第9話 爆笑の魔女 ~再会、妹と……

 二つの険しい山に挟まれた、テリブリアの村。

 村を抜けたその先に、その森はある。


 そして森に入って少し進んだ先に……


「あれ? あれが魔女と、妹さんがいるところー?」


「そうだよ」


 魔女の棲む、小屋があった。


「孤児院育ちの、お……私たち兄妹は、他に頼れる人がいなくて」


「そうなんだ。たった二人の、兄妹なんだね……」

 

 レリアには、村人の過去の件は触れずにおこう。

 人のために怒る事が出来るこの子は、村人に説教して回りかねない気がする。


 もう別にどうだっていい事だしな。

 今は早く、妹に薬を届けなければ。

 小屋の扉の前に立ち、ノックをしようとしたところ……


 バーン!!


「うわ!?」


「きゃっ!?」

 

 いきなり、魔女の家の扉が乱暴に開け放たれた。

 そして出てきたのは……


 小さめの黒い三角帽子を乗せ、ウェーブのかかった赤髪。

 黒く輝く、包帯のような布を体にぐるぐる巻きつけている。

 体の起伏がやたら強調され、妖艶というのが相応しい。 

 

「……久しぶりだね、シルヴァン」


「エウねーさん」


「この人が? 魔女さん? こんにちわ!」


 魔女、エウフェーミア。


 一人小屋に引きこもり、怪しげな錬金術に没頭している、はぐれ者。

 謎の多いゴルガの病の研究もかねて、妹を引き取ってくれた恩人。


「その恩人の元を、冒険者になって金を稼ぐんだ! つって強引に出て行った、


 シルヴァンが帰ってきたか。2年ぶりに」


「い、いちおう手紙で定期連絡は取ってたでしょ……」


「アタシは引き留めたんだけどねえ……妹を一人にするのかって」


「で、でもあのままじゃ……」


「……」


 無言の圧力が怖い!

 つか、俺の正体をいきなり見破ってる……さすが魔女、なのか!?


「……ぷっ」


 ?


「だーーーっははは!」


 いきなり、錬金の魔女が爆笑した。


 ビクッとするレリア。


「な、なんだ!?」


 と俺は身構えるが、


「なんだはこっちの台詞だよ! なにその格好! 


 なんで女の子になってんだオマエ! だーっははは! 


 私、だって! 一人称まで変わってら! 言葉遣いも若干女の子っぽい!」


 この魔女……どこから会話を聞いてたんだ!?

 つか、俺の言葉遣い、演技だから! まだ染まってないから!

 ……まだって何だ!?


「ひー! くるしー! アタシをここまで笑わせたことで、全部許す! 


 許しちゃる! さあ、入れ入れ! 妹が待ってる! 


 オマエ、何か掴んで来たね? 目を見れば分かる!」


 そこまでお見通しとは……

 そして魔女はレリアに目を向けて、


「こんにちわ、よろしくねレリア! 


 怖い魔女じゃないよ、取って食ったりしない! だーっははは!」


 と、笑いの止まらない魔女は俺たちを家へと引き入れたのだった。




 ▽




 魔女の家の中に入ると、2年前と同じ、独特の匂いが鼻をくすぐる。


「変わらないね、ここ」


「オマエはめちゃくちゃ変わったがな! だーっははは!」


 うるせー、と返しつつ周囲を懐かしげに見回した。


 たくさんの怪しげな薬草や小瓶が棚に置かれ、天井は妙なツタに覆われている。

 机の上も書物が乱雑に積み重なり、それらが元々どこに収まっていたのか分からないくらい本棚はギチギチだ。


「わー! このかわいい子、なにー!?」


 机の下から黒猫が現れ、レリアの足に頭をすりつけてきた。


「オイオイ、猫を見た事ないのかい。変わったハーフエルフだね」


「ねこっていうの! よろしく、ねこさん!」


「名前はペルラだよ」


 ペルラがにゃあと鳴いた。レリアも「にゃあ」と真似して返す。


「ところで、妹は……」


 俺がねーさんに切り出すと、


「いつもの寝室さ、相変わらず。病については何の進展もなかった。


 こればっかりは申し訳ない。オマエの判断は結局、正しかったんだ」


「い、いや、世話になってるだけありがたい、よ」


 さっきとは打って変わった態度に、やや戸惑う。

 この人は傍若無人なところはあるが、ちゃんとした態度も取れる時は取れるのだ。


「だーっははは! 


