第24話:宣伝と風邪薬と爆弾
「風邪薬はどれを買いますか?」
プレゼンの途中で全く関係ない話題を先輩が持ち出した。プロジェクタに映された資料にも全くない。
「冬場には風邪薬のテレビCMが増えますよね。その多くは覚えやすいように歌が入っていたりします」
俺達がいくつかの商品名を言ってみると、それぞれCMソングが思い浮かんだようだ。
「正直、うるさいくらいに何度も流れます。でも、いざ風邪をひいて薬局に行ったことを想像してみてください。数ある風邪薬の中からどれを選びますか?」
商店会メンバーもハッとしたようだ。
「お気づきですか? 選ぶときには有名メーカーの物を選ぶんです。知っているものがあると安心して買えます。風邪薬の情報は必要のない時には要らない情報なんですが、必要になった時に急にありがたい情報になるのです」
これには商店会長もほほう、と納得の表情だった。この話は俺達の実体験だった。リサーチの時に商店街をみんなで訪れて、その時に雑談の中から思いついた。
先輩いわく、人の集中力はそれほど続かない。長くなる場合は、ちょっと休憩になる話題を入れるといいという。生徒会が先生方に何かを説明する時や、生徒総会の時の経験からのノウハウらしい。
その上、ここで次のことを言うための布石だ。
「わが校の生徒だけではなく、世界中にそれぞれのこの商店街がここにあるということを知らせるための手段になります。来るべき時のために爪を研ぐ作業だと思います」
おじさん達はスケールの大きな話が好きだ。(多分)
定食屋さんが一番引き込まれているようだ。考えてみれば、定食は他の店と比べて一番オリジナリティが高そうだ。
「商店街としては、費用は掛からないのでリスクはゼロです。生徒たちとしてもクラブ活動なので負担はありません。ホームページを作り、SNSで集客をするノウハウをお知らせする代わりに、地域猫の保護活動に援助していただく……お話の概要としてはそんな感じになります。次に、地域猫についてですが……」
「ああ、分かった。分かったよ」
ここで商店会長が話を遮った。
「ホームページね。良いと思うよ。将来的には……ね。じわじわと効果はあるかもしれないけど、劇的に効果があるわけじゃない。でも、援助の方は確実に出ていく出費なんだよね」
意外だった。いきなり旗色が悪くなった。先輩は「年配者は変化を嫌う」と言っていたが、これだったのか。さすが、年配教師に話を通すのがうまい先輩だ。
しかし、予想は嫌な方に当たってしまった。もしかしたら、地域猫への補助は既にしない方向で話が決定しているのかもしれなかった。
「先輩、資料を84ページまで飛ばします」
「ああ、分かった」
俺の申し出に先輩が了承した。
作成したプレゼン資料は現在60ページまで来ていて84ページまでは地域猫についての説明だった。しかし、予定変更で商店会にインパクトのある爆弾を投下することにしたのだ。
プロジェクタが映し出す文字が変わった。
『商店街×持久走』
また新しい話が出てきたが、商店会側はピンと来ていない。
「わが校では毎年この頃、日曜日に持久走を行っています。主に河原のジョギングコースを走るのでショッピングモールに近い方です。わが校は生徒数1000名以上、見に来る父兄もいるので観客も同数程度の1000名と予想できます」
これまで実は数字があまり出てこなかった。具体的なお金を要求するのだからこちらが示す具体的な効果も数値で説明する必要があった。
「これは提案ですが、今年は商店街の道の中央を持久走のためにお借りしたいと思います。道は広いので中央を仕切って持久走に使わせていただいても、各お店への出入りには影響がありません」
とりあえず、話しは聞いてくれている。ただ、あまり興味はないみたいだ。
「そうすることで、生徒1000名と保護者1000名のうちの何パーセントかが商店街に来ます。また解散後に食事に行く家庭もあるので飲食店などへの効果も大きいと予想できます」
ここで定食屋さんが反応した。
「生徒には兄妹もいるので待ち時間に各店舗での購入もあるでしょう」
駄菓子屋さんもチラリと画面を見た。
「例年おじいちゃん、おばあちゃんも見に来られるので、幅広い世代のお客さんが商店街に流れ込みます」
商店会の5人がそれぞれ顔を見合わせてザワザワし始めた。いい反応だ。
「先のホームページとSNSで製作側の生徒と商店街とのつながりができていたら、親しみ持ってお店を利用すると思いますし、1人でお店を利用することはあまりないですから、相乗効果も期待できます」
「コースを変えることなんで可能なのかね?」
商店会長が食いついた。
ここで俺は例のメールをプリントアウトしたものを出した。市からの連絡で川沿いのジョギングコースが使えない旨 知らせてきたメールだ。
「このメールにある通り、例年のコースは使えません。商店会の答えに関係なくコースは必ず変わります。商店会の方で許可を頂ければ、これから新しく使用許可を申請するのと、既に許可が取れているコース、先生方はどちらを選ぶでしょうか?」
「ちょ、ちょっと話をしてきてもいいかね?」
「はい。構いません。持久走は来月実施なので、ご判断はお早めにお願いします」
先輩が商店会の人に同調して、少し焦って言った。
◇
商店会のメンバー達5人は店の2階に移動して話をしているようだった。恐らく予定と何か違うことを確認しあっているのだろう。
俺達はまだ安心できないでいた。
