相手は私たちです!」




 俺たちは玉座裏にたどり着き、王たちが消えた扉を開けるが――


「壁!?」


 扉の先はどこにも通じていなかった。


「うそー!?」


 レリアが扉の中の壁を叩いてみるが、普通の壁だった。


「……これは、ポータルみたいなものか!?

 

 ということは、王たちは既に、星の舟内部に居る!」


「それは、まずいです! まだ、あそこには女性たちとその警護の男たちが!」


 アルカディーが青くなった。

 星の舟が飛び立てば、そこに居るエルフたちは全員吹っ飛んでしまう……


「地下へ戻ろう! 【早く、可愛く、変わりなく】、『俊敏』!」


 超すばやく動けるようになり、加速した自分自身に落ち着いて付いていける魔法を発動。

 それを四人にかける。


 そして俺たちは、飛ぶような速度で遺跡へと駆け出した。

 出港など、絶対にさせない……!

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