第15話 銀の糸

大久保から証言を受けた公安は直ぐ様、警察組織への打診を図り大幡重工への強制捜査を行う事となった。

多くの警察が建物を囲む中、物々しい雰囲気の装甲車が一台遠くから見守るように停車していた。

中にいたのはカツミと光明寺の両名で、多くの人間を操り、迷わせた張本人といよいよ対面出来ると思ったカツミは三叉の敵討ちが出来ると思うと血が騒いでしょうがなかった。


「…カツミよ。血が騒ぐのは分かるがあまり気張るな、相手がどんな武器を持ってくるか不明なんだ」


光明寺はそんなカツミを宥めるように声を掛けて冷静になるように促すが、彼のマグマのような熱い血は一度熱くなってしまったら簡単に冷えることはない。

なお彼等は葛城が何か行動を起こした際、すぐに応戦できるように待機をしていたのだが一向に動く様子がなく、じっとその時を待っていた。


「クソッ、それにしてもアイツら何を手間取ってんだよ…」

「元警官の癖に覚えてないのか?複雑な捜査の場合一日掛けてやる物…と言いたいが、様子がおかしいのは確かだ」


光明寺は運転席から現場の様子を見ているが、何やら慌ただしい感じに見えていた。

するとその時、装甲車に取付けられた無線機に通信が入って来た。


「はいこちら公安特殊部隊…一体何が?」


彼は無線を取ると、聞こえて来たのは向こうで指揮を取っている公安とは別で動く特殊部隊隊長の声であった。

その声色は誰がどう聞いても焦りを隠せておらず、ただ事ではない何かが起こっているようだ。


『公安部に伝達、こちら突入部隊!先程刑事達が家宅捜索の為突入したものの戻らず、最悪の事態を想定し隊員を突入させたが連絡が途絶えた!何が起こっているのかさっぱりだ!』

