第20話 借りは返した ~マティとレリアの戦い

「勇者ファビオ。お前の技は一切、私には通じない」


「く……!」


 ファビオはよろよろと立ち上がり、震える手で俺の鎧の首元を掴んだ。

 そして右手の剣を繰り出すが、俺は鋼の左手でそれを止める。


「無駄だって」


「……そう、かな……はあっ!」


 いきなり、ファビオは俺の体を片手で持ちあげ、振り回した。

 うわっ、この体って軽いんだな!


 などと思った瞬間、突然夜が訪れた。

 周囲が完全な闇に閉ざされたのだ。


 だが、まだ夕日は地平線にかかったばっかりだったはず。

 急に夜になるわけがない。


「これは!?」




 ▼




「は、はは! やったぞ! ははははは!」


 ファビオが両手を天に掲げ、笑い声をあげている。


「【空間収納】でアイテムボックスに閉じ込めてやった!


 これで、自分が呼び出さない限り、永遠にそこから出られない!


 ははは! 馬鹿め、子供がイキがって! 技が通じないなら、こういう手もある! 


 は! ははは! もう、邪魔者はいなくなった!」


 ファビオの気がふれたような笑いが続く…… 



 と、その時突然、空間にヒビが入り、バキン!という音と共にはじけ割れた。

 そして真っ黒い穴が、空中に出現。


 その中から、ファンシーな星と共にゆっくりと地面に降り立つ人影が一人。

 それを見たファビオの顔が恐怖に歪んだ。



「な……! な……ば、バカな! 不可能だ! こんなこと!」




 ▽




「今のはちょっとビックリしたかも。


 ダンジョンで、強化魔法の実験を色々やってて良かった。


 空間を歪ませるほどの威力だったんで、封印しとこうって話だったんだけど」


 地面に降り立ちながら、俺はファビオに教えてやる。


「【強く、可愛く、切り開く】でブーストした、重力魔法。重力は空間を歪める。


 アイテムボックス空間を、それで切り裂いて出てきたよ」


「あ、あああ! バカな!」


「……さて、そろそろ終わりにしようかな? ファビオ?」

 

 ファビオが恐怖で後ずさりする。

 勇者の剣技も、スキルによる空間収納戦法も破られ、もう後がないようだ。


「あ、さっきのビックリさせられた分、ちょっと返すわ。


 一瞬だけ焦ったもんね」


「な、なにを!?」


「【怖く、可愛く、コズミック】! 幻影!」


 幻影魔法は、相手に文字通り幻を見せる魔法だ。

 それを、スキルでちょいとブースト。


「う、うわああああ!? ああ!? なんだこれはああああああ」


 ファビオが、見えない何かに向かって叫び、腕を振り回す。

 可愛い宇宙的恐怖に襲われてるんだろうけど、実際どんな姿をしているのかはファビオにしか分からない。


 さんざん、ファビオが振り回されてるのを眺めて、そろそろ良いかと幻影を消してやる。


「くはあっ! はあっ! い、今のは……!?」


「これで、さっきの分は返したよ。じゃあ、最終返済。いくよ!」


「な、や、やめろ……やめてください、やめ……!」


「【上手く、可愛く、たくましく】! 強化!」


 そして俺はファビオの顔面にパンチを叩きこむ。


 右こぶしが、ファビオの左ほおに綺麗にめり込んだ。

 続く左こぶしの打ち上げが顎に決まる。

 

 次は腹部に両こぶしの連打を打ち込み……最後は大振りの右!


 ぶっ飛ばされ、木に打ち付けられたファビオは、完全に気を失った。

 歯が数本、折れて地面にぶちまけられている。


 ファビオの頭の上には星がたくさん、くるくると回っていた。


「やれやれ。可愛い要素のせいで、ちょっとだけ締まらないかも」


 強化しすぎると、子供のパンチとはいえ、顔面が弾け飛ぶ。


 なので今回は『強く』ではなく『上手く』を使った。

 これで思った通りの場所に、正確にパンチを打ち抜ける。


「後は、警吏に連絡してひっ捕らえてもらうだけだ。


 いっしょに居た御者が証言してくれる。俺たちが正当防衛だったって事を」



 俺はふーっと息をつき、 

 

「……これで、ファニーに続いて、この私……俺……シルヴァンの分。


 借りは全て、返したよ」




 ▼




「う!」


「どうした、勇者と聞いていたが、こんなものか?」


 マティはレオンスと剣で切り結んでいた。

 だが、レオンスの力に圧倒され、防戦一方だ。


「やはり、あのダンジョンの惨状はファビオの言う通り!


 奈落で得たというダンジョンの地形を変える力か!


 まさかとは思ったが、やはりあの斬撃跡をお前がつけられるはずがない!


 しょせん、子供は子供だったな!」


 カキーン!


