時空超常奇譚3其ノ九.  HELPER/沈黙の卯人

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚3其ノ九.  HELPER/沈黙の卯人

HELPER救世屋/沈黙の卯人うじん

 東京都大田区にある蒲田は不思議な街だ。取りあえず、ないものはない。駅ビルが

あり、その屋上には昭和レトロ感満載な遊園地と都内唯一の屋上観覧車が未だに存在している。東西口それそれロータリーがあり、アーケードもあるし、大概のチェーン店は当たり前のようにある。

 コスプレ姿の異様な男女だけでなく、趣味の良くわからない怪しい匂いのする人達も普通に歩いている。風俗店は当然のように存在し、明らかに日本語ではない言語で語り合う旅行者とは思えない人達もいるし、堅気には一生知る事もない世界もきっとあるに違いないと思わせてくれる。

 高校は勿論、専門学校や大学まである。かつて駅前には丸井があったし、映画の街だった時代もある。JRの操車場もあり、上場企業のオフィスもあるし、少なくなったとは言え街工場も健在だ。しかも、何と言っても日本一有名な羽田国際空港がある。有名な多摩川も流れているし、東急沿線には日本一有名な田園調布を始めとする高級住宅街だってある。

 兎に角、何かをしようとするなら粗方事足りるのだ。駅前から裏通りまで、カビの生えていそうな昭和の臭いと人種を超えた危険な匂いが混ざり合って漂うキッチュなイメージを程良く残しながらも、今も進化を続けるエネルギッシュでアグレッシブな街。それが蒲田だ。

 JR蒲田駅改札を過ぎて階段を下り西口サンライズ商店街のアーケードを歩いているだけで、昔程ではないにしても地球人なのか宇宙人なのかわからないような人々が平然と歩いている。蒲田にはそんな事どうでもいいという惑星級の寛容さがある。

 地球には数え切れない異星人が来空し、既に地球の、この世界、この街に溶け込んでいるのだと言う。誰がそんな馬鹿げた事を言っているのか、どこにそんな輩がいるのかは定かではないが、敢えて証拠を以てそれを否定する暇人もいない。仮にそうだとしても或いはそうでないとしても、まぁそれはそれでいいのかも知れない。大田区蒲田に住んでいると、そんな風に考えてしまう。

 きっと異星人にも様々な輩がいるに違いない。地球侵略だと叫び、暴れ捲くるヤツ等は地球を無茶苦茶にしようとするかも知れないが、調和を乱す輩共を結束して叩き潰してくれる救世主の如き異星人だっているに違いない。

『第一話 卯人の喫茶店』

 世の中に存在する喫茶店やカフェや珈琲ショップは、東京だけでも3万店を超えると言われている。喫茶店は、その呼び方は様々だが大小チェーン店、各種コンセプトカフェ、街の純喫茶の三つに大別出来る。

 それぞれに盛況との噂を聞く一方で、全体としてはここ30年間で半減したと言う統計もある。全国展開で店舗数を増やし、逆に売り上げが伸びずに縮小するケース。ラーメン屋と同じで流行りのコンセプトを売りにして開店、あっという間に閉店というケース。それぞれに事情を抱えているのだろうが、心配なのは所謂いわゆる街の喫茶店たる純喫茶である。一昔前ならばどの街にもあった怪しい喫茶店は、今はその存在自体が危うい。その主因が時代に取り残された為だとすれば、悲観する事はない。時代に取り残されたヘンタイ客達が今度は時代を追い駆け、追い越していく時が来ているのだ。

 自称喫茶店フリークの吉岡リホ25歳は、JR蒲田駅西口サンライズアーケードに開店した新しい喫茶店の噂を聞いて早速行ってみたのだが、入店して3分も経たない内に「何だかなぁ」と気分がしぼんでしまった。久し振りの近隣エリア、しかも自宅から徒歩1分の近場に開店した喫茶店だったせいもあって期待した、その反動が一層意気消沈を増幅させる。そんな事は良くある事ではあるのだが、一言で表現するなら期待外れと言うかアテ外れと言うか、何と言っても同じで、失望感に苛まれる。

 まずは、店内が乱雑でセンスの欠片もない。開店したばかりという事もあるから、関係者が慣れていない事や今一つ片付けが出来ていなかったり、人の出入りが多くてワサワサしているのは仕方ないにしても、店内に観葉植物の一つもないのはいただけない。これではチェーン系列の珈琲屋と何ら変わらない。チェーン店は、それはそれで値段が安い時間潰しの店として存在意義は十分にある。そんなチェーン店でさえもそこそこ植栽が御座なり程度に置かれているのも珍しくはないのだが、その店にはその類が見当たらない。

 嘆息した理由は他にもある。注文を取りに来た中年の女店員がこう言ったのだ。

「お客様、ここは他のチェーンのような店とは違い、多少お高めになってなっておりますが、大丈夫ですか?」と。一瞬、銀座の超高級料亭にでも迷い込んだかと驚いて傍らのメニュー表に目を遣った。そこに記載された値段を見て、二度目の驚きがあった。ブレンドコーヒー500円、アイスコーヒー550円だ。大丈夫?とは一体全体どういう意味なのだろうか。リホの理解が錐揉きりもみで宙を舞った。

 そんな隔靴掻痒かっかそうようがあったせいもあって大して美味くもないなと感じるコーヒーを一気飲みして、「二度と来るか、潰れてしまえ」と呪いを掛けて店を出た。ついでに言うと、入り口に祝札の付いた花輪がこれ見よがしに置かれているのも、新開店したのだから仕方がないとは言いつつ、喫茶店としては如何なものだろうか。少なくとも自称喫茶店フリークの吉岡リホにとっての喫茶店にはそんな気忙きぜわしさは不要だ。

 まぁ、そんな店もままあるから極度に気にする事はない。とは言え、期待に膨らんだ胸はFカップより大きく、このまま帰るのも何となく損をしたような気分になった。

 そんな帰りの道すがら、アーケードを歩き切った先の東急線の踏切の手前に喫茶店らしきものを見つけた。新装開店したようには見えない。実家も駅の反対側、生まれも育ちも蒲田で、高校もバスで通っていたから周辺エリアの喫茶店の知識は誰よりもあると自負していたのだが、こんなところにこんな店があったとはついぞ知らなかった。

「バニーズ」という名の喫茶店?ショットバー?は、古雑居ビルの一階で間口は狭く小洒落れた外観でもない。ガラス扉ともう一つドアがあるだけだ。一見すると何かのアブナイ事務所かと思ってしまう。スタンド式の看板が出ていなければ通り過ぎてしまうだろう。そんな媚を売らない感じ「来たい奴だけ来ればいい」的な、それでいて頑固おやじのラーメン屋とは違うフレンドリー感も出しているその店に、吉岡リホの喫茶店フリーク魂が燃え上がった。

 手動式のガラス扉を押し開けると、店内は比較的広く中々レトロっぽい雰囲気を出しつつ、内装の新しい匂いがする。見渡した店内では、数人の客達がそれぞれの席で自分だけの世界で微睡んでいる。そんな不思議な雰囲気を醸し出しているこの喫茶店は久々にアタリか、そんなリホの心の声がした。

 雰囲気には高レベルの良さがある。BGMはピアノジャズとクラシックを混ぜ併せて唐揚げにしたような、ほっとしながら心躍る音楽が身体全体を包んでくれる。店内の観葉植物は、ちょっと季節はズレてはいるが秋の紅葉を思わせる、目を楽しませる色とりどりの配色になっている。

 そして、何と言っても定番である珈琲から出る芳醇な香りが心地良く漂っている。脳内の1000億のニューロンが刺激されて踊り出しそうになる。何ともジャンキーで至福な時をこれでもかと与えてくれる。βエンドルフィンの多幸感効果なのか。 

 だが、だが、だが、強烈な違和感がある。何と、マスターが着ぐるみの頭を被っているのだ。それは、誰が見ても耳部分が短いウサギのアトラクション用の着ぐるみの頭部でしかない。頭から下は、普通の中級ブランド服を着ている。マスター本人は、アトラクションの着ぐるみを頭に付けていると言う感じではなく極普通に平然としているのだが、それが着ぐるみである事は一目瞭然なのだ。吉岡リホは、店に入って取りあえず「この店はいつ頃からやっているのか」、「お勧めの珈琲は何ですか」と訊いてみようと考えていたのだが、そんな疑問など一瞬で吹き飛んでしまった。

 いきなり一見の客が、マスターの容姿に質問するのもどうなのかなとは思いつつ、客が疎らだったのと何となく親近感が湧いたのを良い事に訊いてみた。

「マスターは、何故頭が着ぐるみなんですか?」

「着ぐるみ頭って、何ですか?」

 リホの指摘をマスターは慣れた口調で否定した。多分始終訊かれているのだろう事が窺える。どう見てもドリフのコント張りのシチュエーションが微かな笑いを呼ぶ。

 リホは「でも・」と引かずに歩を進めた。

「いえ、本当なんです。ボクはラビト星から来た宇宙人と地球人のハーフで、宇宙種としては雑種目の卯人なので、元々こんな顔なんですよ」

 リホは「そうなんですか」としか言う言葉が見つからない

「おっと、自己る紹介が遅れました。ボクの本名は、ヒデス・キャロット・パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ニシジマ。ラビトの呼称はヒデス・キャロット、日本名は西島ヒデと言います」

「ピカソみたいですね。私は吉岡リホ」

「それがわかるとは博識ですね。私の親父がピカソの名前をパクって付けた名前なんですよ」

 そんなマスターの答えが場を和ませる。ドリフのコントはまだまだ続く。

「宇宙人なんですか?」

「はい。地球には色々な星の生物が来ていましてね、卯人の私なんかまだ可愛い方ですよ」

「色々な星の生物?」

 事もなげに言う都市伝説感満載の発言が一段とワクワク感を増幅させる。話に釣られて、ついついコントの世界に入ってしまう。

「可愛くない異星生物もこの店に来たりするんですか?」

「あっ、そんな事を言っちゃ駄目です。今は蒲田の時空には言魂ことだま風が吹いているから、言った事が現実になる可能性があるんですよ。まぁ、可能性なんですけどね」

「言魂風って何ですか?」

「言葉が現実になっちゃうんです」

 コントと言うよりも、お伽話か都市伝説に近くなって来た。

「今までに、言った事が現実になった事ってあるんですか?」

「あります。一番顕著なのは、1969年のアポロ月着陸の陰で勃発した事件ですね」

 西暦1969年のアポロ月着陸と日本万国博覧会が開催された年に、何かがあったらしい。SF小説のプロローグを読んでいる気にさせつつ、どこまでが本当なのかと疑ってしまう。いや、常識的に考えれば全部嘘っぱちだ。

「その年に「卯人銀河連合」が地球への侵略を開始したんです」

「卯人?」

 話の展開が速くて心地良いのだが、ちょっと待て。卯人銀河連合?地球侵略開始?自分の事を卯人と言わなかっただろうか。侵略者なのか。蒲田で喫茶店を営む侵略者とはどういう事だろう。

「地球に侵攻した卯人連合の中には、ウチの親父みたいな穏健派だけじゃなくて強硬派の輩もいて、対立していたんです」

「なる程」

「元々穏健派のウチの親父は、この地球の蒲田に事前調査に来た時にキャバクラの母ちゃんに出会ったんですけど、親父が母ちゃんに言い寄られて、その気になって地球侵略をやめたんですよ」

 侵略宇宙人が地球の調査で蒲田のキャバクラに行くというのを果たしてどう理解したら良いのだろう。しかも、地球侵略中止の直接的な理由が「キャバ嬢に言い寄られたから」というのは、侵略者が唯のスケベなポップ爺だったが為に地球は偶然救われたという事であり、蒲田のキャバ嬢が世界の救世主という事になる。

「言魂風は、光魂ひかりだまを持った者が使う言葉が現実になっちゃう最強の武器なんです」

「光魂?武器?」

「言魂風は、実はゲルニカの風なんです」

 次々に出て来る訳のわからない単語に、吉岡リホは確然と首を傾げた。わかり易い単語で説明する事こそプロだ。半人前のプロが専門用語で誤魔化して自己満足に浸っているケースは良くある事だ。

「えっと、わかり易く言うとですね。「ゲルニカ01937号」という名の卯人銀河連合の宇宙戦闘艦がありましてね、司令官はボクの親父のジロス・キャロット、日本名は西島ジロウなんですけど、その戦闘母艦と時空が繋がっているのが「デュピュイ号」という名の装甲巡洋艦、それがこの喫茶店なんです」

 ここは唯の喫茶店ではなく宇宙と繋がる宇宙船らしい。何やら話が可笑しな方向へ飛んでいる。お伽話は進んでいく。

「この世界には、卯人みたいに地球を護る宇宙人だけじゃなくてヤンチャなのもいるんです。そんな中に、天の川銀河のあちこちの星に侵攻しているパラス星人っていうのと、これまた宇宙を侵略し続けるアント軍という宇宙海賊がいて、そいつ等が結託して、太陽系の水星に軍事基地を造ろうとしていたんです」

 お伽話は更に進んでいく。

「それを知ったウチの親父が激怒しまして、水星でアント軍と戦争になって結局ヤツ等を叩き潰したんです。その残党が地球に逃げて、それを追って戦闘母艦ゲルニカ01937号は現在地球の外宇宙に停泊中なんです」

 話は街の喫茶店から一気に宇宙へ飛び、再び地球に凱旋した。愈々本題の言霊風に入っていく。

「言魂風というのは、実は戦闘母艦ゲルニカ01937号からの排気でして、この喫茶店デュピュイ号がいる蒲田に向かって吹いているんです」

「……」

 話の繋がりが見えない。

「ゲルニカ号はジャストという素粒子エンジンで飛んでいまして、その排気は多量のジャストを含んでいるんです。ジャストは、光魂ひかりだまと融合する事で言葉を物質に変換出来るようになり、戦場ではジャスティス砲という最強の武器になります」

「私の言葉とどういう関係があるんですか?」

「吉岡リホさん、身内に『琥湶こいずみ』という苗字の方はいませんか?」

「えぇぇと、確か曾祖母の苗字が『琥湶』だったと思います」

「その苗字の方は、かなりの確率で光の一族と思われます。ボクの母も地球人で旧姓が『琥湶』ですから、貴女とボクは遠い親戚なのだと思いますよ」

 直ぐに話が頭に入って来ない。着ぐるみ頭のオヤジと遠い親戚なのだと言われてもリアクションの取りようがない。それに、宇宙戦艦ヤマト、じゃなかった宇宙戦闘艦ゲルニカ、デュピュイ、ジャストの話などを即刻理解しろと言われても出来る訳がない。出来ないので、リホは一旦全てをドリフのコントではなく真実なのだと思うところから始める事にした。

「結局、私は光の一族なのですか?」

「そう、ボクと遠い親戚なんです。でも、それを理解するのって理解力が高いと言えますけど、一般社会人としてはかなりヘンタイですよ」

「そうですよね」

 リホは好き嫌いが激しいが、順応性は高い。ヘンタイでもあるらしい。

「ヒデさんは宇宙人で、奥さんは?」

「嫁は地球人です。ボクも嫁に蒲田駅でナンパされて言い寄られたパターンで、子供が一人います」

 ウサギの着ぐるみに言い寄る女が多いのは蒲田の特性なのだろうか。何れにせよ、リホを含め蒲田にはヘンタイが多いのかも知れない。

「お子さんはやっぱり着ぐるみ?」

 着ぐるみがかぶりを振った。

「卯人には性別がなくてクローンで生まれるので皆ボクみたいな顔をしているんですけど、地球人との間の子は有性生殖で生まれた女の子で身体的にはまるっきり地球人ですよ。ボクが言うのもなんですけど、かなりの美形です。地球人との違いは、重力操作と他人の意識、精神を読んだり支配したりする力がある事くらいです」

 ウサギの着ぐるみの子供が美形と言うのは、どう理解したら良いのだろう。他人の精神を読む、支配する、マインドコントロールする事が出来るのか?