「何…?」


かなり大勢の人間が建物内へ入ったらしいが、そのことごとくが音信不通になったという。

これはかなりおかしいと感じた光明寺は、ふぅと息を吸い込んで気合を入れる。


「カツミ、何かが起こったらしい。俺達の出番だ」


光明寺から一言告げられた彼の表情は待ってましたと言わんばかりに闘志に燃えていた…


───────────────────────


二人は早速、ビルの内部へと突入するとその異様な光景に驚く。

今は平日の昼にも関わらず中は暗い上、人の気配も無い。


「おいおい、結構大勢が突っ込んだはずだろ?」

「確かにその筈だが…これは…」


物音すら聞こえない中、二人は神経を研ぎ澄まして気配を探るが何もない。

そのまま二人はビル一階をくまなく捜索し、食堂へと差し掛かった時だった。

カツミの足が止まり、目を瞑り始めたのだ。


「…血の匂いがする、この中からだ」


彼がそう報告すると光明寺は軽く頷いて腕のアームブレードを起動して扉を破壊し、内部へ突入する。

そして二人は目を疑う光景を目の当たりにした。


「…ッ!」

「あ、ありゃ俺達より先に突入した部隊と刑事じゃねぇか…!」


そこには多数の刑事と特殊部隊の無惨にも切り刻まれた死体が吊るされている衝撃的な光景が広がっていた。

ただ吊るしているのではない、ワイヤーのようなもので一体一体がそれぞれ独特のポーズで結ばれ、まるで玩具のようにされていたのだ。


「クソッ…悪趣味なもん見せやがって…!!」


カツミは人が玩具のようにされている光景を目の当たりにし、怒りのまま食堂の中へと侵入しようとすると突然光明寺が彼の腕を後ろから引っ張った。


「おい待て!よく見ろ…!!」


光明寺は彼に文句を言われる前に、視線を一点へと向ける。

そして、カツミもそれを見て彼が何を伝えようとしたのかすぐに察した。

そう、彼が進もうとした道にもワイヤーが仕掛けられていたのだ。


「チッ、頭に血が上り過ぎてたぜ…」

「…気持ちは分からなくもない。だからこそ冷静に対処を…」


と光明寺がカツミを論していた、その時。


「ならば、私がより頭を冷やせるように血を抜いて差し上げましょう」


甲高い声が突然二人の耳へ飛び込んだ瞬間、何かキラキラとした物が浮いているのが目に飛び込んだ。

それが一体何なのか、この光景を目の当たりにした二人にとってはすぐに察知出来た。


「いかん!ワイヤーだ!!」


すぐさま二人はそれぞれ、跳んだり屈んだりしてワイヤーが体へ巻き付くのを回避するが更に交差したワイヤーは二人を追い続ける。


「しつけぇぜ!コイツ!!」


カツミは椅子を蹴り上げてワイヤーの妨害を狙うが、それを見透かしていたかのように糸はまっすぐ椅子へと直進し、何とそのまま椅子を切断してカツミへと迫った。


「カツミ!!」


何本も横に並んだワイヤーがカツミの顔へと向かうのを見た光明寺は思わず叫ぶが、そこで黙ってやられないのがカツミだ。


「チッ!だったら…!」


彼は拳を強く握りしめ、掌から血を流す。

そしてその熱を帯びた血を糸へと飛ばすと、真ん中から糸が溶けて何とか回避に成功する。


「ふぅ、危ねえ危ねえ…」


咄嗟の起点で回避に成功し、冷や汗をかくカツミ。

すると、何処からともなく称賛の声が聞こえて来た。


「…私のワイヤーをそんな風に避けたのは貴方が初めてですよ。流石ですねぇ」


甲高い声で喋り続ける何者かがゆっくりと柱の陰から姿を現す。

柱の陰から出てきたそれは、銀色の外装にガスマスクのような顔で異様に長い腕をしており、その指先から何かが出ているのかキラキラとしていた。


「私は銀鋸ぎんのこというものでして、貴方達を足止めするように言われてやって来た者です。そして…」


銀鋸と名乗ったサイボーグは首を勢いよく回してカツミへと目を合わせ、指を指した。


「五十鈴克己、貴方は特に無惨に殺してあげますよ。ガルヅの仇!!」

「…えっ!?」

「死になさい!!」


突然、この旅のきっかけになったサイボーグの名を告げられたカツミは困惑し、間抜けな声を上げる中銀鋸は腕を振り回す。

すると右斜めから抉るようにワイヤーが彼へと迫った。


「ワイヤーがまた出た!?」

「私は新型の液体金属の力で体内でいくらでもワイヤーを精製出来るのですよ!だからいくら焼切ろうが…無駄ッ!!」


そして彼は両腕を大きく開くと、かなりの数のワイヤーがカツミへと飛んで行った。


(不味い!この量は捌けん!!変身は…間に合わない、だが!)


恐らく変身の間にワイヤーで切り裂かれるのは間違い無いのだが、彼は慌てていない。

これが一人なら少し話は変わってくるだろうが、彼には仲間がいるのだ。


「俺を忘れるなよ…ッ!」


光明寺の声がカツミの背後から聞こえてくると、彼はカツミを飛び越えてその腕の刃を光らせる。

そして着地すると同時に彼は腕を振り下ろし、束になったワイヤーを簡単に両断する。


「おおっ!」


銀鋸はワイヤーを切られ、攻撃が躱されたというのに感嘆の声を上げて光明寺を見つめていると、彼の背中から突然煙がもくもくと上がり始めているのに気が付く。

普通の人間なら煙幕か何かだと思うだろうが、既に彼は光明寺とカツミの情報を持っている彼は、その煙が煙幕より厄介だと知っていた。


「えぇい!強化兵が!!」


ワイヤーを光明寺にではなく、煙の中にいるであろうカツミへと発射しようとする銀鋸。

しかし既に遅い、光明寺はすぐに横へと転がると、煙の中から異形の戦士が彼に腕を伸ばしていた。


「ぶち撒けやがれ…ッ」


カツミは両腕の甲殻同士をぶつけて爆炎を銀鋸へと照射する。

前へと勢いよく噴出した炎はそのまま相手を焼き尽くすかと思われたが…


「ホホホホ!!ワイヤーはこう使う事もできるのですよ!!」


そう言うと彼は腕からワイヤーではなく、その元となる液体金属を噴出させて前方へ撒き散らして硬質化させ、それを盾代わりに爆炎を防いでしまう。

本来、銀鋸を焼き尽くす筈だった炎は金属と相殺され、辺り一面に銀色に光る液体が飛び散った。


「こいつ…!中々やる!!」


カツミは自身の咄嗟の爆炎攻撃を防がれ、苛立ちを見せるとそれをカバーしようとしたのか、光明寺が飛び掛かった。


「ならば切り裂くまでッ!!」

「ホホホッ!!貴方のその義手も中々の性能ですねぇ!!液体金属は高出力のエネルギー体と高熱には弱いので相性は悪いのですが…!」


すると彼は腕を交差させたかと思うと、何と腕全体を液体金属が包み込み、その上に更にワイヤー状の金属が何重にも巻き付いて立派な十字の盾が完成し、鉄すら切り裂く光明寺のアームブレイドは防がれてしまったのだった。


「何ィッ!?」


光明寺はまさかここまで液体金属を扱える相手だとは思わず声を荒げるが、更に恐ろしい事が彼の身に起ころうとしていた。


「フフフ、冥土の土産に良いことを教えて差し上げますよ。私は心臓をコンデンサーに換装した上に電気がよく通る装甲に改造しているのです…そのおかげで私の中に流れる金属を自在にコントロール出来るのですよ。もちろん、その電気は体外に放出も可能でね…!

「何っ…まさか!!」

「そのまさかですよ!!死になさいッ!!番犬さんッ!!」


そう、先程光明寺はワイヤー状の金属を切断した為にその義手に液体金属が付着しており、更にカツミの爆炎を防いだ金属も少量ではあるものの飛び散っていたのである。

光明寺はすぐに銀鋸の次の攻撃を予測したが既に遅く、銀鋸の銀メッキのボディが青白く発光し始めると光明寺の腕とその周囲に飛び散った液体金属が反応し、光明寺の義手へ引っ張られるように鋭く伸びた!


