第18話:商店会の会議
生徒会でもなければ、地域猫を保護する活動もしていない俺が、活動資金調達のために商店会に来てしまった。
「誠ってさぁ、何にも言わなくても表情で全部分かるし、ある意味正直よね! そのしっぶーい顔は会議が始まるまでに何とかするのよ!」
今永麻衣から注意されてしまった。俺はそんなに嫌な顔をしているのだろうか。彼女が俺の今の心情を的確に言い当てている辺り、正しいのかもしれない。
来たのは商店街の一角、空き店舗になっている場所だった。
商店街はアーケードになっていて左右に店が並んでいる。道幅だけは広いのだが、近年の不況のためか人通りは少なく余計に寒々しい。
シャッター街とまではいかないが、ちらほら空き店舗があって、今日の会議はその一つの店だ。
以前は喫茶店だったのか、センスのいい内装はそのままみたい。机も椅子もそのままなので打ち合わせには向いているとの判断だったのかもしれない。
こちらは、先輩を筆頭に今永麻衣、貞虎、ここら辺までが役に立ちそうなメンバーで、俺と唐高幸江は頭数を増やすためだけの要員といったところか。なんにしても、5人にはなった。戦隊モノだって5人なのだ。何とかなるだろう。
そう思っていたのに、商店会からは会長、副会長、理事3人の合計5人が出てきた。
5対5。イーブンだ。相手がひとりなら、一人の悪の頭領に対して5人がかりで正義を振りかざす戦隊モノのように勝てると思ったのだが、怪人が5人も出てきた時はどう対応したらいいのか俺の頭では分からない。
長机を2つ並べて、机を向かい合うようにして5人並んでの話し合いが始まってしまった。
「あー、今日はお越しいただき申し訳ない。実は、先日の商店会の会議で話題が出たんだけど……」
そう言って話を始めたのは、脳天が禿げているのに側面はまだ生えている波平カットの商店会長。
簡単に話を要約すると、最近客足も減ってきたので売上が厳しい、と。だから、無駄を削っていく事を考えたら、地域猫保護の活動費も減らしていきたい、というものだった。その理由として、最近では近所にショッピングモールができて急激に客を取られているというのもあるらしい。
俺達高校生でも分かるくらい単純な話だ。売上が下がる要素は思いついても、上がる要素は思いつかない。
一方で、地域猫の保護活動をしても客が喜ぶ訳ではないし、正直なところやめたい。でも、それだとあんまりなので段々減らしていきたい、と。
「すいません!それでは、新しい地域猫が持ち込まれた時、手術代が足りなくなってしまうことが考えられます! 餌代は減らしたりする事ができないのです!」
先輩が立ち上がって意見を出した。凛々しく堂々と話した。
「そうは言ってもねぇ。地域猫はもう十分数がいるし、いたずらに増やしても地域の負担になったり、もっと言えば迷惑になったりする事も考えられるからねぇ」
商店会側の大人達はみな腕を組み難しい顔をしている。これはすごく旗色が悪い。
こちらから出せるカードがないのだ。武器もなく戦いに行くようなもの。恐らく俺達は大人達の想定通りの話しかできておらず、大人達は想定通りの回答をしているだけだ。
このままだと押し切られて終わりだ。
残念ながら、今永麻衣も貞虎も十分な情報があるわけではないので、切り返しのトークまでは考えてなかったようだ。
俺と唐高幸江は言わずかなも役立たずだ。
「では、こんなのはどうでしょう?」
もう終わりだと思った時に発言したのは商店会の5人の中の唯一若い人であり、女性の人。アッシュローズの襟付きのシャツにブラウンのパンツスタイル。どこかオシャレなカフェの店員を思わせる彼女は髪を後ろで結んでいた。キリリとした姿勢も相まってすごくしっかりした人に見えた。
「問題は、地域猫の保護費用捻出な訳ですので、彼らにも商店街を盛り上げるアイデアを出してもらうというのはどうでしょうか? その成果次第で『現状維持』『縮小』もちろん、大きな成果を上げた場合は『増額』と言う感じで」
「そうは言うけど猫森さん、先日の会議でね……」
どうもカッコイイお姉さんは「猫森さん」と言うらしい。珍しい名前だ。
「だって、彼らは今日初めてこの会議に参加されるんですよ? チャンスをあげた方が納得しやすいじゃないですか。それに、彼らも一歩学校を出たらこの商店街のお客さんなんですよ?」