「本来、天の川銀河系の守護は東宇宙連邦政府の役目なんですけどね、中々手が回らないらしいので、ボクがアウトソーシングで地球他太陽系属星のHELPER救世屋を請け負っている次第です。ボクはもう戦いからは引退しているので、実務は親父の卯人銀河連合と、母ちゃんと嫁と娘に任せている宇宙戦闘団バニーズと呼ばれる戦闘集団で行っています。カッコいいでしょ」

 宇宙人の卯人だけではなく、ヘンタイの母と嫁と娘までもが宇宙海賊となって暴れているのか。蒲田の女は逞しい。

「現状としては、北宇宙連邦軍を後ろ盾にして地球を侵略して売り飛ばしてやろうとする不埒な宇宙海賊共が後を絶ちませんので、お陰様で業績は右肩上がりです。現在の星環境を考えたら、地球自体の価値は微妙ですけどね」 

 窓を風が叩いた。天気予報では台風は来ていないし、季節風の予報もない。それでも蒲田には強風が舞っている。

「嫌な風だな。もうヤツ等が来たのかな」

 卯人の着ぐるみが、更に突飛な事を言い出した。

「あれれ、奇妙奇天烈数値、略して奇奇レベルが上がってる。何だろな」

 卯人が首を傾げている。「人間五十年、化天の内を比ぶれば・」と、昨日戦国物のDVDで見た織田信長の敦盛が聞えて来そうな話に、常識的な猜疑心がMAXになったその時、少女が店の裏口ドアから顔を出した。

 ハーフのような彫りの深い目鼻立ちの整った所謂いわゆる美少女と形容すべき女の子が、買い物かごを抱えている。

「オトン、東急ストアの特売の納豆とユザワヤで買ぅてきたジグソーパズル、ここに置いとくで。それと、何や変な言魂ことだま風が吹いとるよ」

「あぁ、それな。ヤツ等が来たんだと思うんだけど、ちょっと良くわからないね」

「風が駅の北西に向かって吹いてんねん。飛丸がおったらわかるのにな」

「駅の北西か、何だろな?」

 いきなり、美少女が吉岡リホに眉間に皺を寄せて言った。

「オトン、この人誰?」

「お客さんだよ」

「吉岡リホです」

 美少女がリホにちょこんと挨拶した。

「カンナだよ」

 ヒデがリホを指差して言った。

「匂うだろ?」

「ホンマや、凄く匂うわ」

「えっ、毎日お風呂に入っているのに、臭い?」

「違ぅ、違ぅ。そういう匂いやのぅて、言魂の匂いがすんねん」

「言魂の匂い?」

 ヒデが微笑みながらカンナに意味あり気な事を言った。

「カンナ、リホさんを良く見てごらん」

「ん、んんん?言魂の凄い匂いやけど何やこれ……光塊ひかりだまやん?」

「そうだね。光魂を持っている人は結構いるけど、リホさんは力としてはかなり強い感じがするね」

「力?」

「リホさん、最近何かに感情的になった事はないですか?」

 ヒデの質問にリホの疑問は増え続けるばかりだ。

「余り感情的になる事はないですけど、ついさっき開店したばかりだけど美味しくない喫茶店に行った後で「潰れてしまえ」って、思った」

「それやろ?」

「そろそろゲルニカが来てる頃だから、ヤバいかも知れないな」

「ヤバいって何ですか?」

 その時、消防車のサイレンが消魂しく聞こえた。かなり近くで何かがあったらしい。何があったのか何一つわからない。言魂、ゲルニカ、消防車。

「オトン、絶対に起こるやろ?」

「まぁ、その確率は高いけどタイプが不明だな」

「何が起こるの?」

「時空戦や」

「何それ?」

「宇宙海賊のヤツ等が、時空間移動して来るんですよ。今は水星で卯人銀河連合が叩き潰したパラス星人とアント軍の残党達がピンポイントで地球の蒲田にやって来る可能性が高い」

「ここは蒲田やからな、仕方ないんよ」

 相変わらず話の内容が嵐の中で、一寸先も見えない。時空戦?

「でも、私も蒲田の生まれだけど、そんなの聞いた事がないし、そんなニュースもないわ」

「日本政府は知っていますよ。でも1969年の宇宙大戦と同様に完全なる報道管制が敷かれていますからニュースになる事はないですけど」

「消防車の出動先の位置がわかったよ。サンライズアーケードの中だ。何があったかはわからない」

「えっ、私ついさっきそこにいた……」

「行ってみよう」

 ヒデの言葉で三人の野次馬が向かった現場は、正にあの喫茶店だった。サンライズアーケードの駅寄りにある新装開店したばかりの喫茶店。その1階部分だけが何かが爆発したように吹き飛んでいる。どの程度の客がいたかは把握出来ない。救急車が来ていないところを見ると、これだけの事故にも拘わらず幸いにも怪我人はいなかったようだ。

「何かが飛んで来てここに突っ込んだみたいだな」

「何かが突っ込んだ?」

「かなりの確率でヤツ等、パラス星人の宇宙船が言魂風に吹かれてここに激突したと予想される」

「リホ、この喫茶店に「潰れてしまえ」て言うたん?」

「そう。深い意味はなかったんだけど、ちょっとムカついたから」

「そぅか、ムカついたんか。そら、しゃぁないな」

「多分、リホさんの強い光塊が言魂風と融合して現実になって、その風にパラス星人の宇宙船が流されたってところですかね」

「パラス星人はどこに行ったん?」

「蒲田エリアに潜伏しているんじゃないかな」

 吉岡リホの疑問が何一つ解決していない内に、犯人の凶悪宇宙人が蒲田周辺にいるという非常事態が追加された。何がどうなっているのか、いやそれ以上にこの先どうなるのだろうかと、意味も根拠もない不安がよぎりつつ、リホはワクワクしている。そんなこんなで、宇宙人の「喫茶店バニーズ」はリホのお気に入りリストに追加されたのだった。

『第二話 サンタが街にやって来た』

 1月年始も開け、既に冬の姿が街に馴染んでいる。木枯らしが吹き、冬らしい寒さが深い夜の帳を身に纏う頃、蒲田西口にある「喫茶店バニーズ」に灯りがついている。喫茶店フリークの吉岡リホは、初見以来ここに入り浸っている。何と言っても、居心地が良いのと不思議な親近感が堪らなく、家から近い事もあり自分の家の居間のような感覚を誘引する。

「吉岡さん、雪が降って来たみたいですよ」

「寒い筈ですね」

 カーテン越しの窓の外に白い牡丹ボタ雪が舞い、街は既に薄っすらと白銀の世界と化しているように見える。舞い散る雪を感慨深げな顔で見入るヒデに、吉岡リホが訊ねた。

「どうしたんですかヒデさん、随分と切なそうな顔してますよ」

 ウサギの着ぐるみの表情をどう見たら切なそうに見えるのかは疑問だ。着ぐるみが語り出した。

「雪を見るといつも思い出すんですよ。卯人銀河連合の司令次官だった親父を狙って、雪の降る日に対抗していた宇宙海賊から船にカチコミを入れられた事があって、父親と母親がレーザー銃で応戦したんです。ボクは何も出来なくて、怖くて怖くて父親の背中に必死でしがみついていたんです。周りは乗組員達の死体がゴロゴロ転がっていて血の海でした」

「それはまた、随分とハデな昔話ですね」

「で、その話を昔付き合っていた地球人の彼女にしたら青い顔して逃げて行ったんですよ。それを思い出しちゃって……今の嫁はそれを平然と聞いてましたけどね」

「そりゃ、逃げるでしょうね。私だって逃げますね。そんな事がここで起きたら大変ですね?」

 カウンターの横で聞いていたカンナが注文の珈琲を入れながら言った。

「大変もクソもないやん。そんなん来たら殺るだけやんか」

 人にはそれぞれ人生があり、育った環境がある。他人から見れば凄絶だの悲惨だのと言われても、本人にとっては極々普通の日常でしかない。そして、それは不幸などと言う類のものではなく、それが幸か不幸かは単なる価値観の相違でしかない。

 吉岡リホは、世の中の広さを知ったような気がした。宇宙人が地球の片隅の蒲田で喫茶店を営んでいる事自体が既に常識を超えているのだが、その宇宙人の昔話は更に常人の世界感を逸脱している。

 東京下町の町工場と大田区の上流階級と羽田の非日常を丼ぶりに入れて無頓着に掻き混ぜた、そんな蒲田というごちゃごちゃと雑多なこの不思議空間。そこで語られる仰天話に、吉岡リホのワクワクは止まらない。自分が宇宙戦争の殺し合いにも嬉々とするヘンタイだったと気づいた。笑える。

「出前して来るから」と言ってヒデが常連客に出前を届けに行った。リホが自身に笑ってしまった後、ふと見遣った視界に奇妙な衣装の老人の姿が目に入った。

「カンナちゃん、入り口に変なコスプレお爺さんがいるよ」

「コスプレ爺、また酔っ払いか?」

 ドア扉の内側に平然と立つサンタクロースは、右手を振りながら親しげに歩み寄って来る。何者なのかは不明だ。酔っ払いは、昼と言わず夜と言わず良く来るらしい。何せここは蒲田だから、何者が来ても不思議ではないのだ。最近では一昔前のように駅前で酔っ払いが正体を失くしているような事もなく、駅前の交番のチェックも厳しいから奇妙な輩はかなり減っている。今日は1月24日だから、その姿が何であろうと不思議ではないとは言え、何故サンタクロースなのかという根本的な疑問を想起させるその着衣から、不審さが一段と醸し出されている。その姿に特に驚く訳でもなく、カンナは慣れた様子で平然と言った。

「オッサン、何の用や。用がないなら消えろや」

 カンナのぶっきらぼうな言葉に、老人はいきなり不快感を示した。

「随分と乱暴だな。ワシは、子供達の憧れの、あのサンタクロースじゃよ」

 自らを憧れの存在だと宣う不審なサンタが満面の笑みを浮かべている。怪しさが零れる程だ。

「今頃、サンタが何の用やねん?」

「何を言うのかの、クリスマスイブに良い子にプレゼントを渡しに来たに決まっておるじゃろう?」

「リホ、真面に相手せぇへん方がエエよ」

「お爺さん、良い子って誰の事ですか?」

 リホが首を傾げるサンタに訊いた。

「娘子よ、お前達の事じゃよ」

「何故、ここに来たんですか?」

 老人サンタは再び首を傾げた。端から疑っているせいなのだろうか微妙に話が嚙み合わない。

「クリスマスだからじゃ、お前達良い子にプレゼントを持って来たのじゃよ」

 リホは、老人の言葉に違和感丸出しでツッコミを入れた。

「爺さん、今日は1月24日でよす。という事は、クリスマスイブはもう1か月前に終ってますよ」

 老人はリホのツッコミを気にするでもなく、笑いながら続ける。

「……そんな細かい事はどうでも良いではないか、何か欲しいものはないか。何でも出してやるぞ」

 カンナとリホはは目の前の怪しいサンタを慎重に分析したが、如何せん前提がない分析から何かが判明するとは思えない。

「そいつ酔っ払ってへんな。頭の狂ったオッサンや」

「何者なんだろ?」

 二人の会話に、苛つく正体不明のサンタがことわりを入れた。

「だから、ワシはサンタクロースじゃよ。この格好を見ればわかるじゃろ?」

 既に、リホもカンナもこのシチュエーションに飽き始めている。対価なしに願いを叶えてやろうとか、或いは意味もなくプレゼントをあげようなどという類の話が真面だった試しはない。人間の欲に付け込もうとする事こそが詐欺の第一歩だ。

「まぁ、そんなんどうでもエエわ。オッサン、とっとと帰りや」

 カンナは、面倒臭そうにサンタに向かってドア扉を指差した。

「いやいや、そんな筈はない。おかしいぞ」

 サンタクロースは頻りに小首を傾げ、訳のわからない事を言って何やらマニュアルらしきものを取り出した。

「うぅぅむ・やはり間違いはないのう。良い子にクリスマスプレゼントをやると言えば地球人は必ず喜び寄って来る・筈だ」

 サンタクロースは唸り出した。

「そこの良い子の娘子よ、何故喜ばぬ?」

 リホがちょっと照れている。呼び方は兎も角、面と向かって良い子と言われると照れ臭い。大人の成りをして良い子面をするのは、それはそれでシュールではある。

「お爺さん、私達は子供ではなくて大人だから寄ってはいかないんですよ」

「そうなのか?」

「子供と言うのなら幼稚園か保育園若しくは小学校、ギリギリ中学校ですよ。尤も、こんな時間に起きている子供達が良い子かどうかはわかりませんけどね」

「子供とは幼体という事かの?」

「幼体って何ですか?」

 カンナは老人の弄する語彙に不思議そうな顔をした。

「幼体では駄目じゃな。仕方がない、他を当たるとするかの」

 老人の言葉に焦れるカンナは何かを探るように言った。

「待てや、オッサン」

「何じゃ、願いを思いついのかの?」

「そうやない。エエ事を教えてたるわ、子供で駄目やったら駅の東口に行けや。そしたら、今頃酔っ払いのオッサンが幾らでもおるで」

「そうか、それならそうしよう」

 世間に良くある話だが、いきなり現れて無償で「願いを叶えてやる」「プレゼントをやる」などと言う話には必ず裏があると相場は決まっている。リホもカンナも魂胆を隠し続ける老人が気に入らない。そもそも良い子にプレゼントを渡しに来たと言いつつ、子供は対象外だとほざいているふざけた季節外れのサンタクロースは何者なのだろう。

「爺さん、本当は何者なんですか?」

「だから言っておるじゃろう、ワシはサンタクロ・」

「ふざけるな、オッサン。子供やのぅて大人限定でプレゼントを渡しに来て、しかも相手はここにおる美女二人でも駅前の酔っ払いでもエエやと。そんなサンタクロースがどこの世界におんねん?」

「そうですね、変ですよ。何が目的なんですか?」

「目的などないぞ」

 そう言った老人の白い眉毛がピクリと動いた。カンナとリホはそれを見逃さない。

「カンナちゃん、やっぱり何かあるみたいだね」

「オッサン、ウチ等でも酔っ払いのオッサンでもエエて言うのは、一体全体どないな事なんや?」

 若い二人の美女と、蒲田東口に生息する夜の蝶の尻を撫で回す鼻の下の伸びきった千鳥足の酔っ払いオヤジを、どうやったら同一視できるのか。リホは取りあえず不思議な老人の論理の解明を進めた。

