第65話 星の舟 ~王と将軍

「あそこ。遺跡の入り口」


 リナが、太い樹の幹に隠れながら、その向こうを指さす。

 のぞき込むと、三角の形をした、赤黒い石造りの建物があった。


 建物には扉のない大きな入り口があり、その中に地下への階段が設置されているようだ。


「あれが遺跡入り口か……よく、あの警備を潜り抜けて中まで入れたね、リナ」


「一番巡回の人数が少ないときに、わざと物音を立てておびき寄せたりして。


 ちょいちょいっとね」


 リナがにぱっと笑う。


 俺たちは、多くのエルフや冒険者が強制労働させられている遺跡の、入り口近くへ来ていた。


 当然、遺跡入り口付近は警戒厳重だ。

 十人ほど、武装した老エルフが周囲を巡回している。


「あれくらいなら、私たちであれば正面突破は余裕ですが……」


 弓が得意なエルフのことだ、ここから見えない樹の上などにも、警備兵は配置されているはず。

 のこのこ近づいたら、矢の雨が降って来るに違いない。


 それでも突破自体は出来るだろうが、通報されて遺跡内も警戒度を上げられるのは面倒くさい。


「普通に気づかれずに入るのが一番でしょ。


 リナ、案内はここまでで良いよ、後は任せて……」


「だめ。分からないでしょ、グリゴリーがいつ回って来るか、顔とかも。


 案内はまだ続くよ。そして、お兄ちゃんは絶対、リナが直接助けるの。


 そうすれば、リナをすきになってくれるかもだし!」


 したたかな幼女だ。


「でも、今は警備エルフ多いよー?」


「なんとかなるよね? ティエルナなら」


 やれやれ、すっかりあてにされてるな。

 こういう潜入作戦なら……


「わたしの【空間収納】。出番だね」


 マティが手を挙げた。





「ひゃあ、怖かった、暗くて!」

 

 マティのアイテムボックス空間から出て、リナが小声でつぶやいた。


 誰にも見られることなく、遺跡入り口へと入った俺たち。

 階段の前で、いったんアイテムボックス空間を解除した。


 視界が限られた状態で、階段を五人も繋がった状態で降りるのは、危険と判断したのだ。


「階段、長そうだねー。すっごい深いとこなんだ、遺跡」

 

 レリアが階段をのぞき込み、先が見えないようすに驚いている。


「石かと思ってたけど、なんか違うな」


 中に入って分かったが、建物に使われているのはただの石ではなさそうだった。

 歩くと金属のような音を立てて、それ自体がぼんやりと光っている。


 表面には謎の記号が彫りこまれていた。


「【鑑定】したけど。知らない素材。『ヒヒイロメタル』だって」


「聞いたことないな。古代文明の進んだテクノロジーの産物と思っておくか……


 とりあえず、階段を降りよう」




 長い長い階段を降り、リナの案内で入り組んだ回廊を歩く。

 そしてその先の出入り口を抜けると……


「……これが、星の舟!?」


 とてつもなく広い四角い空間に、銀色の舟が土に埋まっていた。


 舟と言っても、帆はなく、表面はやたらつるつるしてそうな感じだ。

 巨大な三角形の建物のようにも見える。


「大勢の人がいますね……」


 いま俺たちがいる出入り口付近は、全体を見下ろせる高台にあった。

 星の舟の周囲には、たくさんのエルフがおり、土を掘ったり運んだりしている。


「星の舟を、掘り出してるようだな」


「人間も、何人かいるみたい。やっぱり、冒険者さんたちなのかなー……?」


 働かされてる人々はみな一様に、汚れた服を着て、例の首輪とつけている。

 誰もがふらふらと動き、疲れ切っている様子だった。



「急げ急げ! そこ! きびきび動け!」


「立て! 休んでるんじゃない!」


 黒っぽい軽装鎧をつけた若いエルフが、膝をついて息を切らしている男に鞭を入れていた。


 周囲には同じような格好の若いエルフが数十人ほどおり、労働者たちを監視しているようだ。

 しょっちゅう叱責と罵声がとび、殴られたり鞭を入れられる者が後を絶たない。 


 