 レオンスの力任せの一振りに、マティの体が後方へ押しやられた。


「というか、お前、人間と戦うのが初めてだなあ?


 その不慣れ具合、はは! こりゃ楽勝だな!」


 勝利を確信し、レオンスが今度こそマティの首を飛ばそうと剣を薙ぎ払う……

 しかし、ガチン!とマティの剣がそれを受け止めた。


「なにっ!?」


「ふう。確かに人間と戦うのは始めて。でも。もう覚えた」


 ひゅん、とマティの剣が風を切ってレオンスの首を狙う。

 

「うおっ!」


 かろうじてそれを受け止めるレオンス。

 再び、剣で切り結ぶ戦いが始まった。


 だが今度はマティが圧倒している。


 一合、二合……マティが剣を振るたびにその力は増大し、速度が上がっていく。


「そ、そんな! こんなことが! あるか!」


 レオンスの顔が焦りで紅潮していく。


「うーん。今回の学びはこんなとこかな。じゃあ終わらせるね」


 次の瞬間、マティの剣が唸った。


 ガガガッ、という連続音が周囲に響きわたる。

 ぶわっと周囲に衝撃波が広がり……

 そしてレオンスの剣は真っ二つに折れ飛んで、鋼の鎧はバラバラと地面に転がった。

 

「この技は『刹那幻惑豪風剣(ミラージュテンペスト)』にしようかな。


 おにいちゃんがむかし考えた技の一つ。……まだやる?」


 レオンスは、膝をついて降参するしかなかった。




 ▼




 レリアとシャンタルが夕日を背に、対峙している。


「うちが僧侶だと思って舐めない方がいいよ。


 僧侶にだって、攻撃魔法があるんだからね!」

 

 とシャンタル。


「あなたも、あたしが薬師だと思って舐めない方が良い、と思うな―?」


 とレリアが返す。


「薬師だって? はっ!


 あんたみたいなガキ、せいぜいショボい栄養剤を作るのが関の山だろ!


 さっさとくたばりな! ウィンドスラスター!」


 シャンタルが風の斬撃を飛ばした。

 一つではなく、複数の斬撃が、レリアに向かって左右から襲い掛かる。


 だがそれはことごとく、レリアにかわされた。


「まだまだ!」


 次々と斬撃を放つシャンタル。

 しかし、かすりすらしない。


「く! なんて速さ! 人間離れしすぎてる!」


「奈落育ちだけど、あたしは人間だよー。ハーフエルフだけど」


「奈落育ちィ!? あんたも、奈落から帰って来たっての? 


 あのファニーとかと同じで!」


「そーだよ。あたしはそこで生まれたんだー」


 すごいでしょ、と手でVサインを作るレリア。


「なんだいそりゃ!? 奈落で生活してるやつらが居るとでも!?


 いや、そんな事はどうでもいい、早くくたばりな! 


 でないと、うちらは破滅なんだ!」


 そうして矢継ぎ早に風の攻撃魔法を繰り出すが、やはり一発も当たらない。

 そのうち、シャンタルが息切れを起こし始めた。


「はあ、はあ。なんてこと、ま、魔力が……」


「切れたの? じゃあ、そろそろこっちの番かな?


 どれにしようかなー。体がどろどろになる薬、爆発する薬、えっとえっと」


 それを聞いて青ざめたシャンタルが、地面に膝をついた。


「ま! 待って! うちらが悪かった! 


 降参するから、そんな物騒なものはしまって!」

 

 涙を流し、懇願する。


「そう? じゃあ、大人しくして馬車まで行こーね」


 とレリアが馬車の方を向いた瞬間、


「バカだね!」


 シャンタルが風の攻撃魔法をレリアの背に向かって飛ばした。

 だがレリアは、あっさりとそれを避ける。


「な!?」


「シルヴィアちゃんから聞いてたよ、あなた、泣きまねが得意だって。


 そして、油断するなってこういうことだよね、出来た!」


 そしてレリアはカバンから、一本の試験管を取り出した。


「あ、あ……」


「あなたには恨みも何もないけど、シルヴィアちゃんの敵なら、あたしの敵。


 ごめんね。えい」


 と、シャンタルの足元に、試験管を投げつける。

 ぼん!とものすごい煙が立ち、それが消えた時には地面の上に一匹のカエルが。


「ケロロロ!(な、何事!? う、うち、どうしちゃったの?)」


「カエルになったんだよ。これでもう悪さは出来ないね。おとなしく、捕まろ?」


 両手でそっとカエルシャンタルを持ち上げ、馬車に戻って荷台におろす。



「うん、速度増強剤、ちゃんと効いた! カエル薬も上手くいった!


 またエウフェーミアさんのところで、色々勉強したいなー!


 今度は、何作ろっかな?」

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