第11話 魔女の大浴場 ~その頃ファビオたちは

「おお……でけえ……」


 魔女の大浴場。

 エウねーさんが自慢気に語るだけあって、ほんとに大きな浴場だ。


「とてもあの小さな小屋の中に、こんな空間があるとは思えん」


 エウねーさんの説明によると、空間をいじくって圧縮してるとかなんとか。


 泳げそうな湯船に、獅子の口からとめどなくお湯が注ぎ込まれている。

 壁にかかっている妙に折れ曲がった筒は、シャワーとか言う温水噴射装置らしい。


「しかし。なんというか」


 自分の体を見下ろす。

 突き出した大きな二つのふくらみ。


「こっちも結構でけえ……! いやだめだ! 


 これは別人の体! ごめんなさい!」


 慌てて目をそらした。

 しかしめちゃくちゃドキドキする。


 いや、そんなことをしてる場合ではない。


「とりあえず風呂は先に入るんで、皆は後にしてくれ!」


 と言って、一番風呂を頂くことにしたのだ。

 さっさと体を洗って、湯船に軽く使って、出ちまおう。それで万全だ……


「おまたせだよー!」


「おにいちゃん。入るよ」


「おう、堪能してっか!?」



 っておい!?

 


 なんで皆入って来てんだ!?

 思わず声の方に振り返ろうとしたが、ギリギリ踏みとどまった。


「ちょ! なんで!」


 目をつぶって叫ぶ。


「一緒に入ろうって言っただろ。もう忘れたのか、2年間でそこまで老いたのか」


「おにいちゃんとお風呂。久々」


「あたし、こんな大きなお風呂見た事ないよー!」


 うわー! 俺は出る!

 と、走り出したところをエウねーさんに腕を掴まれた。


「まあまあ、慌てなさんな。


 さあ、お姉さんが、体の隅々まで、洗ってあげようねえ……」


「ダメだって! エウねーさんの言い方、いかがわし過ぎ!」


「だいじょうぶだよー。というか、まる裸なの、シルヴィアちゃんだけだよー」



 え?



 見ると、皆ちゃんと体にバスタオルを巻いていた。

 なんだか、ホッとしたような……


「残念、と思ったね?」


 魔女がニヤニヤしながら顔を近づけてくる。


「いや全然っ!?」


 しかしそうなると、急に恥ずかしくなってきた。

 この場合、隠すのはどうすればいいんだ?上が優先?下が優先?


 そうなると手であれやこれや触ることになるが、良いのか!?

 とりあえず上だけでも! ……おお……とか感心してる場合じゃない!


「ほら、オマエの分のバスタオルだ」


 とりあえず、胸元から下まで隠れるようにぐるぐる巻きつける俺だった……



 

「ふいー極楽だよお」


 レリアが気持ちよさそうなため息をつく。


「良いだろお、うちの大浴場」


「最高ですよー!」


 4人で仲良く、湯船につかる。

 バスタオルは今は外しているが、白い濁り湯なので肩までつかれば……まあ色々大丈夫だ。


「とはいえ……」


 俺にとっては、裸の女性と一緒に風呂に入っているようなもので……


「ふう」


 マティは俺の横にぴったりついて、肩を預けてきている。

 妹はいいんだよ、一応は。そんな年齢でもないだろうというツッコミはあえて受けるけども。


 無駄にスタイルのいいエウねーさん、控えめだがしなやかな体のレリアとか。

 一緒に入ってほんとに良いのかよ!?


 実に目のやり場に困る!


「どーした? シルヴィアちゃあん。上ばっか見ても、何もないぞう?」


 エウねーさんが近づいて来て、湯から立ち上がる……待て待て!

 もう少しで、み、みえ!


「はい残念」


 ちゃぽん。

 ギリギリのところで、エウねーさんはまた肩までつかった。

 

「やめてくれそういうの……」


「そういや、あれだ。ファビオとか言ったか? 


 オマエを奈落に突き落とした、ふざけた輩。」


 オマエ、このまま放っておくのか?」


 唐突に、エウねーさんが聞いてきた。


「おにいちゃんを始末しようとしたやつ。絶対許さない」


 妹も、静かに怒りを表明する。


 そんなわけはない。

 俺はこれでも、貸し借りはキッチリする男だ。


「いや? ちゃんと、落とし前はつけるよ」


「だよな。それでこそオマエだ、徹底的にやりな」


「エウねーさんに妹を2年も世話してもらった借りも、しっかり返すし」


「さっすが。楽しみにしとくわ」


 ファビオたちは、また新メンバーでも加えて、最下層に挑むだろう。

 あのポータルを使って。

 そして、順当に行けば既に、古代魔法に手の届くところまで行っているかもしれない。


 だが。


 そこはそれ。

 順当には行かないよう、仕掛けはしてあるのだ。




 ▽




「……もう一度、言ってください。レオンス」


 怒りを込めて、ファビオが静かに言った。


「だ、だから。ポータルが、起動しねえんだ!」


 エスペランザが泊っている、一等客室。

 そこで、ファビオ一行は想定外の事態にあっていた。


「うちも、合言葉の言い方が悪いのかと思って……


 レオンスの代わりに、何度も確かめたんだけど!」


 ファビオたちの部屋の片隅に設置してあるポータル。

 最下層の小部屋に繋がった状態を確保してあり、いつでも最下層へと行けるはずだった。


 だが、最下層攻略の準備を整え、いざ起動しようとしたが…… 


「ダメなんだ。何度試しても、ポータルはうんともすんとも言わねえ」


「どういうことです……」


「合言葉が、変更されてるとしか思えん!」


「なんだよ、そりゃ。ポータルの扱いもままならねえのか? ん?」


 と、悪態をついた男が一人。


 シルヴァンが『行方不明』になったあと、ファビオたちはまたメンバーを一人募集。

 新たな魔法剣士を加えていた。


「最下層への道は確保してあるってことだったが。話が違うじゃねえか。ん?」


 新メンバーの、魔法戦士パリスが鼻をほじりながら言う。


 ファビオは彼に嫌悪の目を向けながら、


(ち……パリスは腕は一級品ですが、どうにも素行が悪い。


 ゆえに盾役として気軽に使えるとは思ったのですが)


 そう心の中でつぶやく。が、口に出しては、


「何かトラブルが発生したようです。しかし、大丈夫です。


 我々の強さなら、また最下層までたどり着くことは容易でしょう」


「なんだよ、地下一階からの攻略になんのか? 


 こりゃ、報酬に色つけてもらわんとなあ?」

 

 取り出した携帯食をぼりぼりとむさぼるパリス。

 パラパラと床にカスが散らばった。


「……いいでしょう。いくらか上乗せします」


 あくまでも冷静を装ってファビオはそう約束した。


(イラつかせてくれる男です。まあ、どうせ払う事も無くなるのでしょうが)


「想定外の事態ですが、何事も上手くいくことばかりではありません。


 予定では、最下層の本格的攻略、そして古代魔法の獲得を目標にしていましたが……」


 やや悔し気に、いったん言葉を切ったファビオ。


「また数日かかりますが、最下層の小部屋への到達を目標にしましょう」


「了解した」


「あいよ」


 レオンスとシャンタルが頷いた。


 そしてまだ不満げなパリスを加え、ダンジョン入口へと向かうのだった。

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