第17話:食後の騒動

「ほんっっっとーーーーーにすまないっっっっっ!」


 俺は昼休み弁当を食べ終わった後、生徒会室にいる。朝呼ばれたのだから律儀に来てしまった。生徒会室は30畳くらいの割と広い部屋。本来は数人が職務をする場所だからだろう。


 俺はその室内の席についているのだが、目の前に生徒会長、宮ノ入静流が机に手をついた上で、頭を下げて謝っている。


「先輩、頭を上げてください。そんなに謝られたら恐縮してしまいます」


「そ、そうだな。重ね重ね、すまない」


 この生徒会室には、俺の他に、唐高幸江、今永麻衣が同行してきた。さらに、貞虎まで来た。4人組パーティはドラクエだったらパートいくつだ?


 生徒会長、宮ノ入静流先輩もやっと座ってくれた。


「考えてみたら、色々誤解を生むことしか言ってなかったと思って!」


 今朝、先輩は俺の教室に来るや否や「野坂誠くん! 私と付き合ってくれないだろうか! きみじゃないとダメなんだ!」と言ったのだ。


 美人の先輩にそんな事を言われたら悪い気はしない。


 しかも、これが交際を求められた以外に何んだというのか。たしかに、先輩は美人だし、背が低めで俺の好みくらいの高さだ。同じ猫好きと言うのも共通の話題もあっていいだろう。


 でも、好きになられる要素が全く思いつかない。仔猫を預かったことだとしたら、ペットホテルの店員さんは大変な事になっているだろう。


「すまない、これを見てくれ。誤解無く分かりやすいと思うんだ」


 先輩が1枚の紙を机の上に置いた。どうもメールで届いたものをプリントアウトしたものみたいだ。


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 募金規模縮小のお願い


(略)

 以上より、商店会で募金の規模縮小を検討しています。

 貴校生徒会様とも意見交換をしたく、以下の日程で……

(略)

 -----


「要するに、商店会からの援助が減るってことなんですか?」


「そう! そうなんだ! もう、私はどうしたらいいか! その会合に一緒に出席してもらえないだろうか⁉」


 あー、そういう……。


 俺はふいに窓から外を見た。


 木には小さな鳥がとまっていて何やら鳴き声を響かせていた。良い天気だ。


「って、野坂くん! 急激に興味を無くすのやめてはもらえないだろうか! 私にとっては死活問題なんだ!」


 先輩が近寄ってきて俺に顔を近づける。


 先輩の顔が俺の顔の目の前に!


 近い近い近い近いっ!