ただ、考えるだけ考えて、準備できるものは全部準備した。やることはやったのだ。俺達は今日のために、5人で商店街を見て回ったり、店で実際に買い物をしたりしていた。
その時は、俺の考えるリア充に近いと考えたりもして、体の内側からくすぐったいような妙な感覚にとらわれた。俺がそんなリア充っぽい中にいていいのかも考えた程だ。
俺の考えるリア充はこんな時に結果を出す。狙って動いて結果をもぎ取る。
俺達5人は待っている間 椅子に姿勢よく座って私語もせず待っていた。
あとは、狙った結果になるかどうか……なのだ。
◇
10分間、商店会メンバーが降りてきた。表情から結果は読み取れない。
「確認だけどね。地域猫の援助は月4万円で年間48万円だったね?」
商店会長が先輩に聞いた。
そんなにもらっていたのか。でも、活動費として多いのか、少ないのか……。
「はい……」
先輩はしっかりと返事をした。
「ホームページは商店街の希望する店舗全部を作ってくれるんだよね?」
「はい、人数に限りがありますので、早さはご相談が必要ですが、1週間以内に骨格の部分を作り、1カ月以内には全店舗仮運用に入れます。詳細は随時更新していくことを考えています」
「事前に各店舗に説明会をしたいんだけど、お願いできるかな?」
先輩が俺たちの顔を見た。全然問題ない。俺達も顔を見合わせてそれぞれ頷いた。
「問題ありません」
先輩がきっぱり答えた。
「分かった。引き続き地域猫の援助を続けよう」
商店会長がそういった瞬間、俺は全身の血が逆流するみたいなゾワゾワとした鳥肌に似た感覚を感じた。
それでも、他の四人がまだ騒いでいないので、俺は暴れる心を押さえつけていた。
「ただし……」
商店会長のその一言で、一旦ピタリと止まった。まだハイタッチは早かったらしい。俺の心の中ではパレードで街宣車が街中を走り、各ビルから紙吹雪が撒かれ、道にはサンバを踊る人達がいたのだが、商店会長の一言で心のシュプレヒコールはピタリと止まった。
「地域猫の援助は月5万円に増額させてもらうよ。年間で60万円」
「「「「「……」」」」」
室内を一瞬沈黙が支配した。
「ありがとうございますっっっ!」
先輩がその場で座ったまま頭を下げてお礼を言った。
「「「「ありがとうございます!」」」」
俺達も先輩に続いた。
「正直、ホームページの件だけだったらどうしようかなって思ったんだよ、お願いするにも大変だろうからね。でも、高校生とは思えない程 私たちのことを考えてくれて優れた提案をしてくれたと思います。私達もそれに応えないとと思ってね。微力だけど増額させてもらうよ」
俺は嬉しさが顔から噴き出すんじゃないかと思った。無意識に顔がほころぶ。貞虎はその場でガッツポーズをしてみせた。こんな時までカッコイイ。
今まで俺は狙ってやったことで狙った結果を出した経験が思いつかない。成功体験がないから頑張る必要があるときも、いい結果を想像していなかった。だから、何とか無難に終わるように考え、行動する。
でも、今回はリア充が一緒にいたから狙った結果以上の結果にたどり着いた。流石リア充。俺とは違う。
◇
帰り道、曲がり角を曲がって、商店街から見えなくなった瞬間だった。
「やったーーー!」
「やったな!」
「みんなありがとう!」
今永麻衣、貞虎が喜びの声を上げ、先輩が労ってくれた。
俺と唐高幸江は割とどうしていいのか分からないでいたけど、三人がハイタッチを始めたのでぎこちないながらも参加した。
友達との成功を喜びあったのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。やっぱりリア充はちょっと俺とはひと味もふた味も違う。
「流石リア充達ですね。なんか俺まで嬉しくなりました」
唐高幸江に至っては涙ぐんでいる。
「何言ってるんだ、 野坂くん! 元はと言えばきみのアイデアじゃないか!」
「え?」
「野坂くんのアイデアで、その後みんなで肉付けして……私だけだったら暗礁に乗り上げていたぞ」
「だってよ」
貞虎が俺の方をポンとたたいた。
俺も仲間……なのか!?
「だってさ」
どう判断していいのか分からず、きょろきょろしてたら今永麻衣も俺の背中を触って言った。
唐高幸江の方を見たら涙腺が崩壊した状態ながら頷いてくれた。
「そうか……俺達……やったんだ。俺達がやったんだ……」
俺は初めての体験でボー然としている要素が大きかった。疲れた。すごく疲れた。でも、嫌な疲れじゃない。今すぐ走り出したい気持ちすらあった。
こうして俺達は、地域猫の保護活動費問題と持久走のコース変更問題の2つを同時に片付けた。
「じゃあ、これから誠の家に行って、例の仔猫を可愛がろうか!」
「あ! いいかも!」
「私も餌を買ったし持っていくぞ」
貞虎の提案で今永麻衣も先輩も勝手に話を進めている。
「私も……いく」
ツインテールになった唐高幸江が控えめに、でもちゃんと聞こえる声で言った。
「行くか!」
「おし」
「うん」
「たのむ」
「(コクコク)」
ヤバい。俺は今のこの場面をじいさんになっても覚えているような気がする。この気持ちも含めて、空き店舗の少しかび臭いにおいとか、緊張した事とか……全部全部。
リア充達は、いつもこんな体験してたのか。そりゃ前向きにもなるわ。俺も今日だけはその一端にいられたことが嬉しくて誇らしかった。
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