「しかしねぇ……それはそうだけども……」
どうやら商店街の人たちは「お客さん」と言う言葉に弱いらしい。逆に言うとそれくらい売り上げにナーバスになっているということだろう。
「どう思う? 定食屋」
会長が隣のおじさんに訊いた。
「私は何とも……駄菓子屋はどう思う?」
「うちは高校生も時たま来てくれるからねぇ」
何か、大人たちが業種で呼び合っているのが面白い。
更にハードルが上がったことで高校生組は皆 黙ってしまった。今永麻衣も無表情だ。貞虎も苦い顔をしている。唐高幸江に至っては怯えた顔をしている。
こんな時じゃないだろうか。俺が唯一目立てるのは! いや、間違えた。役に立てるのは!このままでいいのか⁉
俺はリア充を目指しているんじゃなかったのか⁉
宮ノ入静流、先輩なんて半分涙目で下を向いてしまっている。
ガタン、と椅子を引く音共に、気付いたら俺は立ち上がっていた。
「俺がアイデアを持ってきます!」
「「「ええ⁉」」」
商店会側も学校側もみんなが口をそろえて驚嘆の声を上げた。
あ……、しまったかも。
でも、もう言ってしまった。
人間は腎臓の上にある副腎の中の髄質から分泌されるホルモンがある。アドレナリンだ。これには心拍数や血圧上昇の効果がある。
要するに、ハイになる。自分でも止められない程に俺の中の「青春野郎」が飛び出してくるのだ。
「このくらいの商店街だったら客でいっぱいにして見せる! だから、地域猫のために金を出してください!」
「そんな勢いだけで言われてもねぇ……」
商店会長が半笑いでそんなことはできる訳ないと窘める様に言った。
「お願いします!」
俺は勢いだけで、ばっと頭を下げた。
「「「おねがいします!」」」
今永麻衣、貞虎、そして、唐高幸江までが一緒に頭を下げた。
「困ったなぁ……」
商店会長は腕組みして椅子の背もたれに体重をかけた座り方になってしまった。
定食屋と駄菓子屋も何も言わない。
「きみたち」
ここで猫森さんが立ちあがった。
「大人の世界では、こういう時 考えは紙に書いて持って来てみんなの前で説明するの。『コンペ』っていうのよ。あなた達が本気なら1週間後、もう一度ここに集まって『プレゼン』……発表できるかしら?」
「はい!」
考え無しの俺の返事。そう言えば、小さい時には親から「あなたは返事だけはいいわね」って褒められたことがある。……褒められていたよな?
その後、商店会のメンバーたちは少しもめていた。
「おいおい、猫森さんそんな勝手な……」と会長が言ったと思ったら、「でも、一方的にダメと言うのではなく、私達も色々取り組んだ結果の答えだと理解してもらいやすいと思いますし……」と猫森さんが切り返す。
猫森さんは商店会の中で数少ない若い女性なので何となくちやほやされているというか、意見を聞いてもらいやすい環境にあるみたいだ。
考えようによっては、俺たち側の唯一の味方。
俺はそこそこ頑張った結果を持って行けば、それなりに認めてくれないかなと思っていた。
とにかく、そんなこんなで2~3歩悪い状況になって俺達は商店街を後にした。
帰りがけは誰も何も言葉を発しなかった。
それは、誰もが絶望的な状況だと理解していたからに他ならない。
みんなが分かれたのは公園前だった。ここで先輩が言った。
「今日はみんなありがとう。私は何かアイデアを出して来週のコンペに臨もうと思う。今日はホントにありがとう。私一人だったら……」
前向きな言葉に反して先輩の表情は暗く、泣いているようにも見えた。
「乗りかかった船です。俺達も協力しますよ。また昼休みとか放課後に集まりましょう」
貞虎は爽やかに言った。流石陽キャ代表リア充王子様。
「ちょっと、誠もあれだけタンカ切ったんだから協力しなさいよね!」
俺が黙ってスルーしようとしていた心情を読み取ったのか、今永麻衣が俺の襟の後ろの部分を摘まみ上げて言った。彼女はいつの間にか俺の心が読めるスキルを習得している可能性がある。
唐高幸江は相変わらず無言だが、ガッツポーズをして見せた。
「みんなありがとう。じゃあ、明日学校で……」
明らかに肩を落として先輩が帰って行った。
俺達も何となく気まずくなってそれぞれ家路についたのだった。
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