第5話 女性名をいただく ~地上へ

「すごいすごい!」


 レリアが俺の両手を掴み、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。


「アビスワイバーンが、一瞬で! 


 シルヴァンさん、めちゃくちゃ強いんだねー!」


 本来の俺でも苦戦しそうな相手だったが。

 まさかのオーバーキル……!


 さっきの魔法の威力は、完全にスキルLV30どころか、100。

 究極の到達点にあるものだ。

 そこまで達した人間はほとんど居ないくらいの……


「凄いものですね……さすが10階から来られただけあります」


 ニーナもほとほと感心したといった様子だ。


「いや、まあ……


 レリアに貰ったアニマートの実で、なんかスキルが発現したみたいで」


「そーなんだ! 


 やっぱりあの実には、神にも悪魔にもなれる効果があったんだ!」


 とんでもない効果なのは確かだけども。とりあえず、俺はまだ人間だ。


「アビスワイバーンを一発かい!」


「あやうく村が全滅するところだった!」


「あんな魔法、見た事ないよ! お嬢ちゃん、すごいな!」


「とにかく、助かったよ! ありがとう、お嬢ちゃん!」


 村の人たちや、遠征隊の面々まで集まってきた。


 お嬢ちゃんお嬢ちゃんって、確かに今の姿はそう見えるんだろうけども。

 リアクションに困る!


 しばらく、村人たちの感謝とお礼の言葉を浴びた後。

 

「とりあえず、俺は地上を目指そうと思う」


 レリアの家で、俺はそう宣言した。


「道案内、頼めるか。レリア」


「もっちろん!」


 腰に両手を当てて胸を張るレリア。


「村に、地上へ戻りたいって人は……」


 付いてくるなら、一緒にとも思ったのだが。

 レリアが少しうつむき気味に答えた。


「……戻りたいって人はいないわ。


 ここの人たち、ダンジョンの『呪い』でグールにされたのがほとんどなの」


 グール。太陽の光をちょっとでも浴びれば、灰になってしまう性質がある。

 普通の人間よりタフなので、確かにそれなら奈落に落とされても生きているのも納得だ。


 それ以外は人間と全く同じだが、地上での生活は困難だろう。 


「ほかにも、理由があってここに落ちてきた人も居るし……」


「ネクロマンサーのわたしが、そうですから」


 ニーナさんが苦笑を浮かべる。

 

 ……確かに。

 地上だとネクロマンサーは禁忌の秘術を使う者として、あまり歓迎されない存在ではあった。 


 そこらへんは触れないでおくとしよう。


「お世話になりました。命を助けていただいた借りは、いつか必ず」


「いえいえ、先ほど私たち、いえ村の皆を助けていただいたことで、十分です」


 あれは、自分の身を守ることでもあったからなあ。

 貸し借りはキッチリしたい。


「あなたの元の体は、大切に保管しておきます」


 それもあった。

 やはりどうにかして借りは返さなきゃな。


「ところで、どんな感じになってるんですか? 俺の体」


「見ます?」


 とニーナさんにその部屋へと案内された。

 

 そこには、緑色の液体に満たされた、四角い風呂のようなものがあり……

 その中に沈められ、寝かされた俺が居た。

 

 全裸で。


「なぜに!?」


「これは仕方ないのです。趣味ではありません。断じて趣味ではありません」


 念押しされて逆に疑わしい!


「わあ、男の人ってこうなってるんだー」


「すごいでしょう。良い体してるわ~目の保養になるわ~」


 あんた案外教育に悪いな!?


 ともかく。

 俺とレリアは地上へと繋がる、ダンジョン最下層への道へと出発したのだった。





「ここだよ!」


「おお……ほんとに最下層だ。戻って、これた!」


「ね!」


 完全に見覚えのある場所だ。

 道は全て覚えている、なんせ俺が地図役だったからな。


 これなら確実に、ポータルのある小部屋まで行ける!


「助かる、レリア。君はまた、俺の命の恩人になった」


 えへへと照れ笑いを浮かべるレリア。

 あとは、ここにある小部屋のポータルを使えば、地上だ……!


「ほんとに世話になった。ありがとう。奈落でも元気で」


 言ってから、そういやファビオの最後の言葉もそうだったなと思い出し、苦い顔になった。


 まさか奈落で生活してる人間が居るなんて、誰も想像もしなかったのは確かだが。


「ううん。あたしも、ついてく」


 なんだって!?