「光明寺!!危ない!!」

「しまっ…」


彼が言葉をいい切る前に、槍のように伸びた金属は義手や彼の体を刺し貫いていた。

カツミはその身を呈して鉄の槍を防ごうとしたが、彼よりも銀鋸の攻撃の方が早く間に合わなかった。


「こ、光明寺!!」

「…ゴハッ!!」


胸、腹を貫かれて光明寺は派手に吐血し前のめりに倒れてしまう。

それを見た銀鋸は嘲笑混じりの声でなじり始めた。


「ホホホホ…甘いですねぇ、まぁ急所は外れたみたいですが…しかしこれで分かってもらえましたか?私の相棒が殺された気持ちがねぇ!」


やがて彼の声は嘲笑するような声色から、憎しみの混じった声へと変貌し彼は左腕を大きく振り上げると、その腕に金属が刃のように纏わり付く。


「その首、貰ったァッ!!」


そして勢いのまま左腕をカツミの首目掛けて振り下ろす。

当のカツミは倒れた光明寺をじっと見つめたまま、微動だにせずこのままでは銀鋸の攻撃をモロに受けてしまうのは確実だった。


「ホホホホ!!相棒が死んだのがそんなにショックですか!!安心なさい、すぐに後を追うのですからねぇッ!!」


彼は嫌味ったらしく勝ち誇ったようなセリフを吐き捨てた瞬間、彼の腕はカツミの首へとぶち当たった。


「…あれ!?」


しかし彼は忘れていた。

怒りというのは時に人に信じられない力を引き出させるという事を、そして、カツミが遺伝子を改造され異形の戦士に変貌する際、感情の昂ぶり…早い話怒りによって鋼鉄の体を与えるという事を。

何より最初こそぶつかり合ったものの、行動を共にする中で次第に信頼が芽生え、相棒と言っても過言ではない友が目の前で倒れたという怒りが、彼の体を鋼鉄の鎧へと変えていた!


「…おめーの相棒ガルヅと俺の相棒光明寺を一緒くたに…するんじゃねぇッ!!」


彼は怒号を上げながら立ち上がり、その左腕を捻り上げる。

凄まじい力で拗られ、とてつもない痛みが銀鋸を襲う。


「いぎゃぎゃぎゃ!?」

「痛えか!?だが、こんなんじゃ済まさねぇ!!」


すると次の瞬間、彼の腕の甲殻から赤く煮えたぎるような血が滲み出て来ると、何と次第に銀鋸の左腕へと染み込んで行ったのである。

そう、彼の液体金属の噴射口へカツミは自身の血を流し込んだのである。

銀色の装甲は淡い橙色の光が透けて見え、やがて溶け始めた。


「ひ、ひぃいいい!!熱いッ!!ま、まさか…」

「あぁ、お前の体の中に俺の血を流し込んでやった」

「ひ、ひひゃあああ!!」


まず手から溶解し、次第に前腕とどんどん体が溶けていくのを目の当たりにした銀鋸は恐怖の叫び声を上げ始めた。

そして、二の腕まで血が流れ込むのを見て銀鋸はついに、


「頼む!!やめてくれ!!俺が悪かった!!俺が悪かったから溶かすのだけはやめてくれぇ!!」


と命乞いをした。


「ならば、葛城譲二が何処にいるか教えてもらおうか」


カツミは命乞いをする彼へ葛城の居場所を聞くと、すぐさま銀鋸はその居場所をなんの躊躇いも無く言い始めた。


「さ、最上階の社長室にいます!助けて…」

「もう遅い、お前はそこで溶けていけ…」

「そ、そんなぁあああああ!!い、嫌だぁああああ…」


彼は最後まで恐怖の叫びを上げながら、自身が操っていた液体金属のように溶け、やがて人の形から溶岩のような液体へと変わって消えた。 

それを見届けた後、カツミはその視線を別の物へと移す。


「…光明寺!!」


彼は倒れた光明寺へ駆け寄り、しゃがみ込んで彼の顔を見る。

すると…


「…へ、へへ…ドジッちまった」


光明寺は苦しそうな声を出しつつも笑顔をカツミに見せる。

その笑顔を見たカツミはまだ不安は残るものの、生きていた事に安堵の声を上げた。


「急所は外れだと言っていたが…大丈夫か?」

「あ、あぁ…応援呼んで手当してもらえば大丈夫だろうが…だいぶ痛ぇぞ!」


光明寺は痛みを堪え、立ち上がろうとするがよろめいてしまう。

そこへカツミはすかさず手を差し伸べ、自身の肩を化してひとまず壁へと持たれかけさせた。


「ぐっ…ふぅ…すまん、俺はこの先の戦いについて行けそうにねぇ…後は任せていいか?」

「…おう!」


カツミはこれから来る応援に光明寺を任せ、単身全ての元凶が待つ最上階を目指す事にした。

果たして、葛城は何を考えているのか、何が目的なのか…

全ては本人に会わねば分からない…








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