「カンナちゃん、私と酔っ払いのオッサンの共通点って何だろね?」

「リホと酔っ払いの共通点って何やろ、煩悩のカタマリ?」

「ん?」

「冗談やん、ジョーク。中身がオッサンの美女と酔っ払いのオッサンの共通一次試験の解答は何やろ、どちらもオッサン、それやとオモロないな。えっと日本人?」

 老人の顔に変化はない。

「ほしたら、人間。それはないか?」

 やはり、老人の顔に特別な変化はない。

「他にはないやんか。何ぞあんのけ、ほなら地球人?それはないわな」

 カンナがヤケクソで言った言葉に、老人の白い眉毛がピクリと動いた。そこに何かがありそうだ。

「えっ、地球人なら誰でもいいって事ですか?」

「オッサン、どこぞの宇宙人なんか?」

「随分と勘が鋭いのう」

 眉毛がピクピク動き続けている。

「その宇宙人が地球で何をするつもりなんですか?」

「酔っ払いオヤジとお遊戯でもするんか?」

 眉毛は動かない。

「実は、地球征服だったりするんやないかな?」

「カンナちゃん、幾ら何でも子供向けの戦隊モノの悪魔超人じゃないんだから、そんな幼稚な目的の筈はないんじゃ・あれれれ?」

 二人の無邪気な一言に、老人の眉がざわついた。

「地球征服が目的みたいですけど、何の為に?」

「まさか、喰らう気やないやろな?」

 眉毛だけでなく、白い髭までもがバサバサと逆立った。

「何や、人間喰らう気なんか、ふざけたオッサンやな」

 カンナが呆れて言った。

「お爺さんは地球人を喰らう宇宙人なんですか?」

 リホは人喰い老人を見据え、身構えている。

「違う、違う。宇宙にはそんなヤツ等もいるじゃろうが、ワシは違う」

「どう違うんですか、人喰いお爺さん?」

「いや、違うと言っておるじゃろ。ワシをそんな下賤な輩と一緒にしてはいかん」

 否定する老人にカンナが食い下がる。

「人を喰らって地球征服するんやろ?」

「違うと言うておるじゃろ?」

「何も違わないですよね?」

「まぁ確かに、人喰いなんて非効率な方法で地球征服なんぞ出来ひんやろな」

 リホの執拗な猜疑にオロオロと否定するばかりの老人に、カンナが助け舟を出したが、怪しさは一向に拭えない。

 もし、異星人による地球征服の方策が地球人を喰らう事だとしたら、それは余りにも間抜けだ。何故なら、地球人80億人を喰らうのに一体どれくらいの時間を要するかを考えれば簡単にわかる。侵略するのなら、そんな方法より中性子爆弾一発で一挙に生物を死滅させる方が効率的で確実だ。

「ワシは人喰い生物ではない」

「ほな、何や?」

「我が名は3to+サントクロス、神の使いじゃ」

「神の使いやと?」

「人を喰らう神の使いなんて矛盾してます。理屈が合わないですよ」

「うぅぅ」と唸りながら自称神の使いが語り出した。眉毛は針のようにピンと立ち、激しく反応を続けている。

「わかった、全て話そう。ワシはな、白神はくしんの使いなのじゃよ」

「白神の使い?」

「それは、何や?」

「我等は、この宇宙の絶対的支配者である白神様の神命により、この崇高なる光の星たる地球を創り変えようとしておるのじゃ。我等は宇宙にその名を轟かす3to+サントクロス海賊団じゃ。名前くらいは知っておるじゃろう?」

「知りません。カンナちゃん、知ってる?」

「アント軍なら知っとるで」

「確かに、我等はアント軍程に有名ではないが、北宇宙ではそれなりに有名じゃ」

「その海賊が、地球で何すんねん?」

「光の星である地球を美しい星に造り変えるという崇高なる計画じゃ。だが、異星人が侵略したとあっては聞こえが悪い。従って、ワシが精神的に支配した地球人が指導者となって地球を制覇するなら何の問題もないじゃろう?」

「その為の地球人指導者を探しているんですか?」

「そやから、地球人なら誰でもエエて事なんか?」

「まぁ、そういう事じゃ。ワシに協力してくれるか?」

「嫌です」「アホ」

「な、何故じゃ?」

「地球を造り変える必要なんかありませんよ」

「何故じゃ、こんな小汚い星になってしまった光の星を元の美しい星に・」

「喧しいわい。宇宙海賊如きにそんなん言われる筋合いなんぞないわい」

「そうですね。例え小汚かろうが、大きなお世話ですね」

 リホもカンナも単純に腹を立てている。

「カンナちゃん、どうする?」

「そうやな、当然潰すしかないやろな」

 リホがドア扉の前に立ち、カンナが身構えると、サンタが慌て出した。

「ま、待て、ワシは光の星たるこの地球を崇高なる星にしてやるのだぞ」

「地球人を喰らって崇高なる星もないもんですね」

 サンタと二人の考え方に相当の乖離がある。

「何故じゃ?この小汚い星を、美しい神の星に変えてやるのに」

「それはそれで地球人が選んだだけの話です」

 その時、微かな機械音がした。サンタは独り言のように誰かと会話をした。

「何、そうかわかった。直ぐに行く」

 老人は胸を撫で下ろしながらも、ちょっと得意気にリホとカンナに言った。

「プレゼントを受け取る地球人が見つかったようじゃ。では、さらばじゃ」

 消えようとする自称サンタクロースに七瀬は言った。

「サンタのお爺さん、いい事教えて上げますよ。サンタの服が何故赤白なのか知ってますか?」

「知らぬな、何故じゃ?」

「昔、アメリカ大統領が決めたんですよ」

「ほぅ、そうなのか。覚えておこう」

 そう言った途端に空間に長方形の光が現れ、二人が見つめる中で老人は光の中へと消えた。

「カンナちゃん、今のは何だったのかな?」

「知らん。またどこぞの怪しいオッサンが迷い込んで来ただけやん。ところで、さっきの『サンタの服の赤白をアメリカ大統領が決めた』てホンマなん?」

「そんなの嘘っぱちに決まってるじゃん。アメリカ大統領はそんなにヒマじゃないと思うよ」

「そらそうやね。ホンマは何でなん?」

「色々な説があるけどね、元々青や白でバラバラだったサンタの服を、コカコーラのコマーシャル用に赤白で着色したって説が一番有名だし個人的にも好きだな。コーラと赤白サンタは良く似合う」

「そうなんや」

 次の日曜日も吉岡リホは喫茶店バニーズに入り浸っていた。日曜のせいなのか常連客以外も訪れて忙しい一日が漸く過ぎた。その日の夕方、リホとカンナは同時に昨日のシチュエーションを思い出しながら言った。

「カンナちゃん、昨日来た赤いサンタクロースは何だったのかな?」

「やっぱり、唯の怪しいオッサンと違ぅか?」

 ヒデが話に加わった。その手の話が好きなヒデが言った。

「赤いサンタクロースの話はカンナから昨日聞きましたけど、北宇宙に3to+サントクロスというのがいるのは事実です。そいつらが何をしようとしているのかは不明ですね」

「蒲田周辺を逃げているパラス星人とどういう関係なんですかね?」

「昨日のサンタ、何を言ぅとったんやったかな?」

「あ、えっと何だっけ。えっと、確かサンタと美女と酔っ払いのオッサンが地球を征服するじゃなかったっけ?」

「サンタは酔っ払いのオッサンが好きなんやなかったか、あれ何やったかな?」

 昨日の断片的な記憶が繋がらない。サンタは確実に来た。美女に季節外れの間抜けなクリスマスプレゼントをくれると言ったが断わり、酔っ払いのオッサンでも良いと言われた。サンタが地球征服を目論んでいると言った。宇宙海賊はどこへ行ったのか。昨日逃がさずにふん縛って卯人宇宙連合に引き渡せば良かったか。地球征服の話もあった。では、地球征服を目論んでいるのはサンタか、酔っ払いのオッサンか?難解で、しかもどうでも良いクイズを残してサンタクロースはどこへともなく消えていったのだった。ヒデは答えの断片さえ見えない難問に両手を上げている。

 そして、更に難解過ぎる状況が三人の前に起きた。店内のTVモニターに映っているフィギュアスケート会場に違和感が満ちている。観客席が赤い色に染まっているのだ。MAXの違和感が見る者に覆い被さってくる。

「カンナちゃん、あれは何かな?」

「サンタクロースのように見えるのはウチだけやろか?」

「いえ、私にも同じように見えるわ」

「ボクにも赤い違和感が見えるね」

「えっ」「何や」「あぁ、増えた」

 三人は同時に叫んだ。観客席に溢れるサンタクロースが徐々に増えている。目の錯覚ではなく、一度に複数の赤と白がかなりの速度で観客席を埋め尽くしていく。

「あれは、昨日のサンタのお爺さんだよね」

 呼び起こされた記憶では、確かサンタクロースが地球征服する、人を喰らう、精神的に支配した地球人を指導者にして地球を制覇すると言っていた。

「という事は、あれはサンタに観客が喰われているって事ですかね?」

「そうかも知れないけど、良くわからないね」

「どうしますか?」

 よこしまな事を考えている宇宙人ならば、地球の宇宙防衛を請け負っているバニーズ宇宙戦闘団としては放っておく訳にはいかないし、況してや昨日ここに来た輩が張本人の可能性が高い。とすれば、このまま無視という選択肢はないだろう。行くぞと意気込んだが、さてどうやって事件現場に行くか。

 ヒデとカンナがまたまた妙な事を言い出した。

「オトン、何で行く?」

「何にしようか。そうだ、いいモノがある」

 いいモノとは何か、ヒデやカンナの一言一言に、又候またぞろワクワクが止まらない。

「ヒデさん、いいモノって何ですか?」

「えぇとですね。帰ってきたみたいなんで、アレで」

「そうやね。アレやったら、きっとリホも驚くやろし」

「リホさん、直ぐに呼びますからね」

 ヒデのアレに決まったようだが、リホには何の事やらさっぱりわからない。唯々、リホの想像だけか膨れ上がっていく。暫くして、店の裏口ドアをノックする者がいた。カンナがドアを開けると、外には丸い球体が中空に留まっている。リホは驚くというよりも呆気にとられた。金属的な銀色を放っている宙に浮く何かから人の気配がする。

 球体から「押忍」と、挨拶と思われる声がした。そして、当然の如くスルスルと店に入り込む空飛ぶ玉に、リホがボケを咬ました。

「これは何、空飛ぶ玉?」

「リホさん、正解です」

 球体から野太い声がした。プロペラがないままに宙に浮いているだけで何やら正体不明だが、そこからする声は誰なのか。

「カンナ、久し振りやな」

「おぅ」

「飛丸さん、お久しぶりですね」

「押忍。ヒデ隊長、お久し振りでごんす」

 金属の球体が緊張気味にヒデに挨拶した後、首を傾げてカンナヒデに訊いた。どこが首かは良くわからない。

「リホさん、この球体は飛丸さんと言って、元東宇宙連邦軍の隊員だった人です」

「人?」

「ボク等ラビト星のテクノロジーでは身体をロボット化する事が可能です。かつてはトビス・キャロットという名のラビト星人で、今は反動力球体になっています。遠い親戚でもあります」

「人だったんですか……」

 この玉っころが人だったと言う。確かに、生物の身体を究極に機械化する事が出来るなら、こんなのもありと言えばありかも知れない。

「カンナよ、こいつは誰だ?」

「お客さんのリホだよ」

 ヒデが球体に言った。

「飛丸さん、その方が何者なのか自らの目で見据えてみると面白いよ」

「ヒデ隊長、その方って何すか。こんな地球人の小娘如き・」

 飛丸と呼ばれる空飛ぶ球体は、中央に付いているカメラ眼でリホを凝視して驚愕し恐縮した。

「ヒデ隊長、コイツ、いやこの御方はどなたですか?」

「光の一族ですよ」

「なる程」

「まぁ、本人は知らないみたいですけどね」

 カンナは飛丸の登場に、「期待通りのモノが来たやろ」と言ってドヤ顔を見せている。リホには球体の登場の意味が理解出来ない。

「カンナちゃん、これは何?」

「見た通りの空飛ぶ玉っころやな」

「カンナ、玉っころはやめろや。隊長に付けてもらった「西島飛丸」ちゅう名前があるんじゃけん」

「そうなんですか。でも残念ですけど、子供じゃないのでこの玉を見て「わぁい、嬉しいな」なんて言いませんよ」

 リホが当然喜ぶと予想したカンナの言葉にリホが反論したが、その言葉をカンナが否定した。

「そんな事ないて。結構何でもやってくれんねんで」

「何でもですか?じゃぁ、逆立ちしてみてください」

「飛丸、逆立ちしろて言うとるで」

「では、ご希望に応じて逆立ちを・する訳ないやろが」

「何や、やらんのかい?」

「おいお前等、ワイで遊ぶのはヤメんかい。ナメとるっちゃか、コラ」

 空飛ぶ球体は状況の把握など放っぽって、言葉遊びに耽る三人相手にノリツッコミを入れた。

「気合い入ってますね」

「リホ、改めて紹介したるわ。こいつが世界を飛び回る『飛丸』やで」

「押忍。自分、西島飛丸ちゅう半端モンですが、渡世の仁義はわかっちゅうつもりじゃけい、宜しくお願い申し上げます」

 いきなり出てきた仁義を宣う球体は、どこの方言なのかもわからない物言いで吉岡リホに頭を垂れた。球体なのでどこが頭かは判別し難い。

「では、行きましょうか」

「どうやって?」

「普通に歩いて行くのは世間が許しちゃくれやせんか?」

「いいんだけど、さっき「何でもやってくれる」ってハードル上げられちゃってるから。何かやってほしいですね」

「姐さん、無茶言いますでごんすな」

「期待値と評価は高いですよ」

「その御言葉、胸に刻ませていただきやす」

 球体なので胸があるのかはわからない。球体が自信たっぷりに言った。

「皆さん方、今から時空間に穴開けますけん。TVのあの場所やったらあっと言う間に着きまっせ」

 こんな話の流れに本気で乗れというのには無理がある。リホは成り行きで話に乗ってはいるが、半信半疑というよりも余り信じていない。確かにこの不思議な喫茶店に入り浸っている理由は、自身を癒してくれている緩いこの空間と奇妙な登場人物達のキャラクターだ。着ぐるみ頭のマスターと絶世の美少女がいて、しかも二人は宇宙人なのだ。だがそうは言っても、その全てのアイテムを信じ込む程に幼くもなく、愚かでもない。吉岡リホ25歳、独身で蒲田在住、現在不思議な喫茶店に嵌っている。

 喋る球体が青白く発光し、同時に熱を発した。店内に客はリホ以外いないので問題はない。

「ほいじゃぁ皆さん、いきますけん」

 グン・と身体を引かれたようなGを感じた途端に、狭い部室から広い空間の独特な匂いと熱気を帯びた場所に移動した事を肌が感じた。

「時空間移動は、相変わらず凄いね」

「まぁ、元東宇宙連邦軍ですけん、当然でごわす」

 吉岡リホは驚いた。一瞬で横浜の反町公園に隣接するアイスアリーナ会場に飛んだのだ。間違いなく、言葉が出ない程に驚いている。瞬間移動したのだから、当然と言えば当然だ。ここに来てようやく一連の宇宙人話が本当なのかなと言う気になった。時空間移動に、ヒデとカンナの驚きが薄いのは慣れているからなのだろう。