「あたし、地上へ行くことが夢だったの!


 だから、頑張って、ここまでの道を探して探して。


 ようやく見つけたの。だから」


 熱弁をふるうレリア。

 しかし……ここからは言うまでもなく危険だ。


「ニーナさんはどうする? レリアを危ない目には合わせたくないはず、」


「まあ、こうなるかなあとは思ってました」


「は!? ニーナさん!?」


 気づくと、隣にぼんやりと白く光る、ニーナさんが立っていた。おばけ!!


「ネクロマンサーですので。

 

 二人が無事たどり着けるか、魂だけで着いてきちゃいました。」


「も~おかーさんたら!」


 も~、で済まされる事態なのこれ!?


「奈落に居ても、未来のない世界ですから。


 この子はここで生まれました。


 でも、このまま太陽の光も知らないまま、人生を終わってほしくないのです。


 もちろん危険もあるでしょう……


 でも、いま止めてもこの子はいつか、自力で地上へ行こうとします」


 ニーナさんは俺を見つめる。


「なら、今がその時です」

 

 しかし……


「あなたほどの魔法使いなら、安心して託せると思いました。


 どうか、この子の夢をかなえてやってください」


「しかし年頃の娘さんを、素性のしれない男に預けるなんて」


「あなたは、今、女の子でしょう?」


 そうだった!


 まだ、そうなったことに馴染めてないからなあ……

 いやいや!馴染むつもりはない!俺は、男の体を取り戻すんだ!


「しょーがないなあ。


 これから、あなたが女の子だってことをちゃんと自覚できるようにしなきゃね。


 名前も、シルヴァンていう男の人の名前から女の子の名前に変えよーね!」


 えっ!?


 レリアはちょっと考えたのち。


「シルヴィア、ってのはどう?」


 なんだそりゃー!?

 

「シルヴィア、良い名前ですね」


「でしょでしょ! これからよろしくね、シルヴィアちゃん!」

 

 レリアが手を差し伸べてきた。

 無視するのもためらわれるし、思わず握り返してしまう。


 ……こうして俺は、『シルヴィアちゃん』になってしまった。

 

「ああ、もう。分かりました。娘さんは必ず、守り抜きます」


「それで、貸し借りは清算てことでいいですよね」


 ニーナさんがニッコリ笑った。

 うーん、個人的にはあまり納得しにくいが。


「はあ、まあ。でも、困ったことがあれば、必ず力になりますから」


「その時は、またこうやって現れますね。


 では、よろしく、お願いします……元気で、レリア……」


 そう言って、ニーナさんはふっと消えた。

 なんか成仏したように見えて仕方ない。


「おかーさん、お金持ってきてくれたよ! 奈落じゃ使えないしって!」


 物も持てるのか、便利なおばけだなあ。

 まあ、助かるけど……


「じゃ、行くか。レリア」


「うん! シルヴィアちゃん!」


 ……


「返事は!?」


「お、おう」


 そういや、その名になったんだっけ……


「おう、じゃないの! もっと可愛く!」


「う、うん」


「うーん、とりあえずヨシ!」


 いかん、レリアに良いようにされてる気がする。

 

 ともかく、そうして俺とレリアのパーティは、最下層へと踏み込んだのだった。



 道中のモンスターも、例のスキルで軽く蹴散らすことが出来……(あの宣言は少し恥ずかしいが)

 余裕で小部屋までたどり着くことが出来た。


「エスペランザに続いて、史上二つ目のパーティだな。最下層到達の」


「良く分かんないけどやったね!」


 小部屋に入る。


 ここに置いていたはずの俺の荷物は、あいつらが持ち去ったらしい。

 2年間の稼ぎがあっさりと消えたことに、かなりの虚無感と怒りを覚える。


(くそっ。この借りは必ず)


 ポータルは変わらずそこにあった。

 とにかく、まずは地上へ。

 

「そして、奈落から地上へ戻った最初のパーティだ」

 

 合言葉を告げ、ポータルを起動。

 二人でそこへ飛び込み、一瞬の不思議な落下感のあと。 


 俺たちは、地上へと帰還したのだった。

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