「ひどい……」


 エリーザが怒りに震えている。


「こんな調子なの、朝から晩まで。グリゴリーはもっとひどいよ。


 何も失敗したり休んでたりしない人に、気まぐれで鞭を入れるんだ。


 人を痛めつけて、うめき声を上げさせて、笑うんだ。


 ボロボロになっても、どうせ女たちが回復してくれる。


 良い身分だよなおまえら、なんて言って……」 


 リナが悲し気に言う。

 

「逃げ出そうとした者、歯向かってきた者には……


 容赦なく首輪を爆破するスイッチを押すの。


 お兄ちゃんも、いつかそんな目に合うんじゃないか、もしかしたら、もう……


 って思うと、リナ、は……」 


 その目から涙がこぼれた。

 レリアがリナの肩にそっと手をやる。



 その時。


「労働者の諸君! しばし手を止めてよし!


 リュドミール・グロフ王が、じきじきにご視察にこられた!


 王の言葉を、静かに拝聴せよ!」


 大音声のふれが広い空間に響いた。



 俺たちが居るところと真逆の方向、もう一つあった出入り口から、男が現れた。


 白銀の軽装鎧と深紅のマントに身を包んだ、頭に王冠をいただくエルフの男……

 まだ若そうだ。その顔つきはエルフらしく端正だが、彫刻のように冷たい印象があった。


「あれが、リュドミール王だよ。いまのエルフ王の」


 リナが怒りを込めた声で告げた。

 やつが、星の世界へ行くとか言って、こんな過酷な労働を民に強いている悪王か……!


 俺たちは、高台に設置されている柵の陰に身を隠しながら、彼らを盗み見た。


「そして、王の後ろに控えてるやつ……あいつが、レオーン将軍」

 

 エルフにしてはかなりごつい男で、格闘家っぽい出で立ちをしている。

 おそらく、王の直属ボディガードといったところだろう。


 

 王が、拡声魔法を使い、動きを止めた労働者たちに向かって話し始めた。


「諸君!


 選ばれたるエルフの悲願である、星の舟の発掘作業、まことにご苦労である。


 ここから、宇宙への旅の第一歩が始まるのだ。


 誇りをもって、まい進せよ。――以上」


 そう短く告げたエルフ王は、高台にそって歩き出した。

 そして星の舟の、中央部からせり出している構造物へと渡された橋を渡り、その構造物に入って行った。



「星の舟のブリッジ、っていうんだって。王が入った場所。


 あそこで、舟を動かす操作をするみたい。動かし方も、研究中だって」


 リナが教えてくれた。


「王がやってきて進捗を確認してるみたいなんだ。定期的に。


 だから時々、ここにはリュドミールとレオーン、グリゴリー。

 

 三人が揃う事があるの」


 そいつらが、当面の敵、ってことになるな。


「もういっそ、いますぐ三人まとめてやっちゃいましょうか!?」


 エリーザの鼻息が荒い。

 だいぶ、正義感を刺激されているようだ。


「いや、予定通りグリゴリーの確保からだ。


 首輪の爆破スイッチを、グリゴリーだけが持っているとは限らない。


 予備なんてものがあったら、台無しだ」


 三人同時に取り押さえられれば別だが、今はグリゴリーの姿が見えない。

 もし三人それぞれがスイッチを持っていれば、いま王と将軍を取り押さえても、グリゴリーの分が残る。


 グリゴリーに、助けるべき人たちを全員人質として使われてしまったら……

 俺たちは王と将軍を解放せざるを得なくなる。


「あの星の船とやらの中も、どうなってるのかも不明だし王たちには手を出しにくい。

 

 まずグリゴリーから聞き出すんだ。首輪について、何もかも」


「あたしの、香水の出番だねー!」


 レリアが、『素直になる』効果のある香水を取り出して笑った。

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