第19話 おびき出し作戦 ~圧倒されるファビオ

 その日の夕方。


 国家を挙げての祝賀会、式典……もろもろから解放された俺たち。

 一頭立ての馬車を雇い、テリブリア村へ伸びる街道をゆっくり移動していた。


 ちなみに国に納めた古代魔法は、王立研究所送りとなった。

 古代語で魔道方程式などが書かれているため、その解読から始まるらしい。

 

 


「いやーティエルナ大勝利だねー」


「お金。ざくざく」


「当分、ぜいたく三昧だよー」


 和気あいあいと馬車を進める。

 皆、勝利の美酒に酔い、浮かれている……というフリをしながら。


 街からいくらか離れた、両端に小さな森のある街道へ入る。


 そして人気がなくなった頃……

 とつぜん、小道のそばの森の中から風の斬撃が飛んできた。


「マジックシールド!」


 ピンク色の丸い対魔法障壁を素早く展開し、御者と馬を守る。

 レベル1の魔法スキルでは到底防げない斬撃魔法だが、あらかじめ【固く、可愛く、いち早く】を準備しておいた。


「やはり来たか。マティ! レリア! 気を付けて!」


 俺たちが人気のない所に行けば、あいつらは必ず来ると思っていた。


(あのあと、心を入れ替えて自首でもしたなら……


 これ以上どうこうしようって気持ちも薄れたかも、だが。

 

 そんな性根は持ち合わせていないよな、ファビオ!)


 魔法が弾かれたのを知り、森の中からファビオ一行が馬車を囲むように姿を現した。

 それぞれの得物を手に、襲い掛かってくる。


 完全に無言なあたり、相当に追い詰められているようだ。


「マティは戦士、レリアは僧侶を担当してくれ。俺は勇者をやろう。油断するなよ」


「わかった。おにいちゃん」


「りょーかい!」


 それぞれバラけて一対一の状況になった。



 俺はファビオと対峙する。

 ファビオはいつもの落ち着いた態度だったが、青白い顔に怒りの感情を秘めているのが良く分かった。


「満足しましたか」


 おっと? 無言の奇襲かと思ったら話しかけてきたぞ。


「我々をまんまと出し抜いて、古代魔法を手に入れて。


 あなたの復讐心は、満足したかと聞いているのです」


 ファビオは肩を震わせている。


「うーん、なんというか。


 復讐してやる! っていうのじゃなく……


 私は貸し借りを清算する、って気持ちでやってるんだよね」


 と俺は答えた。


「貸し借りの清算……その言い回し、ある男を思い出します。


 つまらない男でしたが」


 へえ、俺のこと、一応覚えちゃいるんだな。

 始末した人間なんてさっぱり忘れるかと思ってたが……

 まあ、覚えてもらってた方が好都合かな。


「そういやファビオ、お前は時々やらかす男だったねえ。


 運よく生き延びられてきてるけど」


「……? 何の話です」


「あの時も、油断して『レベルリセット』の罠を発動させちゃって。


 【鑑定】をかけたにも関わらず」


「な、なに……?」


 ファビオが一体何のことだと一瞬眉をよせたが、一つ思い当たる事があるようだ。

 その目がやや見開かれる。


「わたしがかばってあげたのに、その恩を仇で返されるとは全く思ってなかったよ。


 奈落へ突き落とすとは、酷い事をするもんだ」


「まさか。いや、あなたは、いったい……!?」


「ファニーの次は、俺だよ。『奈落でも、万全に生きられたぜ』」


 俺を奈落へ突き落とした時の事を思い出し、ファビオの顔は今度こそ恐怖にひきつった。


「う、嘘だ。そんな馬鹿な! お前は、シルヴァン!?」


「せいかーい」


 っと、いかんいかん。時々素で女の子っぽくなってしまう。


「何の因果かこんな姿だが……借りを返すぜ。ファビオ・オーリク」


「し、シルヴァンが……


 その、ファニーとやらの体に憑依しているとでも、言うのですか!?」


「そんなとこだ」


 ファビオは顔を抑え、バカな、を連呼している。


「信じられないか? 俺はエスペランサに居た頃の事を色々覚えてる。


 お前の好みの酒とかな。よくワインにハーブを入れてたよな」


「……!」


 だがファビオは、恐怖を振り払うかのようにぶるぶると頭を振り、叫んだ。


「ファニーの次は、シルヴァン? 借りを返す?


