第15話:作戦

 そう言えば、さっき試合が始まる前に貞虎が簡単な作戦を言っていた。


 俺達のチームは5人。まず、貞虎。ヤツは王子様な上にスポーツも万能だ。ドリブルも完璧だしシュートもできる試合ではダンクシュートまで決めやがった。


 あんなのをYouTube動画以外で見るのは初めてだった。


 次に、宮下くん。とにかく足が速い。そして瞬間的に動くこともできるし、止まる時もピタリと止まるような動きができる。


 清水くんは背が高い。全体的に手も足も細いけど高いボールに強い。


 4人目の戦士は原くんだ。これと言って特徴はないけど、大きな失敗をしない。


 貞虎がさっき言っていた作戦はこうだ。


「左右に分かれて攻めて、いい具合にシュートを狙う」


 そんなざっくりとした作戦があるだろうか。俺は完全にスルーしていた。でも、さっきの試合では俺以外の4人でそういう動きができていた。


「誠、どんな練習した?」


「ドリブルを……」


「そか!」


 あ、他の3人が「大丈夫かよ」って目をした。やっぱり俺みたいな陰キャはこういった日の当たる場所に出て来たらダメだったのだろうか。


 カタツムリの目に寄生する寄生虫「ロイコクロリディウム」は普段 葉の裏を這うカタツムリに寄生すると日の当たる場所に出る様にカタツムリになんらかの作用をするという。そうすることで、天敵である鳥に食べられやすくするのだとか。


 俺はいつの間にか「ロイコクロリディウム」に寄生されている! のこのここんな日の当たる場所に出て来てしまったから、天敵に食べられてしまうに違いない!


「なあ、みんな!」


「ロイコクロリディウム?」


「ろい? ……何だって?」


 貞虎がちょっと困惑している。しまった。心の声がこぼれてしまった。


「次の試合だけどちょっと試したいことがあるんだ」


 貞虎のそんな提案にチームが円陣を組む。


 なんだなんだと集まってきた。


 俺も一応 円陣の一部に入る。


 そこで聞かされた作戦はさっきよりも具体的で、俺にもすごく分かるものだった。


「よし、じゃあ。次の試合まで練習しようぜ!」


 貞虎の掛け声と共に、俺達5人の練習が始まった。


 ◇

「よーし! 分かった」


「イケそうじゃね?」


「イケるイケる」


 俺は言われた通りに動いただけ。俺がやった練習はドリブルをやって見せたのと、パスの確認くらい。


 これで何か俺以外の4人が悪だくみをしたような顔をしているんだけど……。


 ◇

 早速、2試合目が始まった。


 作戦はこうだった。清水くんが最初にジャンプボールの時に必ず自チームに渡す。ヤツは背が高いからかなりの確率で成功する。


 ここで、俺か宮下くんがボールを受け取るとそのままドリブルで上って行く。ゴール下まで行くと貞虎にパスを渡す。


 すごく分かりやすい作戦だった。


「おーし! 次―!」


「ティップオフ ティップオフ」


 またみんながコートの中央に集まった。審判役が2、3回軽くボールをバウントさせたら頭上に構えた。


「スタート!」


 審判役が叫びながらボールを放り投げると清水くんが確実に叩き落とした。そのボールはちょうど俺の目の前に落ちたので、すかさず捉えてドリブル開始。


 普段の行動から俺は全くマークされていない。周囲に敵が誰もいないのだ。


 ゴール下には既に貞虎の姿が見える。こっちには2人もマークが付いてる。


 俺はとにかくドリブルで上がる。相手チームは俺がそのまま上がって行くと思ってなかったらしくて真っすぐ貞虎のところまで上がって来れた。


 俺はシュートをする振りをして、周囲の敵3人がジャンプしたのを見計らって下から貞虎にパスした。


 貞虎はパスを受け取るや否やそのままゴールにジャンプ。敵は俺のフェイントでジャンプした後だったので、動けず簡単にゴールを取れた。


「ピ―――ッ!」


 やった! 俺は小学校から考えても初めてスポーツ系でゴールに貢献できた!


