第14話:練習と本番
バスケットボールの練習は一人の練習の部分と複数の人間で練習する部分に分かれる。
俺はいつかリア充になりたくて日々色々練習をしていた。バスケットボールはその一つ。サッカーはまだ手が回っていないけど……足を使うスポーツだから手が回っていないのではなく、1個ずつしかマスターできないからと言う意味だから。念のため……バスケットは練習した。
基本的にドリブルができないとお話にならない。俺は一人誰にも見られないところでドリブルの練習をしていた。
とにかくボールをボンボン跳ねさせながら走る「ドライブ」を練習しまくった。ある程度マスターしたと思った頃に、練習をしていた公園に妹の
彼女はスポーツウェアを着ていて、何も言わないけど練習に付き合ってくれるのだと分かった。バスケットコートで1ON1をしたけど、完敗だった。彼女のボールは1回も取れなかったのに対して、彼女は俺のボールを高確率で奪っていく。
背も俺の方が確実に高い。手だって足だって長い。それなのに全然歯が立たないのを実感したとき、真由里はすぐにNBAに行けばいいと思った。
ところが、その日の夜 真由里からYouTubeのURLが送られてきた。
バスケットボールの世界には「フロントチェンジ」と言う魔法があるらしい。
右手でドリブルをしている時に敵チームのやつがボールを取りに来た時に、左手でのドリブルに切り替えるという「姑息」な手段だ。
この「姑息」な手段は、バスケットボールの選手の全員が行うあたり前の方法らしくて、多分知らなかったのは世界中で俺だけだったのだろう。
それを知らなかった俺は真由里からも赤子の手をひねるかのごとくボールを奪われていた。
だから、次の日から「フロントチェンジ」をひたすら練習した。今までは右手でだけドリブルをしていたので、左手は使ったことがなかった。右手でできたことが左手ではできない。
俺の挫折だった。
だからひたすら練習した。右手でも左手でも同じようにドリブルができるように。しかも、右手から左手へ、左手から右手へとスムーズかつ確実に切り替えられるようになった。
「フロントチェンジ」もマスターして練習していた時、またふらりと真由里が来た。もう今までの俺じゃないと思っていた。今までの俺が誠Ver.1なら、ここにいる俺は誠Ver.2だった。
「お兄ちゃんすごい! もう私ではお兄ちゃんには敵わないわっ!」
そんな言葉を期待して、再び1ON1をした。
……完敗だった。
真由里は何だ⁉ 時間でも停められるのか⁉ 俺がボールを取りに行ったら、ボールが消えるのだ。
真由里はすぐにマジシャンになればいいと思った。
ところが、その日の夜 真由里からYouTubeのURLが送られてきた。
バスケットボールの世界には「バックチェンジ」と言う魔法があるらしい。
「フロントチェンジ」が身体の前でボールの打つ手を切り替えるのだとしたら、「バックチェンジ」は身体の後ろで切り替えるらしい。
そんな「姑息」な手がバスケットボール界で「アリ」とされていた!
そりゃあ、真由里がドリブルしていて、ボールを取ろうとしたら身体の後ろで俺がいない方の手にドリブルを切り替えるのだから、ボールが消えるはずだ。
またも挫折した。
「フロントチェンジ」に比べて「バックチェンジ」は難しかった。それでも、何度も何度もやることで俺はマスターしていった。
フロント、バックの両方をうまく使いこなせるようになったころ俺はだいぶ満足していた。もう、無敵だろう、と。
何者にもボールを取られないのだから、「勝ち確」だと。
そして、練習中にまた真由里が来た。あのスポーツウェアを着て。ただ、俺の方も準備は万端だった。今までの俺が誠Ver.2だとしたら、ここにいる俺は誠Ver.3!
真由里にいいようにあしらわれる情けない兄ではないのだ。
不敵な笑いで腕を組んで仁王立ちする真由里。勝負だ!
……完敗だった。
しかし、今までの真由里とは全然違った。ついにズルをし始めたのだ!
