第23話:商店会のコンペ

 コンペティション (competition) は、本来 競争とか競技といかそういう意味だ。略してコンペ。


 会社などでは、各社がアイデアを発表し合って一番いいところをお客さんが選ぶから競争なのだろう。今回は、商店会の会議で俺たちのアイデアを説明するので正確にはコンペと言うより単なるプレゼン(発表)なのかもしれない。


 今日はそのコンペの日。前回来た商店会の空きテナントに再び前回のメンバーが集まっている。


 俺達の方は、生徒会長である先輩 宮ノ入静流みやのいりしずる、本物のリア充である今永麻衣いまながまい、引っ込み思案系少女である唐高幸江こうたかさちえ、クラスの王子様である貞虎、そして俺の5人。


 対して、商店会側は、波平カットの商店会長、定食屋、駄菓子屋、あんまり喋らないモブ、ここまでがおじさんで、紅一点 猫森さんという多分20代の女性。合計5人。


 5対5。以前のバスケの様に今度は快勝したいところだ。


「本日はお時間をありがとうございます」


 先輩が丁寧にお辞儀をして言った。


「じゃあ、持って来たアイデアについて説明してもらえるかな?」


「はい」


 空き店舗では前回同様に長テーブルを2つ付けてテーブルをはさんで向かい合わせになる様に座っている。


 店内を少し暗くして、広い壁に持って来たプロジェクタでパソコンの資料を表示させる。


 同時にプリントアウトした紙を商店会メンバーに配った。


「本格的だなぁ」


 商店会長が少し戸惑い気味に言った。ここまで期待していなかったのかもしれない。プロジェクタは生徒会室にあったものだ。この辺りは先輩が普段から資料を作ったりするのには慣れていたので完成度の高い物ができていた。


 問題は、その中身だ。


 画面にタイトルが表示された。


『商店街×高校×地域猫 共生の仕組みを構築』


 プロジェクタのファンの音だけが室内に聞こえる。機械の光源付近では小さな塵がキラキラと光っている。いつか教室で見たあの普段は見えない塵だ。


 俺は妙にテンションが上がっていた。


「改めまして、生徒会長の宮ノ入静流です。よろしくお願いします」


 黒髪で姫カットの先輩が頭をぺこりと下げてスタートした。


『商店街×高校』


 画面の文字が変わった。


「まずは、高校生の目から見たこの商店街とその背景についてです」


 静かに先輩が始めた。


「お、気になる」


 商店会長が小さい声で言った。茶々を入れた訳じゃないらしく本当に興味があったのだろう。相手の興味を最初に持ってくるあたり先輩の構成は上手かった。


「数年前近所にショッピングモールができました。そこにはフードコートがあり、勉強にも使えます。テスト前にはわが校の生徒もお世話になっています」


「……」


 商店会のおじさん達は腕組みをして椅子に深く座って話を聞いている。


「オシャレな店が多くて、流行りの食べ物もあります。1か所で何でもそろうので買い物の用事があったらここで間に合うと感じている生徒が多いです」


 これはクラスのヤツに聞いた内容だ。クラスメイトは30数名で学校全体の数としては少ないけど、傾向を見るだけなら十分なサンプル数だろう。


「次に、商店街についてです」


 猫森さんを含めた商店会の5人が前のめりになった。


「商店街を改めて見てみると、古くからの定食屋などもあり量的にボリュームもあり、値段も安くていいという意見もありました。流行りの食べ物もありました」


 うんうんと大人たちが先輩のプレゼンを聞いていた。


「私もつい最近、誠とタピオカドリンク飲みました。ね?」


「あ、うん」


 今永麻衣が実例を発表した。ちょっとブームは過ぎてる感じはしたけどな。


 横を見たら唐高幸江が片頬膨らませてこちらを恨みがましい目で見ていた。何か変なことを考えているんだろうな。今度同じくタピオカドリンクを奢って許してもらおう。


「商店街は消しゴムから仏壇までやはり何でもそろう、と思いました」


 ここは少し歯に衣を着せた。高校生が仏壇屋に行く用事はほとんどないだろう。


「高校からショッピングモールまでと商店街までの距離はそんなに変わりません。では、なぜ私達は主にショッピングモールの方に行くのでしょうか? そこにどんな違いがあるのでしょうか」


