第2話.狂った家族

 私が幼い頃にお母さんが血反吐を我慢して抱きしめられた事を思い出す。

 辛そうに顔を歪めながらも、ちゃんと私の事を愛していた。


「いつ見ても気味が悪いわ」


 そんなお母さんは死んでしまって、お母さんの血反吐に似ている真っ赤な髪を理由に家ので立場を失う。

 だから、私は一生愛されずに酷使されて働くしかなかった。


「アンタの母親みたいに血反吐吐いて死にたくないわよ!」


 ニーナはお母さんの形見のブローチを無理やり押し付ける。


「呪われたくないから、さっさと捨てなさい」


 吐き捨てるように命令するニーナの言葉が私に刃のように突き刺さった。

 これだけは酷い仕打ちを受けても、頷くことができない。

 

「何よ! 歯向かうつもり?」


 お母さんだけが私の心の支えになっている。

 そして、私が忘れてしまったら、この世に誰もお母さんの事を愛している人がいなくなってしまう。


「それだけはダメ!」


 頬に酷い激痛が走る。

 私は涙の滲む目でニーナを見ると、息を荒げていた。


「私は愛されているの! だけどアンタは愛されていない!」


 ニーナは胸ぐらを掴んで、もう一度頬を打たれる。

 

「だから、アンタは私の命令を聞かなきゃダメなのよ!」


 苛立ちを見せるニーナは何度も私の頬を嬲り続けた。

 顔がどれだけ腫れようとも、絶対にこれだけは譲れない。


「何をしている?」


 激情したニーナの声と同時にどこまでも冷たい声が響く。

 厨房のドアの方を見ると、お父さんが立っていた。


「お父様! 聞いてくださいよ!」

「どうしたニーナ」


 お父さんはニーナの頭を撫でると、笑顔を浮かべる。

 ニーナは私を悪者にするような口振りで事の経緯を説明した。


「おい。ルヴィア」


 私に向けられる声に愛情は感じられない。

 ニーナとは程遠い扱いの差を受けて、胸の中がぽっかりと空いた感覚がした。


「今すぐに捨てなさい」

「ダメです……」

「親に向かってダメとはなんだ」

 

 冷たい声には憎しみが込められている。

 私の赤髪を睨むように見つめていた。


「もう大切な家族を失いたくない」

「お母さんだって……」

「口答えするつもりか?」


 お父さんの愛情の全てが後妻とその娘ニーナに注がれている。

 そこに私が入る余地はなく、むしろ厄介者扱いだった。


「アンタは呪われてるの。だから、私達に迷惑をかけないでちょうだい」


 家族からの愛情も居場所も全てをニーナに奪われてしまう。

 

「お父さん! いい事を思いついたわ!」

「どうした? ニーナ」

「ルヴィア姉さんを売れば良いのよ!」


 ニーナは冗談を言うような口振りで信じられない発言をする。

 身体中が寒気に襲われて、恐怖で歯がガクガクと震えてしまう。

 

「だって、呪われる心配もいらないし、お金になるのよ!」

「そうだな。こんな娘さっさと売ってしまう方が良い」


 それを本気にするお父さんを見て、絶望で心の中が埋め尽くされる。

 もしかしたら私にも愛情が残っているかもしれない。

 そんな淡い期待は砕け散って、愛されていない虚無感だけが残った。


「ねえ! お腹が空いたわ」

「そうだな。夕飯にしよう」


 二人が厨房のドアを閉めた途端に涙が溢れる。

 どうしようもない寂しさが心の中の穴を生み出す。


「お母さん……」


 お父さんとお母さんの二人で立ち上げた、お店から追い出されるかもしれない。

 お母さんと一緒に作ったパン作りをしてきたから、今まで頑張ってこれた。

 

「嫌だ」


 身売りに出されたら、心の支えなんて無い。

 もう私には破滅の未来しか残っていない。


「このまま追い出される位なら……」


 こんな狂った家にいたらダメだと自分に言い聞かせる。

 

「家出するんだ」


 お母さんと私の宝物だったお店を出ていくのは躊躇われる。

 だけど、こうする以外に選択肢はなかった。


「見つかる前に出て行かなきゃ」


 私はそう口にして、家出のための準備を始める。

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