第16話:ランチタイムの騒動

 体育のバスケットボールで俺が生まれて初めて運動系の授業で役に立った感動を味わった後、教室内は微妙な空気に包まれていた。


 とりあえず、俺はいつも通りに自分の席についた。そしたら、前の席のヤツは食堂に行っていて不在なのに目を付けた今永麻衣が椅子を前後逆に向けて俺の席の前に座った。


 なぜか満面の笑顔。


 片頬をリスの様に膨らせた唐高幸江がガシャンと左から俺の机の横に彼女の机を付けた。そして、俺の机の上にピンクの包みの弁当箱を置いた。彼女の分は二回りは小さいであろう包みが彼女の机の上に置かれていることから、目の前にあるのは俺の分なのだろう。


 そして、ふんす、とどや顔を見せた。


 目の前にいた今永麻衣が「カッチーン!」と口で言ったかと思ったら、椅子を移動させて俺の右側に来て椅子をぴったり付けて腕に抱き付いてきた。肘の辺りが柔らかいんだけど、彼女はちゃんと下着をつけているのか⁉


 今永麻衣がこちらを向いて満面の笑顔。


 唐高幸江が左から、シャツの裾を掴んだ。


 こうして俺は動けない魔法にかかってしまった。


「あっはっはっはっ! 誠どうしたんだい? モテモテじゃないか!」


 前から貞虎が歩いてきて近くから机と椅子を調達して俺の席の真ん前に座った。


「俺も俺も」と言いながらさっき体育の時に一緒のチームだった宮下くんと清水くん、原くんが貞虎の周囲に椅子、机を調達して陣取った。


 その際に「面白いものが見れるのはここか!」と言っていたのが気になるけどスルーすることにした。


 教室の隅、視界の隅に田中くんが床に座り込んでいじけている。そういえば、彼は先日今永麻衣に告白して玉砕したって聞いた。こっちもスルーした。


「じゃあ、食べようか」


 そう言うと貞虎が自分の分のパンの包装を開けた。意外にも貞虎はパンらしい。勝手にどこかの女子が弁当を作ってくれているのだとばかり思っていた。


 いつの間にか自然な感じで貞虎もグループに入っている。もしかして、俺が理想とする「リア充」に少し近づいた?


 気付けば、みんなが俺の弁当に注目していた。左右見渡しても無言で「はよ開けろ」と圧をかけて来ていた。唐高幸江が作った弁当。


 縛ってあるランチョンマットをほどいて広げる。


 フタを取ろうと思ったら、左側にいる唐高幸江が白目をむいて傾いていた。自分が作った弁当にみんなが注目しているからだろうか。もし俺に霊感があったら彼女のエクトプラズムが見えていたかもしれない。俺が唐高幸江の立場だったら軽く3回は死んでいるだろう。


「せーの」


 パカっと開けると、オーソドックスながら色々入っている。


 しょうが焼き、たまご焼き、アスパラ、ブロッコリー、ソーセージ、それにハンバーグも入っていた。


 たまご焼きなんか斜めに切って上下入れ替え、ハートマークになっている。


「「「おおーーー!」」」


 みんなから一斉に感嘆の声が上がった。


 口々に「愛妻弁当」「愛妻弁当」と小さい声で言われていたけど、俺はもう聞こえないことにした。


 メニューは、唐高幸江と交換したLINEで俺の好物を話したらそれが全部入っている感じだった。しょうが焼きとハンバーグはそれぞれメインを張れるおかずだ。


 こいつらがダブルキャストなのだから、それぞれのおかずのプライドが傷ついているかもしれない。俺は単体でメインを張れる存在だ、と。


 右側では、今永麻衣が「明日は私が作るし」と面白くなさそうな顔をしている。みんなの前では何も言葉を発せない唐高幸江が弁当という結果でみんなを黙らせた。凄い事だと思う。


(ポン)『観賞はいいから食べて!』


 メッセージで怒られた。


「いただきます」


 せっかく作ってくれたのだから、ちゃんと手を合わせて「いただきます」を言ってから食べ始めた。


「うまい!」


 一口目からしょうが焼きに行ったのだが、うまい! ちゃんとしょうが焼きだ!


「これうまいよ」


 唐高幸江が挙動不審になっている。マンガで言うなら目がバッテンになっている状態。とても面白い。


「これは自分で作ったの?」


(ポン)『もちろんです!』


「こんなのどこで習うの?」


(ポン)『メイド喫茶で……』


 あの店長から習ったかと思うとちょっと複雑な気分だけど、目の前の弁当が上手い事には違いが無い。


「ちょっとちょっとちょっと! もしかしてLINEで内緒話系?」


 宮下くんが囃し立ててくる。まあ、いじめではないけど、確実にいじってきている。俺 泣きそう。2つの意味で。


「明日は私が作ってあげるから!」


 そう言って右側から腕を引っ張るのは今永麻衣。マンガやアニメでは片方が料理上手だったら、もう片方は壊滅的だと相場は決まっている。


「きっ、気持ちだけでっ」


「あーーー! 私をちょっとエロ可愛くて、顔とスタイルが良いだけの女子だと思ってるでしょ⁉」


 随分自分で持ち上げたな。まあ、嘘じゃないから怖いけど。


「料理もできるからね! 何が食べたい? 何が食べたい?」


 右側から今永麻衣に引っ張られ、左側から唐高幸江にそれを摘ままれ戻され……。


 そして、目の前でニマニマ見守る貞虎と他三人。この居たたまれない状況を誰かなんとかしてくれ。


 俺が続きの弁当を食べていると、右側から今永麻衣が「そのお弁当だけじゃ足りないでしょう? パンも食べる?」とか言って、食べかけのパンを俺の口にねじ込もうとする。


 俺は勘違いをしていた。少しでも「リア充」に近付いたと思ったのは間違いだった。この心が全然落ち着かない状態が「リア充」なら俺は目標を間違えていたことになる。


 でも、弁当上手い。初めて食べた女の子が作ってくれた手作り弁当。


「(ぐずっ)うまい」


 やべ。ホントに涙出て来た。


「あ! 野坂が泣いてる! 弁当食べて感動してる! いーなー!」


 宮下くんがめちゃくちゃ羨ましそうな顔してる。


 唐高幸江、その黒い笑いは何だ。俺を泣かしてそんなに楽しいか。やべ、ホントに感動して涙が出てきた。


「絶っ対っ明日は私が作るし!」


 今永麻衣、その謎の対抗心はなんだ。


「よかったな、誠」


 貞虎、いい具合にまとめないで。


 この時、教室のドアの隙間から見られていたような気がしたのだけど、そちらに気をやる余裕すらなく、俺はこれもまたスルーしてしまうのだった。

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