「ナイシュ!ナイシュ!」


「ナイスアシスト!」


 みんな貞虎の肩を叩いたり、俺の背中を叩いたりしていた。


 何だこれ! 何だこの気持ち! 何か俺 泣きそう!


「誠―! ナイスアシストー!」


 女子の方からも声が聞こえた。あの声は今永麻衣だ。女子の方を見たら唐高幸江は無言で胸の辺りで握りこぶしを作っていた。


 ヤバい。リア充達、陽キャ達は毎回こんな感動を味わっていたのか!


「次、行くぞ! 次ー!」


 最初のゴールを取ってから、次の動きも作戦は決まっていた。


 動きが速い宮下くんか、オールマイティの貞虎がボールを取ると、俺にパスを回しゴール下に移動。俺が背の高い清水くんか貞虎にパスしてゴールという流れ。


 こんな単純な作戦でも、体育の授業の試合程度なら決まる決まる。狙ったのか偶然か、俺達のチームは役割分担がしやすかった。


 そして、相手チームもそんなに上手じゃなかった。俺は主にドリブルしかできなかったけど、1年以上の練習の成果かほとんどボールは取られない。練習に練習を重ねた「フロントチェンジ」も「バックチェンジ」もできる。ドリブル中に足の間を通す「レッグスルー」もできた。


「インサイドアウト」はあまり出番はなかったけど、敵が近づいてきたら背中を向けてボールを遠ざける「ロールターン」はかなり有効だった。


「清水くんっ!」と言って、逆方向の貞虎にパス!


 貞虎が易々とゴール!


 今度の試合は面白いくらいにゴールが決まって俺達は勝った!


 俺は試合直後両手がわなわなと震えているのに気づいた。


 みんなが「ナイス!」「おつ!」とか言って肩を叩いてくれた。


 貞虎が作ってくれた道。だけど、みんな面白がって俺にパスを回してくれて、俺の見せ場を作ってくれた。フリースローは誰にも邪魔されなかったら6割くらいは入るようになっていたので、俺も1回だけはゴールもできた。


 コートから出て、ネット近くに来て5人座った。ネットのすぐ向こうに女子が何人も集まって来た。


「貞虎カッコよかった!」とか王子様が安定の称賛を浴びる中、今永麻衣が「誠ーーーーーっ! カッコよかったよーーー!」ってデカい声で褒めてくれた。


 唐高幸江は相変わらず無言だけど、両手で握りこぶしを作ってガッツポーズをして見せてくれた。「頑張ったね」ってことだろう。これくらいならLINEが無くても分かる。


 チームメイトも「野坂やれるじゃん!」とか「ドリブルヤバい!」とか褒めてくれた。


 もちろん、この称賛は額面通りに取ったらダメなやつだ。みんなが俺の見せ場を作ってくれたのだから。でも、嬉しかった。


 女子が思ったより集まってくれたのもあってか、次の試合も同じ作戦で臨み、やっぱり勝った。俺達は全国大会に出ている訳じゃない。体育の試合なので、勝利の方程式を見つけたら、それがダメになるまで続けるだけ。


 対策を考えるヤツなんていない。チームメイトに恵まれたのもあるし、貞虎がうまく誘導してくれたのもある。

 俺のバスケットボールデビューは大成功と言ってよかった。


 ◇

 授業が終わって体育館を出る時、貞虎が俺を追い越して行きながら「やったな!」って言って肩を叩いて行った。


 顔がいいだけじゃなくてスポーツもできて、性格もいいとか、これが物語だったらあいつはきっと主人公だったに違いない。


「カッコよかったよ」


 今度は反対側から今永麻衣が腕を組んできた。


「俺、今 汗だくだから」


「なーに言ってんの! 私も汗だくだから!」


 いいのかそれで。でも、嫌な気は全くしなかった。


 そして、反対側は体操服の裾を少し摘まんだ唐高幸江がいる。無言だけど、こっちも褒めてくれているのだろう。もし、金髪碧眼ツインテールメイドの時だったら、なぜか往復ビンタくらいされていたかもしれない。今が、黒髪黒目おさげ地味子でよかった。


 そう言えば、教室に帰れば昼休みで弁当の時間だった。それだけでひと悶着ありそうでちょっとだけテンションが下がり、いつもの自分を思い出した俺だった。

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