「ここがフィギュアスケート会場なんですか?」

「そうでごんす」

 時によって変化する球体飛丸の言葉がどこの方言なのか、全く理解不能だ。

「カンナちゃん、あれって昨日のサンタなのかな?」

「多分、サンタが喰らったオッサンなんやないかな?」

 観客席の最前で応援団長のように赤白のサンタクロース姿の中年男が威勢良く叫び、観客を煽っている。姿形は昨日のサンタとは違うようだ。

「さぁ、皆一緒に赤白マントを被って、人類の未来の為に祈りましょう」

 中年サンタクロースと、既に赤白に変身した観客達が叫ぶ。

「そうだぁ、人類は皆サンタクロースになって祈るのだぁ」

「そ・そうだぁ」「そうだぁ、人類は皆兄弟なんだぁ」

 叫んだ観客から順にその姿が赤白になっていく。叫ばない観客は当然の如く変身しない。従って、観客席は斑模様になっている。本来、いきなり祈れ、叫べ、と言われて同調する方が変だと思うが、数の力は絶大であり、従順でない者を異端の者、特異の者、奇異の者へと落とし込んでいく。

「何だか叫びたくなってきましたね」

「そうやな。何や、叫びたい気分や」

「まぁ、叫びたけりゃ叫べばいいんじゃないですかね?」

「でも、叫んだら赤白のユニフォーム隊になっちゃうんですよね?」

「そうだぁ、人類は皆兄弟なんだぁ」とカンナが何の前置きもなく標準語で言い放った。その途端に変化が起きた。カンナの黒尽くめの衣装が赤白になった。

「何やこれ、赤白はウチの趣味やないわ」

「人類は皆兄弟だぁ」

 カンナの呟きなど歯牙にも掛けず、赤白に変わった観客達は夢遊病者のように同じフレーズを叫び続けている。リホがカンナに訊いた。

「カンナちゃん、気分はどう?」

「何や良ぅわからんホワっとした感じやね。皆と同じ事せんと違和感があるわ」

 ヒデが、「なる程な」と、異星人であり人類殲滅を狙うサンタクロースの地球侵略プログラムを理解した。

「ヒデさん、何がなる程なんですか?」

「ヤツ等が人類殲滅に使う手口は「洗脳」なんですよ」

「洗脳?」

「そう。洗脳による集団行動で一気に人類を消滅させるんです。ある意味、理には適っていますね。このまま断崖から自殺するネズミのようにでもするんでしょう」

 状況の把握が終了したリホとカンナは、サンタに向かって敢然と歩み寄った。

「おいオッサン」

「誰かな?」

「私が誰でもいいですから、質問に答えてください」

「何じゃ?」

「オッサン、昨日のサンタやろ?」

「何の事じゃ?」

「惚けても無駄ですよ」

「知らんな」

「そうですか。わかりました、もういいです。一つだけ教えてください。サンタは何故赤白なんですかね?」

「そんな事は子供でも知っているぞ、アメリカ大統領が決めたからじゃよ」

 得意げに答えるサンタの滑稽な答えをリホが指摘した。

「残念でした。昨日教えて上げたその話は真っ赤な嘘ですよ」

3to+サントクロス、観念しろ。直ぐに東宇宙連邦の刑務所に送ってやるからさ」

 サンタに引導を渡している間に、後ろでざわつく声がした。

「あれれ、あの娘可愛いじゃん」「ホントだ、可愛い」

「さぁ皆、私の後に続いて」

 いつの間にか、カンナがサンタに代わって先導者になっている。店で見るカンナは確かに可愛いのだが、マインドコントロール能力のせいなのか、煽動している姿は更にアイドル級に押し出すインパクトがある。元来の可愛いさがエネルギッシュな塊となって溢れ出してキラキラと輝いている。これをオーラと言うのかも知れない。観客達はまるでコンサートのようにカンナと一緒に歌い始めている。

「キサマ等、邪魔をするな。邪魔をするならタダでは済まぬぞ」

「何がどう済まないんだ。お前は宇宙海賊3to+サントクロスなんだろ?」

「そうじゃよ」

「お前等宇宙海賊3to+サントクロスとパラス星人とアント軍はどんな関係なんだ?」

「難しくはない。我等宇宙海賊3to+サントクロスの殆どは西宇宙のパラス星人で、アント星人と同盟を結んで天の川銀河を制覇する予定だ。その手始めが太陽系第一惑星に建設していた水星軍事基地だったのだが、卯人銀河連合軍に邪魔されて、ちょっと計画が遅延しているだけだ。我等の邪魔をするキサマ達に、北宇宙の白神様は激怒しておられるぞ」

 訊いてもいない事を良く喋る。そんな中年サンタの言葉に普段温和なヒデがキレ気味に言い返した。

「上等だ、今直ぐ白神をここに呼んで来い。でも何で西宇宙のお前等が北宇宙の白神を信仰しているんだ?」

「勝手だろ、我等は昔から北連邦に亡命したんだ。きっと白神様の天罰が下るぞ」

 サンタが踵を返して逃げ出した。そして応援席の端まで行くと、両手を上げて呪文を唱え始めた。赤白のサンタクロースは、必死の形相で両手で印を組み何かを唱えた。何かを呼んでいるように見える。

「出・現・時空・出・坑」

 老人の呪文に呼応するように、アイスアリーナの天井に巨大な黒い雲状の物体が出現した。正体不明の物体はユラユラと揺れながら膨れ上がっていく。

「ヒデさん、あれは何ですかね?」

「多分、ワームホールじゃないかな?」

「人間を崖から突き落とすのなら、ワームホール時空間が最適って事ですね?」

 サンタが再び呪文を発した。黒雲の中心に輝く穴が広がり始めた。リホがサンタに告げた。

「お爺さん、あの黒雲中は異空間の入り口で、そこに観客全員を堕とし込むつもりなんでしょうけど、無駄な事はやめた方がいいですよ」

「熟々、勘の鋭い奴じゃな。だがもう遅い。穴は出口に繋がったからな、もう止める事は出来ぬ。ワシの勝ちじゃよ」

 勝負をした覚えはない。勝利を確信する中年サンタの不敵な笑い声が響いた。ヒデはその言葉が気に入らない。

「さぁどうかな、やれるものならやってみろよ」

「見苦しいな、もう終わりじゃよ」

「何をする気なんですかね?」

「多分、あのワームホール時空間でネズミを飛び込ませるブラックホールを創造つくるんだと思います。手遅れにならない内に、こっちも今から準備します」

 ヒデの頭には既にヤツ等の作戦を予測し、対抗する策も構築出来ている。

「飛丸さん。ゲルニカのジャスティス砲を用意して、カウント10で発射・宜しく」

「隊長、御意でがんす」

 早くもカウントが始まった。

「カンナ、カウントゼロでターゲットクロス。カウント10・9・8・」

「ラジャー」

 煽動するカンナは首に掛けている十字のペンダントを構えた。

「7・6・5・4・」

 カウントダウンが進む中、スケートリンクの上空に現れた黒い雲が、螺旋を描く風とともに雲の中央部に向かって吸い込まれているのがわかる。恐らくはヒデの言った通り、ネズミを吸い込むブラックホールの類なのだろう。

 カンナの持つターゲットクロスという名の十字のペンダントが光り出した。

「ウチの名前はカンナ・キャロット。これはな、ウチ等戦闘母艦からのジャスティスの光を反射するアイテムなんやで。ワームホールでもブラックホールでも焼き尽くしたるからな、覚悟せぇよ」

 地球外宇宙、卯人戦闘母艦ゲルニカ号からガンマ線の如く放たれた幾筋もの精強な光は、ピンポイントで横浜の反町公園に隣接するアイスアリーナの天井を突き抜けてカンナの十字のペンダントに収斂した。そしてその光は鋭角に反射し、強烈な意思を持って黒い霧状のワームホールを包み込んで焼き尽くした。

 ワームホール時空間とともに中年サンタが吸い込まれていったが、その寸前に身体が二つに分かれた。喰らった酔っ払いオヤジの地球人と融合した身体が分離したのだろう。昨日喫茶店バニーズに現れた男に違いないのだが、サンタの仮面が外れて素顔が見えている。その他にも、そっくりの顔をした兵士と思われる者達が近くにいる。ヒデは見た事のあるその顔に図星を指した。

「お前等は西宇宙のエルカ人のカメーラなのか?」

「そうだ、我等は西宇宙を統べる誇り高きカメーラだ。頭が高い」

 西宇宙には宇宙四大人種の内のエルカ人が大部分化を占め、西連邦政府の中枢に君臨するカメーラという最高階級が存在する。

「何が頭が高いだ、馬鹿だな。西宇宙で偉いかどうか知らないが、東宇宙ではそんなの通用しないぞ。そもそも何で西宇宙のエルカ人がこんなところにいるんだ?」

「うむむ。卯人め、生意気な・」

 兵士達は狼狽え、サンタの陰に隠れながら言った。

「司令官殿、このままでは我等は全滅です。如何致しましょう?」

「ワシに任せておけ。ワシは卯人の唯一の弱点を知っている」

「弱点なんかあるんですか?」

「ヤツ等卯人は運動能力とプライドが異常な程に高いのじゃよ。だから、そこに付け入る隙が出来るという訳じゃ」

 サンタクロースの仮面を剥ぎ取られた男は、何らかの策謀を持ってカンナに向かって叫んだ。

「ラビトの愚かな戦士よ、最後のチャンスを与えてやろう」

 最後のチャンスとはどういう意味で、誰に言っているのか、カンナの理解が追いつかない。ヤツ等はそんな事を言える立場なのか。

「ラビトのカンナとやら、どうじゃワシとお前の飛行スピード競争をせぬか?」

「何や、それは?」

「今から火星のグセフ・クレーターを通り木星を一周して戻って来るのだ。宇宙船も時空間移動装置も使わずに先に戻った方が勝ちって事でどうだ?」

「火星のグセフ・クレーターから木星一周?」

「地球の火星探査機スピリットの着陸地点だ。自信がないのなら、泣いて頼めば許してやるぞ」

 カンナが嘆息したが、これがサンタ男の策謀に違いない。

「ウチはラビト星人やで。鈍間のろまのカメーラなんか相手にならんやないか?」

「それは、やってみなければわからぬぞ。ワシの飛行は速いからな。但し、約束は必ず守ってもらうぞ。絶対に絶対じゃ。ワシが勝ったら地球は我等のもの、お前が勝ったら我等は東宇宙連邦軍に自首しよう」

「ふぅん。エエけど絶対に絶対やで」

 西宇宙エルカ人のカメーラである宇宙海賊3to+サントクロスの兵士達は慌てた。カメがウサギに飛行競走で勝てる道理がない。地上の昔話ではウサギが途中休んでカメに負けたが、宇宙ではそんな事になる筈がない。そして絶対の絶対で約束が守られるという。因みに、エルカ人もラビト星人も宇宙を飛行する能力を備えている。

「司令官殿、ラビト星人のスピードは宇宙一ですよ。勝てる訳ないでしょ?」

「大丈夫じゃよ。ヤツ等ラビト星人は瞬発力はあるが、持久力はない。どんなに頑張っても火星までが限界じゃよ。仮に特別な能力があっても、折り返しの火星を超える事など不可能じゃよ」

「なる程。ウサギはウサギ、その程度の持久力と思考力しかないという事ですね?」

 飛丸のちょっと心配そうな声がした。

「カンナ、大丈夫なんか?」

「知らん。そんなに飛んだ事ないし」

「ビデさん、カンナちゃん大丈夫ですかね?」

「さぁ。やってみなければわからないですけど、でも大丈夫ですよ。だって、カンナはラビト星人じゃなくて蒲田の女ですからね」

 カンナの行き当たりばったりにも、ヒデの余りにも薄い根拠にも呆れるしかない。

「ON YOUR MARK・ READY GO」の声とともに、早くもスターターが鳴った。カンナは上空へと一気に上って行く。

 第一宇宙速度時速28440キロメートルに達し地球周回軌道に乗った。そこから更に速度を上げて第二宇宙速度時速40320キロメートルで地球重力圏を離脱して、一直線に火星までの距離約7800万キロメートルを亜光速で飛び、約5分で火星軌道を確保した。一方で、エルカ人は未だ地球重力からの離脱の目途が付いていない。前半戦は、予想通りカンナの圧勝となった。

「司令官殿、速く地球から脱出してくださいよ。ラビト星人はもう火星まで行っちゃってますよ」

「焦る事はない。予想通りだ。ヤツはその火星で休憩に入る筈だ。その間に追いついてやる」

 火星軌道から赤道付近東経175.4度、南緯14.5度、に位置するグセフ・クレーターを目視確認して、火星表面に降下した。風が吹いているが極端に暑く、宇宙服なしではラビト星人でも危ない。

 続いて中盤戦、カンナは火星上空へと一気に上った。エルカ人の稚拙な予想など諸共せずに一休みなどする事もなく、火星の第一宇宙速度時速約13500キロメートルに達して周回軌道に乗った。そこから更に速度を上げて火星の第二宇宙速度時速約18200キロメートルで重力圏を離脱して、一直線に木星までの距離約1億1000万キロメートルを亜光速で飛び、約7分で木星軌道を確保した。

 一方で、エルカ人は未だ火星まで達していない。中盤戦も、前半戦と全く変わらず予想通りのカンナの圧勝だった。

「司令官殿、速く火星に行ってくださいよ。司令官殿の予想、ちっとも当たらないじゃないですか。ラビト星人はもう木星まで行っちゃってるんですよ」

「焦るな、まだ折り返しがある。ヤツは折り返しの火星で休憩に入る筈だ。その間に追いつけば問題ないだろう。そうなる筈なのだ。何せラビト星人には持久力がない」

「絶対の絶対って言ったのは司令官殿ですからね」

「煩いな。最後の最後は、崇高なる奥の手がある」

 勝負はエルカ人が火星に辿り着く前に決着した。地球に戻ったエルカ人はカンナとの約束通りに自首する、と見せ掛けて大型の戦艦に乗って蒲田駅の上空に現れ、そして宣戦を布告した。

 モニターに映るサンタのエルカ人に向かって、カンナが叫んだ。

「絶対の絶対て言ぅたやんけ。早ぅ、自首せぇよ」

「煩い。我等は最強の宇宙海賊3to+サントクロスだ。地球は今より我等のものとする」

「司令官殿、最後の崇高なる奥の手って「開き直り」ですか。カッコ悪ぅ」

「大人はやっぱり嘘吐きやな。一生懸命飛んで勝ったのにな……」

 宇宙海賊の言葉にカンナが涙を見せた。その涙に激怒する者がいた。

「為らぬ、為らぬぞ。子供との約束も守れぬ愚か者め、人として許さぬぞ」

 ヒデの様子が激変した。普段の柔和なヒデが鬼の形相になっている。普段柔和である程その反動が激しいケースだ。早く気が付かないとエライ事になる。

「あら、こらアカンちゃな。カンナの事になると隊長は鬼になって化け物になるっちゃ。誰も止められないだよ。隊長が東宇宙連邦軍を辞めたのもこれが原因だっちゃ」

「そうなんですか」 

「天の川銀河系の中に太陽系から5.962光年先にあるバーナード星系の惑星bで勃発した北宇宙連邦軍との間で、戦争にカンナも参加したんちゃけど、カンナが北の攻撃で怪我しただけで意識が飛んで北の戦艦3隻と味方の戦艦1隻を隊長個人で破壊したっちゃ。やろうと思えば星一つくらいは簡単に破壊する力があるって、親父のジロス司令官が言ってたっちゃよ。ラビト人と地球人の遺伝子の融合が突然変異を起こして超人が生まれたケースでごわすよ。ヒデ隊長を怒らしたらイカン、怖いでごんす」