 そんな事はどうでもいい! あなたさえ消えれば、全ての懸念は消える!


 ここで、ティエルナの面々もろとも、死んでもらいます!」


 やはり、こいつはギルドにチクられる事を恐れている。

 実際そうすることで、エスペランザを社会的に抹殺しようかとも思ったが……


「自分の邪魔をする者は! 全て蹴落とすが正義っ! 


 今まで、そうしてきたのです!」


 手間と時間もかかるし、こいつには一発、物理的にかましてやりたい気分だ!


「かあっ!」


 気合と共にファビオが剣を振り上げ、斬りかかって来た。


「【固く、可愛く、メタリック】。シールド」


 振り下ろされた剣を、左の素手で受け止める。


 かっちーん☆ 


「なにっ!?」

 

 左手だけに、ブーストしたシールドをかけたのだ。

 全身にかけると、動けなくなるからな……二頭身にもなるし。


 なので、今回の可愛い要素は効果音に反映された。


 いったん飛び退ったファビオが、剣を正面に掲げて息を吐いた。

 あれは、剣技を繰り出す前の動作だ。


 俺もその間に、【早く、可愛く、変わりなく】でブーストした『俊敏』を自身にかけた。


「はああああ!!!」


 ファビオが、高速の連続突きを繰り出してきた。

 勇者の力で強化されたその剣技は、常人の目で追う事は不可能。


 だがその剣技も、さらに高速化した俺の目にはスローモーションにしか映らない。


 突き出された剣と剣の間をすり抜け、右へ左へ。

 止まって見える剣にチュッと、口づけする余裕すらある。


「……バカな! いくつもの残像が見える! 虹色に輝いて!」


 ファビオが焦った声を上げる。この可愛い要素、マジでどうにかならないものかね。


「あたら、ない! くそっ!」


「無駄だよー。 遅すぎて」


「おのれ! 自分は、こんなところで、つまづくわけには!


 オーリク家の、再興が、自分の、腕に……!」

 

 再興……

 そういえば、ファビオがいつか、酒の席でふと漏らしたことがあったな。




 ファビオは元は、高名な貴族の息子だったらしい。


 だが対立する貴族の陰謀により、オーリク家は没落。


「あの時……自分は学んだのです。


 人は、目的達成のためには手段を選ばなくていいのだと。


 貴族だろうが平民だろうが。最後に立っていたものだけが、勝利者だと。


 それが、我がオーリク家を潰したクソ野郎から、学んだ教訓です……」




「……あの時、お前はそう言っていたな。


 だが、お前はその、クソ野郎と同じになっているんだぞ」


「うるさい! ガキが、大人に、説教など!」


「私、いや俺はシルヴァンなんだがな……」 


「黙れ! 冒険者ふぜいが! 自分が、貴様程度の平民と同じ地位に居るなどっ! 


 見下されるだけの立場に居るなどっ!


 断じて、許されるべきではないっ! 


 自分は、再びあの高みに戻るべき人間なのですっ!」


 はあ、救いようのないクズだな。家のためと言いつつ、結局は自分だけのためか。

 そうこうしている間に、ファビオの徐々に剣を繰り出すスピードが落ちていく。


「くはあっ!」


 そしてついに息が上がり、ファビオがその場にうずくまった。


「はあ、はあ……自分の剣技、全て……躱したというのですか……」


「かすり傷一つないね」


 ゆっくり歩み寄って、告げる。


「勇者ファビオ。お前の技は、一切私には通じない」


「く……!」

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