 しかしオマエがそうなった理由は、後でたっぷり聞かせてもらうとして。


 早く成果とやら、持っていってあげな!」


「いや、エウねーさんは見破れたけど、妹は分からないだろ。


 私……俺が俺であることを、エウねーさん説明してやってくれ」


 しかし、魔女はそっぽを向いて、


「めんどくさ! 自分たちでどうにかしな!」


 とどこかへ行ってしまった。


 くそう! 相変わらずのマイペース!

 だからこの人は昔からちょっと苦手なんだ!




 ▽




「だれですか? あなたたち」


 妹のマティが、ベッドから体を起こした。

 濃いブラウンの髪を、後ろでおさげにしている、やや表情の乏しい女の子だ。


 突然入って来た俺とレリアの二人に対し、当然、警戒している様子。


「マティ……」


 とりあえず、2年前と変わらない様子で俺はほっとした。

 とはいえ、顔色は悪く……げっそりと痩せて病の身であるのは確かだ。


「あ、あのだな。信じられないとは思うが。あ……お、俺だ。シルヴァンだ」


「不審者。不審者がいます。エウさん。非常警報発令」

 

 やはり、そうなるよな。


「そう、エウねーさん! 魔女の事をそう呼ぶのは俺、兄さんだけ、だろ!」


「……」


「お前の名前は、マティルダ・アルベール! 


 俺の名前はシルヴァン・アルベール!


 病気で余命3年と言われたお前のために、治療師を雇う金を稼ぎに……


 冒険者になるって、俺はここを飛び出した!」


「それくらい。少し調べればわかります」


 ダメか。

 レリアが進み出て、助け舟を出そうとする。


「シルヴィアちゃんの……いえ、この人の言ってる事は本当だよ!


 信じてあげて!」


「誰? あなた」


「あたしはレリア。初めまして! この人と一緒に、冒険者始めたの」


「知らない人の言葉は知らない」


 くっ。結構かたくなだからな、妹は……


「子供の頃、まだお前が元気だった頃!


 西のディカラのダンジョンにこっそり冒険に行って、ゴブリンに掴まりかけた!」


「……」


「将来、冒険者になるなら、俺が勇者でお前は賢者って!


 実際は俺が賢者になったわけだが……」


「……」


 妹の表情は変わらない。

 いや昔から無表情ぎみではあったけど、俺なら考えてる事は分かる。


 まだ、警戒を解いていない……


「いったい何を言えば、納得してくれるんだ……」

 

 俺は頭を抱える。

 と、ここで妹が質問してきた。


「おにいちゃんの必殺技は?」


「うっ……究極魔法、無敵の断罪者(インヴィンシブル・パニッシャー)」


「効果は?」


「ぐ……こ、この世の全ての悪を、一秒で滅ぼす」


「二つ名は?」


「……か……"神、宿りし者"、万全なるシルヴァン……」


 それでマティはようやく、首を縦に振ってくれた。


「いいわ。その姿は理解できないけど……


 ほんとにおにいちゃん。なのね……」


 ようやく、妹の顔から警戒心が解けた。そして、涙ぐむ。


 ……さんざん子供の頃の黒歴史をほじくり返して、やっとだ……

 後でレリアにいろいろ聞かれなきゃいいが。

 とか思った瞬間、


「"神、宿りし者"ってなーに? インヴィンシブル・パニッシャーって?」


「レリア、今はやめて! いや、後でもダメだけど!」


 頼むから!

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