第13話:今じゃなければ その今なんて一生来ない

 アニメやマンガの高校では着替えは更衣室で行われている。しかし、男子更衣室も女子更衣室もこの学校には存在しない。体育の時は、2クラス分の男子と2クラス分の女子が合同で授業を受ける。


 つまり、1組の教室で1組と2組の男子が着替えて、2組の教室で1組と2組の女子が着替えるみたいに使っている。


 もしかしたら、大人の世界で考えたらカメラを仕掛けておいて盗撮されるなんて心配があったりするのかもしれない。でも、高校という限られた世界の中でそれをやってしまったら社会的に抹殺されてしまう。


 例えばカンニングで摘発されたとしても社会復帰は可能だけど、盗撮となると再起不能だ。何を言おうが何をしようが、許されることはなく未来永劫 他の生徒との交流は絶たれる。恐らく、数年後にあるかもしれない同窓会にだって招かれないかもしれない。それくらいの重罪だろう。


 閑話休題それはそれとして


 何となく男子と女子は別々の場所で授業を受ける様にされているような気がする。


 うちの高校に水泳の授業はないけど、水泳じゃなくてもお互いの体操服姿を見せないようにしているような気がする。


 そんな中、今日は4限目が体育だった。そして、外は雨。朝は全然天気が良かったのに昼が近づくにつれ天気が悪くなってきた。


 流石に雨が降っているのに外で体育の授業がある訳はない。こんな時は体育館をネットで半分に仕切ってステージ側を男子の授業、入り口側を女子の授業にするのが通常だ。


 俺は益々気が重かった。


 朝っぱらから教室の中で生徒会長に「付き合ってくれ」と声高らかに言われてしまったのだ。


 今永麻衣からは何があったのか問い詰められ、唐高幸江からはホームルームまでのわずかな時間だけで100通近くのメッセージが届いていた。


 あの後すぐに先生が来たので、その場は一旦解散になったけど、俺は昼休みには生徒会室に来るように生徒会長、宮ノ入静流から言われている。


 今永麻衣も付いて来るって言ってたし、唐高幸江は……まだメッセージを全部読めていないので分からない。ただ、鼻息だけは荒かった。あれがもし金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」の方だったら胸倉を掴まれて俺の身体は持ち上げられていただろう。実際には彼女にそこまでの力はないだろうけど、イメージ的にはそんな感じ。


 気が重いと身体も重い。


 着替える手も遅くなっている。


「なぁ、野坂。麻衣と仲よかったっけ?」


 着替えている最中に話しかけられた。田中くんだったか。今永麻衣はクラスメイトから「麻衣」と呼ばれているらしい。流石 陽キャの集まりだ。


「あぁ、ちょっと共通の話題があって……」


「なーーーんだ、そっか」


「何? 田中、ジェラシー?」


 横から会話に入ってきたのは同じくクラスメイトの中村くんだったか。


「野坂知ってるか? こいつ先週 麻衣に告白して振られたんだぜ!」


「そうなんだ……」


「なぁ、その共通の話題ってやつを俺にも教えてくれよ!」


 田中くんが両手を合わせて俺を拝むようにお願いして来る。俺はいつからお地蔵さまになったのか。


「やめとけって! これ以上 傷を広げるなって! 潔く諦めろよ!」


 中村くんが窘めてくれている。共通の話題について教えてくれと言われても、「裏垢女子まいまい」ってサイトがあって、彼女が際どい写真を多数アップしています……なんて言える訳がない。


 彼女のエロエロの身体の画像は俺だけのものにしておきたいし、あの黒のシースルーメイド姿なんて思い出しただけで……。俺は自分の頬をパンと1回たたいて一旦忘れることにした。そうじゃないと着替えができなくなるからだ。