「そうなんだ」

 ヒデは唯の親バカだった。それにしても、個人で星を破壊するとはどんな化け物なのか。しかも、意識が飛んで見方の船までも破壊するとは。

 リホが飛丸とそんな話をしている間に、蒲田駅上空で宇宙海賊との時空戦争が勃発していた。喫茶店戦闘艦デュピュイ号と思われる宇宙船が天空へ姿を見せ、黒く輝く宇宙海賊3to+の宇宙船と対峙した。操縦席にはヒデとカンナがいるのだろう。先に光弾を放ったのは宇宙海賊だった。黒い船先から発出されたレーザーはデュピュイ号に突き刺さったが、敢えなく弾かれて消えた。デュピュイ号の左右二門の大砲が光を帯びている。真赤に燃え滾った砲口から光の束が轟音と共に放たれ、二束の光は螺旋を描いて一つになり黒い宇宙海賊船を焼き尽くすまで終わらなかった。デュピュイ号の攻撃が終わった時、光の中に宇宙海賊船の姿はなかった。侵略宇宙海賊の一巻の終わりだった、二巻はあるのだろうか。

 宇宙戦闘艦デュピュイ号が静かにサンライズアーケードの向こうへと消えた。

「エルカ人が、これ程愚かだったとは……」

 白い髪を靡かせる小男が嘆息した。

『第三話 蒲田時空戦争』

 今にも凍り付きそうに冷たい北風が早朝の蒲田の街に吹き渡り、低く垂れ込める鼠色の空に黒い雨雲が混じっている。今日も朝早く開けた店に入ったカンナは、店奥のソファに置き去りにされた見た事もない白い熊のぬいぐるみに気がついた。

 だが、そんな事に構っている暇はない。今年は例年よりも明らかに寒い。異常気象のせいなのかもしれない。鍵を開けて店に入ると、息が白くなる程の凍った空気に思わず「寒い」と声が漏れた。

 急いでエアコンのスイッチをオンにする。一気に心地良い暖気が全身を手荒く包み込む。足元は未だ寒いが、取りあえず「ふぅっ」と安堵の溜息を吐いて椅子に腰掛けた。そんなカンナの目に、また熊のぬいぐるみが映った。エアコンの風に白い毛が揺れている。

「白い熊のぬいぐるみか……」

 そう言いながらカンナは昨日の事を思い返してみた。昨日も最後に店の鍵を掛けたのは自分でその時にはぬいぐるみなど置いてなかった。何やら妙だが所詮はぬいぐるみなのだから、気にする程の事ではない。

 ないのだ……いや違う何かが変だ。その違和感の理由は直ぐにわかった。何故なら、エアコンの風と白熊の毛の戦ぐ方向が逆だ。しかも、白熊のぬいぐるみはカンナの視線を意識的に無視しているようにも見える。カンナは眉を顰めながらぬいぐるみに静かに語り掛けた。カンナには相手の意識を読む能力がある。ぬいぐるみは明らかに精気を発している。

「おい自分、ぬいぐるみやないやろ?」

「い、いえ、私は、唯のぬいぐるみですよ」

 白熊のぬいぐるみが喋った。妖怪か化け物の類なのかと一瞬ぎょっとしだが、驚きを振り払うようにぬいぐるみに詰問した。

「おいコラ、どこの世界に喋るぬいぐるみがおんねん、正体見せろや」

 喋るぬいぐるみは、諦めたようにすっくと立ち上がり、居丈高に言った。

「そんなに興奮しないでくださいよ。確かに私はぬいぐるみじゃなくて、誇り高き『北宇宙連邦連邦』から来た者です。こちらに、ヒデス・キャロットという人はいますか?」

「ヒデス・キャロットはウチのオトンや、オトンに何の用や?」

「まぁ、落ち着きなさいって。これだからザール人は嫌なんだよ、品がない」

「ザール人って何や?」

「ザール人というのは、宇宙にゴキブリの如く蔓延る・」

 ぬいぐるみが語る途中で、ドアの向こうから頗すこぶる上機嫌のヒデの声がした。

ヒデはドアを開けるなり、沢山の小さなチョコレートらしき包みの詰まったガラス瓶をカウンターの上に置いた。

「カンナ。これ、隣の婆さんに貰ったんだ。可愛いカンナちゃんにってチョコレート買っといたんだってさ。断わるのも悪いから一瓶丸ごと貰ってきた」

「オトン、それ違うと思う。多分隣の婆ちゃんがくれたんはチョコ一個やと思うで」

 呆然としてヒデを見送っただろう隣の婆さんの顔が浮かぶ。

「そうなのか。まぁ折角貰ったんだから、カンナも喰ってみなよ。死ぬ程甘いぞ、甘くて甘くて裸で逆立ちしたくなるから」

「乙女は裸で逆立ちなんぞせんわい。それよりオトンにお客やで」

 カンナがソファの上の白い熊のぬいぐるみを指差した。ヒデは店内を見渡しながら訊いた。

「どこに?」

「ソファの上に」

「ソファの上って・ぬいぐるみしかないぞ」

「そうや、そいつや。宇宙最強の戦士らしいで」

「何だよ、それ。カンナ、頭大丈夫なの・」

 ヒデの言葉が終わらない内に、立ち上がったぬいぐるみが尊大な態度で声高に語り出した。

「控えなさい、私は偉大なる北宇宙連邦政府代表のガルル・イーダ。北宇宙連邦政府中枢ロクブケイ星パラガスのイントロンですよ」

「何だよ、これ。ラジコンロボットか?」

「宇宙人や言ぅとったで」

「ん、そうなのか?」

 白熊のぬいぐるみは、二人の薄い反応に不満そうに首を傾げながら、何やら偉そうに続けた。

「あれれ、オカシイな。私は「全宇宙から崇高なる尊厳を与えられた北宇宙連邦政府の代表」ですよ、イントロンですよ。そこはさ、畏敬の念を持って接してほしいな、イントロンなんだから」

 二人は不思議そうに小首を傾げた。

「何を言ぅとんか、さっぱわからん」

「多分、北宇宙連邦の中で偉いんだぞと言いたいらしい。で、私に何か用なのか?」

 二人には仰天、驚愕の類を表す理由がない。例えば、目の前にいる熊のぬいぐるみが妖怪だろうが、化け物だろうが、北宇宙連邦で偉かろうが最強の戦士だろうが、そんな事は二人にとってはどうでもいい事だ。

「君が宇宙戦闘団バニーズの艦長ヒデス・キャロットか?」

「艦長じゃないけど、もしそうだったら何だ?」

「地球は光の星で、君が地球を護っているんだよね?」

くどいな、だったら何だよ?」

「昔からの宇宙の都市伝説では、この光の星からこの宇宙の救世主が生まれるらしいんです。でもそれはない、何故ならこの宇宙を救うのは我々北宇宙連邦でなければならないんです。だから、例え昔話だろうが都市伝説だろうが、我々北連邦を否定するような奴は皆殺しにする必然があるんですよ」

 北宇宙連邦軍のマニアックな必然の意味は、今一つ地球人ハーフのビデにはわかり難い。

「尤も、実はそれは建前でしてね。本当の理由は、偶々発見したこの辺境の星を我が北宇宙連邦軍の前線基地にしたいだけなんですよ。どうですか、バニーズとして我々北宇宙連邦の下部に入る気はありませんか?私はそれを伝えに来てやったんですよ」

「オトン、下部に入るって「下に付け」って事やんな?」

「多分、そうなんだろうな」

勝手に来たにも拘らず、礼儀もへったくれもないぬいぐるみの不遜な態度が気に入らないカンナは、腹立ち紛れに熊のぬいぐるみに向かって叫んだ。

「愚か者、オトンは元東宇宙連邦の司令官だぞ。ぬいぐるみ如きの下に付く訳ないやろ、間抜け」

 白熊のぬいぐるみが目を白黒させて反論した。

「信じられない程愚かですね。全宇宙を支配する事になる北宇宙連邦の下に付く栄誉ある地位が与えられるんですよ、断る理由なんてないじゃないですか?」

「何言ぅとんねん。自分、ホンマのアホやろ?」

 カンナのツッコミが続く。

「全く理解力が低いなぁ。これだから野蛮なザール人は嫌いなんだよ」

 ぬいぐるみは、ブツブツと呆れ顔で唐突に言った。

「では、唯今より作戦変更で、この星のザール人を一人残らず粛清する事にします」

「粛清て何や?」

「皆殺しですよ。この星に蔓延る下賤なるザール人などは生きる価値がありません。私は地球というこの星を救済にやって来たのです」

「救済?」

「皆殺しで救済するのか?」

「尊い光の神の星たるこの地球が、何故卑しいザール人如きの星となったのか。それはその昔、狡猾で邪欲なザール人が清廉なる我々グーマ人を謀略により欺き、この星の霊長類の進化制御速度アップを実行に移したに過ぎません。全く哀惜の念に堪えない事ではあるものの、今やっと光の星が正義に帰する時が来たのです。薄汚いゴキブリ共を駆逐するのです。卑しい、下賤で下劣で強欲、意地汚いザール人。卑劣、拙劣、野卑、邪欲、我欲、下等で下衆で狡猾なザール人など生きるに値しません。皆殺しが相当です」

 カンナの怒りの赤い炎が燃えている。

「オトン、さっきから下賤とか薄汚いとか、狡猾とか、ゴキブリとか言ぅとるザール人って地球人の事なんかな?」

「まぁ、話の流れから言うと、地球人の事なんだろうけど、ボクは1/2、カンナは1/4は地球人だから、ボク等の事でもあるんだよね」

「何やら、もの凄ぅ腹が立つな」

「そうだよね、間違いなくナメてやがるな」

「オトン、そいつ窓からぶん投げてエエかな?」

「いや、裏にある焼却炉の中で跡形もなく焼いてしまえばいいんじゃないか?」

 宇宙最強を自負する白熊は、二人の言葉に激怒した。

「ふざけるなテメエ等、大人しく聞いていればいい気になりやがって、私は北宇宙のイントロンだぞ。宇宙で一番優秀で気高い種族だぞ。我が北宇宙連邦軍は、既にこの星の衛星の月に集結しているんだ。こんな星なんか、一瞬で消滅させる事が出来るんだぞ。それに・」

 ビデが良く喋る宇宙白熊の語りを遮った。

「お前な、そんな御託並べている間にカンナに焼かれるぞ」

 ニヤリと微笑うヒデとカンナの目は本気だ。

「地球人が消滅する前に、オノレ自身が劫火の中で焼き尽くされるんや、ひっひ」

 カンナは、熊の耳を掴んで力任せに引っ張った。

「うぎゃゃ、耳が捥げる。ぼ、暴力反対」

 白熊のぬいぐるみは、左耳を捥がれる寸前で窓ガラスを割って外ヘ逃げた。逃げ足が速い。カンナの引き抜いた白い毛が店内に舞った。外に逃げたぬいぐるみは一目散に道路反対側の公園へと走り、全身を白い毛に覆われた5メートルはあろうかと思われる巨大なヒトガタの中に、一気に飛び込んで同化した。

「何だ、あれは?」

「何やろ?」

 裏口からウサギだけに脱兎の如く外に出たヒデとカンナの二人は、隣接する2丁目公園に立つ巨大なヒトガタを上目遣いに見たが、馬鹿デカい雪男イエティにしか見えない。しかしここは日本だ、幾ら何でもありの蒲田でもこんなに場所にそんなものがいる筈はない、いる意味は不明だ。早朝のせいもあり人通りはない。

 白熊のぬいぐるみを吸収した雪男の目が開いた。敵意が満ちる赤く光る双眼のその姿はどう見ても明らかに悪者だ。

「キサマが宇宙戦闘団バニーズの艦長、かつて東宇宙連邦軍の鬼神と言われたラビト星人ヒデス・キャロットか?」

「煩い、お前如きにキサマ呼ばわりされる覚えはない」

「随分と威勢がいいな。もう一度だけ聞いてやる、我々の下部に入る気はないか?」

「下らない事をしつこく聞くな」

「そうやぞ、間抜け」

 雪男が呆れ声で言った。

「愚か者だな。ならば、キサマ達に恐怖と絶望を見せてやろう。まずは余興だ、そして絶望を見せてやる。この街のザール人、この星に巣食う下賤なザール人全てを一人残らずぶち殺してやる。恐怖に泣き叫ぶが良い」

 そう言った雪男が溶けるように姿を消した。

「オトン、「ザール人皆殺し」てどないな意味やろな。余興て何やろな?」

「さぁ、何をする気だろうな?」

「地球に巣食う下劣なザール人を皆殺しにする為に来た」と言う誇り高き北宇宙連邦軍の白熊が言う余興とは何か、絶望とは何か、何をするのかは直ぐにわかった。

「正体不明の飛行物体が月から地球に接近しています」

 突然そんなニュースが世界中に流れ、巨大な白い母船と100を数える飛行物体の一団が地球を西から東へ周回した後、インド、中国、台湾から日本列島を舐めるように北上し、東京港区にある日比谷公園上空で停止したのだった。

非常事態の発生に憂慮したアメリカを中心とする国連は、世界各国政府に短絡的な攻撃を戒めた。しかし、領空侵犯を受けた中国空軍は躊躇する事なくジェット戦闘機SU27とJ112を発進させて未確認飛行物体を攻撃した。無差別に100発を超えるミサイルの雨が飛行物体を光輪に包み込んだ。だが、全ての飛行物体は白く輝くバリアに包まれ、損傷する事はなかった。

 当然の如く、日本の中心上空に群雄する正体不明の飛行物体の存在に日本中はパニックに陥った。急遽、日本政府は周辺住民の避難と航空自衛隊F16、F22、F35戦闘機及び陸上自衛隊戦車部隊の出撃を命じた。上空の飛行物体は白い機体を輝かせ停止したまま動く気配はない。

 TV各局は昼夜を問わず状況を伝える報道番組を組んだが、状況が変わる様子はなかった。

 早朝からJR蒲田駅西口ロータリーには数えきれない程の報道陣と野次馬達が群れを成している。警察車両と消防梯子車数台が停車している。

 人々の熱視線とTVカメラは中空の一点を見据え、その視線の先にはとても常識では理解し難い光景が存在していた。何と、タクシー乗り場の上空に1台の大型バスが逆さ状態のまま空中で停止しているのだ。バスの中には、救けを求める数十人の乗客達が見える。周りを取り巻く野次馬の中にヒデとカンナ、そしてリホの姿があった。「昨日の雪男が言ってた「絶望」てこれの事やったんかな?」

「多分、これはその前の「余興」ってヤツじゃないのかな」

「アイツ、あのバスどないする気ぃなんやろ?」

「やっぱり、そのまま落とすんだろうね?」

「多分、そうだろな」

 その時、ヤツの声が頭に響いた。あの白熊のぬいぐるみの声だ。

「どうです、素晴らしい光景に驚いて声も出ないでしょう?」

 相変わらずムカつく高飛車な物言いだ。更にこの状況を「素晴らしい」と形容するその腐った頭の中身に、呆れるとともに神経を逆撫でされたようで気分が悪くなる。どこが「全宇宙から崇高なる尊厳を与えられた存在の北宇宙連邦政府の代表」だ。