「はいっ!」


 ここで今永麻衣が手を上げた。


「何だ、きみは確か……今永くんだったか」


「すごいですね。会長さん生徒全員の名前を覚えてるんですか?」


「んっ、んん? と、当然じゃないか!」


 あー、あれは嘘なやつだぁ。なぜそこで見栄を張るのか……。


「えーっと、生徒会の他の役員の人と行くのはダメなんですか?」


「ん、そ、それが……」


 先輩が、ばつが悪そうに答えにくそうな顔をした。


「生徒会はもう、先輩しか残ってないんだよ」


「ええ!? なんでまた⁉」


「ううっ!」


 今永麻衣が驚いて見せたことで、先輩がダメージを喰らっていた。


「会長さん、何で、他の生徒会役員が辞めるのを止めなかったんですか⁉」


「うぐっ!」


 更なるダメージを受ける先輩。


「今永さん、もうそれくらいで……先輩が倒れそうだし」


「でも、たくさんいた生徒会役員がもう一人なのよ⁉」


「うぐっ!」


「オーバーキルだから……やめたげて」


 ◇

「ごめんなさい。俺達には全然話が見えないんだけど、どういうことか教えてもらえないかな?」


 貞虎が建設的な意見を言った。流石王子様。


「先輩、話してもいいですか?」


 俺が先輩の方を見ると、縮こまっている。ホントに自分の事を話すのが苦手なんだなぁ。


「『あの事』は秘密にしておきますから」


 先輩の耳の近くで先輩にだけ聞こえるくらいの声で言った。


 その一言で先輩が真っ赤になってしまった。この人は何とかポーカーフェイスとかできないものなのか⁉


「あーっ! 誠が何かラブコメっぽい雰囲気!」


 今永麻衣が右手人差し指でどびしい、と俺を指さして言った。「ラブ」だけではダメなのか、どうして「コメ」の方まで付けるのか。


 そして、部屋に入って来てから一切動かないし一言も音を発しない唐高幸江は何をしにここまで来たのか⁉


 さっきから1μm(マイクロメートル)も話が進んでいないので、先輩の了承を得て俺が事情を話すことにした。


 ◇

「つまり、うちの学校は地域猫を守る活動をしていて、その活動資金は商店会から出ているのに、そのお金が少なくなるってこと?」


 俺がこの部屋に入ってから約30分、伝えたいけど伝わらず、全く話が進まなかった事をたった1つの文章でまとめてしまった。今永麻衣は可愛くてエロいだけじゃない。


「じゃあ、その商店会の会議で圧力に負けないように大人数で参加すればいいってことかな?」


 流石王子様。貞虎も理解が早い。


「……」


 だから、唐高幸江は音くらいは発してもいいと思うんだ。


「大体、誠が会長さんと知り合いってのも驚いたわ。誠は私の事 大好きなんだから、私だけに言い寄ってきたらいいのに!」


 今永麻衣がぽつりと言った。


「ちょっとぉ! 何でそこで不満そうな顔なのよ!」


 今永麻衣が俺の顔をぎゅうぎゅう押す。何か取れちゃう! パーツのどれかが取れちゃうから!


「これ!」


 またUSBメモリーを見せて小さい声で言った。そう言えば、結局お宝第二弾の「ポロリもあるよ」USBはもらい損ねていたのだ。


「好きでしょ⁉ 私の事好きでしょ⁉」


 両肩を持って前後にぐわんぐわん揺さぶられる。斬新な求愛行動だ。あんまり揺らすと魂が肉体からずれてしまいそうだ。


「好き」


「そうでしょそうでしょ」


 ふんす、と満足顔の今永麻衣。この人も一体どうしたいのか。


 段々この人がクラスのヒエラルキートップの陽キャナンバーワンだって忘れてくる。


「でも、いつからなんですか? その地域猫の活動。わが校の伝統ですか?」


 貞虎が聞いた。


 至極真っ当な質問だ。


「その……なんだ……」


「先輩がひとりで商店会と掛け合って今年から始めた事だよ」


「わーーーーーっ! なんでバラすんだ!?」


「いいじゃないですか。すごくいい事なんですし!」


「それだと私が嫌なヤツみたいじゃないか!」


 先輩は自意識過剰系女子なのかな。


「先輩は誠にその商店会の会議に出てほしいだけでしょ? 出てあげたら?」


 今永麻衣は流石陽キャ代表。この辺り寛大だ。そして、俺もそうだと思っているっぽい。


「そういう場所は苦手なんだけど……」


「一人だと多勢に無勢でどうにも弱いんだ。元々こちらからはお願いばかりの交渉事だから立場も弱くて……。何も言わなくていいから。そこにいるだけで構わないんだ」


 先輩が眉をハの字にして困ってる。


 条件もどんどん譲歩してきちゃってるし、そのうち新聞の勧誘のようにビニールとかラップとか付けられても困るし……。


「分かりました。でも、ホントに役に立たないですからね?」


「ホントか!? ありがとう! 助かるよ!」


 先輩はホントに嬉しいみたいだ。まあ、行くだけだし。


「それで、その会議いつなんですか?」


 今永麻衣が先輩に聞いた。


「それが、明日の放課後の時間なんだ」


「また急ですね。こっちの都合が合わないかもしれないのに……」


 貞虎が顎に手を当てて考えながら言った。何このポーズ。カッコイイ。


「都合悪い人いる?」


 ん?


「……いないな。じゃあ、みんな参加だな。先輩、全部で5人ですけど足りますか?」


「みんなも来てくれるか! ホントに恩に着る!」


 話を聞いただけで全員参加するらしい。こういう時 陽キャのリア充は行動力がすごい。


 俺なんかどうやって避けようかって思ってたのに……。まだまだ俺のリア充への道は遠そうだ。


 そして、その出るだけでいいはずの商店会の会議で俺はやらかしてしまうのだった。

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