「麻衣のあの笑顔……絶対俺のことが好きと思ったんだけどなぁ」


「お前とか笑いかけられたら誰でもいいんじゃないか。麻衣は俺の前でも笑顔になるぜ」


「そりゃあ……そうかもしんないけど、知ってるか? 麻衣ってめちゃくちゃ巨乳なんだぜ!」


 田中くんが胸を揉む様ないやらしい手つきをしながら言った。


「いいよなぁ、巨乳!」


 中村くんもそこに乗っかった。


 今永麻衣は確かに胸が大きいけど、それだけじゃない。身体がめちゃくちゃ細い。俺の理想のボディと言ってもいい「ガリ巨乳」で細い体に胸だけ巨乳なのだ。


 そして、細い脚はミニスカートを履いた時に股下の隙間ができるところがグッとくる。シースルーメイドの服を見た時の腰のラインは見ただけでどうにかなってしまいそうなほど魅力的だった。


 彼らに対して「俺の方が知っている」と言う謎の対抗心が芽生えて来たけど、俺の場合ズルをしてそれを知っているだけだ。彼女との恋人関係という訳ではなく、【共犯関係】だから知っているだけ。


 俺がアドバンテージだと思っている部分を一言だって口にすることはできない。それは今永麻衣と約束した【共犯関係】の契約内容なのだから。


 一見、どんなに仲が良さそうに見えても俺は今永麻衣の恋人にはなれない。実際のところは告白をしたという田中くんの方が1歩も2歩もリードしているのだ。


「野坂って普段目立たないのに朝から修羅場って感じじゃなかった? 麻衣とあの地味子に挟まれて……その上、あのお堅い生徒会長が教室に乗り込んできて告白とか、もうラノベかって思ったね」


「そうそう! だから、野坂は生徒会長にしてもらって、俺が麻衣を……」


 このノリには付いて行きにくい。女子が誰を好きかなんて俺達男子がどうこうできるものじゃない。彼女達にはそれぞれ彼女たちの考えがあるのだ。


 しかも、今永麻衣と俺はそういう感じじゃなくて【共犯関係】なだけだし、唐高幸江とは【共感関係】なだけ、生徒会長、宮ノ入静流が何を意図しているか分からないけれど、彼女とは【共有関係】なだけだ。


 彼らが思う様なリア充的な関係じゃない。俺はリア充に憧れるだけの非リア。彼らの様に陽キャではなく、全国陰キャ協会の会員なのだから。


「なあ、少し急がないと授業に遅れるぞ!」


 助け舟を出してくれたのは貞虎だった。確かに、着替えるのに時間がかかっているのは間違いないけど。


 俺は急いで着替えを進めた。


「なあ、誠」


 珍しく貞虎がみんなもいる前で話しかけてきた。


「なに?」


 俺も控えめだけどちゃんと答えた。みんなの前で貞虎と会話することに罪悪感があるのだ。


「今日の授業はバスケらしい」


「……」


「体育館で男女一緒らしいよ」


 俺は返事に困って無言で小さく2回頷いた。


「練習してきたんでしょ? 今日じゃないの?」


 貞虎は俺がリア充になれるように日々練習していたことを知っている。


真百合まゆりちゃんも練習に付き合ってくれたんでしょ? 披露する日が無いと報われないよ?」


 真百合は俺の妹。あんまり仲が良くないのか全然口はきいてくれないけど、バスケとジョギングとカラオケだけは付き合ってくれていた。


「でも、まだ俺はリア充になれるだけの実力が……」


「今じゃなければ、その今なんて一生来ないんじゃないの?」


「……」


 そうか。よく分からないけど、待っていてもその時はいつまでも来ないってことかな。相変わらず、王子様は口から出る言葉もカッコいい。出てくる言葉をメモしたら名言集ができてしまうだろう。


 貞虎の言葉を翻訳なしに俺の脳髄に伝える術は恐らくないのだろうけど、言いたいことだけは分かったつもりだ。


「5人チームだと思うし、俺達組もうよ」


 貞虎が掌を上に向けて右手を差し出してきた。今朝はグーだったのに、今度はパーか。


「……分かった。頼む」


 軽くパンと俺も右手で彼の掌を叩いた。こんな「青春野郎的な動き」は夜になって俺の後悔と言う名のかんなが俺の心をガリガリ削ってくるのは分かっているけど、ここは貞虎に合わせた。


 俺は貞虎に背中を押されて今日の授業で頑張って練習の成果を披露することにしたのだった。

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