「何だよ、それ。下らなさ過ぎだよ」

「バカみたいですね」

「エラい趣味悪いわぁ」

 全宇宙から崇高なる尊厳を与えられた存在だという白熊が、感情的に言った。

「おやおや、随分と強がりを言いますね。素直に泣き叫んでバスの中のザール人の命乞いをしないと、本当に落としますよ」

「グダグダ言わずに、やればいいんじゃないですかね?」

 そう言うヒデの言葉に慌てるリホをカンナが制止した。恐らく、これはヒデの作戦に違いない。

「何だと?」

「お前達の科学力は認めるよ。でもさ、考え方は幼稚だな」

「そうやぞ愚かモン、早ぅバスを降ろせや」

 白熊の声が悔しそうに毒づいた。

「ザール人は熟々つくづく愚かだな。いい加減に現実を見て泣いて頼めよ、見えない現実が齎すのはザール人の死でしかない事を何故覚れないのかな」

 見守る警察も手が出せない。消防の梯子車から伸びるリフターで一度に救助出来るのは人数は二人。数十人を救助するには相当な時間を要するだろう。とても馬鹿者の愚かな所業に間に合うとは思えない。

 リホは平静ではいられなかった。乗客のいるバスが地上に落下すれば、大惨事は免れない。その愚かな暴挙を、「全宇宙から崇高なる尊厳を与えられた者」が行おうとしている。リホの全身に悲しみに溢れた。こんな馬鹿げた許されざる事が、今目の前で起ころうとしている。何かをしなければならないが、超能力者でもない自分に何が出来ようか。

 バスが動き出した。その動きには躊躇も容赦の欠片もない。バスは地上 へ引き込まれるように逆さ状態のまま急激なスピードで落下した。人々の悲鳴が街に響く。 

「ヒデさん、ヤバい・」

 その時、ヒデがリホに言った。

「リホさん、「時間の停止」を念じてください」

 この着ぐるみ頭は、一体何を言っているのだろうか。こんな究極の非常事態に。

「早く」

 リホにはヒデの言葉の意味が把握出来ない。出来ないが、時間は止まってほしい。今、取りあえず時間さえ止める事が出来るなら、その後の対応を考える事が可能だ。

リホは、把握出来ない思考の中で「・止まれ」と叫んだ。

「止まれ、止まれ、止まれ、時間よ、と待ってくれ……」

 泣きながら、心の底から言葉が出た。時間が止まる事などあり得ない。あり得ない

と思った瞬間に、風が吹いた。そして信じ難い事が起きた。

 バスが地上に落下し、野次馬の悲痛な叫び声が街を包み込むんだ瞬間、落下したと思われたバスは地上5センチで停止し、音もなく地上に降りた。乗客は全員無事に救助された。

「リホ、凄いな」

「こんなに力が強いとは思わなかった」

「何が起きた……?」

「リホさんの言魂が現実化したんですよ」と、ヒデが解説した。吉岡リホは光の一族だとヒデが言っていたが、言魂を操る事の出来る超能力者でもあったのか。

 ぬいぐるみの悔しそうな声がした。

「へぇ、随分生意気な真似をしてくれるじゃないか。でも、これで終わったと思ったら大きな間違いだよ、これからが本番だ」

 ぬいぐるみの声が消えた。

「これだけじゃ終わりそうもないな」

 日曜の朝、吉岡リホは喫茶店バニーズにいた。このところずっと入り浸っている。不思議な事件の繋がりについて考えを合わせようと言いながら、実は他愛のない話に興じていると、裏口のドアをノックする音がした。

「あっ、お客さんですよ」

 カンナが話を切るように来客に応対した。

「裏ドアノックなんぞ洒落た真似すんなや。誰やねん?」

 ドアを開けたカンナ、上目遣いに何かを探している。カンナの奇妙な様子にヒデが声を掛けながらドアに近づいた。

「カンナ、どうした?」

「これ・あれ・何や?」

 ドアの外に人の背丈の倍程の山のような緑色の物体が立っている。それが何なのかは予想もつかないが、その物体の中央には目のようなものが張り付いている。

「あっ」と悲鳴に似た声を上げ、カンナは後ろ手に一気にドアを締め切った。血の気の引いた青白い顔でカンナが言った。

「目が・」

「目って、何かいたのか?」

「デッカい目のお化け・」

「お化けって、そんなものいる訳ないじゃん?」

「でも・目ン玉がいたんや・」

 さっぱり要領を得ない。思わず立ち上がったリホはドアを開け、「目の化け物」を確認した。あり得ないと言いながら、リホの顔がワクワクしている。リホは理屈の合わない事が苦手だ。しかもオカルトの類は特にダメなのだが、その割に不思議な事に必ず首を突っ込む。遊園地のお化け屋敷など、泣きながら率先して入って行く。

「何だ、何もいないよ」

「あれ、ホンマや。何やったんや」

「私にオカルト話は通用しない」

 リホが訳のわからない持論を吐いて胸を張った。本当はちょっとガッカリだ。

「姉御、大変だぁぁぁ」

 突然、カンナの子分の丸刈り少年が悲痛な声で叫びながら飛び込んで来た。

「姉御、大変っす。大変っす、大変っすぅぅぅ」

「何やねん、朝っぱらから煩いな」

「姉御、朝っぱらって、もう10時っすよ」

 少年が軽くツッコミを入れた。

「喧しわ。朝まで勉強して頭がガンガンしてんねんから、デカい声出すなや」

「姉御ぅ、ゴジラさんが喰われたっすよぅ。多分、ガメラさんもギャオスも」

「喰われたって、カンナちゃんどういう意味?」

「知らん、意味不明やな」

「姉御ぉぉぉぉぉ」

「デカい声出すなて言ぅとるやんか」

 丸刈り少年はバニーズの東隣にあるスポーツ用品店の息子で、カンナと同じ高校の一年ボウズの子分。喰われたらしいゴジラとガメラとギャオスは西隣にある帽子屋の三つ子で同じく一年の子分達。実は四人はカンナの組織した蒲田自警団の一員で、今日の見回りの相談をしていたのだと言う。取り乱した顔面蒼白の丸刈り少年の言う意味が不明だ。何が何を喰ったのか、喰われたのか、化け物でも出たのか?何やらさっぱりわからない。そう言えば、ついさっきカンナが化け物を見たと言った。何か関係があるのか。

「カンナ、自警団の事らしいから様子見に行って来て」

「嫌や、絶対何かおるもん。さっきのデッカい目のお化けかも知れへんし」

 リホは出番を待っている。指名が来たら泣きながら飛んで行くのだ。今か今かと待っているが、指名はない。飛丸がカンナを急かした。

「カンナ、諦めろや。お前が行くのが筋やろがい?」

「何で?」

「いいから、早くしろや」

 カンナは、口を尖らせたまま少年と飛丸に連られて、渋々意味不明の事件発生現場の探索に向かった。が、行ったきり誰も帰って来なかった。

「どうしたんでしょうね。カンナや飛丸まで喰われたのかな?仕方がない、見に行くとしますか。リホさんも来ます?」

「えぇぇ?喰われるから嫌です。どうしてもと言うなら、行きますけど」

 リホは、取りあえず出しゃばらないように答えた。本当は疼々ウズウズして、顔の中央に「早く行きたい」と書いてある。ヒデとリホは、化け物に喰われたらしい少年、そして様子を見に行ってカンナと飛丸も喰われたかもしれないスポーツ用品店に向かった。

 東隣のスポーツ用品店は入って左右の壁に棚があり商品が陳列されている。辺りにはカビのような怪しい臭いが漂っている。通常、この店には野球グラブの手入れ用に使うミズノ製メンテクリーナーの石鹸の香りが漂っている。こんな臭いはしない。

 店に人の姿はない。奥にある事務所のドアを開けたそこにカンナが呆けた顔で立ち竦み、その頭上に飛丸が浮かんでいる。一緒に連れ立った筈の一年ボウズの姿が見えない。

「あれカンナ、化け物に喰われたんじゃないんだね。一年ボウズはどうしたの?」

 ヒデの問い掛けに、はっと我に返ったカンナが答えた。

「あっ、オトン。大変、大変、大変なんやわ。ヒトが喰われてんねん」

 叫び捲りながら一目散に逃げ出したいと願うカンナの感情が伝わってくる。

「本当に喰われたの?そんな事がある訳ないけどな」

「ほ、本当なんやて。オトン、あれ」

 カンナが事務所の奥を指差した。その先に何かがいる。仕方なく、その方向を確認したヒデとリホはその光景に仰天した。

「何だ、これは?」

「何でしょうね」

 部屋の奥に半透明で薄緑色の山型の大きなスライム状の物体が鎮座している。そのスライムの真ん中に目がある。

「これ、ウチがさっき見たヤツやわ」

 スライムの中に数人のヒトのような影が見える。一年ボウズ四人と店主夫妻のようだ。スライムの化け物は微かに蠢いている。ヒトの声がした。

「ぅ・姉さん・ぅぅ・」

 丸刈り一年ボウズの声だ。どうやら喰われても生きているらしい。では、この化け物は何なのか。

「おいボウズ、調子はどう?」

「ぅぅぅ・・」

「オトン、誰に言ぅとんねん。喰われ掛けてるのに調子がエエ訳ないやろ?」

「そうか、それはそうだね」

 ヒデの悠長な問い掛けにスライムの中の人影が泣き出した。

「オトン、どないする?」

「どうと言われても、どうすりゃいいのかな。こんな状況は経験がないな」

「そやね。あり得へんくらいヤバい気ぃがするな」

「それにしても、訳のわからないヤツが現れたな。ボクが知っている怒浮泥ドブドロとは明らかに違うな」

「何や、それ?」

 飛丸が、ヒデの言う怒浮泥ドブドロ説明した。

「北宇宙に棲む単細胞生物で、怨念が集まった魂塊でがすな」

 その時、地震が起きた。それがそこにいる正体不明の生物と無関係なのかどうかはわからない。

「嫌な気を感じる。何だかわからないけど油断しない方が良いね」

 スライムのような物体は敵意に満ちた強い気を発している、今にも襲われそうだ。

「あっ、中から何や出てきたで」

 スライムの上部にヒトの頭のような塊が現れた。目と口がついている。それも正体ははわからない。

「我は神なり」

 塊は何か意味不明な言葉を発しつつ、何かを伝えたいようでもある。

「雷?髪なり?紙なり?神なりとか言ぅとるけど、どないな意味やねん」

「自分で「我は神なり」とか言うような輩が神の訳はない。カンナ、あの輩に何者なのかを訊いてみてくれ」

「えぇ?ウチが訊くん?」

「そうだよ」

「誰に?」

「あれに」

「誰が?」

「カンナ、お前にきまっとろうがや」

 カンナの口がまた曲がっている。

「なぁ、アンタ何者やねん?」

「ヒ・ヒ・ヒ、我は神なり」

「そやから、何者て訊いとるやんか?」

「我は神なり」

 噛み合わない、いや言葉がそのものが通じていない。埒が明かない。

「そのカミナリさんが何の用なんですか。何で人間を喰うてるんですか、て訊いてんねんよ」

「我は神な・」

「そやから、何が目的・」

「ワレは神な・」

「ナメとんのかい」

 カンナは、その美少女の見た目とは違って極端に気が短い。カンナの目にも止まらぬ瞬殺パンチが、頭のような塊を一瞬で破壊した。飛び散る肉片が、店内の壁のあちこち貼り付く。グロいが、現実的でもある。飛丸が呆れた。

「カンナ、相変わらず容赦ないな。もうちょっと、繊細さが欲しいな」

「うげげげげぇ。臭いから殴らん方がエエよ」

 鼻がまがりそうな臭い。カンナの後悔の言葉とともに、ドブの臭いが部屋に充満している。

「臭っさいな」

「鼻が曲がりますね」

「あっ消えた・」

 消えた。全てを呑み込むように、何もなかったとでも言うように、一瞬で全ては消え去った。

「姉さ・」

 どこなのかわからない空間から声がした。それがあの丸刈り一年ボウズの声である事は明白なのだが、一体どこにいるのかは皆目検討が付かない。

「オトン、これって終わったんかな?」

「いや、時空間が切られたみたいだから、ますますヤバいね」

 その時、再び誰とも検討の付かない声がした。その声が、カンナの問い掛けに答える様子はない。

「それに乗ってください・」

「誰やねん。それって何や?」

 辺りを見回すカンナに、リホが天井を指さして言った。

「あれみたいですね。きんとん雲?」

 まるで孫悟空のきんとん雲のような白い雲が、フワフワと部屋の天井付近を漂っている。暫くすると、白い雲は徐々に降下し床に着いた。カンナの横にピタリと付いている。

「乗れて言ぅてるみたいやな、こんなん乗れるんかいな?」

けがれのない無垢な心を持っていれば乗れるんじゃないかな」

 ヒデのジョークに、カンナとリホが本気で嘆いている。

「無垢な心なんて持ってないですよ」

「ウチも自信ないなぁ」

「ホクは正直者だから、自信あります」

 そんな事を言っている場合ではない。仮にそのきんとん雲が化け物の罠だとしても、兎に角今はわからないので乗るしかない。きんとん雲から嫌な匂いはしない。

 三人は成り行きで白い雲に飛び乗った。乗れた事がマグレだったかどうかさえ考える暇もなく、白い雲は一気に天空へと舞い上がった。余りのスピードと襲い掛かるGが三人の顔を歪めた。

 スポーツ洋品店から消えた緑のスライムが風船のように膨れ上がり、蒲田の街をし歩くのが見える。

 巨大化したスライムが肩で風を切って歩いている姿を嘲笑うかのように、天空から漆黒の岩石が緑のスライムに落下し、緑スライムを潰した。破片と鼻をつく強烈な臭気が周囲に飛び散り、蒲田の街がドブの臭い包まれた。

 漆黒の岩石は拳のようにも見える。その拳に天空から続く腕のようなものがあり、その先に人の姿が出現した。長い腕と拳を手繰り寄せる天空に浮かぶヒトガタが三人に告げた。

「お怪我は御座いませんか?」

 三人を乗せた白いきんとん雲が上昇し、天空に停止する巨大なヒトガタの鼻先まで上るとその姿が確認出来た。全身が黒い巨大な人間のように見える。

「お初にお目に掛かります。私の名はデボ、東宇宙連邦軍アロマ・エノウ様の護付きで御座います」

「エノウ?そうか、東宇宙連邦軍なのか」

 今度は東宇宙連邦か。白熊が北宇宙連邦だと言い、黒い巨人は東宇宙連邦だと言う。区別が出来ないだけでなく展開が良く理解出来ないが、元東宇宙連邦軍のヒデと飛丸がいれば話は早い。

「アロマ・エノウ様の御来空に御座います」

 ヒトガタ巨人の鼻先に光が現れた。小さな光は見る見る大きくなり人間の姿に変わった。青藍のスーツに身を包んでいる、戦士のようだ。

「お目に掛かれて光栄です。私、この度東宇宙連邦軍東方面司令官の拝命を受けましたアロマ・エノウと申します。ヒデス・キャロット先輩とトビス・キャロット(飛丸)先輩には、兄のイイサ・エノウが大変お世話になったそうで、その節は本当にありがとう御座いました。ジロス・キャロット元司令次官には既にご挨拶させていただきました。それから、ここにいるのは、東宇宙連邦軍最新兵器デボです」