 先輩の話し方はよくある棒読みの様な話し方ではなく、アナウンサーの様に滑らかに話している。先輩の声はよく通るのでプレゼンには向いている。


 実際、商店会の5人は先輩のプレゼンに引き込まれていた。


「それは『情報』と『イメージ』ではないでしょうか。ある事を知らせないとそれはないのと同じなのです。私達はみんなスマホを持っています」


 ここで芝居ががっているが、俺達5人が全員スマホをポケットから取り出した。


「何か欲しいものがあって、探すときにはありそうだと思う方に行くので、そこにある、ありそうと思える事は重要です」


 商店会の5人の表情を見る限りここまでの内容に納得しているようだった。


 ここから起承転結の「転」になる。


『WEBの活用』


「あら、いいじゃない!」


 声を上げたのは猫森さんと言う商店会側の20代の女性だった。


「私達の高校のPC部が各お店と商店街のホームページを作成します。その際に、新聞部が各店お伺いし、取材させていただきます。写真撮影は写真部が行いますので、各お店の方でホームページの知識などは必要ありません」


 年配者もおおいし「知らないから」と言う理由で取り組まない人も多いという。


「でも、それだけでは、そのサイトはアクセスされません。ツイッターやインスタグラム、YouTubeやtik tokなどSNSを活用します」


 ここで、それぞれのSNSの簡単な説明も入れた。相手はおじさん達だから。


「それですけど、あっ、ごめんなさい。途中で……」


 たまらず口を出したのは猫森さんだった。


「あ、どうぞ。何かご質問ですか?」


「いえ、私は自分のお店用にホームページを作ってもらおうと思って業者さんに見積もりを取ったんですが、60万円って言われてちょっと躊躇してました」


「「おおー」」


 商店会のおじさん達が声を上げた。


「しかも、それはページを作るだけで集客はしてもらえないから、効果のほどは未知数です。更に、毎月更新料が必要だったんですけど、その辺りはどうなりますか?」


「ドメインと言ってホームページの住所の取得には費用がかかります。毎年3000円くらいです。ただ、商店街で1つ取りますから学校の部費でも賄えますし、商店街さんの方で取得された方が安心ならそれでも構いません」


 商店会のメンバーが顔を見合わせているが、高々年間3000円。別に大したことはないという反応だった。


「あと、サーバーと言って土地のような場所は学校が準備してくれているものがあるので、それを使います。これも商店街さんの方で準備いただけるなら年間1万円くらいです」


「他は?」


 猫森さんが訊いた。


「他に費用はかかりません。殆どが取材や編集などの人件費で、それはクラブ活動として行いますので費用はいただきません」


 いただきません、と言うか営利目的で動くのは学校から止められる可能性があるのでもらえないのだが……。


「それで、これがサンプルページです。地域猫の保護活動のページをつくりました。これはこの商店街のページに入れる予定なので商店街のイメージアップにも役に立ちます」


 俺達はスマホにそのページを表示させ、向かいの商店会メンバーに見せた。


 この世代の人達は手にとって見れないと安心できないと予想しての元々の演出だった。


「でもねぇ……」


 ここでちょっと表情を暗くしたのが猫森さんだった。


「これだけでは劇的に効果がある訳じゃありません」


 ここで先輩が少し強引に話を進めた。


「みなさんは、風邪薬は何を買いますか?」


 商店会メンバーが一瞬キョトンとした。


 先輩はニヤリとした。商店会のメンバー達があまりにも予想通りの反応だったからだ。


 俺達はここで急に風邪薬の話を始めることになる。

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