スポーツと言うものはスポーツマンシップにのっとり、正々堂々とやって行くもの。それなのに、真由里はズルをしかけてきた。フロントチェンジするように見せかけて、実はしないというズルだ。
真由里は世の中に汚されてしまった。今までの真由里が純白天使だったとしたら、ここにいるのは暗黒堕天使だった。もう、海外でマフィアになればいい、と。
結局、ボールは全く取れなかったのだ。
そして、その日の夜 暗黒堕天使 真由里からYouTubeのURLが送られてきた。
「インサイドアウト」……バスケットボールにおいてはズルのことを「フェイント」と呼び、「アリ」としているというのだ!
スポーツマンシップどこ行った⁉
正々堂々の意味を国語辞典で調べて見ろ!
この他、真由里は俺に次々に課題を押し付けてきやがった。
脚の間にボールを通す「レッグスルー」、敵が近づいてきたときにボールを隠してしまう「ロールターン」、真由里は次々悪魔の裏ワザを俺に知らせていく。
俺も誠Ver.10になる頃には世間の汚さを身に取り込んで相手のズル(フェイント)も考慮した動きをするようになっていた。
そして、今日。俺はこれまで1年間練習してきたことが試される。
体育館で準備体操を終え、軽くボールをバスバスとドリブルして見せる。
「お! 誠、様になってるじゃないか!」
貞虎は、俺の小学校時代のダメダメぶりを知っている。しかし、俺のドリブルはもう、昔の普通のドリブルとは違う。
ドリブルとは少し斜めに落とした方が速く走れる!
俺は貞虎に自信満々のニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「お、自信満々だな! フロントチェンジとか、インサイドアウトとか、基本的なことはマスター済みってことだな! これは楽しみだ」
んん⁉
なぜ、貞虎が真由里直伝の「フロントチェンジ」と「インサイドアウト」を知っている⁉
「貞虎はバージョンいくつくらい?」
「……バージョンって何?」
きょとーんとした貞虎の顔。おかしい。ま、まさか貞虎は既にズル(フェイント)の存在まで知っているのでは⁉
「貞虎、もしかして『フェイント』を知っているか?」
「ん? フェイント? もちろん」
なぜ、暗黒堕天使 真由里の技を貞虎が知っている⁉ 俺の額に嫌な汗が流れた。
改めて体育館を見渡すと、前半分は男子用だった。緑色のネットをカーテンの様に仕切って後ろ半分は女子用。
男女ともバスケットらしくて、男女それぞれ30人以上いるのに、試合をするのは5人対5人なので、合計10人。残りの20人は見学して良いという実にダルい授業だった。
ただ、1試合が2分程度だろうから何度も順番が回ってくる。
女子達もこちらを見ているし、俺はここで少しでもいいところを見せてリア充に近付かないといけないのだ。
チラリとネットの向こう側の女子の方を見たら、今永麻衣が両手を大きく振ってこちらに存在をアピールしていた。
対して、唐高幸江はネットのすぐ前で胸の辺りで小さく手を振っている。
実に性格が出ていて対照的。
俺は二人に「見ていろ!」と言う意味を込めてサムズアップして見せた。
「よーし! はじめっかーーー!」
男子の方での誰かのこの声で最初の2チームがコートに入る。
当然の様に貞虎のチームが最初だ。事前のチーム分けで俺も貞虎のチームに入っていたので、準備は万端だ。ステージは整った。
審判がボールを高く放った。各チームの代表がジャンプして、ボールに手を伸ばす。試合のスタートだ。
そして、俺の「リア充デビュー」だ!
貞虎がボールを弾いたと思ったら、味方チームからパスを受け取り「ダーン」と言う音と共に2秒後にはシュートを決めていた。
貞虎は、Ver.100は行ってた。俺とはもはや次元が違った。
「あれ?」
俺はまだ2歩くらいしか走っていない。
自チームの連中が「ナイシュッ!ナイシュッ!」と手を叩きあう。俺はまだコートの中央付近にいる状態だった。
「あれーーー?」
結果、1つ目の試合では全くボールに触れるチャンスがなかった……。
「あれえ?」
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