「そうなんですか。宜しくお願いします」「宜しくな」

「親父やボクや飛丸はもう引退しているし、軍からの発注を受けている立場なので、もっと偉そうにしてください」

「とんでもありません。私は今は亡き兄と同じくらいヒデス先輩を尊敬しているんですよ。あっ、トビス・キャロット(飛丸)先輩も」

「気にしなくてもいいでごわすよ」

「その娘がカンナちゃんですね?」

「ウチの事も知っとるん?」

「知ってますとも。東宇宙連邦軍は殆どがザール人ですから、軍内にはカンナちゃんのファンクラブがあるくらいです」

「そうなんや、知らんかったな」

 カンナが嬉しそうに照れている。

 嫌な風が北から南へ駆け抜けた。何かが始まる予感がする。いやそれはもう始まっている。

「隊長、愚か者達の総攻撃が始まりますでごんすよ」

 リホには、相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。

「緑色流動擬態は、ヤツ等北連邦軍の魔獣兵器の第1使徒「泥模羅デイボラ」でごんす」

「緑のスライムの事か?」

 東宇宙連邦軍東方面司令官アロマ・エノウが現状を概説した。

「そうなんですよ。既にヤツ等はヒデス先輩のヘルプポイントを確定し、この場所に進軍しております」

「ヤツ等、進軍って何?」

 リホの疑問は高く積み上がったまま解決する事はない。

「ヤツ等は北宇宙連邦軍第89師団でごんす」

「ずっとオトンを付け狙っとるんや。オリオン銀河戦争でヤツ等北宇宙連邦のおとめ座銀河団侵攻作戦を潰したんはオトンやから、仕方がないかも知れへんけどな」

「隊長はもっと自覚しなくちゃ駄目でごんすよ。隊長を人質にしたら、卯人銀河連合やらバニーズやら東宇宙連邦軍も動けなくなっちまうっちゃよ」

 リホは、取りあえず話を整理しようとしたが、纏まるとは思えない。

「何だか良くわからないけど、あの緑のスライムみたいなのがまだいるって事?」

「そうみたいやな。あれ見たらわかるで」

 カンナの指差す飛丸のモニターに何かが見える。国道15号線第一京浜国道を大森方向から幾つもの黒い小山が列を成してやって来ている。街には消魂けたたましいパトカーの赤いランプとサイレンが四方から集まっているのが見えた。空には既に報道用と思われるヘリコプターが舞っている。

「あれが第2使徒、あれが第3使徒。あれが第4使徒。ずっと続いて、遥かに見えてる最後の山が第13使徒やな」

「使徒なんて、どこかのアニメみたいだね」

「まぁ、どう見てもエヴァンゲリオンのパクリやな」

「13もいたら覚えられない。覚える気はないけど」

「覚えても意味ないで。今から全部ウチが潰してまうんやから。知りたいんやったら、飛丸のデータから適当に見てや」

「ワシのデータは正確でござんすよ」

 そう言ってカンナが人差し指を回す仕草をすると、大型TVモニター画面の右端に文字が映った。その文字が13の使徒を表しているだろう事が窺える。丁寧に地球での形状説明も付いている。

第 1使徒 泥模羅デイボラ・地球形態スライム

第 2使徒 端出無タンデム・地球形態カタツムリ

第 3使徒 瑪類猟メルカリ・地球形態リュウ

第 4使徒 有輪鳫アリカリ・地球形態アリ

第 5使徒 鎌斬亜カマリア・地球形態カマキリ

第 6使徒 未由頭ミューズ・地球形態ミミズ

第 7使徒 炎比淂エビエル・地球形態エビ

第 8使徒 潜羅州モグラス・地球形態モグラ

第 9使徒 曀羅琉クモラル・地球形態クモ

第10使徒 兵尾乂へビカル・地球形態ヘビ

第11使徒 駆獲類カリエル・地球形態カエル

第12使徒 樏衣螺ハチイラ・地球形態ハチ

第13使徒 屯儚瑠トンボル・地球形態トンボ

 幾ら何でも13は余りにも多い。画面の文字を見ただけで胸やけがしてくる。

「あれが全部、使徒?」

「そうみたいやね」

「で、それが何体いるの?」

「さっきのを入れて、13体でごんすな」

「何で?」

「何でて、どういう意味やの?」

「何で13体の使徒が一緒に来るのって事。一匹ずつで、毎回来るパターンじゃないと駄目なんじゃないかな、絶対13体が一度に出て来たら駄目だよね?」

「そら確かに、ゴジラ対モスラ対キングギドラ対メカゴジラやったら映画にならんけどな、これは映画やアニメやないねんから」

「それはそうだけど、TVワンクールは13回なんだから1使徒/1回でいいよね。そうじゃなきゃ視聴率が効率良く稼げないじゃない?」

 ストーリー物として、最終兵器の13使徒を1回で登場させるのは、あってはならない禁断だ。リホの主張の正当性は論を俟たない。通常13回のワンクールで出す予定の使徒13体を1回の放送で出し尽くしたら、その回でクライマックスが終わってしまい盛り上がりに欠ける。正義の味方が一体一体何とか悪者を倒していくから話が続くのであって、一遍に出て一遍に消えてしまってはシリーズとして成り立たないではないか。持論は譲れず、リホの不満は解消されそうもない。

「リホ、アンタの言ぅてる意味が理解出来ひん。地球侵略とTVの視聴率に何の関係性があるん?」

 飛丸のデータに従って、TVモニターにグーグルマップのような航空地図と位置を示した×が映し出されている。

「では、我々東宇宙連邦軍があの使徒共を潰しましょう」

 カンナは東宇宙連邦軍東方面司令官アロマ・エノウの提案が気に入らない。当然とばかりに退けた。

「アカンよ。これはな、まずは地球の問題なんやから、ウチ等バニーズでケリ付けなアカンのよ」

「確かにそれはそうだね」

 ヒデが納得する横で、リホは良くわからないながらに頷いた。

「飛丸、使徒の距離とスピードはナンボ?」

「数は12体、距離は約12キロメートルでスピードは時速約4キロメートルやっちゃから、15分に1体の割合で使徒がやって来る計算になりますでごんすな」

 使徒を見据えるカンナの目に戦士の光が宿る。

「あれが第2使徒やんな。オトン、ウチと飛丸で15分で第2の使徒をぶっ潰したるからな、東宇宙連邦軍とで第3の使徒を潰す作戦考えとってくれや」

「わかった」

「可愛いだけじゃなくて、何とも頼もしいですね。私もファンクラブに入ろうかな」

 アロマ・エノウが微笑み、ヒデが嬉しそうに目を細めた。

「さぁて、やるで」「カンナ、いつでもいいっちゃよ」

 勇んで向かったカンナと飛丸の二人の正義の味方は、第2使徒との戦闘早々に悲鳴を上げた。

「わぁぁぁぁ、コイツでんでん虫やんけ。ウチ、アカンねん」

「ヌメヌメでごんすな。機械が錆びたら嫌だっちゃな」

「飛丸、あの化け物に弱点はないん?」

「こいつはマイマイって種類のカタツムリだから蛞蝓なめくじと同じで、あのヌメヌメはタンパク質のムチンだっちゃ」

「なめくじだったら塩を掛ける?」

「違う。あんなデカい奴に掛ける塩はない。それより効果的で現実的な方法がある」

「何?」

「熱湯だ。タンパク質は熱湯で瞬時に凝固する」

 飛丸の説明にカンナは未だ納得していない。

「けど、どっから熱湯なんか持って来んねん?」

 飛丸は「まぁ、見てろ」と言って蒲田上空へと高く飛び上がり、数十個の光を出現させた。そして、その内の半数の光を天空から撒き散らし、もう半分の光の点を第2使徒の全身に貼り付けた。

「カンナ、準備完了だっちゃ。お前は炎の刃でこいつをぶった切る用意するっちゃ」

 カンナは何も考えずに頷くと言われた準備を終えた。カンナの手に現れた剣が赤く燃え始めた。

「READY・GO」の飛丸の掛け声とともに、第2使徒である巨大なカタツムリに貼り付けた光からいきなり液体が噴出した。液体が湯気を纏っている状況を考え併せれば、それが熱湯であろう事が見て取れる。第2使徒である巨大なカタツムリが悲鳴を上げた。そして一瞬で動きを停止した。

「カンナ、 GO」の飛丸の声と同時に、軟体であるカタツムリの硬直した身体を縦横無尽に切刻んだ。

「▼▪▩▶◆▪◾◼◢◑」

 カタツムリの化け物の地に響く鈍い悲鳴が蒲田の空に轟いた。

「カタツムリはタンパク質で覆われているから退治する為には熱湯が最適で、それをワームホール時空間の光で移動させてぶっ掛ければいいって事だ。しかも、大田区には20ヶ所以上の銭湯や温泉、スーパー銭湯が犇めいている。黒湯温泉で有名な蒲田周辺だけで10軒以上もあるからね」

「なる程」

 ビデの謎解きにアロマ・エノウが感嘆した。と同時に、ヒデはそれに続く11体の化け物をどうするかを考えた。どうもこうも倒すしかないのだが、リホとは違う視点でヒデも正義の味方に対する悪者が一度に13体というのは設定としてどうなのだろうと疑問に思う。確かに正義の味方を潰すには悪人が全員で袋叩きにするのが最も確実で効率的ではあるが。

「ふぅん、どうしたもんかな」

「後は、我々にお任せください」

 アロマ・エノウが自信に満ちた顔で言った。

「どうするんだ?」

「この距離ならば外す事はありません」

「外す?」

「準備、時空・発弾」

 アロマ・エノウの声がすると、11本の紫色に輝く光の筋が11体の使徒に向かって飛んだ。命中すると光は使徒の体を包み込み、爆裂の光輪の中で11体全ての使徒が消えた。

「消滅させた?」のヒデの質問に、アロマ・エノウは「いえ、飛ばしました」と答えて説明した。

「北宇宙連邦軍は我々にとっては仇敵であり情けを掛ける必要などないものの、使途は本来この宇宙に生息する生物を戦闘用に使っているに過ぎません。なので、全て別空間へと飛ばしました」

「そうか、そりゃそうだな」

 第2使徒を退治したカンナと飛丸が意気揚々と凱旋したが、残りの使徒の姿がない事に首を傾げるしかない。リホは、既に驚くとか、わからないというよりも、映画館でSF映画を見ている感覚になっている。成り行きに任せて最後まで見るしかない。

「あれ、残りの使徒がおらんやん」

「あぁ、あれは出動した自衛隊が潰したみたいよ」

「ホンマ?」「?」

 TVから狂ったような極度にテンションの高いTVアナウンサーの声がした。

「自衛隊がいきなり出現した化け物を退治しました。日本が世界に誇る自衛隊の前に

12体の巨大な化け物が消滅しました」

 結局、この事件は自衛隊が全ての化け物を倒した事として報道された。

『第四話 地球時空大戦』

 宇宙海賊アント軍、総司令本部。

「ヴァレル様、北宇宙連邦軍ガルル・イーダより、お目通りの依頼が来ております」

 モニターにガルル・イーダの白熊顔が映った。

「アント軍ヴァレル殿、三日後に地球総攻撃を行う。アント軍には先鋒隊を願いたい。奴等は卯人銀河連合軍との最終決戦となる、気合を入れてくれ」

「クソ白熊如きが頭に乗るな、我々は既にキサマ等と共に戦う意思はない」

「同盟を反故にすると言うのか?」

「当然であろう。水星での戦争に参陣せず同盟を反故にしたのはキサマ等ではないか。その為に我等は戦力の2/3を失った。キサマ等もあれだれ最強兵器などと言っていた13体の魔獣をあっさりと潰されたらしいではないか?」

 ガルル・イーダの虚勢の言葉が止まった。

「しかも地球での決戦となれば、卯人銀河連合だけではなく、バニーズの奴等と東連邦軍まで出て来るぞ。勝ち目などない」

「そんなもの屁でもない。我等全宇宙最強の北宇宙連邦軍が参陣した暁には、あっという間に終わるだろう」

「威勢だけは良いが、我等は勝手にやらせてもらう。もし文句があるなら地球に行く前に我等がキサマ等を潰してやろう」

「そんな口を利いて良いのか。我等は全宇宙を支配する事になる北宇宙連邦だぞ」

「話にならぬよ。キサマ等の「全宇宙を支配する事が出来たら」話は聞き飽きた。精々、頑張る事だな」

 北宇宙連邦軍89師団戦闘艦「ポーラーベアス」。

 苦虫を噛み潰した白熊顔のガルル・イーダは、作戦の変更を告げた。

「三日後の地球侵攻ではなく、89師団は今より発進する。第1巡洋艦隊が先鋒となり、地球への即時攻撃を開始し出て来るだろうバーニーズ戦闘団を殲滅せよ。同時に第2巡洋艦隊、第3巡洋艦隊は地球外宇宙の卯人銀河連合艦ゲルニカを挟撃にて撃破する。私の戦闘母艦は、東宇宙連邦軍との決戦に向かう」

 愈々いよいよ、東宇宙連邦軍と北宇宙連邦軍の戦いが始まった。迎撃態勢にあるとは言え、東宇宙連邦軍と卯人銀河連合及びバニーズにとって、攻撃が開始されるタイミングを知らない事は大きなハンデであった。

「北連邦軍ガルル・イーダめ、ワラワの力を見せてくれよう」

 宇宙最強を自称するアント軍破壊神ヴァレルは、自らの出番を待ち侘びたように勇壮に、そして喜々として雄叫びを上げた。

 既に準備された核弾道ミサイル数十発がアント軍戦艦に並んでいる。女の叫び声が響いた。

「ミサイル発射、バニーズの巡洋戦艦を木っ端微塵に吹き飛ばせ」

 宇宙から発出された赤い光は、一直線に東京都大田区西蒲田を目指して突っ込んで行った。

 突然、キンと耳に障る音が響いた。音は継続し、鳴り止む気配がない。ヒデと学校帰りのカンナ、飛丸もいぶかし気な顔をした。

「何だろね?」

「何や?」

「正体不明の何者かの攻撃でごんすな」

「いきなり来るのはさ、失礼だよね」

 そんな事を言っている場合ではない。遥か天空に赤い光が見えた。

「右1時の方向に敵赤光弾、飛来確認。バリア包含、完了でごんす」

「了解」

 蒲田上空を半球ドーム状の光が包む。と同時に、正体不明の赤い光の玉がバリアに触れて爆発した。光輪の中で爆裂音が響き渡る。

 だが、それで終わりではなかった。赤い光の玉は連続して蒲田上空に落下した。

「右1時、2時、左10時、11時の方向に敵赤光弾、飛来でごんす」

「ロック・オン。迎撃ミサイル、連、発弾」

 全ての正体不明の光の玉は、地上から確実に捕らえられ迎撃ミサイルに粉砕されて爆発した。その度に光輪と爆裂音が響き渡り、蒲田の街全体が揺れた。

「こんなものでは終わらぬぞ」

 今度は、破壊神ヴァレル自身が天空へと飛びなから膨張し、自ら深紅に輝く光の玉となった。そして、バリアを軽々と抜け、最初の攻撃対象地である蒲田の街へと進撃を開始した。

「ヒデ隊長、あれがアント軍の破壊神ヴァレルでごんすよ」

「へぇ、美人だね」

「何するつもりやろ?」

「暴れ捲るんじゃないかな?」

「暴れ方が半端じゃないらしいでごんす」

 カンナは、珍しく興味津々で成り行きを見ている。

「オトン、どないする?」

「どうしようかな。最近運動不足だから、ボクが戦おうかな」

「オトン、あの女が美人やからやるんやろ。目的が見え見えやで」

「では、この飛丸が・」

「ウチがやるわ」

 興味津々のカンナが飛丸と助平オヤジを残して、勇んで天空へと移動した。

 カンナと破壊神ヴァレルが対峙した。カンナは開口一番、相手の様子を見ながらました。

「コラ、オノレは何モンやねん?」

 女は静かに諭すように告げた。一見しただけでは悪者には見えない。

「我はこの世の破滅を齎す北宇宙連邦軍を殲滅する大義を持って、全ての人類を支配する為に舞い降りた」

「嘘言うなや、オノレも北宇宙連邦軍と同じ穴のムジナなんやろ」

 救世主気取りの女は、カンナの指摘に面倒臭げに本性を見せた。

「我等はアント軍、我が名は破壊神ヴァレル」

「?」

「我が名を聞いて驚かぬとはな、この宇宙に我が名を知らぬ者がいるとは思わなんだ。尤も、こんな東宇宙の辺境なれば仕方がないか」

 何やら危ない匂いがする。鋭角な殺気が飛んでくる。

「まぁ良い、これだけは言っておくぞ。お前が我が崇高なる計画の邪魔立てするならば、必ずや八つ裂きにしてくれるぞ。忘れるな」

「何や偉そうやな」

「キサマのような子供が地球を守るHELPER救世屋とは笑わせる」

「ウチはな、地球を守るんをバイトでやってんねん」

 女は怪訝な顔で吐き捨てた。

「キサマの存在が鬱陶しいな。我はこの星を手に出来れば良い、北宇宙連邦軍などどうでも良い」

「地球を狙う目的は何やねん?」

「目的?それはな、付加価値だ」

「付加価値?」

「キサマ等のような虫螻蛄むしけらにはわからぬだろうが、こんな小汚ない星であっても需要があるのだ。だが、星に増殖する虫など必要はない。しかもキサマ等は星を汚す事しかしない。だから、手っ取り早くこの星を売る為にお前等を含めた全ての生物の駆除をするのだ。そうやって付加価値を付ければ、こんな小汚ない星でも高く売れるという寸法だ」

「この星を売る、その為に生物を駆除する?」

「そうだ、今よりこの星に張り付く虫螻蛄の駆除を行う。焼くか、凍らせるか?」

「地球を焼く、凍らせる、と言ったのか?」

「そうだ、地球滅亡だ。どうした、泣くか、喚くか?」

「そうなのか?」

「どうした。この星もお前も炎に焼かれるのだぞ、泣き喚くが良い」

 カンナは、「泣き喚け」と言いながら叫び続ける破壊神を自称する女を凝視した。

「なる程な。それが地球としての誇りというやつか?やはりキサマ、気に入らぬ」

 会話が長い。カンナは、既に破壊神との言葉遊びに飽きている。地球滅亡を企てているのはわかる。地球を焼き尽くすと言いながら何を勿体付けているのか、それとも別の理由があるのか。

「グダグダ言わんと攻撃したらエエやんか。口だけなんか?」

「口の減らぬ虫螻蛄だな。望み通り八つ裂きにしてやろう」

 カンナの言葉に怒りを示しつつ、破壊神は何かを待っている。流石にこれだけ引っ張る事に理由がないとは考えられない。アント軍兵士と思われる声がした。その声に破壊神は明らかに想望そうぼうした。

「黒煙・発生完了」

 空を埋め尽くさんばかりの黒煙が空の一点から滲み出ている。

 カンナは「これやな」と直感した。間違いなく女と黒い煙は何らかの攻撃的な関係がある筈だ。

 女は蒲田上空で両腕を高々と上げた。空を埋め尽くす黒煙は女に吸い込まれ、女の身体が風船のように膨張していく。予測を超えた成り行きにカンナは先を読めない。

その状況をヒデが一言で的確に説明した。

「カンナ、あれはガンマ線バーストだよ。慎重にね」

「了解。太陽と同じて事やんな」

 破壊神女が叫ぶ。

「キサマ等など下らぬ存在だ、お前達などこの宇宙から言えばゴミのようなものだ」

「煩いわ。ゴミにはゴミの意地があんねん」

「いくぞ地球人、これがお前達の最後だ」

「上等やボケ、地球人ナメんなや」

 戦闘の直前、天空が雷のように輝いた。カンナには何の事やらわからないが、上空から女に向かって声がした。

「ヴァレル様、東宇宙連邦軍が来たようです」

「チッ、もう来やがったか?」

 中空に留まる女、アント軍破壊神ヴァレルが光となって飛び去った。

 北宇宙連邦軍89師団の攻撃が開始された。まず、第1巡洋艦隊は先鋒として地球への即時攻撃の準備に入った。地球ヘルプポイント、即ちヒデス・キャロットの居場所とバニーズの戦闘艦デュピュイ号の位置把握。言魂風確認完了。次は試弾。

「地球に向けて試弾開始、中性子爆弾投下」

 投下された核爆弾は偏西風と混ざり合った言魂風に乗って、日本列島の中心部へ、そして東京23区大田区へと流れて、蒲田駅前から喫茶店バニーズへと向かった。

「オトン、嫌な風が・」

「うん、かなり嫌な感じだね。多分これは核爆弾かな?」

 モニターに、飛丸のデータが映し出された。

「中性子核爆弾、蒲田まであと13分」

「飛丸、位置と準備は?」

「ちょいと待っておくんなまし……位置確定、子飛丸からワームホール時空間の光、発出……貼付完了……ワームホール時空間完了、でごんす」

「これで良しと」

 今日も入り浸る吉岡リホは、今日も訳がわからない。喫茶店で店員達がやっている事が何なのか、全く以て、さっぱり不明だ。

「位置は外宇宙、オーストラリア上空だ」

 13分後に空から蒲田駅前に降りて来た核爆弾は、真っ直ぐサンライズアーケードを駆け抜けて、喫茶店バニーズに飛び込んだ。余りのスピードに、呆気に取られている内に過ぎ去って行くその物体が何だったのか、気付いた者は皆無だった。

「これで、まずは邪魔者は消えた。今より地球をぶち壊すぞ」

 そう言ってほくそ笑んだ北宇宙連邦軍89師団第1巡洋艦隊長ベルべフ・ゴゴーフル は、ワームホールが貼り付けられて、発射した核爆弾が時空間を移動して自らの艦を破壊した事さえ知らずに、消え去った。

 北宇宙連邦軍89師団第2巡洋艦隊、第3巡洋艦隊が地球外宇宙へと進み、宇宙空間に停泊する卯人銀河連合艦の位置を確認した。卯人艦ゲルニカ号の中では、宴会が開かれている。北宇宙連邦軍の関与を逸早いちはやく察知した卯人艦長ジロス・キャロットは、東連邦軍に報告した後で再び宴会を続けた。

「艦長、大丈夫すか。その内、北のヤツ等来ますよ」

「大丈夫だ。ビデからの「プレゼント」を皆で船に貼り付けたじゃないか」

「あれは何ですかい?」

「その内わかる。それに東宇宙連邦軍の援軍も近くまで来てるから何の心配もない。

俺の座右の銘は「今日を楽しく生きる」だ」

 北宇宙連邦軍の挟撃作戦が実行された。ゲルニカ号の前後に忍び寄った北戦艦は砲撃の準備を整えている。戦艦の砲口が光った。

「艦長、ヤバいっすよ」

「そうっすよ。狙い撃たれたら電磁バリアごと丸焼けになるっすよ」

「まぁ、ビデからの「プレゼント」が何とかしてくれるだろう」 

 北宇宙連邦軍は躊躇なく、完璧な作戦で卯人銀河連合艦ゲルニカを撃った。挟撃は形さえ整えば必勝の攻撃陣形となる。前後からの攻撃に同時に対応しなければならず、覆すのはほぼ不可能に近い。

 前後からのビーム弾の嵐がゲルニカ号を縦に貫いた。卯人戦艦はバリアごと焼かれて木っ端微塵に破壊された・筈だった。

 だが、全てのビーム弾はゲルニカ号の船体を通り抜け、北宇宙連邦軍第2巡洋艦隊、第3巡洋艦隊は互いを攻撃し、撃沈した。

「何かあったか?」

 何事かと訊いた酔っ払い艦長ジロス・キャロットに、酔っ払い兵士が告げた。

「北連邦軍のビーム砲で撃たれたんすけど、ビームが全部通り抜けたみたいっすよ」

「それはヒデからのプレゼントの「時空間バリア」だ。ワームホール時空間シールをこの船に貼ってあるから、ここにいるこの船はここにはいない」

「いるけどいない?」

 酔っ払い同士の会話なので、お互いに良くわからない。

「これで、卯人銀河連合は終わりだ」

「卯人銀河連合など我等の敵ではない」

 そう誇らし気に叫んでいた北宇宙連邦軍89師団第2巡洋艦隊長カルカ・ワッフルと第3巡洋艦隊長ゾマイア・プリンプは、互いに発射したビーム弾が自軍の艦を破壊した事さえ知らずに、燃え尽きて消え去った。

 北宇宙連邦軍89師団司令官ガルル・イーダは「私の戦闘艦は、東宇宙連邦軍との決戦に向かう」と勇壮に叫び、火星軌道に待機する東宇宙連邦軍に戦いを挑んだ。

 ガルル・イーダ率いる北宇宙連邦軍戦闘艦ポーラーベアスは、アロマ・エノウ率いる東宇宙連邦軍戦闘艦ゼウスと対峙した。東連邦軍アロマ・エノウが告げた。

「ガルル・イーダよ、久し振りだな」

「アロマ・エノウよ、アカデミーでの屈辱は忘れていないぞ」

 アロマ・エノウが首を傾げた。

「屈辱とは何だ?」

「この宇宙最強で崇高なる北宇宙連邦の私がアカデミーのトップではなく、東連邦のキサマだったのは顕かに間違いだ」

「それはお前がその程度だったと言う事ではないのか?」

「煩い。北宇宙連邦の私がアカデミーのトップは私でなければならないのだ。キサマなどここでぶち殺してくれるわ」

 この宇宙には五つの宇宙連邦があり、それぞれに反目しながらも宇宙アカデミーという宇宙教育機関では奇跡的に一年に一度各連邦から集められた子供達による競争が行われている。北宇宙連邦のガルル・イーダと東連邦のアロマ・エノウは、かつて切磋琢磨した同期でもある。

「私がトップだった年、何故か2位から10位までの者が辞退して、11位だったお前が2位に繰り上がったのは不思議ではあったな」

「……」

「私にも辞退を要求する話があったな」

「煩い、勝負だ」

「デボ、やっちゃっていいよ」

「御意」

 東宇宙連邦軍最新兵器デボが北連邦軍艦船を見据えて薄笑いを見せた。

「ちょ、ちょっと待て。新兵器を使うなんてズルいぞ」

「ズルい?」

「正々堂々と戦え」

 アロマ・エノウは、ガルル・イーダの言葉に違和を感じた。

「使徒とか言って、13体の魔獣を使ったお前に言われたくないな」

「煩い。どうした、アロマ・エノウよ。下僕しもべを使わなければ勝負出来ないのか?」

「相変わらず笑わせてくれる。まぁいい、お前とは同期だからサシで勝負してやろう、来い」

 ガルル・イーダの誘いに乗って、宇宙へと姿を見せたアロマ・エノウが身構えながらガルル・イーダを促した。

「だが、ザール人の私とグーマ人とは言っても子熊種のお前とで勝負になるのか?」

「今だ。ビーム砲、発射だ」

 勝負の為に宇宙へと出たアロマ・エノウ。意表を突いて、北連邦軍の砲撃が始まったが、同じタイミングで東宇宙連邦軍から光の盾が発出され、砲撃を弾き飛ばした。即座に東宇宙連邦軍戦艦の反撃の砲口が光る。

 アロマ・エノウが告げた。

「卑怯者め、「正々堂々と戦え」などと良くも言えたものだ。お前の考える事など端から見えている」

「馬鹿め、戦時に大将がのこのこ出て来るなど、愚蒙以外の何ものでもない」

 アロマ・エノウが更に告げる。

「何とでも言え。私は常に先陣に立つ事を己の使命として胸に刻んでいる。指導者としては失格かも知れないが、それで良いと思っている。私の座右の銘は「火中の栗を拾わざる者、指導者に非ず」だ」

「煩い、煩い、煩い。いつもそうだ、キサマさえいなければ、私の勝ちなのだ」

 北宇宙連邦軍の攻撃が続く。

「撃て、撃て。コトキユ、やれ」 

 コトキユと呼ばれる雪男が姿を現し、アロマ・エノウに襲い掛かった。

「愚か者共、もう一つの私の座右の銘を教えてやろう「やるなら徹底にやれ、やらぬなら逃げろ」だ」 

 アロマ・エノウの右手が上がると、北連邦軍戦闘艦ポーラーベアスと雪男を全方位から取り囲む新たな東連邦の戦艦が出現した。そして、即座に戦闘艦ゼウスとデボ、新たに現れた戦艦100隻からビーム砲が炸裂して全てを焼き尽くし、北宇宙連邦軍と東宇宙連邦軍の地球での戦闘が終結した。

 喫茶店バニーズに関係者が集まっている。何故か吉岡リホの姿もあった。既に宇宙戦闘団の一員なのかも知れない。それはそれでちょっと嬉しい。

「今回は色々あったけど、まぁ大勝利という事で良かったですね」

「あの破壊神とか言う女、また来るんかな?オトンの鼻の下が伸びるから来てほしくはないな」

「あれは宇宙海賊だから、いつかまた来るんじゃないかな」

 その時、そう言ったヒデの言葉を否定する聞いた事のある声が頭に響いた。続いて時空間から見たような顔の戦士が現れた。

「いえ、ヤツはもう来ません。と言うよりも来られないと言った方が正確ですね」

「あ、東宇宙連邦の・何だっけ?」

「マルク・エノウです」

「ヒデさん、この人誰ですか?」

「12体の使徒を一瞬で消したのはこの人ですよ」

「そうなんや」

「そうなんですね。でもどうして来られないんですか?」

「我々が逮捕したからです」

「逮捕?あんな強いのに逮捕したんか」

「ヤツはアント軍で宇宙海賊の破壊神ヴァレル海賊団首領のイルワ・ヴァレルという極悪人です。東連邦刑務所禁固1000年になると思われますので、もう二度と地球に来る事はありません」

「でも、北宇宙連邦軍とかいう白熊野郎がまた来るんじゃないですか?」

「いえ、北連邦軍89師団の白熊野郎の卑怯者は殲滅しました。どこかの宇宙海賊が来る事はあるでしょうが、再び北連邦軍が介入する可能性は低いでしょう」

「殲滅かぁ」

「では皆さん、当分お会いする事はないと思います。お元気で」

 そう言って、青藍の戦闘服を纏う東宇宙連邦軍のマルク・エノウは空の彼方へ消えていった。

 吉岡リホが正月に偶然見つけた喫茶店には卯人の店主がいた。その娘は絶世の美女で、彼等は実は宇宙海賊共から地球を護る事をHELPER救世屋として請け負う宇宙戦闘団バニーズと名乗る正義の宇宙人だった。

 その後、西宇宙連邦の宇宙人の海賊3to+サントクロスだの北宇宙連邦軍、はたまた東宇宙連邦軍なんかが現れ、最後は宇宙海賊やら宇宙連邦刑務所まで出て来た。B級SF映画と変わらないシメに笑う。

 ヒデとカンナと飛丸のHELPER救世屋宇宙戦闘団バニーズは、何となく週休二日制で、今日も蒲田から地球を守っている。





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時空超常奇譚3其ノ九.  HELPER/沈黙の卯人 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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